5.私達のお金、払いなさい!
「がはは、思ったよりうまくいったぜ」
「あいつらの面食らった顔は見ものだったなぁ」
「これで本当の依頼人から金をもらえば……?」
「後もう少しで俺たちもこの街の騎士団に入れるって訳だ」
「盗賊上がりの俺たちがなぁ……。戦乱の世サマサマってもんだ!」
「ホント、馬鹿な素人冒険者がいて助かったぜ」
「女とガキ連れだもんなぁ。ふざけた連中だぜ……」
街外れの廃屋の前で、ベルはそんな会話を聞いていた。
他の仲間は少し後ろで待機している。
音が聞こえなくなる魔法の力場の中で、彼らの怒りは頂点に達しようとしていた。
窓の場所を確認した後、仲間に軽く合図を送る。
それを見た瞬間、待ってましたとばかりに皆は武器を構えた。
突入五秒前。四、三、二……一……。
ドガッ!
「てめぇら、さっきから聞いてりゃあいい気になりやがって!俺が全員叩っ斬ってやっから覚悟しやがれ!」
最初の口上はいつもイセルの役だ。そして斬りこみ隊長役も。
「ぅわぁっ!」
したり顔で酒を飲みながら、上機嫌だった悪党どもは相当驚き、椅子から転げ落ちた者もいた。
しかし入り口が狭かったのが幸いし、イセルの次にグラムルが入った頃には、全員が体勢を立て直したところだった。
「私達のお金、払いなさい!」
相変わらず、凄みの無いグラムルの口上だ。……まあそこが彼女らしいのだが。
そして彼女の次に入ってきたのはおっさんだ。
「有り金置いてけ~ぃ……」
低い声でそう言った後、研ぎかけの斧を壁に叩きつける。
一体誰が彼に司祭なんて職業を薦めてしまったのだろうか……。今日も最前線で戦う気満々だ。
「う、うわぁーっ!」
一番奥にいた一人が恐慌に襲われ、奥の窓から逃げ出す。
入ってきたばかりで、入り口側にいたイセル達には、さすがにそれを止める術は無かった……が。
「行け、うぃすぷ!」
外に飛び出した悪党の前に、突如光の塊が現れる。
そして逃げ出そうとする悪党に向かって、それを阻害するように漂い始めた。
避けきれず光に触れた悪党はギャッと悲鳴を上げ、窓際にヨロヨロと後退する。
光に触れた部分を見ると、まるで火花でも飛んだように赤く腫れていた。
ウィル・オ・ウィスプ。光の精霊である。
精霊使いは異界より精霊を呼び出し、使役する事ができる。
それは例え、シャルルのような小さな子供だったとしても例外ではなかった。
ドスッ
そして気の毒な事に、せっかく逃げ出そうと外に出た悪党君の太ももに、無慈悲にも短弓の矢が刺さる。
「絶対逃がさないからね!私達のお金払いなさいよ!」
そこには炎の精霊でもたじろぎそうな、燃える瞳をしたエルフが仁王立ちしていた。
イゼベルだ。……女性はお金が絡むと、異常に行動力を起こすのは何故だろうか。
逃げられない彼の命運はもう決まってしまっただろう。重ね重ね気の毒に。
一方、室内はというと。
「おいおっさん、グラムルやべぇって!」
「何、また回復?」
室内の直接戦闘では一対一の戦いが三組できていた。
まずイセル対禿げた頭の男。
最初に一行に仕事を持ちかけてきたのがこの男だった。
裏付け捜査で発覚した通り、強盗に入られたと言って報酬を断ったが、実はその強盗ともグルだった。
彼に一番、全員の怒りが集まっている。
立派な武器を持っているわけでもない偽依頼人は、イセルの体に傷一つ付ける事ができない。
偶然でもない限り、板金鎧の装甲を貫く事はできなそうだった。
一方、イセルの攻撃は、当たれば確実に生命力を奪っていく。
……決着が付くのは時間の問題だろう。
次におっさん対太った男。
こいつも大した強さではない。しかしおっさんはこう見えても司祭なので、きちんとした戦闘訓練を受けているわけではない。
技術で言えばどっこいどっこいだった。
……ただ、回復魔法が使える分、おっさんの優位は変わらないだろう。
問題は、グラムル対ひげ面の男だ。
……どうやら悪党どもはきちんとした訓練を受けたわけではなく、ただの腕っ節が強いだけの男どものようだったが、唯一この男だけが例外だった。
間違いなく、戦闘に慣れている。
そして恐らくは、イセルと同程度の技術を持っているようだった。
グラムルもそれほど戦闘に疎いわけではなかったが、いかんせん地力で劣っていた。
お互いに徐々に傷が増えていく。
そして……。
「あ、あれ!?」
(あちゃ~、またやったよ……)
丁度禿げた男を気絶させたイセルは、グラムルの方を見て頭を抱えたくなった。
何故かグラムルの剣は、机に刺さっている。
そしてそれが抜けずに困っているようだった。
……ひげ面の男はその隙を見逃さない。
ズシュッ!
派手に鮮血が飛び散る。
グラムルの左肩口に相手の剣が食い込んでいた。そのままグラムルはゆっくりと膝を付く。
そしてうつ伏せに倒れこんだ。
……どうやら意識を失ったらしい。
(まずい……)
慌てて援護に向かうイセル。
しかし、奴を倒した後でグラムルの止血が間に合うかどうかは、微妙な所だった。
「イセル、奴を頼む!あの子は任せい!」
おっさんからの声が飛ぶ。
チラッと見ると、おっさんの相手の太った男は、スプの呪文によって魔法の糸に絡み取られていた。
当分は身動きできそうにない。
(おっさんが付いてくれれば安心か……)
イセルが返事をしようとした時。
「よし、あいつは俺が時間稼ぐ!」
「お、おい待てスプ!」
慌てて止めようとしたが、もう遅かった。
薄っぺらい魔術師用のローブ一枚で、短剣を抜いて立ち向かうスプ。
ひげ面の男は、まず人数を減らそうというのか、スプを目標に定めたようだった。
「死ねっ!」
「来いっ!」
ズシュッ!
「ぐわっ」
……死にそうだった。
「野郎っ!」
注意がスプに向いている隙に、イセルは全力で打ち込む。その踏み込みの速さに、ひげ面の男は反応しきれなかった。
……両手に伝わってくる、確かな手応え。相当の深手を負わせたようだ。
「ぐ、ぐふっ……」
丁度その時、窓から光の精霊が入ってくる。どうやら外の方も片付いたようだ。
「……どうする?後はあんた一人だぜ?」
「こ、降参だ」
状況を見て取ったのだろう。ひげ面の男は、大人しく武器を捨てて両手を挙げた。
「グラムル大丈夫!?」
中に入ってきたベルがそう叫んだ。いつもの事とはいえ、やはり心臓に悪い。
倒れたグラムルの横では、おっさんが傷口に手をかざし、回復魔法を唱えていた。
「おっさん、どうだ?」
ひげ面の男に剣を突きつけながら、イセルは尋ねる。
……気付かぬうちに、体が緊張していたのが判った。
仲間の体を心配するこの気持ちは、何度味わっても慣れそうに無い。
他の皆も、その気持ちは同じようだった。
場に緊張が走る。
回復魔法と言っても、万能ではない。
既に心臓が止まり、生命力が無くなっていれば、それは無駄な努力に終わるのだ。
そうなってはもう、上級の蘇生魔法に頼るしかない。
……しかし彼らには、そんな魔法が使える人物に心当たりは無かった。
「……ああ、大丈夫じゃ。血も止まった」
『ふぅ~っ』と、誰からともなく安堵の息が漏れる。
グラムルの呼吸も、規則正しいものに変わった。 ……しばらくすれば目を覚ますだろう。
何とか今回も片がついたようだ。
「さて、じゃあこいつら自警団に突き出そうぜ。ベル、頼む」
「え?何が?」
「何がって、縄だよ縄。抜け出せないような、何か特殊な縛り方があんだろ?」
「え、無いよそんなの。自分で縛ればいいじゃん」
「嘘だ絶対。多分忘れたかよくわかんなかったんだろ。……きっとそうだ!」
「え、何の事?あはは、そんな訳ないじゃん」
「いいからやれって」
「……え~っ、しょうがないなぁ。わかったよ」
「早くしろって」
「……」
「OK?」
「うん、OK。大丈夫な気がする」
「気がするだけかよ」
「うるさいわねぇ、も~……」
ブツブツ言いながらも、捕虜をグルグル巻きにするベル。
そして再びそれに文句をつけるイセル。
他の面々は、いつものことだと放っておく事にしたようだ。
ふぅ、これで今回の依頼も、めでたしめでたし……かな?
*
誰もいなくなった廃屋に、一つの影が残っていた。
……息を殺し、静かに成り行きを見守っている。しかし、段々とそれも限界に近づいて来た。
「お~い、誰か~っ」
情けない声をあげたのは、スプだった。
血がドクドクと流れている。周囲には誰もいない。
彼は一人取り残されたまま、仰向けに倒れていた。
そして窓が割れ、ドアも半開きの廃屋に冷たい風が吹き抜けていく。
「誰か~。マジで死ぬって」
*
彼らの日常は、概ねこんな感じだ。
駆け出し冒険者の寄せ集め。……その日暮らしをする毎日。
特にこれといった目的も無く、何となくこの暮らしが好きだったから始めた冒険者稼業。
ようやく仲間意識なんてものが芽生え始めた頃。
その運命は、ある日ポトリと天から降ってきたのだった……。