3.どうしていつも飯時にくんだよ
「どうしていつも飯時にくんだよ」
ぼやきながら、スプが残ったスープをかきこむ。
……彼はもう一杯お代わりしようとしていたのに。
「同感」
スプに続けて、イセルも串に刺さっていた残りの肉を全て頬張った。
……その顔にはうんざりした表情がありありと見て取れる。
彼は丁度重い鎧から動きやすい皮の鎧に着替えた所だったのだ。彼はいつも、野営する時にはそうしていた。
そしてようやく、この串が今日の夕食最初の一口だったというのに。
「恐らく、同じ場所に留まっているのは食事時か睡眠中しかないからではないでしょうか」
他の人の何か緊張した雰囲気を感じ取り、自分の荷物を集めていたダイクが二人に向かって解説をする。
「「ガキは黙ってろ」」
そんな事は分かってるとばかりに、すかさずスプとイセルの二人が同時に答える。……実に大人気ないな。
「四……いや、五人かの」
「……お客さんみたいですね」
「夜盗の類か……?」
二人とダイクのやり取りも全く気にせずに、おっさんことヌニエル・スーンが木のジョッキに残ったエール酒の最後の一滴を飲み干した。
それを肩に担ごうとして、慌てて横に置いていた戦斧に持ち変える。
このドワーフはほっといたら本当にジョッキで戦いかねないからなぁ。……しかも割と強かったりして。
少しドキッとしたイセルだった。
それらと同時に、グラムルも大剣を手に取り、戦闘支度を整える。
果たして今回は活躍を見せることができるだろうか?
時刻は夜半。ダイクをポルトヴァの街まで護衛する途中の出来事だった。
特に何事も無くここまで来て、あと一日もあれば着くだろうという林の中で、一同は野営をしていた。
「もう食後の運動か」
イセルもかなり大きい大波剣(彼はフレイムスラストと呼んでいる)を担ぎ上げ、続いてグラムルの隣へと進み出た。
前列にこの二人が並ぶのが、いつもの彼らの陣形だった。
「えっ何々?」
一人事態が分かっておらず、まだベルは山草のスープを食べている。
おいおい、貴方が一番専門家でしょうに……。
ベルが弓矢を構え、ダイクがレム睡眠になりかけていたシャルルを起こした時、『お客さん』は姿を現した。
――ガサガサッ、ザザッ
森の中から、数人の男たちが立ち上がる。
誰も皆、無精ひげを生やし、髪も伸び放題。粗末な鎧を身に着けており、中には酔っ払いみたいな男もいる。
……一目で分かる、ゴロツキって奴だ。
「大人しく武器を捨てりゃあ、命だけは助けてやるぞ」
先頭にいた奴が、お決まりのようにそう言った。が、誰もそんな言葉は信じちゃいない。
人数は六人。……丁度ダイクを除いた彼らと同じ数だ。
既に一同は半円状に包囲されていた。
「生憎、俺にゃあ命より大事なもんがたくさんあるんでな」
ゴロツキたちとの距離を狭めるため、近づいていくイセル。
無造作に見えるその動きには、意外にもゴロツキたちに見つけられる隙など無かった。
「てめえらこそ、大人しく有り金全部置いてけば許してやるぞ」
スプもそれに続き、杖をヒュンヒュン回しながら言う。少し前の戦いで懲りたのか、前線に出ようという動きは無い。
それを見て安心し、イセルの後に続くおっさん。
彼は常に中列の存在だ。ドワーフの持つ暗視の力は、ゴロツキたちの目線がちらちらとダイクに向かうのを見逃さなかった。
「奴ら、どうやら……あの坊ちゃんが目当てみたいじゃの」
「……何?訳アリって奴か?」
おっさんとイセルの視線を受け、ダイクがビクッと肩を振るわせる。
普段は大人びていても、やはりまだ年端も行かぬ子供なのだ。彼が行動を共にしてから初めての戦いとなる。
この後に起こる惨劇に、果たして彼は耐えられるだろうか……?若干心配をしてしまう。
ダイクがわざわざ一行に護衛をお願いしてきたのには、こういう理由があったからか。
……どうやら、狙われるような裏事情がおありの様で。
戦いの後に事情を聞いてみなけりゃいかんな……と考えるイセルだった。
「一応隠れてもらってた方がいいだろ?」
そう言うとスプは、古代語の詠唱を始める。
「*#%&?……≪闇よ≫!」
彼らを挟んで、ゴロツキたちと反対側の茂みの奥に、魔法による数mほどの真っ暗な空間が現れる。
焚き火の炎も届かないその闇は、周囲の暗さと相乗して不気味な空間を浮かび上がらせていた。
「おいダイク!向こうに隠れてろ!」
「分かりました!」
そういうとダイクは魔法で創造された闇の方へ向かって駆け出していく。
「あ、あのガキッ!」
同時に、やはりダイクが目当てだったらしいゴロツキたちが、一斉に彼の後を追って動き出す。
それが戦闘開始の合図となった。
まずはイセルが先頭に立っていた男に斬りつける。
しかし移動しながらの攻撃だったこともあり、その太刀はギリギリで相手にかわされてしまった。
その右ではグラムルが隣の男と戦闘状態に入った。今までの数々の経験を参考にして、彼女は慎重に相手の出方を窺っている。
左ではおっさんも同じく接敵していた。相変わらずこのドワーフは戦いとなると異様に張り切るな。
「ちっ、手が足りんな……」
戦闘が始まってすぐ、イセルはそう呟く。
逃した敵は三人。皆ダイクを狙って駆け出している。
内一人は、ベルが放った弓矢に怯んだ隙に、シャルルが呼び出した光の聖霊に行く手を阻まれた。
……焚き火のみに照らされた暗い森の中に、幻想的な光が踊り始める。
「な、何だこいつ!?」
三人のうち一人は何とか足止めができたようだ。
……しかし、残った二人はそのまま一行の後ろへと走り抜け、ダイクが消えた闇へと近づいた。
さすがに前回の仕事で懲りたのか、スプも白兵戦を挑むつもりはないらしい。
「……しょうがねぇな!」
見かねたイセルが駆けつけようとするが、それはできなかった。
まだ彼の相手は戦闘不能状態にもなっておらず、そのまま駆けつけた所で人数は変わらない。
「もらった!」
「うざってぇな……!」
背を向けた瞬間に、勢いづいて斬りかかって来た剣を振り向きざまに受け止めつつ、イセルは歯噛みする。
そうしているうちに、二人の男が魔法の闇の中へと飛び込んでいった。
「どこだガキ!」
「しまった!」「ダイク!?」
グラムルとおっさんが同時に声を上げる。
いくら魔法の闇の中とはいっても、二人がかりで捜索されては捕まるのも時間の問題だ。
「……いたか!?」
「いねぇ!どうなってんだ!?」
しかし、意外にも暗闇の中から聞こえたのは、慌てたゴロツキ二人の声だけだった。
丁度そこへ、割と聞き覚えのある詠唱が響く。
「¥@*<……寝とけ!」
ガサッ、ドサッ
すると二人が倒れたような音がし、ゴロツキたちの声は聞こえなくなった。
「よくわかんねぇけど、チャンス!」
ここぞとばかりに攻め立てる一行。
今回はグラムルも無事意識を保っていた。……それどころか、無傷のまま相手を追い込んでいる。
「もらいました!」
「ぐ……ぁ」
見事な大剣の一撃で、ゴロツキBは鎧ごと近くの木まで弾き飛ばされ、そのまま意識を失った。
向こうでは、ウィスプに顔を弾かれたゴロツキDがゆっくりと倒れていくのが見える。
イセルの相手の男もこれまでの出血に意識を保っていられず、剣を受けたままうつ伏せに倒れた。
……となると、残りはおっさんが相手をしていたゴロツキCだけ。
「後はお前だけじゃぞ?」
おっさんがそう言うと、ゴロツキCは辺りを見回して悔しげな表情を浮かべた。
相手は戦意をほぼ喪失している。
「そこじゃっ!」
狙い済ました一撃。横薙ぎに相手の肩口を狙う。
これならもし防御されても、体勢を大幅に崩せる……はずだった。
「こ、降参だ!助けてくれ!」
最後に残った一人は、凄まじい速さで地面に膝を着く。
膝を着いたゴロツキの頭の上を、渾身の力を込めた戦斧の一振りが凄まじい勢いで空を切る。
……それが戦闘終了の合図となった。