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トラブル・トラベラーズ!  作者: 安楽樹
1章 いきなりの冒険者
5/202

5.私達のお金、払いなさい!

「がはは、思ったよりうまくいったぜ」

「あいつらの面食らった顔は見ものだったなぁ」

「これで本当の依頼人から金をもらえば……?」

「後もう少しで俺たちもこの街の騎士団に入れるって訳だ」

「盗賊上がりの俺たちがなぁ……。戦乱の世サマサマってもんだ!」

「ホント、馬鹿な素人冒険者がいて助かったぜ」

「女とガキ連れだもんなぁ。ふざけた連中だぜ……」


街外れの廃屋の前で、ベルはそんな会話を聞いていた。

他の仲間は少し後ろで待機している。

音が聞こえなくなる魔法の力場の中で、彼らの怒りは頂点に達しようとしていた。


窓の場所を確認した後、仲間に軽く合図を送る。

それを見た瞬間、待ってましたとばかりに皆は武器を構えた。

突入五秒前。四、三、二……一……。


ドガッ!


「てめぇら、さっきから聞いてりゃあいい気になりやがって!俺が全員叩っ斬ってやっから覚悟しやがれ!」


最初の口上はいつもイセルの役だ。そして斬りこみ隊長役も。


「ぅわぁっ!」


したり顔で酒を飲みながら、上機嫌だった悪党どもは相当驚き、椅子から転げ落ちた者もいた。

しかし入り口が狭かったのが幸いし、イセルの次にグラムルが入った頃には、全員が体勢を立て直したところだった。


「私達のお金、払いなさい!」


相変わらず、凄みの無いグラムルの口上だ。……まあそこが彼女らしいのだが。

そして彼女の次に入ってきたのはおっさんだ。


「有り金置いてけ~ぃ……」


低い声でそう言った後、研ぎかけの斧を壁に叩きつける。

一体誰が彼に司祭なんて職業を薦めてしまったのだろうか……。今日も最前線で戦う気満々だ。


「う、うわぁーっ!」


一番奥にいた一人が恐慌に襲われ、奥の窓から逃げ出す。

入ってきたばかりで、入り口側にいたイセル達には、さすがにそれを止める術は無かった……が。


「行け、うぃすぷ!」


外に飛び出した悪党の前に、突如光の塊が現れる。

そして逃げ出そうとする悪党に向かって、それを阻害するように漂い始めた。

避けきれず光に触れた悪党はギャッと悲鳴を上げ、窓際にヨロヨロと後退する。

光に触れた部分を見ると、まるで火花でも飛んだように赤く腫れていた。


ウィル・オ・ウィスプ。光の精霊である。

精霊使いは異界より精霊を呼び出し、使役する事ができる。

それは例え、シャルルのような小さな子供だったとしても例外ではなかった。


ドスッ


そして気の毒な事に、せっかく逃げ出そうと外に出た悪党君の太ももに、無慈悲にも短弓の矢が刺さる。


「絶対逃がさないからね!私達のお金払いなさいよ!」


そこには炎の精霊でもたじろぎそうな、燃える瞳をしたエルフが仁王立ちしていた。

イゼベルだ。……女性はお金が絡むと、異常に行動力を起こすのは何故だろうか。

逃げられない彼の命運はもう決まってしまっただろう。重ね重ね気の毒に。


一方、室内はというと。


「おいおっさん、グラムルやべぇって!」

「何、また回復?」


室内の直接戦闘では一対一の戦いが三組できていた。

まずイセル対禿げた頭の男。

最初に一行に仕事を持ちかけてきたのがこの男だった。

裏付け捜査で発覚した通り、強盗に入られたと言って報酬を断ったが、実はその強盗ともグルだった。

彼に一番、全員の怒りが集まっている。


立派な武器を持っているわけでもない偽依頼人は、イセルの体に傷一つ付ける事ができない。

偶然でもない限り、板金鎧の装甲を貫く事はできなそうだった。

一方、イセルの攻撃は、当たれば確実に生命力を奪っていく。

……決着が付くのは時間の問題だろう。


次におっさん対太った男。

こいつも大した強さではない。しかしおっさんはこう見えても司祭なので、きちんとした戦闘訓練を受けているわけではない。

技術で言えばどっこいどっこいだった。

……ただ、回復魔法が使える分、おっさんの優位は変わらないだろう。


問題は、グラムル対ひげ面の男だ。

……どうやら悪党どもはきちんとした訓練を受けたわけではなく、ただの腕っ節が強いだけの男どものようだったが、唯一この男だけが例外だった。

間違いなく、戦闘に慣れている。

そして恐らくは、イセルと同程度の技術を持っているようだった。

グラムルもそれほど戦闘に疎いわけではなかったが、いかんせん地力で劣っていた。

お互いに徐々に傷が増えていく。

そして……。


「あ、あれ!?」

(あちゃ~、またやったよ……)


丁度禿げた男を気絶させたイセルは、グラムルの方を見て頭を抱えたくなった。

何故かグラムルの剣は、机に刺さっている。

そしてそれが抜けずに困っているようだった。

……ひげ面の男はその隙を見逃さない。


ズシュッ!


派手に鮮血が飛び散る。

グラムルの左肩口に相手の剣が食い込んでいた。そのままグラムルはゆっくりと膝を付く。

そしてうつ伏せに倒れこんだ。

……どうやら意識を失ったらしい。


(まずい……)


慌てて援護に向かうイセル。

しかし、奴を倒した後でグラムルの止血が間に合うかどうかは、微妙な所だった。


「イセル、奴を頼む!あの子は任せい!」


おっさんからの声が飛ぶ。

チラッと見ると、おっさんの相手の太った男は、スプの呪文によって魔法の糸に絡み取られていた。

当分は身動きできそうにない。


(おっさんが付いてくれれば安心か……)


イセルが返事をしようとした時。


「よし、あいつは俺が時間稼ぐ!」

「お、おい待てスプ!」


慌てて止めようとしたが、もう遅かった。

薄っぺらい魔術師用のローブ一枚で、短剣を抜いて立ち向かうスプ。

ひげ面の男は、まず人数を減らそうというのか、スプを目標に定めたようだった。


「死ねっ!」

「来いっ!」


ズシュッ!


「ぐわっ」


……死にそうだった。


「野郎っ!」


注意がスプに向いている隙に、イセルは全力で打ち込む。その踏み込みの速さに、ひげ面の男は反応しきれなかった。

……両手に伝わってくる、確かな手応え。相当の深手を負わせたようだ。


「ぐ、ぐふっ……」


丁度その時、窓から光の精霊が入ってくる。どうやら外の方も片付いたようだ。


「……どうする?後はあんた一人だぜ?」

「こ、降参だ」


状況を見て取ったのだろう。ひげ面の男は、大人しく武器を捨てて両手を挙げた。


「グラムル大丈夫!?」


中に入ってきたベルがそう叫んだ。いつもの事とはいえ、やはり心臓に悪い。

倒れたグラムルの横では、おっさんが傷口に手をかざし、回復魔法を唱えていた。


「おっさん、どうだ?」


ひげ面の男に剣を突きつけながら、イセルは尋ねる。

……気付かぬうちに、体が緊張していたのが判った。

仲間の体を心配するこの気持ちは、何度味わっても慣れそうに無い。

他の皆も、その気持ちは同じようだった。

場に緊張が走る。


回復魔法と言っても、万能ではない。

既に心臓が止まり、生命力が無くなっていれば、それは無駄な努力に終わるのだ。

そうなってはもう、上級の蘇生魔法に頼るしかない。

……しかし彼らには、そんな魔法が使える人物に心当たりは無かった。


「……ああ、大丈夫じゃ。血も止まった」


『ふぅ~っ』と、誰からともなく安堵の息が漏れる。

グラムルの呼吸も、規則正しいものに変わった。 ……しばらくすれば目を覚ますだろう。

何とか今回も片がついたようだ。


「さて、じゃあこいつら自警団に突き出そうぜ。ベル、頼む」

「え?何が?」

「何がって、縄だよ縄。抜け出せないような、何か特殊な縛り方があんだろ?」

「え、無いよそんなの。自分で縛ればいいじゃん」

「嘘だ絶対。多分忘れたかよくわかんなかったんだろ。……きっとそうだ!」

「え、何の事?あはは、そんな訳ないじゃん」

「いいからやれって」

「……え~っ、しょうがないなぁ。わかったよ」

「早くしろって」

「……」

「OK?」

「うん、OK。大丈夫な気がする」

「気がするだけかよ」

「うるさいわねぇ、も~……」


ブツブツ言いながらも、捕虜をグルグル巻きにするベル。

そして再びそれに文句をつけるイセル。

他の面々は、いつものことだと放っておく事にしたようだ。


ふぅ、これで今回の依頼も、めでたしめでたし……かな?





誰もいなくなった廃屋に、一つの影が残っていた。

……息を殺し、静かに成り行きを見守っている。しかし、段々とそれも限界に近づいて来た。


「お~い、誰か~っ」


情けない声をあげたのは、スプだった。

血がドクドクと流れている。周囲には誰もいない。

彼は一人取り残されたまま、仰向けに倒れていた。

そして窓が割れ、ドアも半開きの廃屋に冷たい風が吹き抜けていく。


「誰か~。マジで死ぬって」



彼らの日常は、概ねこんな感じだ。

駆け出し冒険者の寄せ集め。……その日暮らしをする毎日。


特にこれといった目的も無く、何となくこの暮らしが好きだったから始めた冒険者稼業。

ようやく仲間意識なんてものが芽生え始めた頃。

その運命は、ある日ポトリと天から降ってきたのだった……。


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