5.……なんか楽しくないな
「よし、次行くか」
後始末と準備も終了し、若干一部のチームワークに溝ができつつも一行は次の部屋へと進む。
そこに現れたのは、四匹の『巨大蛇』だ。
今度はイセルを中心にして右をグラムル、左をおっさんが固める布陣で迎え撃った。
四匹の蛇は、それぞれシュルシュルと二股の舌を出したり引っ込めたりしながら向かってくる。しかし各一匹ずつは部屋の壁沿いに向かってきたため、両翼の二名は壁沿いへと向かわなければならなかった。
その代わりにシャルルが闇の精霊をイセルの元へと向かわせる。ベルは回復役も務めなければならないおっさんの援護だ。
相手の数が多いことから、スプは≪魔法の楯≫、おっさんは≪神の加護≫を発動させた。
まずはいつも通りイセルの戦いから見て行こう。
シェイドが参戦したとは言いつつも、足止めには向いていない精霊のため、彼は二匹を意識しながら戦わなければならなかった。確か、ヘビは生物の温度で相手を見分けているはずだ。そんな事を聞いた事があったので、精霊では蛇の足?を止める事はできないだろうと見越していた。
先ほどのカエルと同じように毒々しい体表の色をしたヘビは、まるで幻惑するように体を波打たせながら、時折頭を持ち上げて間合いを計っているようだ。
片方はシェイドが牽制してくれているものと信じ、先手必勝で攻撃を仕掛けるイセル。
二刀流と言うのは、剣の扱いに慣れてしまえば、かなり有効な戦法だ。
特に動物系の敵に対しては、片方の剣を牽制に使い、もう片方で傷を付ける目的で使い分けることができる。ティルヴィンも、動物相手でさっきの虫たちよりはやる気になっているのか、心持ち鋭さが増している気がする。
噛み付いてこようとする頭を波短剣で牽制しながら、ティルヴィンを走らせて何撃かの傷を与えた。……だが、まだ浅い。
イセルはまだ自分の体力に余裕がある事を確認し、大きく打って出る事にした。
……彼は体の前で二つの剣を交差させ、ヘビに向かって突進する。それを感知したヘビの頭が、矢のように一直線に向かってきた。
その様子に考えるよりも早く体で反応したイセルは、波短剣を頭に叩き付け、無理矢理方向を変えた。そしてその首筋に向かって右手のティルヴィンを力の限り叩き込む。
……手応えあり!
相手の勢いもあってカウンター気味に命中した剣は、首の骨辺りまで届いたはずだ。大きく血が吹き出し、それを被らないうちにすかさず体を引く。のた打ち回るヘビに止めを刺すため、再びイセルは突進した。が、その直後に横から強い衝撃を受ける――。
何とか踏み止まって見ると、もう一匹のヘビが横面から牙を剥いていた。
左手の上腕部と腰の後ろ辺りに鋭い痛みが走る。
(――ちっ、また毒かよっ――!)
相手がヘビという所から、予感はしていた事だった。幸いなのは、蜘蛛のように麻痺毒ではない所だ。
傷口で何度か破裂する魔法の矢のような痛みに耐えながら、さらに数歩進んで彼は一匹目のヘビに止めを刺した。
……あと、もう一匹。戦士の仕事は忙しい。
次におっさん……いや、グラムルに行こうか。
先ほど大失態を見せた女騎士は、今度こそ慎重に間合いを計っていた。
(ヘビも丸呑みするけど、ベロは伸びてこないはず……)
一生懸命、記憶を辿って安全策を検討する。……うん、おそらく大丈夫だろう。そう考えて今度は攻撃態勢に入る。
現在、彼女は右の壁際に沿って進んでくるヘビと相対している。ということは右側は壁であり、十分なスペースは存在しない。なので、自ずと剣の振り方も考える必要があり、いつもに比べてぎこちない動きになってしまっていた。……まだまだ精進が足りないようだ。
上から振り下ろした剣がかわされ、今度はその勢いを利用したまま左から振り抜く。しかし、またしても回避されてしまった瞬間、彼女の両手に強い痺れが走った。……外れた剣が壁に当たったからだ。
(……つ~っ!)
思わず落としそうになった剣を何とか繋ぎ止め、構え直そうとする。だが、その一瞬の隙を突かれてヘビは攻勢へと転じたのだった。
グラムルは思わず見つめた。その顎が大きく開かれ、彼女の頭から太腿辺りまで一気に広がる。ついさっきの恐怖が蘇った時、体が勝手に動いた。
「いやあああぁぁっ!!!」
目を瞑ってしまったグラムルがその両目を開けた時、ヘビの頭は彼女の眼前で止まっているのが分かった。
……力の限り突き出した大剣は、ヘビの顎を突き破り、その後ろまで通り抜けていた。
一方、左側のおっさんはと言えば、ヘビとにらめっこが続いていた。
本人はカエルよりは威圧感はあるだろうと思っており、実際そのせいなのかどうかは分からなかったが、今の所まだ襲っては来なかった。
さっきから二本ほどベルの矢が刺さっているのだが、当たり所が悪いからなのか、大して効いているようには見えない。
こうして、シルシル……と舌が出たり引っ込んだりしているのを見ているだけではしょうがない。素早い動きは得意ではないが、攻撃しなければならないようだった。
そうでなければ、いつ他のメンバーが援護に来て、目の前のこいつを倒されてしまうかも分からないからだ。
久々に戦いを満喫しているおっさんにとっては、この問題はとても重要事項なのだった。
というわけで、軽くフェイントを入れて近付いてみるが、全く聞いているようには見えなかった。……鈍い性格のヘビなのかもしれない。
しかし途中で戻るわけにも行かず、そのまま斧を担いで突進するおっさん。呆気なく、上方向に首を持ち上げ、その一撃はかわされてしまった。
続いてさらに連続攻撃を仕掛けようとした時、右方向から聞こえてきた馴染みのある悲鳴に驚いて、一瞬動きを止めてしまうおっさん。
……悲しいかな回復役の職業病か、脳裏に回復魔法のことが浮かんでしまったのだった。
気付いた時には頭上に影が迫っていた。
上を向くのは危険だと咄嗟に判断した事から、体を丸めて固くする。――そこへ巨大な顎が降ってきた。
「リーダーッ!」
後ろから見ていたベルが声を挙げる。――今度はおっさんが、ヘビに食われていた。
……ん?
「の、のおおおおおっっ!!!」
その声と同時に、ヘビの頭に丸呑みされていたはずのおっさんが、なんと斧を振り上げ自力で口から脱出したではないかっ!?
力いっぱい斧を持ち上げたおっさんは、その腕力でヘビの頭を二つに引き裂いていたのだった。
……それにしても、今日のおっさんは真っ二つにするの好きだな。まあ、そういう日なのかもしれない。
またしても出番が無くなったスプは、行き場の無くなった呪文で残ったイセルの前の一匹に≪魔法の矢≫を撃ち、止めを刺す。
これにて四匹のヘビは全て倒すことができた。
「……なんか楽しくないな」
最後にスプがつまらなそうに呟いた。