7.俺はな、悪者を斬ってるんだ
「い……やぁ~、悪かった……みんな」
そういうイセルの周りを、何とも言えない微妙な空気が包む。
ようやくこの防戦の嵐から解放されて、カシューナは一人ぜぇはぁ言ってへたばっていたが、それ以外のみんなはイセルを取り囲んでいた。……まだちょっと疑ってるらしい。
だがイセルの方も、既に体力の限界が近づいており、心身共に立ち上がる元気すらなかった。
「本当にマトモになったんでしょうね?……まあ、普段もあんまりマトモじゃないけど」
例によって冷たい台詞をベルが吐く。……しかし、フォローする者は誰もいない。
「わ、……だから悪かったって……。さすがに懲りたよ」
「……本当ですかぁ?」
「……」
グラムルもジト目でそれに続く。
おっさんに至っては、まだ怒っているのか無言だ。
……さりげなくあらぬ方を向いて、右肩の傷をさすっていたりもする。
「本当だって。だから俺のせいじゃないんだってば!スプに見てもらえば分かるから!……てあれ?スプは?」
(……しまった!)
と、全員が思った時には既に遅かった。
この迷惑戦士と肩を並べる大迷惑魔術師は、皆の輪から一人はずれ、ある物に向かっていた。
それはもちろん――!?
「やめろスプ!」
イセルが叫ぶ。
「ちょ……待っ!!!」
みんなが一斉に手を伸ばして彼を止めようとしたが、もう既に手遅れだった。
彼は皆の目の前で、あっさりと剣を持ち上げ――!?
……その刀身を持っていた鞘に収めた。
「……えっ?」
「よし、これで安心!」
呆気に取られる一同の元にスプが近寄ってきて、みんなザザッと後ずさりをした時。
……全員の頭の中に声が響いた。
『――わ、悪かったから出してくれ――』
ん?不思議に思った一行が辺りを見回すが、どこにもそんな人物は見当たらない。
何度かキョロキョロした後、皆の視点は一箇所に集まった。
『――頼む、もう人は斬らないから!――』
「この……剣か?」
『――そうだ、若き戦士よ。もう暴れたりしないから、またこの闇の中に閉じ込めるのは止めてくれないか?――』
「うわ、剣がしゃべった」
素直に驚くシャルル。
……だが、先ほどから彼女だけが感知していた何かが、その可能性を何となく理解していたようだった。
「さ、さすが魔剣だな」
「大丈夫なの?スプ」
「へ?何が?」
スプは全く何のことか分からない、という風に答える。
グラムルが見た感じ、とりあえずはまともそうに見える。
……いや、まともというと語弊があるか。
『少なくとも、いつも以上のおかしさはないように』思える。
さっきから聞こえるこの声とも、何となく辻褄は合っているように聞こえた。
『――悪かった、長い間眠りにつかされて腹が減ってたんだ。もうあんな真似はしないよ――』
「……本当でしょうか?」
これが本当にこの剣から聞こえてくるのだとすれば、これは間違いなく≪知性ある剣≫の一種らしい。
グラムルも噂でだけは聞いたことがあった。
何でも……ん?、な、何でも……んん?『高い』?……らしい。
……後は忘れてしまった。
あ、『珍しい』ぐらいだったかな。
でも知性があるってことは、この剣を売っちゃったら人身売買みたいなことになるんだろうか?
……あ、でも剣だから刀身売買かな……?
でもそれを言ったら刀身売買なんて普通にされてるし……。
そんな堂々巡りに陥り始めたグラムルを放置しながら、イセルが落ち着いて剣との会話を試みてみるようだ。
「まあまあ剣君よ。いくら俺が心の広い男だからって、さっきまでの出来事を水に流すことなんてできないぞ?あの様子を見れば、君が疑われるのも無理もないというものだよ。……なんせ、俺の大事な仲間を傷つけたんだからな」
その言葉に、イセル以外の全員がジーッと彼を見る。
……イセルの額に、冷たい汗が一筋流れた。
『――俺にはティルヴィンって言うれっきとした名前があるんだぜ?……見ての通り魔剣なんだがな。昔ちょっと悪さをして、ここに閉じ込められちゃったって訳だ。……なぁ、腕が立ちそうな戦士さんよ。俺を使ってみちゃあくれねぇかな――』
「いやいや、俺にはこの刀身が波打った素敵な大波剣があるからさ」
急に何だか饒舌になって語りだすティルヴィンと名乗る剣。先ほどまでの凶行っぷりが嘘のようだ。
もしこいつが人の姿をしていたのなら、本人に悪気はなかったという様子が分かるのだろうか……?
ちなみに、イセルはこのフランベルジュという種類の剣に『フレイムスラスト』という名前を付けて愛用していたのだった。
「『腹が減った』って、何を食べるの?」
純粋に疑問に思ったのか、シャルルが尋ねる。
珍しくさっきまでは役に立っていたかと思えば、やっぱり緊張感ゼロだ。
「どこから食べるの?」
それに真似して乗っかって、イセルも尋ねてみた。
……決してみんなの重い視線をはぐらかそうとしたのではないぞ?
『――刀身からだよ。食べてるのは金属塩。それも鉄分の水溶液にたんぱく質が混和されたものがベストだね。銅塩はアクが強くていけねぇや――』
返事をしたティルヴィンに、(……ふ~ん……)という反応の質問者二人。
……よく分からなかったらしい。
しかしその言葉にスプが気付く。
「それって……、血のことだぜ?」
一瞬で青ざめる一同。ちょっと吐き気をもよおした者もいそうだ。
「やっぱりこんな剣、ぶっ壊しちまえーっ!(ガンガンッ)」
『――や、やめろ体が歪む~!――』
柄の部分を地面に叩き付けるスプ。
……が、さすが魔剣だけあってスプの手が痛くなったのと、地面が少し削れただけだった。
『――お前らだって人を斬ってるだろ!――』
ティルヴィンの反論に誰も答えられなかったが、唯一その筆頭とも言える戦士が口を開いた。
「……俺はな、悪者を斬ってるんだ。君みたいに見境無く斬ったりはせんよ」
(……おおっ)という感じにみんなが反応する。
珍しくこの戦士がいいことを言ったような気がしたからだ。
『――いや、あれは物凄い腹が減った時だけだから!さっきだってこの魔術師を操らなかっただろ?――』
「じゃあ腹が減ったらやるってことか……?」
と、尚も続く問答を聞き流しながら、先ほどの台詞に対してグラムルは一人突っ込んでいた。
(何だかまるで、いつもいつも正しいことをしてるような……)
……でも、とてもこんな事は言えないな。
言ったらきっと、あの戦士はいじけて「この剣と一緒に旅に出る!」とか言いそうだからなぁ……。
*
まあそんな感じのどうでもいい会話をしばらく繰り返した後、イセルやカシューナの体力も戻ってきたことから、そろそろ出発したいというのと、もうキリが無いのでこの剣を持っていくかどうかを多数決で決めようという事になった。
結構これまでのやり取りで、一行の間には、さっきまでの惨劇を起こしたこの魔剣に対する不信感は消え、親近感や興味も湧いてきたようだ。
「じゃ、持ってくのがいいと思う人~」
リーダーが聞く。
それにはイセルとスプを除いた全員が手を挙げた。
ちなみにカシューナは、彼らの自主性に任せようと思っているようだ。……本当にそれでいいのか?カシューナさん?
予想外の結果に(――おおっ!――)と期待を寄せるティルヴィン。
「じゃあ廃棄処分がいいと思う人~」
そして気配でその反応を察したイセルとスプは、こういうときだけ息ピッタリの思考で(こいつを調子に乗らせちゃならねぇ……)とばかりに、反対票に意見を投じた。揃って挙手する二人。
だが、反対意見はその二人だけだった。
「え~じゃあ、多数決の結果、この魔剣ティルヴィン君は持って行く事になりました」
『――よっしゃ~っ!――』
頭の中に響く声だけで判断すれば、無邪気に喜んでいそうな感じのティルヴィン。
……こうして、一行にまた新たな仲間が加わることになりましたとさ。
事件は全然まだ解決してないんだけどね。
「……しょうがねえな。じゃあ持ってくか。そんで旅の途中で路銀に困ったりした時があれば……」
「こいつを売って金に換える、と。……それだな」
『それがいいっ!』
『――えっ!?ええぇっ!?――』
そりゃあナイスアイデアだとばかりに声を揃えて乗ってくる一同。
その時の皆のテンションの高さを見て焦るティルヴィン。
そんな魔剣の反応を気配で感じながら、(してやったり……!)と、にやり笑った魔人間二人組なのであった……。




