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9:婚約破棄の真相は

 屋敷に帰ると、祖父が慌てた様子で私を出迎えた。どうやら、私に客人が来ているようなのだ。

 全身汗まみれの私は、リュゼにお礼を言った後、最低限の身支度を整えて客間へ向かった。

 部屋の中には見たことのある紳士と、ふてくされた顔の少年が座っている。二人とも、きちんとした身なりをしていて、どこか緊張した面持ちだ。

 紳士は祖父の友人で、別の伯爵家の当主だった。幼い頃から度々屋敷に来ていたので知っている。

 隣にいる少年は初めて見る顔だが、彼の息子だろう。オレンジがかった金髪と緑色の瞳が、紳士と同じである。

 急いで客人の元を訪れた私は、フゥフゥと荒い息を吐いた。少し動くだけでも、ブリトニーの体には負担になるのだ。

 祖父に促され、席に着く。ブリトニーの巨大なお尻は、二人がけの長椅子を占拠した。


「この度は、息子がとんだ失礼を……遅くにできた子で、私が甘やかしてしまったのが原因でしょう」


 私と祖父に平謝りしている紳士の態度で、私は彼がここに来た目的を察した。

 この紳士は、私に婚約話を持って来た相手なのだ。そして、一方的に婚約を破棄した相手でもある。

 なぜそんな人物を伯爵家に招いたのだと怒りも湧くが、人の良い祖父は友人を無下にできなかったのだろう。


(それに……あの人、可哀想なくらい小さくなって謝っているし)


 ところで、「息子がとんだ失礼を」とは、一体どういうことなのだろうか……

 不思議に思っていると、紳士が話を続けた。


「お恥ずかしいことですが。私が、今回の婚約破棄の話を知ったのは、昨日のことなのです」


 彼の話に、私は首を傾げる。


「実は半月前から、私は領地の視察や王都訪問で家を留守にしていまして。今回の婚約破棄の話は、その間に息子が無断で持ち出したものなのです。ですから……」


 紳士は、婚約破棄をなかったことにしてほしいと、祖父に訴えた。


「そうは言ってものう……ブリトニーは、今回の件でひどく傷ついて、食事も喉を通らないんだ。可哀想に」


 お祖父様、それは違います。普通にダイエットをしているだけです……

 彼は、孫の少食の理由を勘違いしているようだった。


「ブリトニー嬢……本当に、申し訳ありません」


 私に向かって深々と頭を下げる紳士が、さすがに可哀想になってきた。


「頭を上げてください。今回のこと、私は気にしていませんから」


 そう言って、にっこりと微笑む。

 しかし、端から見れば肥満令嬢の不気味な笑いにしか見えないようで、彼はますます萎縮してしまった。地味に辛い……


「私のことはお構いなく。祖父とあなたとでお話を進めてください。私は、二人の決定に従いますから」


 よいしょ、と重い尻を上げて客間から出る。婚約破棄された当事者がいない方が、話も進むだろう。それにしても……


(あの息子、よっぽど私との婚約が嫌だったんだな)


 親の留守を狙って、婚約破棄の連絡を寄越すくらいに。

 逆の立場で考えてみると、その気持ちもわかる。私だって、超絶肥満体型かつ性格も悪い、体臭もきつい男と婚約させられそうになったら拒否したい。

 家や立場を考えたら、実行に移せないとは思うけれど。


「さて、どうなることやら……」


 少年が私の婚約者になってくれるのなら、リュゼの出した条件をクリアできる。

 それはそれで良し。

 だが、彼が拒否し続けるパターンも考慮するべきだろう。こちらの線の方が濃厚だ。


 客間から解放された私は、リュゼに教えてもらった温泉を見に行くことにする。

 今の私は強烈な匂いを放っているので、あわよくばコッソリ温泉へ入ろうという算段である。


 温泉のある場所は屋敷の敷地内だ。

 我が伯爵家の敷地は田舎というだけあって広いのである。

 その中に森や川や洞窟も存在するので、温泉があってもおかしくない。


「フゥ、フゥ、フゥゥー」


 またしても大量の汗を流しながら、私は敷地の中を突き進んだ。

 リュゼから大まかな地図をもらっているのだが、それにしても少し遠い。そして暑い。

 普通の人間なら、ここまで苦労しなくてもたどり着けるのだろうが、私は運動不足の白豚令嬢なのだ。


(くっ……馬に乗れればなあ。乗馬の練習をしようかなぁ)


 私は、フゥフゥと荒い息を吐きながら、かなりの時間をかけて温泉に辿り着いた。

 結論から言うと、温泉はある。あるにはあるが……


「なにこれ……」


 岩壁の割れ目から、温泉らしきものが流れている。

 しかし、それを受け止める風呂釜などあるはずもなく、温泉はそのまま地面を通って近くの川へ垂れ流れていた。温泉成分のせいか、川の水が変色している。


(この辺りの川の水は、普段使わないからいいけれど……温泉は勿体ないな)


 温泉に触ってみると、温度はやや高めだが熱すぎることはなかった。源泉掛け流しが可能である。


(そういえば、屋敷からここへ来るまでに、干上がった小さな人工池があったな)


 それは、かつて祖父が「プールがわりに」と、私に作ってくれた浅い池だった。

 しかし、運動嫌いなブリトニーは、ほとんどそこで遊んだことはない。

 今では水も干上がり、無用の長物となっている。


(この温泉を人工池まで引っ張って、人工池から川へ流れるようにすれば……可能かも)


 温泉から人工池までは近い。とはいえ、わずかながら水路は必要だ。

 だが、私には水路を作る技術も知識もない。土木知識も、内政知識も、医学知識も、事務能力も、料理技術もなにもない。

 あるのは、この世界の元となっているであろう、少女漫画のストーリー知識のみである。


(リュゼお兄様に頼む他ないかな……いや、でも、お兄様は意外とシビアだし、私の道楽で水路を作るなんて許可してくれなさそうだ)


 大掛かりな作業にはならないだろうが、これはブリトニーの我儘でしかない。


「はぁ……」


 自分が無能すぎて嫌になる。

 ため息をついていると、ふと目の前に影が差した。


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