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二階堂譲治の仮面舞踏会  作者: 安藤ナツ
アンダースタンド? アンダースタンド!

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7/10

〇〇二

 田中真智(しんじ)は薄暗い路地の奥から向かって来る大男を見て絶望した。一体、自分の何が悪かったのだろうかと、後悔の気持も押し寄せて来る。何でこんな事になってしまったんだろうと、無意味だと理解しつつもついつい過去を振り返ってしまう。

 最初は些細な事だった。高校生になったばかりの去年の六月。教室で皆と話した時の事だ。誰かが持って来た週刊漫画雑誌の水着グラビアが発端である。最近売り出し中のアイドルグループの四人組がその時は特集されていて、一斉に自分の好みの娘を指さすと言う他愛のないゲームに参加した事を、今でも彼は思い出して死にたくなる時がある。

 その時、とある男子と真智が指した少女が被ったのだ。そして、男子高校生特有の馬鹿馬鹿しい話しなのだが、彼女を選べるのは一人だけだと言う事になり、そのアイドルをどれだけ好きかを語り合うとい展開になった。

 実は真智はインディーズ時代から彼女のファンであり、そのグラビアに乗っていた彼女の誕生日や血液型、スリーサイズを当てることなど造作もなく、見事に愛を示す事に成功した。

 その勝利が転落の始まりになるなんて、誰が予想できるだろうか?

 真智と対決した同級生は地元の有名自動車工場を経営する社長の三男坊であったのだ。甘やかされて育った彼は、我儘で傲慢な事で有名な馬鹿なボンボンでもあった。醜く歪んだ彼のプライドは無駄に高く、雑誌のアイドルを選ぶと言う非常にどうでも良い勝負でさえ、負ける事を良しとはしなかった。

 下らない敗北によって激しく自尊心を傷つけられたその彼は、周囲に真智を無視する様に徹底させた。傲慢で我儘で負けず嫌いなだけの人間であればよかったのだが、彼は狭量であったし、苛烈さをも持ち合わせ、そして力があったのが問題で、誰もが彼の不要な不寛容を買う事を恐れてそれに従った。

 結果、真智の回りには一切の同級生が寄り付かなくなった。

 入学から三か月も経たない内に孤立してしまった真智の学園生活は――地獄だった。別に何をされるわけでもないのだが、何もされないと言うのは想像以上に精神力を削るものらしい。まるで自分が存在しないのではないかと真智自身が思ってしまう程に徹底されていて、無関心の恐ろしさを知るには十分な体験と言えるだろう。

 死んでしまおうと思った事もある。

 しかし誰に相談することもなくそのまま夏休みに突入するかに思えた七月の初め、状況が変わった。噂を聞きつけた上級生が真智にコンタクトを取って来たのだ。

 真智を友達と呼んでくれた彼等といれば、もはや無視されると言う消極的な虐めはどうでも良い物になった。限られた人間関係に固執さえしなければ、世界と言うのは案外広い物であるらしい。

 ただ、不運な事にこの上級生達もまったく問題のない連中ではなかった。

 むしろ、性質で言えば彼等の方が悪い。

 不良少年グループと言うか、暴力団のリトルリーグと言うか、未成年を中心に構成された犯罪組織“グルール”の幹部チームの一つが彼等の正体だった。虐めによって弱っていた真智を、彼等は都合の良い下働きとして勧誘したに過ぎなかったのだ。篭絡は簡単だっただろう。他に頼れる人間もいない真智には、グルールに所属する以外の道はなかったのだから。

 幹部直属の部下とは言え、グルールの下っ端となった真智が過ごす夏休みは最悪だった。

 飲酒や喫煙、窃盗に障害。違法そうな薬のやり取りに関わった事もあるし、今回の様に道端で大人を脅す為のビデオ撮影も何度も行った。

 そして付き合いが長くなるにつれて、グルールの真智に対する扱いは酷くなっていった。釣った魚に餌をやらないと言う意味もあるが、真智の能力の低さが彼等を苛立たせたのだ。彼等は級友の様に無視と言う消極的な手段は取らなかった。

 その対極だ。幹部達は必要以上に暴力的に真智を扱った。余興半分に殴られる事は当然で、背中には安全ピンとサインペンで男性器の刺青を入れられたし、遊び半分に金持ち相手の売春を相手が男でも女でもやらされたりもした。

 今夜、見るからに屈強そうな大男を脅すように言われたのもその延長だ。酔っぱらったおっさんを相手に醜態を撮影し、弱みを握って金や企業情報を揺すり取るのはグルールの常套手段の一つである。

 今回のターゲットはまだ若い男であるが、インター近くの高級タワーマンションに暮らしている金持ちであった。普通ならば酔った所や女の子を使って油断させた時を狙うのだが、今回は正面からナイフで脅すと言う作戦が取られた。

 対象である巨大な岩の様な大男相手に、どれだけ真智が高圧的に出られるかと言うのが面白そうだからだ。噂によればナナハンのバイクを正面から蹴り止め、ダイヤモンドを握り砕く事が出来るゴリラらしい。出来るだけむごたらしく殴られるのが、真智の役割であった。ゴリラが暴力を振ったシーンでも撮る事が出来れば十分強請のネタになるし、治療費と言ってむしれるだけむしれば良いと真智の上司は笑っていた。

ふざけるな。なんて言えず、そして、時は来た。真智は大男の前に飛び出す。「か、金を出せ」と裏返った声で脅しをかけ、見た目に拘った実用性のない恐ろしそうなナイフを突き出す。

 すると大男は足を止め、ナイフを一瞥して直ぐに目を逸らした。まるで駅前で配られるポケットティッシュを見る様な目だった。脅迫者側である真智でさえ、刃物に対する恐ろしさからついつい神経を刃の先に尖らせてしまうと言うのに、大男はただただ面倒臭そうに「おい。出て来いよ。ばればれだぞ」と高圧的でも威圧的でもない声で言うのだった。

 それからの流れは圧巻だった。真智が怖くて堪らない三人組をまるで歯牙にもかけず、文字通り子供扱いし、凶器の刃を分厚くてゴツゴツとした手で掴み、安物とは言え素手でナイフをへし折ってしまった。

 そして、そして、この地域一帯の少年少女を恐れさせるグルールの幹部を相手に『悪人の才能がない』と言い切って笑うのだ。真智が手も足も出ずに流されるしかない凶悪な悪意の集団を相手にまるで話しにならないと説教をする。

 同じ人間でも此処まで違うのかと、真智は愕然とするしかない。他のメンバーも同じ事を思ったのだろう、彼等は真智を犠牲にして脱兎の如く駆け出した。ここで大男が誰かを追って走ってくれれば良かったのだが、彼はじっと真智を見つめ少しも動こうとしない。

 きっと、この大男は自分を警察に突き出すだろう。所詮グルールは子供の集まりに過ぎず、案外逮捕者は多い。が、情報を漏らそう物なら少年院や出所後の生活は報復の嵐になると実しやかに語られており、実際に真智は警察に情報を漏らした売春少女の末路を嫌という程知っている。絶対に喋る物かと、あの時に硬く誓った。

 が、組織の事を喋らなければ、全て真智の単独での犯行となってしまう。叩けばホコリの出る身である、少年法に守られているとは言え、罪状から考えられる裁きは残りの人生は終わらせるには十分だろう。

 それを思うと、最早、立っている事もできない。真智はその場にへたり込み、声を殺して泣いた。


「男が一々泣くな」


 と。大男が爪先で真智の膝を蹴った。顔を上げれば、大男は酷く不機嫌そうな顔をしていた。人を喰うと言われれば、信じてしまいそうな程に苛立っている。

 その後の事は、良く覚えていない。頭の中に色々な感情が渦巻き過ぎて処理できず、ただただ泣くしかできなかった。

 大男が事実を矮小化していながらも真智の置かれた状況を把握した事に驚くと同時に、強い羞恥を覚えたからだ。見ず知らずの人間に一目で見抜かれる程に立場がはっきりとしていると言う事は、自分は『愚かです』『弱いです』と公言している様な物であり、それは真智にしても堪え難い屈辱だったのだ。

 更に大男は言葉を重ね、親父だか過去の偉人だかの言葉を借りながら『真智にも原因がある』と虐められている人間に絶対言ってはならないだろう言葉を告げ、何も知らないのに何もしてくれないのに『力になれる』とかほざいていた。次に感情を支配したのはその無責任な言葉の数々に対する怒りであり、それは一切の反論しようとしない自分に対する失望に直ぐに変化した。

 いそいそと大男がその場から去った後も、真智は大男に言われた言葉を頭の中で何度も繰り返し、行き場のない感情は胸と頭の中をグルグルし、そのまま気が違って発狂してしまいそうになる程に、自分の気持ちが言葉にならない。




「わかるわ、貴方の気持ち」




 そんな真智の目の前に唐突に現れたのは、二十代も後半と思われる美しい女だった。どこか冷酷さを感じる理知的で整った顔をした女で、闇に溶ける様な真っ黒なタイトなレディーススーツを着こなし、真っ赤に塗られた扇情的な唇から紡がれた言葉は泥の様でいて甘い。


「可哀想な子。辛かったのね。苦しかったのね。不安だったでしょう? 心細かったでしょう? 理不尽な世の中に、今まで良く絶えたわね」


 女はハイヒールをカツカツと鳴らしながら真智へと近寄る。まるで映画のワンシーンのように演技臭い動きだが、しかし彼女の美しさがそれを自然な物へと変えていた。


「でもね、それも今日まで。この瞬間で終わり。私が来たからにはもう大丈夫よ」


 にこりと微笑み、女はへたり込む真智へと手を伸ばす。


「貴方は?」

「美城美咲。昔話風に言うならシンデレラの魔女。今風に言うならプロデューサーかな?」


 知らない名前に、ふざけた答え。

 だが、真智は美咲の言葉が真実に値すると何故だかわかった。


「貴方には才能がある。力がある。それを使えば、あんな不良少年や大男にも負けないわ」

「力? 才能?」


 コンプレックスを刺激する言葉に、真智は強く反応し、それを見て美咲は優しく微笑んだ。


「勿論。私の潜在意識(ポテンシャル)灰被りの魔法(シンデレラクラフト)が、貴方の秘められた力を解放するわ」


 その台詞と同時、彼女の真横に半透明の人影が現れる。顔が半分隠れてしまう程に巨大な白い三角帽子を被り、真紅のドレスを絢爛豪華に着飾った直立する、ネズミと狐を合わせた様な奇妙な顔の人形ヒトガタである。それは血の様に赤い先端が鋭く尖った一メートル程の杖を持ち、けだものの顔で牙を見て笑っていた。

 突然に現れたその化物に、しかし真智が声を上げるような事はない。

 その化物は、人が持つ潜在的な力の顕れで潜在意識(ポテンシャル)と言った。人類の才能や能力の一つ上の領域に存在する超常の力であり、同じく潜在意識(ポテンシャル)を持つ者以外には見る事が敵わない姿をした管理者(フィクサー)と共に行使される。その為、潜在意識(ポテンシャル)を持たぬ真智にはそもそも、三角帽子を被った美咲の潜在意識(ポテンシャル)を認識する事は出来ない。


「良くわからないけど、どうやって僕の才能を目覚めさせるんですか?」


 しかしそれはとても幸せな事だろう。


「こうやって」


 グロテスクな鋭角をした真紅の杖が自分の右の眼窩を貫く様を、左目で見る事ができないと言う事なのだから。杖はそのまま脳にまで達し、獣の管理者(フィクサー)がまるで鍋を掻き混ぜる様に杖をグルグルと回転させる。


「――ッ!?」


 ぐちゃぐちゃに脳を乱され、真智はその痛みに激痛を上げる事すらできない。左目は奇怪に規則性なく動き回り、瞬きの回数が異様に多い。涙が目尻から毀れ落ち、鼻水と混じり、口の中へと入っていく。だらんとだらしなく伸びた舌先からは、粘度の高い唾液がゆっくりと糸を引いて下っていった。四肢が痙攣を始め、バランスを崩された身体が倒れようとするが、脳に突き刺さった杖がそれを許さない。

 どれだけの間、そうされていただろうか。それは唐突に終わりを迎えた。


「ん。みつけたわ。貴方の才能。貴方だけの倫理。さあ、姿を見せて」


 ぴたりと杖の動きを止めたかと思えば、三角帽子の獣がゆっくりと杖を真智の頭から引き抜いて行く。ようやく倒れる事を許されたその身体はそのまま正面に倒れ、真智は軽くアスファルトに頭を打った。その痛みに呻き声を上げるが、しかし不可思議な事に杖に貫かれた少年の瞳に傷が付いた様子はない。

 代わりに――と言うわけではないが、道路に伏す少年の手の中には黒光りするアサルトライフルが握られていた。心臓と髑髏をグロテスクに混ぜ合わせた様なおぞましいデザインへと改造されてはいるが、その原型がAK47であると見抜くのは多少銃器に詳しければ難しくはない。同時、弾倉がないため、コレでは射撃出来ない事にも気がつくだろう。

 銃と言う戦争や攻撃の象徴たる武器で在りながら、攻撃する手段のないその姿に美咲は不思議そうに首を傾げる。潜在意識(ポテンシャル)は物理的な法則を越えた力であり、その姿だけで全てを判断する事は難しい。だが、この矛盾した外観は彼女をもってしてもあまり見たことのないタイプの管理者(フィクサー)であった。

 しかし、これにも間違いなく、何かしらの能力が付随してるはずだ。外見の奇怪さは、もしかしたら想像力を超える力を持つかもしれない。彼女は口元におぞましい笑みを小さく作る。


「銃の管理者(フィクサー)。珍しいわね。名前は何?」

「名前?」


 倒れたままの姿勢で、息も絶え絶えに真智が鸚鵡返しに訊ねる。


「名前は大切よ。聖書にもあるでしょ? 『初めに言葉があった、言葉は神と共にあった、言葉は神であった』何にだって、名前はあるの」


 名付ける事で、自分の力を認識し、支配する。潜在意識(ポテンシャル)に目覚めた人間が真っ先に行う神聖な儀式である。名付けに悩む必要は殆どない。自分自身の事なのだ。自分の腕の長さを見誤る人間がいても、自分の腕の動かし方を習う赤ん坊はいない。能力と名前は自然と内から聴こえて来る。


「…………U?U!(アンダースタンド×2)


 真智もそうだった。意識するわけでもなく、秘められた才能の名が口をつく。同時に、その使い方までをも理解する。


「なるほど、そうか! そう言うことか!」


 こうして――


「くはは! やった! これで思い知らせてやれるぞ! くはは! ありがとう、美城さん! これで僕はもう!」


 ――新たなる潜在意識(ポテンシャル)持ちがこの世界に誕生した。

 おぞましい復讐心と共に。


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