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トラブル・トラベラーズ!  作者: 安楽樹
1章 いきなりの冒険者
4/202

4.斬られても斬れ!

シャーコ、シャーコ……


小さな町の小さな宿屋の小さな部屋から、石が擦れる音が聞こえてくる。

そこに彼らは滞在していた。

前回のゴブリン退治の依頼の終了後、この宿に戻って彼らは疲れを癒していたのだった。

部屋の中にはイセルとグラムル、寝こけているシャルルと、そして斧を研ぐドワーフの姿があった。


(やはり、一流の戦士たるもの、自らの武器は常に手入れしてないといかん。ドワーフならば、鍛冶をするのは尚更じゃ……)


そう思い、おっさんことヌニエル・スーンは一心不乱に戦斧を研ぎ続けていた。

少しずつ鋭さを増してくる刃の先端と同時に、自分の心までもが研ぎ澄まされていくのを感じる。

一流の戦士にとって武器の手入れは、精神修練の一環でもあるのだ。

ブツブツ……。


「おっさん、斧研ぎながらブツブツ言ってると、すげー怖いぞ」

「……お主も今のうちに愛剣を研いでおいたらどうじゃ?」


また余計な事を言ってきたのは、イセルだ。

おっさんは親切に助言をする。

町の鍛冶屋に頼むなんてのは、三流の金持ち戦士のやる事だとでも言いたげだ。


「いーよ、俺の愛剣フレイムスラストはゴブリンごときで刃こぼれしたりしないの」

「……」


いけしゃあしゃあと、三流戦士はそう言った。

……言うだけ無駄だったらしい。


(まあいい。一流の戦士はひたすら自分を磨き続けるものじゃ)


向こうでその言葉を聞いていたらしいグラムルが、自分も剣を取り出して研ごうとしている。

……感心感心。それこそが戦士の心構えだぞ。

その横のベッドでは、シャルルがまだぐっすりと眠っていた。

イセルはどうやら、鎧を外そうかどうしようか迷っているらしい。

とりあえず、そのまま壁にもたれながらおっさんに話し掛けてくる。


「おっさん、武器の手入れもいいけどさ。神殿とかにお参りに行かなくて良いの?一応司祭だろ?」

「……」


おっさんの右眉毛がピクリと動く。

……余計な事を。


「おいおっさん、聞いてる?」


せっかく聞き流しているというのに、イセルは突っ込んで聞いてきた。

しつこく言ってくる三流戦士に、ついにおっさんは我慢の限界を超えた。


「……いいんじゃ!やられる前にやれば回復魔法なんぞいらん!『斬られても斬れ!』これが戦の極意じゃ!」

「そんな極意ありかよ……。まあ否定はしないけどさ」


そう、ついつい興奮気味に答える。……ついでに、お祈りは嫌いなのだった。

それに対して、やや呆れ気味に返答するイセル。

……確かに、彼も同じような戦いをしている部分はあるからな。


向こうではやっぱりグラムルが頷いていた。いたく感動したらしい。

それを見て、ほぼ同時に溜め息を吐くおっさんとイセル。


「あいつが一番、回復魔法が必要だろうに……」

(……確かになぁ……)


イセルがやや同情の目を向けながらおっさんに囁く。

彼女がもう少し丈夫になってくれたら、自分ももう少し戦えるのに……と、半分諦め顔のおっさんは考える。

さすがに、本人にはそんなことは言えないが。

……あ、後はあの無謀魔術師もか。


そう話していると、廊下からドタドタと音が聞こえた。

部屋の中にいた全員が少し身を固くする。


(従業員か……?もう勘定するのか?)


おっさんがそう考えつつ、懐の財布に手を伸ばしながら身構えた時。

ノックも無く、おもむろにドアが開いた。


「おーい、帰ったぞー!」


あ、噂をすれば例の無謀魔術師の登場だ。そののん気な声に緊張も緩む。

……知ってるか?お主は魔術師なんだぞ?というおっさんの視線を、彼はもちろん知る由もない。


「全員出動準備!急いで!」

「……どうしたんじゃ?何があった?」


隣でそう叫んだのは、一緒に出ていたイゼベルだ。

ベルのあまりの剣幕に、慌てて支度を始めながらおっさんは質問する。


「どうしたもこうしたもないわよ!あの強盗たち、グルだったのよ!」

「グルだったって、あの依頼人と!?」


ヒステリック気味に叫ぶベル。……相当キてるな。

グズグズしてたら、こっちが標的にされそうだ。おっさんは支度を急ぐ事にした。

同じく、慌てながら鎧を着ているグラムルが叫ぶ。

そして彼女はまだ寝ているシャルルを起こし始めた。


「そうっぽいよ。どうする?あいつんちに隕石でもぶち込むか」


その質問にはスプが代わりに答える。

……まだそんな大魔法使えないくせに、口だけは大魔術師だな。


ベルとスプは、情報収集に出ていたのだった。

彼らは、前回のゴブリン退治の依頼終了後、報酬を貰うべく依頼人の家に行ったのだが、ちょうど彼らが出ている間に、依頼人の家が強盗に襲われたとかで、まるっきり報酬を貰えずじまいになってしまっていた。

しかし、依頼人の態度の怪しさと強盗の目撃証言の曖昧さ、あまりのタイミングの良さなどから、その後の裏付け捜査をしていた所だったのだ。

そうして皆で手分けして情報収集し、最後に戻ってきたスプとベル組が、見事決定的情報を持ってきてくれたというわけだ。


「うっし!そうと分かっちゃぁ黙ってるわけにゃいかねえな!」


準備を終えたイセルが、剣を担ぎながら扉から出て行く。

ガチャガチャと重そうな鎧の当たる音を鳴らしながら。


「ふあ~ぁ……」


やっとシャルルが起きたらしい。グラムルが準備を手伝っている。

スプとベルはもう部屋の外だ。宿代を払いに行ってくれたんだろう。……ん?奴ら、金持ってたか?

おっさんも忘れ物を確認し、まだ半分ほどしか刃の手入れが終わってない愛用の斧を背に担ぐ。


あー、まだ出来上がってないのに……。

よく見ると、かなりアンバランスだった。

……非情に微妙な気分になるおっさん。


「むぅ、あのケチ依頼人め!絶対捕まえて、たたっ斬ってやるからのう!待っておれ!」


どこかからか沸々と、怒りの炎が湧き上がってくるのを感じる。

息巻いて、おっさんは背中にある鉄の塊の重さを確かめた。……刃の手入れだけが心残りだったが仕方ない。

鼻息荒く、部屋の外に一歩踏み出す。


「こんな余計な手間をかけおって!ズバシュッと一撃でこの斧の錆びにしてくれるわい!」


……金が絡んだ怒りは恐ろしい。

いつもの何倍もやる気になった一行は、あっという間に宿を後にする。


空っぽになった部屋には、使いかけの砥石だけが転がっていた。


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