〇〇四
チャリンコライダーとライダー。
顔なし貴公子と象の騎士。
二人の人間と二つの潜在意識によって、急遽戦場へと変貌した住宅街。
先手を切ったのは――
「テンション上がって来たぜー!!」
――リーチから考えて当然とでも言うべきか、象の騎士であった。それから少し遅れて、譲治が太い足で地面を蹴って駆けだし、その横を恋の仮面舞踏が追従する。
「そのガキを叩き潰せ!」
嘶くようにテンション上がって来たぜー!は顔を上げ、その動きに連動するように鎖がジャラジャラと金属を擦らせる音を掻き鳴らし、ボウリング玉よりも二周りは巨大な棘付きの鉄球が宙に舞う。どうやら管理者の鎧の中には鎖が巻かれているようで、二メートルだった鎖の長さは一気に倍以上に膨れ上がった。
そしてテンション上がって来たぜー!が首を下げると、その動きに従って金属の蛇の様に鎖が踊り、鉄球が走り出したジョージに向かって落下を開始する。元々の重量に加えて位置エネルギーすらも加わったその一撃の威力は想像するだけで凄まじい破壊の渦を産み、譲治の肉体をバラバラに粉砕することだろう。
「温い!」
しかし譲治はそれを一喝と共に横へと飛ぶ事で回避する。その威力とスピードは脅威ではあるが、振り上げて振り下ろすと言う余りにも悠長な動作があれば、鉄球の軌道を読むのは容易い。恋の仮面舞踏で迎撃する必要もない程に。
ただ、間違いなくアスファルトの地面はその衝撃に耐えられずに砕け散り、無数の瓦礫を跳ばすに違いない。その飛礫にだけは注意を払わなければならないだろう。
「っ!?」
が、それは杞憂であった。地面に衝突した流星の様な一撃は、大地に何の影響を与える事もなく着地し、ころりとアスファルトの上を転がった。ならば、あの鉄球が持っていたであろうエネルギーは何処へ消えたと言うのだろうか?
わからない。そんなことは本来ならありえないのだから、譲治が知るわけがない。
しかし過去の経験から予想することはできる。
潜在意識テンション上がって来たぜー!の能力だ。玲音には説明しそびれたが、潜在意識はそれぞれ固有の能力を持つ。常人に見えぬ管理者による殴打等、その能力と比べればおまけのような物。潜在意識の真価はその能力にこそある。
そして、たった今起きた現象は疑いの余地なくテンション上がって来たぜー!の能力だ。鉄球の持っていたエネルギーの消失は、次のアクションへの繋ぎ、或いは下準備と考えるのが潜在意識持ちの戦闘思考だ。
基本的に、潜在意識の能力は初見殺しの一撃必殺。理外の能力によって隙を突き、何が起こったかを理解させる暇もなく意識を刈り取るのが最上の戦闘方法である。それは逆に、能力さえ見抜いてしまえば対策を講じる事が可能と言うことでもあり、潜在意識持ち同士の戦いの醍醐味は管理者による殴り合いよりも、能力の探り合いにあると言っても過言ではない。
ならば、二階堂譲治はどう動くべきか? セオリー通りに行くのであれば、相手の動きを観察し能力を見極めるべきだろう。相手の鎖と鉄球は譲治の恋の仮面舞踏の射程距離を大きく超えており、このままでは能力も不明な攻撃を掻い潜って敵の懐へと近付く必要がある。予測不可能な猛攻を一度のミスもなく裁き続けるなど、正気の沙汰ではない。
「速効でぶっ潰す!」
が、譲治はその安全で安易な選択肢を選びはしなかった。海外から取り寄せた革靴の底でアスファルトを削るようにして大地を蹴り抜き、蹂躙するように前進する。
能力がわからないのであれば、能力を使われる前に相手の意識を刈り取る。
単純明快ではあるが、しかしそれもまた有効な戦法である。
それに、何も考えなしではない。既にあの鉄球が何かしらの能力を持っている事がわかっている。それも即時発動するようなタイプではない。だとすれば、あのフレイル攻撃は最大の危険物であると同時に、能力の弱点でもある。フレイルの長い鎖は小回りが利かず、狙いも大雑把だ。ちょっとした百戦錬磨を自負する譲治にしてみれば、高々一〇メートルにも満たない距離を走り抜ける程度はリスクの内にも入らない。
無論、敵の巨大さは厄介だ。しかしあのフレイルよりもそうだとは到底思えない。横に飛んで若干崩れた姿勢を持ち直し、譲治は愚直に象の騎士へと突っ込む。
「迎撃しろ! テンション上がって来たぜー!!」
全く躊躇を見せない加速を見せる譲治に、バイクの男は叫びを上げる。と共に、テンション上がって来たぜー!は右から左へと首を動かす。鎖がジャラジャラと音を立てて空を走り、鉄球がそれに吊られて空間そのものを削り取るような唸り声を上げる。
「だから温い!」
が、譲治は身を屈めて殆ど転がるようにその大振りな一撃を回避する。高速で頭上を流れる鎖の起こした風をスーツの背中に感じながら、直ぐ様に次の一歩を踏み込む。想像よりも鎖の扱いが巧みで、今の一撃は紙一重となってしまったが、譲治の心に怯えはない。優先すべきは恋の仮面舞踏の射程内に敵を納める事のみ。
その後も二度のフレイルの攻撃を譲治は生身で避け、彼我の距離を五メートルにまで詰める。やり過ごした鉄球は遥か後方。戻って来るにせよ、鎖を攻撃に使うにせよ、今すぐにとはいかない。
「射程、圏内だっ! 恋の仮面舞踏!」
そんなチャンスを逃す手はないと、間髪いれずに自らの潜在意識の名を譲治が叫ぶ。顔のない貴公子は譲治の正面に現れるや否や、上段蹴りをテンション上がって来たぜー!の胸元へと叩き込む。鋭さと重さを兼ね備えた一撃は、重厚な象の騎士の胸元にくっきりとした靴跡を刻み込むと共にコーン! と済んだ金属音を鳴らし、僅かながらその巨体を後ろへと押し返した。
「くっ!?」
優雅な装飾に満ちた燕尾服姿から想像できないその脚力に、バイクの男が苦しそうな声を上げる。慌ててその巨大な右腕で恋の仮面舞踏を払い飛ばそうと腕を振るうが、
「無駄ッ!」
譲治の小気味の良い喝と共に、恋の仮面舞踏がその一撃を右手でもって受け流し、そのまま左の一撃が鈍い金属色の鎧を殴り飛ばす。流石に蹴り程の威力とはいかないが、それでも鎧は僅かに拳の形に凹み、ビリビリと鎧を震わせる。
しかし、それだけだ。四メートルを超える巨体を覆う鎧に足と拳の跡を付けた所で大したダメージは見込めない。象の騎士は二度の攻撃に何の影響も受けていないと言うように左手を恋の仮面舞踏へと叩き付けるべく振り上げた。
「っち!」
この攻撃そのものは問題ではない。が、じゃらりと金属が擦れ合う音を耳が拾う。鎖が動き始めている。何かしらの能力を持った鉄球も危険だが、鉄球のおまけだと思っていたこの鎖が中々に厄介だと言う事を譲治は数度の攻防で思い知った。これは剣玉の糸ではなく、迂闊に触れることすら危うい鎖の鞭だ。
鉄球と鎖と言う攻撃と防御を兼ね備えた武器に、多少の攻撃を寄せ付けない防御力を持った鎧。譲治が最初に思ったよりも、そのコンビネーションは攻め難い。
「焦らせやがって! だが俺のテンション上がって来たぜー!はここからだぜ?」
更に、そこにまだ見ぬテンション上がって来たぜー!の能力が加わる。
象の騎士の左腕が振り下ろされるのと同時、譲治の後方で道路が突如爆ぜた。空気を震わせ、アスファルトの破片を四方八方に吹き飛ばしながら周囲に広がるその衝撃は榴弾を想像させる。
「きゃあ!」
少し遅れて玲音の口から大きな悲鳴が上がるが、後ろを振り向いて彼女の安否を確認する余裕はない。アスファルトを砕く爆発音と同時、鉄球がそのスピードを急激に増して譲治に向かって踊りかかって来たのだ。
正面からは象の騎士の鉄槌のような左腕、背後からは砕けた道路の飛礫、そして右から迫るのは今まで以上の速度で空を走る鉄球。三種三方から襲い掛かる攻撃は、流石の譲治と言えど攻撃の隙を見いだせる物ではない。
「っち!」
咄嗟の判断で譲治は恋の仮面舞踏を自身の意識の中に戻すと同時に、頭を抱えながらその場に倒れ込んで攻撃を回避する。象の騎士の攻撃はその巨大さが故にその足元まで届かず空振り、迷いなく譲治の頭を狙って来た鉄球と鎖もやり過ごし、瓦礫の数発は逃れることができなかったが、ダメージは直撃と比べるまでもない。
もっとも、面接用のスーツは土埃と解れだらけになってしまったが。
「どうした! 俺のバイクをスクラップにするんじゃなかったのか!」
が、問題は見合ったサイズが中々見つからないスーツではない。今の攻撃で攻守が逆転してしまったことこそが、ヘヴィーな問題だ。また何処かで破裂音が響き、瓦礫が高遅くでばらまかれ、鉄球がその速度を増す。
アスファルトの上で身体を転がしながら叩き付けられる鉄球を交わし、譲治は距離を取りながらも態勢をなんとか立て直す。が、その代償として折角詰めた間合いは離され、二人の間には再び一〇メートル程の距離が開いてしまっている。
しかも今回は先程よりも素早くそして荒々しい鉄球と鎖、荒れ果てたアスファルトの道路が接近を邪魔しており、危険度は倍増している。風を唸らせる鉄球は道路のそこら中を叩き回っているが、やはり不思議なことにすぐに破壊は起こらず、鉄球とは全く関係ない所で道路や縁石、コンクリートの壁が爆ぜて破片を撒き散らしている。それに合わせて玲音が悲鳴を上げているのも印象的だ。
それはちょっとした嵐のようであり、とてもではないがその中を強引に突っ切っていくと言うのは先程の様にはいかないだろう。
「なるほど」
だが恐ろしいまでに荒れ狂う破壊の渦を見て、譲治の瞳に陰りはない。距離は多少開いてしまったが、勝利には先程よりも近づいたのだから。立ち上がってジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めながら譲治は獰猛な笑みを口元に浮かべる。
「あんたの能力――見えたぜ。『鉄球の与えた衝撃を遅らせる』ことだな?」
「っ!」
「だいたい十秒。鉄球の衝撃は遅れて周囲に影響を与える。そうだろ? ったく。良く出来ているぜ。回避したと思った攻撃が忘れた頃にやって来るわけだからな。しかも地面にぶつかった時、鉄球に起こる反作用も。だから壁やアスファルトが弾けるのと、鉄球の速度が上がるのが同時なんだろう? 初見なら、大抵の相手は最初の発動でぶち殺せるだろうな。俺も実際、危なかった」
「…………まるで『もう危険じゃあない』って言い方に聞こえるが?」
「そう言ってんだよ。俺と俺の恋の仮面舞踏が勝つ」
「言うじゃねーか! だが! これを見ても同じことを言えるか!?」
譲治の挑発的な言葉に応える様に、バイクの男も又自らを鼓舞し、そして自らの力を見せつける様に叫ぶ。
同時、また譲治の目の前でアスファルトが弾け飛び、鉄球が唸り声を上げながら空を裂く。ただし、それは明らかに先程までと違う動きを見せた。象の騎士を象った管理者は、顔から伸びた鎖を両手で掴み取りって手繰り、真っ直ぐに走るだけだった鉄球に円の動きを与えたのだ。その様子は投げ縄を振り回すカウボーイか。
テンション上がって来たぜー!は遅れてやって来る衝撃を、ブランコの速度を上げる子供の様に巧みに鉄球に乗せてどんどんと加速させる。獣が如く叫ぶ人の顔程の大きさをした漆黒の鉄球は、もはや肉眼では黒い帯にしか見えない。
最早、肉眼で見極めることも難しい速度。その威力も又、肉体の限度を超えていることに疑いの余地はない。腕で受ければ腕が引き千切れ、胴に喰らえば上半身と下半身は互いを繋ぎ止める事が出来ず、顔に当たれば脳漿をぶちまけることになるだろう。仮に回避したとしても、あれ程の運動量を持った鉄球が破壊するアスファルトの飛礫の量は本物の榴弾さながら。とてもではないが受けるも防ぐも困難だ。
「当然」
だが、それでも、譲治の顔から勝利の色は消えない。
その横に並ぶ恋の仮面舞踏もまるで敗北を知らぬと、白い手袋を付けた拳を強く握り締めて前へと突き出す。
「前言撤回はしないさ。時間もないし、次のあんたの攻撃で終わりにしよう」




