2.その名前やめて~……!
「何事です?」
いつものドタバタに呆れた顔をしていたカシューナが尋ねる。
聞かれた召使いは、丁寧にお辞儀をしながら答えた。
「こちらの者が、どうやら皆さんに御用だったようで……呼んでも返事が無いようでしたから、案内して参りました。申し訳ございません」
その場にいた全員が、入ってきた農夫の顔に注目したが、どうやら誰も知っている人物ではないらしく、不思議な表情をして互いに顔を見合わせる。
農夫は微妙に挙動不審だった。
汚れた作業着を落ち着かないように何度も手で払いながら、緊張した面持ちで佇んでいる。
しかし全員の顔がこちらを向いているのを見て、農夫はおずおずと喋り始めた。
「あの~……、こちらにデブリーズ・フェアチャイルドさんという方はいらっしゃいますか?」
その名称に、疑問符を浮かべる人間と、視線がある人物に向かう人間とに二分される。
が、一行はまだ特にその事には触れずに、続けて農夫の話を聞いている。
「私、北にあるバドリーという村の者なんですけれども、最近、村に変な怪物が出て困っているんです……」
「変な怪物?」
こういう豪勢な屋敷に入るのは初めてなのか、おどおどとした態度で自信なく話す農夫。どうやら挙動不審なのはそのせいらしい。
だが、イセルはそれよりも別のことが気になっていたので、農夫の話の続きを遮って尋ねてみる。
「……なあ、何でここに来たんだ?」
「この間、村に変な老婆が来まして……」
(ん……?)
『変な老婆』という単語に、一行の脳裏にはある記憶が蘇ってくる。
あれは、しばらく忘れられない悲しい記憶だ。
まさか……?
「……もしかして、行き倒れてたとか?」
「そうです!よく分かりましたね」
「それで助けてあげたら、やたらと食いモン食ってたでしょう?」
「そうなんです……まさかあんなに食べるとは……」
思った通りの人物像が的中し、急に農夫のテンションも上がったようで、一気に話題が盛り上がる。
「それでお礼に占いなんてやってあげよう……とか?」
「その通りです……そして、ここにあなた方がいる、と言って……」
(あの時に奢ったお金、高かったな……)
グラムルには、あの時の痛い想い出が蘇る。
ちなみにようやく、前回に貰った報酬でおっさんに対しての借金は払い終える事ができた。
おかげで、あんまり手元に残ったお金は多くなかったのだ。
あ~、何だか嫌な予感がするな。グラムルのあまり鋭くない危険感知能力が警告を発していた。
「あ、生憎……ここにはデブなんとかと言う方は……」
「そうそう、こちらのデブリーズ・フェアチャイルド様に任せておきなさい!」
「その名前やめて~……!」
依頼元に裏が取れたせいか、いきなり無責任に前向きな発言を始めるイセル。
それとは逆に、嫌な予感を感じて先手を取ろうとしたグラムルの言葉は完全にかき消されてしまっていた。
そしてやはり嫌な予感が的中し、彼女は忘れかけていた、かつてのあだ名でのからかい対象と化してしまうのだった……。
「彼らに任せておけば、間違いなく安心ですよ!」
「報酬!報酬!」
それに追従する形で、他の面子も急に騒ぎ出す。
意外だったのは、カシューナも率先してその渦に加わっている事だった。
どうやら、いつまでも一行がこの屋敷に居座られる事での様々な危険を感じ取っているらしい。特に、食費などの経済的な面において……。
そんな彼らの勢いに圧倒される形で、農夫は完全に面食らっていた。
完全においていかれた表情でぽかーんとしている。
謎のあだ名で言い合うイセルとグラムル。
報酬に関して色々口を出してくるスプとベル。
そしてそれを冷やかすシャルルと、まとまりが無さ過ぎだ。
若干不安な気持ちが湧いてきた農夫は、思わず呟く。
「な、何だか大丈夫ですか……?」
「あなた達の村に平和が戻ってくるというのなら、喜んで引き受けましょう」
「はっ……何て立派な方々だ~。あのお婆さんの占いは当たってただ~」
静かに召使いたちが食事を片付ける中、リーダーであるおっさんの人道的な一言により、農夫は安心して依頼を任せることにしたようだった。
そしてその決定が下されると、すぐに彼らは依頼の具体的な情報収集へと移った。
戦闘だけでなく、情報収集に関しても切り込み隊長であるイセルが代表して口火を切る。
「……で、変な怪物ってのはどんな奴なんだ?」
その質問に、農夫は思わず鳥肌が立つのを止められないような面持ちで身震いしている。
できれば思い出したくも無い……と言った表情だ。
「それはですな、すごくでかい山羊と同じくでかい猫のような首がくっついた、羽の生えた化け物なんです」
……これが、彼らが久々に受けることになった依頼の、新たな幕開けとなる一言だった。




