4.お前一体何者なんだよ!?
「こ、降参だ!助けてくれ!」
一同はまず命乞いをした奴を縛り上げた。
後ろ手に縛り、隠した武器がないかを確かめる。
「た、頼む、他の奴も手当てしてやってくれよ……」
最後まで残ったゴロツキCは情けない声をあげ、懇願する。
今回は身内の誰にもほとんど怪我は無い事もあり、情報を聞き出すためにも頼みを聞いてやることにした。
おっさんが回復魔法を唱え、とりあえずの処置をする。それから縛り上げようとした時だった。
「!」
「二重の罠とは、やられたな……」
「雑魚をあてがって、体力を消耗させてから満を持しての登場ってわけか……」
「こいつらを捨て駒にした、卑怯な手じゃ」
「どうします?私はまだやれますが……」
「……相手次第よね」
一同全員が、その気配を察知したのだ。……恐らく、さっきの奴らよりも多い。
蹄の音が少しずつ近づいてくるのが聞こえる所から、どうやら馬に乗っているようだ。
一同が陣形を整え、再び戦闘準備をして待つと、程無くそいつらは姿を現した。
「……遅かったようですね」
先頭に立ち、馬上から彼らを見下ろす男は、誰が見ても分かる立派な白い鎧を身に纏い、堂々たる出で立ちをしていた。その姿は間違いなく……。
「騎士!?」
グラムルが驚きの声をあげる。
……無理も無い。彼女も元は同じ身分だったのだから。
それにグラムルに限らず、他の誰もが驚きを隠せなかった。
(明らかに、さっきまでの奴らとは格が違うな……)
イセルの背に嫌な汗が伝う。戦士の勘と呼ばれるものが、全身でその男を警戒していた。
先頭に立つ男に付き従う十数人の者たちもまた、先頭の白い男にはやや劣るものの、同様の格好をしていた。
「一体どういう事……?」
彼ら全員の気持ちを代表して、ベルが呟いた。
確かにダイクは追っ手の存在を匂わせてはいたが、それが一国の騎士たちなどとは聞いていない。
もし騎士たちから追われるような存在だったとしたら、ダイクは一体何をしたというのだ……。
そう一同が思い巡らせていると、先頭に立つ白い騎士が馬を下りる。
警戒する一同を全く気にしていないように、そのまま無造作にこちらへと近づいてきた。
(チッ!)
イセルは内心舌打ちして、一歩前へ出る。
同時に、他の者は一歩後ろへと下がった。
近づいてくる騎士を前にして、イセルは背負った剣に手を掛けたものの、抜き放つタイミングを掴めないでいた。
剣を抜いた瞬間に斬られる……そんな嫌なイメージが浮かんで離れない。
歩いてくる騎士は、イセルまで十歩ほどの距離まで近づいて、止まった。
そして静かに口を開く。
「……ダイク様はどこです?」
「ちっ、やっぱりダイク目当てかよ……」
悔しげに吐き捨てるイセル。
面を被っていて分からないが、声を聞く限り、どうやら若い男のようだった。
どう考えてもさっきの今でこの人数相手に勝てる見込みは無いが……ん?
「……?」
全員が何か違和感を感じた。
「ダイク様はどこです?」
もう一度、騎士が口を開く。
「……ダイク、様?」
全員の頭の上に?マークが浮かんだ瞬間、後ろからダイクの声がした。
「カシューナ!!」
「ダイク様!」
振り返ると、依然存在していた魔法の闇の中から、ダイクが駆け出してくる所だった。
その姿を見た騎士は慌てて膝まづき、面頬を上げるとダイクに向かって安堵した表情を見せた。
ダイクはそのまま騎士の下へ駆け寄ると、首元へ飛びつく。
傍から見るとそれは、仲の良い家族が久しぶりに再会した時のようだった。
「……で?」
完全に置いていかれた一同は、皆揃ってぽかんとした表情のまま、成り行きを見守る。
スプが隣のおっさんに向かって呟いてみたものの、それに答えるものは誰もいなかった……。
*
「じゃあこれで依頼は達成したって事か?」
「そうですね。そうなります」
一同は、町へと向かう途中の道にて、馬上の人となっていた。
結局、あれから駆けつけた騎士の素性を聞いた所、彼らはポルトヴァのダイクの家に仕えていた騎士たちだと言う。
「カシューナと言います。皆様、この度はダイク様を守って頂き、誠に感謝の念に耐えません」
白い騎士はそう勿体回った礼を言うと、自己紹介をする。
鎧の面を取った彼の姿は、二十代ぐらいに見えるほど若く、金髪に青い瞳の整った……いや、非常に整った顔立ちをしていた。
「……(ふ~ん)」
「……(へぇ~)」
しかし、このメンバーの女性たちには、何の感銘も与えていないようだった。
……彼女たちは、あまりそういった感情とは無縁なのかもしれない。
「仕えてるって、ダイクお前一体何者なんだよ!?」
散々ガキ、ガキとコケにしていたイセルが尋ねる。
それにはカシューナが代わりに答えた。
「ダイク様は、ポルトヴァの領主だったノルディック・ラカーサ様のご子息であらせられます。ノルディック様が亡くなった今、唯一その座を告ぐ資格があるのがダイク様なのです」
「……りょっ!領主!?」
せいぜいどこかの貴族のドラ息子ぐらいにしか思っていなかった一同は、カシューナの言葉を聞いて仰天する。
領主などという種類の人々は、まだ駆け出し冒険者の彼らが気軽に会うことができるような身分ではない。
そんな身分の人に散々「ガキ、ガキ」と言い続けてきたイセルとスプは今更ながら後悔し、若干顔が青ざめているのが他の人たちにも分かった。
「……短い付き合いじゃったな」
「それじゃあね、骨は拾ってあげるから」
「惜しい人たちを亡くしましたね……」
などと、慰めの欠片も無い言葉をかける無責任な仲間たち。
「……ありがとう。死ぬ前にお前ら全員叩っ斬ってやるよ」
「協力するぜ」
それに対して笑顔で返す二人だった。
「ははは、大丈夫ですよ。皆さんは恩人ですし、それに昔、父が言っていました。『厳しい言葉をかけてくれる者を大切にしろ。周囲の者が皆お世辞を言うようになったらおしまいだ』って……」
「いや彼らはただ単にバカに……モガモガ」
「いやぁ~素晴らしい父上ですな、スプ君」
「全くですな。はっはっは」
グラムルの口を押さえながら不自然に笑う二人だった……。
*
野営地をそのまま後にし、カシューナが引き連れてきた部下たちの馬を借りて一行は街へと向かうことになった。
ちなみに、襲ってきたゴロツキたちを尋問してみたものの、奴らはポルトヴァの街の仲介屋に言われて襲ってきただけだった事が分かった。
『ダイクというガキを連れて来い』という命令を受けて、張り込んでいたらしい。それ以上の事は何も知らないようだった。
とりあえず、「狐目」という仲介屋の情報を聞いて、ゴロツキたちを置き去りにしたままその場を去る。
当然ながら、連れて行く意味も余裕もない。
まあ、運が良ければ野犬に見つかる前に目が覚めるだろう。
……それよりも、このまま順調に行けば明日の昼には目的の街に辿り着けるようだ。
今度はカシューナや御付の騎士たちもいるし、気楽な旅になるだろう。
(後は、どうやって報酬を吊り上げるかだな……)
邪な考えが一行を支配していた。
「そういえば、さっきお前どこに隠れてたんだよ。完全にダメかと思ったぜ」
「あぁあれは、あの闇の中にいるふりをして、そのまま通り抜けた所にある木の洞に隠れてたんですよ」
「へぇ~、いつの間にそんなもん見つけてたんだ……ですか?」
「や、やめてくださいよ、普通でいいですから。……食事の前に、何だか寝やすそうな所だなと思って見てたんです」
「ふ~ん……」
「……ダイク様、逞しくなられて……」
街道を馬に揺られて歩く一行に、眩しい朝日が差し込み始めていた。