1.おい、どーしたばーさん
「あ~、そろそろ仕事しねぇとまずいよな~」
「確かにのう、もう宿代も無くなりそうだしの」
勢いでパーティーを組んだのはいいものの、中々連携がうまくできるほどになるまでには時間がかかり、それから丁度いい仕事の依頼というのもあまりなく、たまにあったかと思えば前回のような裏のある依頼ばかりだったり……。
そうこうしているうちに、何だかんだで時間が経ってしまった。
……まあ、それでも何とか生きて食いつないでいけたのだから、運がいいのかもしれないが……。
そんなわけで、ぼやきながらも一行がいつものようにいつもの町をぶらついていた時のこと。
突如、目の前を歩いていた年寄りが、フラフラとその場にへたり込んだのが全員の目に入った。
あまりのタイミングといえばタイミングに、一瞬だけ立ち止まって悩む一同。
……が、こうしたトラブルは自ら首を突っ込んでかき回して立ち去るというのが冒険者の務め。
そこまで考えたわけではないと思うが、とりあえずイセルが声をかけた。
「おい、どーしたばーさん」
その間に、司祭であるおっさんと騎士であるグラムルが駆け寄る。
軽く見ただけで、それほど重症ではないことを見抜くと、ほっと二人の肩の力が抜けた。
婆さんはみすぼらしい格好に小さな風呂敷を背負っている。
駆け寄ってきた二人を見ると、プルプルと右手を差し出しながら、懇願するように語りかけてきた。
「お、おぉ、誰か……誰か……腹がぁ~……」
「減ったんだね?」
婆さんは精一杯哀れみをそそるようにしたつもりだったろうが、シャルルの屈託のない笑顔と無邪気な一言によって、全て無に帰してしまった。
一気に、婆さんの表情が申し訳なさそうになる。
「減ったぁ~……」
『空腹→食事が必要→でも食べてない→文無し→おごるしかない!』
という行き倒れの公式がすぐさま思い浮かんだ一行に、あからさまに躊躇の空気が広がる。
ある者はさりげなく、ある者は慌てて。それぞれの懐をチェックし始めた。
それを見た婆さんにも、一抹の不安がよぎったようだ。
これはまずい……急がねば!と思ったのかどうか、婆さんは突然元気よく声を挙げる。
「あ!あんな所に大衆酒場が!?」
「……」
婆さんが指差したその先にある酒場は、彼らのいつも行きつけである、冒険者たちがクダをまく……じゃなかった、依頼を待つ酒場だった。
あまりの出来過ぎといえば出来過ぎな流れに、一行の間に急にこの婆さんに対する不信の念が渦巻き始める……。
「あ!ホントだ!よしじゃあみんな行こうぜー!」
その筆頭であるイセルが、あっさりと婆さんを無視して酒場へと歩き始めた。
しまった!と悔しげな表情を見せる婆さん。
当たり前のようにそれにスプが続き、懐事情に厳しいベルたちも続こうとした時。
「つ、連れてきましょうよ……」
パーティーに唯一残った良心、グラムルが何とか聞こえるぐらいの声で皆に呼びかけた。
それを聞いて安堵の表情を浮かべる婆さんと『あっちゃ~!』という表情を浮かべるイセル。
しかし、とにもかくにも、ここからお話は始まってしまうのだった。
*
「グラムルさん、君が連れてきたよね?」
酒場兼冒険者の宿『明日は明日の風が吹く』亭に着くやいなや、活き活きとしてメニューの高い方から順番に十個ほど頼んだ婆さんを見た瞬間、即座に責任の所在を再確認したイセル。
あっという間にグラムルの顔が青ざめ、さっきの婆さんの表情よりも生気が無くなっていったのは言うまでもない。
そして、助けを求めるように仲間たちの顔を見回すグラムル。……ちょっと涙目になっていた。
懐事情に厳しいベルを始め、同様の状況である仲間たちは(厳しい……)とは思いつつも、誰も手助けできずに顔を背ける。
……結局ここの料金は、後でグラムルが金持ちのリーダーから借りて払ったのだった。
「ふぃ~、……食った食った。お前さんたち、世話になったな。お礼というほどでもないが、ワシは金は持っておらんのでな。代わりに占いなどしてしんぜよう」
言うや否や、婆さんは懐から水晶玉を取り出し、なにやらテーブルの上で念じ始める。
それを見て、(……これを売ればいくらになるんだろう……?)という表情をするグラムル。
……ちなみに彼女は、焼き魚一匹しか食べていないのだった。
しばらく水晶玉とにらめっこしていた婆さんは、ついに一行が飽き始めたとき、ようやく顔を上げてグラムルへと語りかけた。
「む、むぅ~ん……お主。デブリーズ・フェアチャイルドというのか。珍しい名前じゃな」
「な、何故俺の本名をっ!?」
横から口を出すイセルをシカトするみんな。
そんな彼の茶々にはもう慣れっこだ。
「あの……あの席じゃな!あの奥の隅のテーブルに座っておるがよい。そうすればお主らの未来は開けるであろう……」
たっぷりと占い師の余韻を含ませながらそう言い放った婆さんだが、予想通り、このメンバーの心を動かすようなことは無かった。
婆さんは「えっ!」とか「おっ!」とか「マジでっ!?」という反応ぐらいあるかと思っていたようだが、言われた当人であるグラムルを始めとして、(……ふぅ~ん……)というリアクションたっぷりに無反応だ。
そのあまりの反応の悪さに居心地が悪くなったのか、「そ……それじゃあ世話になったな」と言い残し、謎の婆さんはそそくさと酒場を去って行く。
酒場に残された一同の間には、気まずい沈黙が流れていた。
その視線の中心となっていたのは、グラムル改めデブリーズ・フェアチャイルドだ。
「え、……えーっと、それじゃあ……」
「……」
「折角なので、あっちに移動しましょう……か?」
「……」
無言でそれに従い、ガタガタとテーブルを移動する一同。
(……な、なんでこんな、『何かあれば私の責任』みたいな空気になってるの……!?)
グラムルの背中に、無言のプレッシャーが突き刺さる。
というわけで一行は特にわけも分からぬまま、言われた通りのテーブルに場所を移し、いつもの如く酒盛りを始めるのだった。
そしてほんの数分後には、さっきまでのそんな空気もあっという間に忘れてしまうのが、彼らが彼らたる所以なのだ。