2.あの~、お仕事をお願いしたいんですけど……
さて、さっきまでの出来事もすっかり忘れた二時間後。
いつもの酒場にいつもの仲間。……それだけでもう何も説明は要らなかった。
最近多くなったイセルの愚痴と、ダラダラしたみんなの雰囲気。
彼らには最近、冒険者のボの字も見当たらなく、日雇いの雑用まがいの事をして、日々の食いぶちを稼いでいるのが常だという寂しい日常だった。
「あーあ、おいしい仕事無いかな~」
ベルはいつもそればっかりだ。
「あの~……」
「そうだよねー。なんかこう、ちょっと誰かを送ってっただけでお礼が貰えるとかさー」
グラムルも、騎士の割には何故か金にはこだわる。
……まあ、さっきの今だから無理もないといえば無理もない。切実な問題だ。
「じゃあそろそろ、俺の師匠でも探しに行くか」
スプは相変わらず唐突だ。
もちろん大して興味のない他のメンバーは、その言葉をあっさりと聞き流す。
エール酒の最後の一滴を飲み尽くすと、イセルはしみじみと呟くのだった。
「スプの師匠か……その罪は重いな。お姉さんおかわりー!」
「……全く、やーね人間って」
何故か近くの男性店員を無視して、奥にいるウエイトレスに声をかけるイセル。
そんな彼に、ベルはじとーっと音がしそうな視線を送るのだった。
「あ、あの~……」
「……なぁに?僕」
さっきからすぐ側で声をかけてきている子供に気づいて、シャルルが返事をする。
……ちなみに、イセルとスプはさっきからその存在に気づいていたのだが、面白そうなので無視していたのだ。
すかさずイセルが茶々を入れる。
「ぷぷっ!子供が子供を子供扱いしてるよ」
「む~……、子供じゃないもん!」
いちいちシャルルもほっぺを膨らました。
そういうシャルルは一人だけ、特別注文のお子様セットなんですが。
「全くホント子供なんだから……」
『って子供っ!?』
みんな一斉にそちらを向いて叫ぶ。
さすが、見事なまでのチームワークとオーバーリアクションだった。
「あの~、お仕事をお願いしたいんですけど……」
彼らのあまりの勢いに気後れしながらも、その男の子は確かにそう言った。
その声は周囲の喧騒に紛れて掻き消されそうだったが、たとえこの場に突然魔神が召喚されようとも、みんなその一言だけは聞き逃さなかっただろう。
『仕事っ!?』
またも息ぴったりにそう叫ぶと、全員が一気に身を乗り出してくるのだった。
「引き受けよう」
『早っ!』
そう言ったのはおっさんだ。
……さすがリーダー。即断即決。
あまりの即決に、若干不安になったグラムルがたしなめた。
「せめて内容だけでも聞きましょうよ……」
「あ、ありがとうございます。実は、仕事と言うのは護衛をお願いしたいんです。……僕を隣のポルトヴァの町まで連れて行って欲しいんです」
「……ポルトヴァ?」
「はい、ここから徒歩だと大体二日ぐらいの所にある小さな町です」
彼らは(冒険者のくせに)あまりこの辺りの地理には詳しくないが、その名前くらいは小耳に挟んだ事があった。
……確か、優秀な領主がいるとかいないとか……。
「怪しいな」
「何でですか!」
イセルが唐突に言う。
思わず少年も突っ込んだ。
「他にも冒険者はたくさんいるというのに、よりによって俺たちに声を掛けてくるというのが怪しい」
「確かに」
……スプよ、自分で頷くな。
「自分たちで言わないで下さいよ。……あなたたちに声をかけたのは、とても賑やかそうだったから……あ、じゃなくて、すごく頼りになりそうだったからですよ!」
妙に『頼りになりそう』という部分を強調する少年であった。
「怪しい。断る」
イセルは即答した。
「だから何でですか!……あ、報酬ならそこそこは払えると思いますよ」
「引き受けます」
グラムルは即答した。
『早っ!』
……ナイスタイミングでみんなから突っ込みが入る。
そのまま、仲間内でワイワイガヤガヤと騒ぎ始める一同。
「あの~、詳しく説明をしたいんですが……」
なんとなく居場所が無いような気がしながらも、控えめにそう言うしか出来ない少年だった……。
*
「……というわけで父が亡くなって、僕が父の仕事を引き継ぐことになったんです」
ソーンダイク・ラカーサと名乗ったその少年は、なんだかんだの末の交渉成立後、出来るだけ早く出発したいとの事で、次の日の朝には全員支度を済ませることになった。
もちろん、こういう所は冒険者だ。手早く準備をするのには慣れている。
……手荷物が何にも無いからではないはずだ。多分。
「なんか父親が亡くなった割にはあっさりしてるな」
まだ微妙に疑っているのか、イセルは昨日からしつこく突っかかるのだった。
……非常に大人気ない。
「いえ、そんなことないですよ。実は内心はとても……」
ダイク(そう呼んでくれとの事だった)は、それにいちいち弁解する律儀な少年だった。
これだけ聡明で利発な割に、彼はまだ十二歳だと言う。……一種の天童と言っても良さそうだ。
多少汚れてはいるが、よく見れば上等な衣服を身に付けており、ちょうど良い長さで切り揃えられた髪も、よくよく見ればいいとこのお坊ちゃんのようにも見える。
深い事情は聞いていないが、勉強のためにこの町に来ていたという話からしても、どこかの貴族のドラ息子かも知れない。
一行はそんな風に思っていたのだった。
一瞬、沈んだ顔を見せたダイクだが、それは本当にほんの一瞬だけの出来事だった。
部屋の中からスプの声が聞こえてきた時には、彼からそんな表情は全くどこかへと吹き飛んでいた。
「よっし、準備できたぞー」
「こっちもいいよー」
女性部屋の方からも声がして、グラムルとベルとシャルルが出てくる。
……が、シャルルはまだ眠そうだった。
「んじゃ、出発するか!」
そうイセルが言って、階段を降りて行こうとする。
「んん、オホン!」
……どうした?おっさん。
「……してもいいですか、リーダー?」
イセルがおっさんの顔を覗き込む。
彼の半分ほどしかないおっさんの顔を見るためには、彼はかなり腰を屈めなければならなかった。
「うむ、出発じゃ」
そう聞かれ、おっさんは満足気に頷いた。
……なるほどね。
「お、おぉ~!」
なんだか気合が入りきらないながらも、ようやく彼らは長い道のりの第一歩を踏み出したのであった。