117:王太子の差し入れと悲劇
結局南の国行きは、エミーリャ、マーロウ、メリル、リカルド、リュゼ、そして私という謎メンバーで行くことが決まった。
旅の準備を終えた私たちは、揃って城に集まり、全員でまとまって出発する。
マーロウ王太子は、メリルのお目付役だ。色々と問題のある第二王女も、兄の言うことは聞くことが多い。
ルーカスは外出許可が下りず、アンジェラは「長旅なんて冗談じゃありませんわ」ということで、結局このメンバーだけで行くことになったが……
「妹にうつつを抜かすような男とは婚約できません。ブリトニー、あなた、しっかりあの男を監視しておきなさい!」
……と、第一王女からは、すでに厳命が下されている。
なんだかんだで、エミーリャのことが気になって仕方がないアンジェラだった。
出発前に、リカルドがチラリとリュゼを見て口を開く。
「リュゼ、お前も来たんだな」
「ふふふ、僕が来て、まずいことでもあったのかな?」
「……いや、特にないが」
私たちの乗る馬車は、四人乗りのものが三台だ。各馬車二人ずつで、広々と使える。
もちろん、それ以外にも馬車はあり、使用人や護衛などが同行するが。
「私は、どの馬車に乗ればいいのでしょう?」
質問した私には、なぜかリュゼが答えた。
「ブリトニーは、メリル王女と乗りなよ。女性同士の方が、落ち着けるよね?」
(ええっ!?)
爆弾を投下する従兄に対し、私は密かに抗議の表情を向けた。
メリルと二人きりなんて、落ち着くどころか不安要素しかない。会話が続かないまま半日経過……なんてことになったら、色々と困る。
「家族と一緒の方がいいなら、僕と二人で乗る?」
「結構です!」
リカルドとのデート的なものを期待していたが、そう上手くは行かない。
(わかってはいたけれど……お兄様、あからさまに妨害してくるなぁ)
婚約を反対されているにもかかわらず、リカルドと旅に行く私も私だが。
(仕方がない、メリルと会話が続くように頑張ろう)
決意を固めた私に救いの手を差し伸べたのは、エミーリャだった。
「最初は、俺とメリル王女とブリトニーが一緒の馬車に乗ろう」
「エミーリャ殿下……」
「メリル王女とブリトニーは、それほど親しく話したことがないだろ。俺なら、どちらとも話すことが多いし、最初はこちらの馬車にいるよ。マーロウ王太子は、ギリギリまで政務だったからお疲れだし、少しゆっくり休むといい」
エミーリャの絶妙な気遣いにより、私たちは三人で馬車に乗ることが決まった。
「それじゃあ、リカルド。道中よろしくね?」
「あ、ああ……」
にっこりとわざとらしく微笑むリュゼに、負けじと視線を送り返すリカルド。
(リカルド、頑張って)
馬車のメンバーが、リカルドとリュゼお兄様の二人組……というのは気がかりだが、どうしようもない。
何かあればすぐに助けるからと、リカルドに伝言を残し、私は馬車に乗り込むことしかできなかった。この中で、一番年下かつ一番格下の私たちには物事の決定権がない。
馬車は城門を出発し、城下町を移動し始めた。私は少し緊張しつつ、外の景色を眺める。
今回の旅は、一週間ほどかけて南の国で一番北寄りにある境界の街へ行き、数日滞在して近辺を回り帰ってくるというものだ。
馬車の中で、エミーリャが口を開く。
「そうそう、うちの二番目の兄の都合がついてね。ぜひ、ブリトニーに会いたいと言っていて、境界の街まで来るらしい。よければ、会ってやって欲しいな」
「二番目のお兄様って、あの?」
「そうだよ……」
エミーリャの二番目の兄は、私と同じく前世の記憶を持つ存在だ。
しかも、たぶん日本人で、少女漫画『メリルと王宮の扉』の内容を知っている。
私自身も、会えるものなら会ってみたいと思っていた。
そんな彼は今、南の国の第二王子として、国のために前世の知識を使って活躍している。
弟のエミーリャ曰く、一番の得意分野は料理とのこと。
特に、南の国の香草を使った料理は、王宮の料理人たちも言葉を失うほど絶品らしい。
「ええ、お会いできるのなら、ぜひ……」
「心配しなくても大丈夫、すごく優しい人だから」
エミーリャは本当に、二番目の兄が大好きなようだ。第二王子のことを語る時の彼の表情は柔らかい。
「私も、エミーリャのお兄さんには興味あるわ。王族なのに自ら料理をするなんて、素敵よね!」
薔薇色の瞳を輝かせたメリルが、身を乗り出してそう言った。
王女様である彼女は、エミーリャもルーカスも、親しい友人のように呼び捨てにするのだ。
一部のご令嬢からは、絶大な不興を買っている。
「ああ、そういえば、ブリトニー」
「……なんでしょう?」
「マーロウお兄様から、あなたへの差し入れを持って来たのよ。同じ馬車に乗るのなら、渡して欲しいって」
そう言ってメリルが差し出したのは、大きな布製の袋だ。
(先ほどから、やけに大荷物だなあとは思っていたけれど……まさか私への差し入れだったとは! ものすごく、嫌な予感がするぞ?)
中身の察しはついている。
「道中、お腹が空いてはいけないからって。お兄様ってば、ブリトニーと仲良しなのね」
「……あ、ありがとうございます。王太子様に、ご心配いただけるなんて光栄です」
受け取った巨大な袋を開けてみると、案の定、中身は大量の焼き菓子だった。
「せっかくですから、皆でいただきましょう! ね、ねっ!?」
一人だけ太ってなるものか! 美少女メリルも巻き添えだ、グフフ!
少しゲスい考えのもと、リカルドやリュゼを含む全員に菓子を配り終えた私は、完全に失念していた。
少女漫画の世界には、いくら食べても太らない、リュゼやリリーのような不思議人間がいることを……!
そして、ここのメンバーは、全員がそれに該当することを……!
一週間後、南の国到着を間近に控え、悲劇は突然起こった。
――ビリッ、ビリビリビリビリーッ!
「ギャアーーーーー!」
着替えている最中に凄まじい音を立て、私の下着……ドロワーズの股下が豪快に裂けたのだ。
(結構なゆとり設計のはずなのに、裂けるってどんだけー!?)
少女漫画の主人公相手にゲスいことを考えたから、バチが当たったのかもしれない。
唯一の女性であるメリルが、心配そうに様子を伺ってくる。
「大丈夫? 私のものを貸してあげたいけれど……サイズが合わないわよね」
優しさゆえの発言だが、一言多い。
(わかっているよ、メリルのパンツが永遠のSSサイズだってことくらい……)
がっくりと地面に膝をついた私は、彼女に返事をする。
「問題ありません、メリル殿下。予備の下着は用意していますので」
だが、サイズは裂けたものと同じだ。また悲劇が繰り返される恐れがある。
なんせ、この一週間のうちに、私の体重は急激に増加してしまったのだから……!
マーロウから貰った菓子類を捨てるわけにもいかず、かといって、本人がいるのに他人に押し付けたりもできず、メリルたちや同行している使用人に配り歩いて全員でせっせと消費していたのだが……王太子は二重に罠を仕掛けていた!
なんと、最初に渡された焼き菓子は「一日ぶんのおやつ」だったのである!
メリルは、他にも巨大な袋を託され、毎日それらを馬車に持参した。
そして、彼女の「ちょっとくらい食べても大丈夫よぅ」という言葉に踊らされ(実際、私以外のメンバーは、いくら大量に菓子を食べても全く太らない)、周囲と同じペースで食べていたら瞬く間に肉がつき始めた。
体重計には乗っていないが、今の私は出発前よりも、かなりぽっちゃりしている。
(一週間しか経っていないというのに……! なんということでしょう……!)
結局、同行していたマリアが破れたドロワーズに布を足し、縫い直してくれたおかげで事なきを得たが、後でそれを聞いたリュゼは爆笑していた……
「リュゼお兄様のバカ、ハゲてしまえ!」
私は禁断の言葉を言い放つ。
すると、普段はスカしている従兄の表情が強張った。
実は領地にいる祖父の頭は、とってもクリーンで、毛の一本も生えていない。
それを知っているリュゼは、密かに将来の頭髪の心配をしているのだ。
押し黙った従兄を見た私は、少しだけ溜飲を下げた。
そんなこんなで、私は、ぽっちゃり体型のまま、南の国に足を踏み入れたのだった。












