109:貴族女子会と現れた第二王女
「キーッ! あの無礼な南の王子、許せませんわ!」
本日のアンジェラはご立腹だった。
この日も、私はいつものごとく、彼女に呼ばれて城を訪れている。
新しく交流を持った令嬢たちと仲良くなるため、詐欺メイクの会を開きたいと言われたのだ。
もちろん、諸々の用意をし、詐欺メイクの説明をするのは、アンジェラではなく私だが……
(うちの製品を売るチャンスだから、やるけどね)
それに、アンジェラと仲の良い令嬢が増えるのは良いことだ。彼女は、社交デビューした令嬢たちとも上手くやっている。
少女漫画の意地悪王女に友人や親しい人間はいない。いるのは、利害関係で結ばれた手下のみだった。
それを考えると、すごい進歩だと思う。
(それにしても、エミーリャ様は何をやらかしたのだろう)
アンジェラがここまで怒りをあらわにするのは、近頃では珍しい。
「なにか、嫌なことでもされたのですか?」
「紹介された時はまだ良かったのです。けれど、そのあと二人になった時、あの王子が私に向かって『花のように可愛らしい方ですね』なんて言ったのですわ!」
「……それのどこがいけないのです?」
「彼は嘘つきですわ、私が花なわけないじゃない! メリルだっているのに、どうしてわざわざ私と二人きりになるの? 花はメリル、私なんて野草が良いところですわ……!」
これは、相当拗らせている。
「可愛らしいだなんて、そんな社交辞令はいらないのです。どうせ、私の地位や血だけが目当てですのに」
「アンジェラ様、落ち着いてください。エミーリャ王子は、あなたのことを本当に気に入っているかもしれませんよ」
「いいえ、そんなことはありません。結婚後は、義務で子供だけを作る仮面夫婦に成り果てる予感がプンプンしますわ」
エミーリャとアンジェラは、早くもすれ違っていた。
「だから、怒っておられるのですか?」
「それだけじゃないのです。私を『花のように可愛らしい』と侮辱した後、あの王子は……あろうことか、私の手の甲に口付けたのです! そして『あなたともっと一緒にいたい』などと……!」
「え……?」
「軽薄で破廉恥な行為ですわ!」
この国の基準でいうと……手の甲への口付けは、気取った挨拶の一環でおかしいことではない。
それに、『もっと一緒にいたい』というのは、ただアンジェラと喋りたかっただけだと思われる。
「それで、アンジェラ様は、どうされたのですか?」
「馬鹿にしないでと言ってやりましたわ!」
フフンと胸をそらすアンジェラ。
(これはまずい)
とはいえ、彼女の顔はほんのり赤く染まっていた。
(まんざらでもなさそうなのに、どうして上手くいかないのかな)
あまり他人のことを言えないけれど、アンジェラのコンプレックスの根は深そうだった。
※
数日後、城に呼ばれた私は、王都に滞在中の他の貴族令嬢たちと詐欺メイクで盛り上がった。
今回呼ばれているのは、王都滞在中のノーラや、もう少し王都に残ることになったリリーなど、今年社交デビューした伯爵家以上の令嬢たちだ。
ふわふわした髪を弄ぶリリーは、詐欺メイクなんてしなくても十分に可愛らしい。
それでも、もっと美を追求したいようだ。
「釣り針は大きくなきゃ、いい婿をゲットするわ。優秀で性格が良いイケメンならなんでもいいの!」
そんなことを言うリリーだが、彼女の表情は曇っている。私はその理由を知っていた。
新アスタール伯爵の一人娘であるリリーは、婿を取らなければならない。
したがって、ずっと憧れていたリュゼとの婚約が確実に不可能となった。リュゼはハークス伯爵領の領主だから、他領に婿に行くことはない。
どうあっても、リリーとリュゼが結ばれることはないのだ。それを思うと、少し複雑な気分になる。
他の令嬢は、南の領地出身のミランダ侯爵令嬢(少し色黒)と、以前の仮面舞踏会でノーラが私と間違えたエレフィス侯爵令嬢(ふっくら体型)だ。
ふっくらした体型のエレフィス侯爵令嬢は、社交デビュー以前は滅多にパーティーに顔を出さなかったのだが、素性を隠せる仮面舞踏会のみ出席していた。なんとなく、その気持ちはわかる。
「ブリトニー様、私に合うメイク方法をご存じないかしら。南の領地の出なので、見ての通り色黒で……変にメイクが浮いてしまうの。もっと自然にできない?」
「それなら、今のような淡い桃色メイクではなく、もう少しはっきりした色の方がいいかもしれません。あまり派手にしたくないのなら、目元はブラウンかゴールド系で。頰や唇はオレンジ系などが無難かと。それから、白粉を多用するのは不自然すぎるのでダメです……自分の肌に合った色のものを使用してください」
近くのメイドにお願いして、ミランダ侯爵令嬢に化粧を施してもらう。その間に、エレフィス侯爵令嬢にも小顔メイクのコツを伝授した。
アンジェラやノーラには、すでに化粧方法を伝授済み。リリーは化粧を教えるまでもなく美人なので、普段することのない大人っぽいメイクを施してみた。
四人でワイワイ盛り上がっていると、入り口の扉の方から鈴の鳴るような声が響く。
「あのぅ? お姉様、個人で受けていた授業が終わりましたので、私も交流の場に参加させていただいてよろしいですか?」
全員が声のする方向を振り返る。
そこには、ゆるいウエーブの掛かった肩までの金髪を持つ美少女……メリルが立っていた。
(出た、メリル!)
この日、第二王女メリルも、詐欺メイクの会に誘われていたらしい。
しかし、自分の授業があったので途中参加になったのだった。
王女という身分になったものの、まだまだ勉強しなければならないことが山積みなのだろう。
「こちら、私の妹のメリルですわ」
アンジェラが、全員にメリルを紹介する。彼女と会うのは社交デビューしたとき以来だ。
「はじめまして、メリルです。宜しくお願いします」
うん、普通に感じがいい美人だ……
メリルの人となりを感じ、全員が緊張を解いた。
人懐こいリリーが、緊張気味のメリルに声をかける。相変わらず、良い子である。
「メリル様、はじめまして。私は、リリー・アスタールです。よければ一緒にお化粧を楽しみましょう?」
「あら、あなたがアスタール家の……ええ、よろしくね」
リリーに続き、全員が彼女に挨拶をする。徐々に、メリルの緊張も解けてきたようだ。
アンジェラとの仲も、若干ギクシャクしているものの険悪ではない……ように見える。
そう感じていた時だった。メリルの口から、その場の空気をぶち壊す発言が飛び出したのは。
「でも、私、お化粧はしないのよ。どうしても必要な時は仕方がないけれど」
その場に沈黙が落ちたが、彼女は話を続ける。
「あまりなんでも肌に塗りたくるのは、ちょっと。この国の貴族は子供まで化粧をしている、それは良くないことだわ。生まれ持った自然な美しさが一番なのに」
そこから、メリルは「子供の頃に母親の化粧品を使ったがベタベタして気持ち悪かったこと」や「皮膚が封鎖される感覚」について熱弁した。
他の令嬢たちは、彼女に圧倒されている。
「それにね、お化粧なんてしなくても、私達くらいの年齢なら充分に輝けると思う。それを不自然に覆い隠す方が間違っているわ。大事なのは、外見じゃなくて中身なのよ!」
詐欺化粧の会の空気が凍りついた。
言いたいことはわかるし、そういった意見がある意味正しいことも知っている。
だけど、私たちは主張したい。容姿で何一つ苦労したことのない、あんたが言うなと。
メリル並みのスペックがあるのなら、化粧などしなくても充分に美しいだろう。
だが、それらはリリーを除くこの場のメンバーに当てはまらない。
みんな、それぞれコンプレックスを抱え、少しでも綺麗になりたいと望んでいるのだ。
この少女漫画の世界は文明が遅れがちであり、令嬢の幸せは結婚で決まると言える。
より良い相手に気に入られるため美しく装うのは、女性にとって幸せな未来をつかむための戦略だった。
(それに、メリルは気づいているのかな? アンジェラの開いた詐欺化粧の会を全否定していることに)
他の令嬢たちが、気まずそうな表情を浮かべている。
しかし、アンジェラは早々に立ち直った。単に妹の行動に慣れていただけかもしれない。
「……み、皆さん、お化粧も済みましたし、お茶の時間にしましょう」
彼女の一声で、「そうですわね」と、メンバーがいそいそと移動し始める。
しかし、微妙な空気は如何ともし難かった。リリーですら、オロオロしている。
アンジェラは、こわばった笑みを浮かべて耐えていた。
「こ、こちらは……ミランダの住む南の領地から献上された特別な茶葉ですわ」
「まあ、素敵! 良い香り!」
「私、知っていますわ! 甘い香りが特徴なのですよね!」
少し嬉しげなミランダと、テンション高めのエレフィス。
微妙な空気も、ようやく落ち着いてきた。
少しずつ最近の流行などの女子トークが繰り広げられる。その中には、もちろん恋愛に関係する話も含まれていた。
「ふふ、やっぱり、北の伯爵様は素敵ですわ。ブリトニーが羨ましい。彼には、誰か決まった相手がいるのですか?」
「いいえ。見合い話はたくさん来ていますが、婚約はさっぱりですね」
「まあ! それは朗報です!」
ミランダとエレフィス、ついでにノーラのテンションが上がった。イケメン優良物件の独身情報に胸を躍らせているようだ。
しかし、そこでメリルがスッと立ち上がった。
「……私、思うんです。こんな中身のない話じゃなくて、もっと実のある政治や経済のお話をすべきだと。女性だって、これからはそちらに関心を向けていくべきです」
再び、その場の空気が冷え始める。
メリルに悪気は全くないのだが、その素直さが良くない感じで作用してしまっている。
(別にそういう話に関心がないわけではないけれど。敢えて、今する話でもないというか)
もともと、何気ない会話の中で情報収集するのが令嬢たちのやり方なのだ。
流行は経済の話に繋がるし、恋愛だって政治的な話題に繋がる。まあ、中身のない話もするけれど。
今日の集まりは、政治経済について討論する会ではなく、詐欺化粧の会だし……
(しょうもない話も多いけれど、ここには真面目に勉強している王女や侯爵令嬢もいるし。王族や上位の貴族だから彼女たちは普通に賢いと思うんだよね。そういう話を直接しないだけで)
お茶会をぶち壊されたアンジェラが、ぷるぷると震えている。
まずい、これはまずいぞ。
(アンジェラ、落ち着いて……!)
しかし、このタイミングで救世主が現れた。
「やあ、失礼するよ」
そう言って、お茶会に姿を見せたのは、ルーカスとエミーリャ、マーロウ王太子という錚々たるメンバーだ。令嬢たちが慌ててお辞儀する。
「妹たちが、ここで集まっていると聞いてな」
マーロウがそう言って、ルーカスとエミーリャがそれぞれ挨拶する。
三人を見た令嬢たちが、控えめに頬を染めた。
とはいえ、彼らは射程圏外なので、積極的に動いたりしない。
(うん、わかる。雲の上すぎだよね)
それにしても、助かった。本当に助かった!












