1.ちょっと待ったぁっ!!!
推奨BGM:zabadak
OP曲:『五つの橋』
山あいと森のほとりの交わる場所。
両者から採れる僅かな資源を交易し、集まる市場が次第に発展して町となった。
田舎から出てくる者は、まず最初にこの町で何かを始めようとする。
名前はあるものの、誰もそんな名称では呼んでいない。
「はずれの町」とか、「はじめの町」とかそんな風に呼んでいる。
季節の変化の乏しいこの地域にとって、昨年は久々にまとまった雪が降り、農民は「精霊様のお怒りだ」などと悲鳴を上げ、普段より一層新芽の季節が待ち遠しくなっていた。
そろそろその季節を告げる一番芽が芽吹き始めようとする頃、町は次第に活気を帯びてくる。
ある者は手にした元手で一儲けしようと。
ある者はその実力で一攫千金を狙おうと。
そしてある者は世界を旅して回ろうと、この町に集ってくるのだ。
人が増えれば揉め事も増える。
市場では初物の取引が活性化し始めた頃、路地裏ではあまり素性の良くない者たちの縄張り争いの姿も見られ始めていた。
そんな路地の一角で、一人の子供がどう見てもまともな職業ではなさそうな男たち三人に囲まれている。
一人は口ひげを豊かに蓄えた男で、額の右側にある傷を隠す事も無く、堂々と見せびらかしている。
一人は長い髪を肩の辺りでまとめた男で、その髪は洒落っ気というよりもただ切るのが面倒かのようにボサボサのままだ。
最後の一人は小男で、二人の周りをチョロチョロと行きかいながら、二人の台詞を後から繰り返している。
……どう見てもまともな世界の住人ではない、『ロクデナシ』という言葉がピッタリの男たちだった。
一方で子供の方はというと、肩にかかるほどの少し癖のある栗色の髪が特徴的で、身長も小男よりもさらに一回り小さい。
くりくりと真ん丸の目は無邪気に輝きながら、薄い唇で一人ぶつぶつと何か呟いているようだ。
さらに目立つのがその栗色の髪の間から覗く耳で、人間にしては尖がっている。しかし長さはそれほどでもない事から、おそらく人間と森妖精族の混血、半妖精であるようだった。
動きやすそうな簡素な服と、動物の皮をなめした素材で作った靴を履いており、簡単な荷物を持っていることから、どうやらこの町の者では無さそうだ。
そのシャルルという名の少女は、うずくまって何かを観察しているようだった。
男たちはその視線の先を見てみたが、そこにはアリンコしかいない。……だがどうやらこの少女は、本気でそのアリンコを観察しているらしかった。
「嬢ちゃん、腹へってないか?」
「減ってる~」
「うまいもん食わせてやろうか?」
「食べたい~」
さっきから男たちは、このように少女に呼びかけ、どこかへ連れて行こうとしているようだった。
まだ明るい昼間のうちである事から、あまり目立つようにはしたくないらしく、大人しく猫なで声を使って誘惑している。しかし、その言葉に返事はするものの、少女はそこから動こうとする様子は無かった。
彼女は物心ついた時には既に、旅の行商人や旅芸人の一座などと行動を共にしていた。
彼らは決まって、大きな町に着くと「君はどうする?」と聞いてくるので、彼女はその度に気まぐれに一緒に着いて回ったり、あるいは離れて気ままにブラブラとするのだった。
するとまた他の誰かが「一緒に行くかい?」と聞いてくるので、そうこうするうちにこの町へと辿り着いたのだ。
彼女には何となく、これまでの経験から、相手が裏があるかそうでないかを嗅ぎ分ける嗅覚が備わっていた。
折角雪が融けて最初に見つけた貴重なアリンコたちをじっと観察していたというのに、この目の前のおじさんたちが何だかんだと話しかけてきたのだ。
もちろん彼女は、その言葉がただの建前である事を見抜いていたので、適当に受け答えしながら過ごしていたのだが。
「兄貴ぃ~っ、もう埒があかねえんじゃないっスか?
相変わらず周りをチョロチョロしている小男が、いい加減待ちくたびれたようで、額に傷の男に対してぼやく。
兄貴と呼ばれた傷の男は、面子でもあるのか「う、うるせえなぁ……」とか言って黙ったままだ。
どうやら次の手を考えていたようだったが、しばらく待っても何も浮かんでこなかった時、渋々諦めたようだった。
「仕方ねえ、こうなりゃ力付くで……」
そう言ってシャルルの腕を掴もうとした時だった。
「待ちなさい!」
辺りに凛とした声が響き渡った。
「だ、誰だっ!!!」……という言葉を用意していた男たちだったが、その言葉はすぐに喉仏の奥に引っ込んでしまった。
代わりに、ちょっと安心した声で、声をかけてきた主へと語りかける。
「勇ましいねぇ~、新しいお嬢ちゃん」
それもそのはず、男たちに声をかけてきたその主は、まだ若い女性だった。
身長は目の前の少女よりも高いが、それでも傷の男よりは小さい。体つきもわりと華奢な方で、薄めのブラウンの髪を短く切り揃えている。意志の強そうな眉と瞳は整っているものの、淡い桃色の唇は少し自信無さ気にギュッと引き締められていた。
意外だったのは、その女性は薄汚れた鎧を身に着けていることだ。
汚れてはいるものの、その鎧は男たちが見てもきちんとした物のようだったが、唯一、胸元の紋章が描かれている部分だけは大きく傷がついていてよく判別できなかった。
腰から下げている長剣を見て、もしかしてどこかの騎士かとも思ったが、こんな所にこんな格好で来ていることは無いだろう。
しかもその女性……少女?は、自分で思った以上に大きい声を出してしまったからか、傍から見ても分かるぐらい、その顔を真っ赤に紅潮させていた。
そしてその女性……グラムルは、全く男たちが思った通りのことを考えていたのだった。
(グ……グラムル、頑張りなさい。あなたは騎士なんだから……!)
そう考える頭とは裏腹に、この先に何と続けたらいいのか分からず、グラムルの頭の中はグルグルと混乱している。
少女を始め、男達の視線、さらには遠くでこの騒動を見かけた人たちも、遠巻きにこっちを見ているのが分かった。
「あ、あの……その……お、女の子を……、ど、どうするつもり……なんですか……?」
先ほどまでの調子とは打って変わり、弱気でしどろもどろになってしまうグラムル。
その変わりっぷりに男たちは顔を見合わせて、ふっと笑う。
「どうするったって……なぁ?」
「そうですよねぇ?兄貴ぃ?」
「何だったら、お嬢ちゃんも一緒に……」
とそこまで言った時だった。
「ちょっと待ったぁっ!!!」
無駄に大きい声が辺りに響いたのだった。
推奨BGM:zabadak
ED曲:『満ち潮の夜』