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格ゲー科へようこそ!  作者: ぺんぺん草
6/9

実技

 寝起きの気分は最悪なものだった。

 昨日の出来事が頭の中でちらついて中々眠る事が出来なかったのと、出かける準備の為に早起きしなくてはならなかったからだ。


 実乃梨は自分の髪の毛に触れて、さらりと撫でる。寝癖の所為で、あちこち髪が跳ねているのが分かる。

 いつも出かける前の準備の中で、この長い髪の手入れにその時間の大半がさかれる。

 正直なところ切ってしまいたくもなるが、実乃梨はこの長い髪が自分にとっての唯一女らしい部分だと思っている。毎回の手入れは面倒だが、止むを得えず伸ばし続けている。


 頭は悪く、運動も出来ず、身長も高くなければ、発育も……良い方ではないだろう。

 趣味といえるのものも格闘ゲームぐらいしかない。自分の中で唯一好きな事なので、格闘ゲームを続けている。


 実乃梨は中学一年生の時に格ゲーに出会った。

 最初は全然勝てなかった。けれど別にそんな事はどうでも良かった。

 実乃梨はただ格ゲーをしていれば楽しかったし、それだけで十分満足していた。

 楽しくて続けているうちに、それに比例して勝率は着実に上がっていった。


 今まで、何をやってもどんくさかった自分がここまで上達出来るとは予想もしていなかったので、実乃梨は本当に嬉しかった。ようやく自分にも得意だと胸を張って言えるものが出来たのだと。

 実乃梨自身はそこまでのものだと自覚していなかったが、当時の実乃梨はネット対戦を利用しているプレイヤーたちの中でもトップクラスの実力を持っていた。

 そのようなゲーム内でトップ層の人物がネットでどのような扱いを受けるのか、まだ中学生の実乃梨は知らなかった。


 実乃梨は元々、インターネットを利用して情報を集めたりするようなタイプではなく<ウロボロス>においても独学で覚え、学んだ。

 それが良かったのか悪かったのか、実乃梨がその事を知ったのはトップクラスの実力を身につけた後だった。


 実乃梨について――――実際は“春”というHNを名乗っていたので、正確には“春”に向けてだが、あらゆる誹謗中傷や事実無根な事を書かれたり“春”が何者かという論議などがネット内でなされていた。

 当時、インターネットにはそういう人たちがいるとは知らず、幼かった実乃梨には不特定多数からの言葉の暴力というものは耐えられなく、深く傷ついた。

 今まで、ただ楽しくて遊んでいた<ウロボロス>が急に色あせて見えた。

 それからしばらくの間、毎日遊んでいた格ゲーに実乃梨は手をつけなかった、というよりは手をつけられなかった。

 一日、また一日と何もする事なく過ぎていく日々をぼんやり過ごした。

 手をつけられなかった間も、格ゲーの事が頭の中からずっと離れず、気がつけば考えているのはその事ばかりだった。

 そうして実乃梨は理解した。

 いつの間にか、自分にとって格ゲーがとても大切なものになっていたのだと。

 実乃梨は格ゲーをもう一度再開する事を決めた。

 けれど今までのようにプレイしたところで、また誰に文句を言われるか分からない。そこで実乃梨が思いついたのは“HNを変えて制限プレイする”事だった。

 その日から実乃梨は“冬”という新しいHNでプレイを再開した。


 実乃梨はただ格ゲーがしたいだけなのだ。

 勝つと何か言われるのなら最初から勝ちを譲ってやればいい、そうすれば誰にも文句を言われずに格ゲーが出来る。

 久しぶりに遊んだ格ゲーは嬉しかったけど楽しくはなかった。

 他に格ゲーを遊ぶ方法も思いつかなかった実乃梨はそのままプレイを続け、次第に“冬”としてプレイするのが当たり前になっていった。

 そんな中だった、二ノ宮付属高校に格ゲー科というものがあると知ったのは。

 実乃梨のこれまでの対戦相手は、顔も分からず、素性も知らない、まったくの赤の他人しかいなかった。


 格ゲー科に入って一緒に遊べる気の知れた友人を作れば、もしかしたら、また昔のように楽しく格ゲーをプレイ出来るのではと期待をし、入学を決意した。


(……変われると思ったんだけどなぁ)


 髪を梳かしながら、鏡に映る自分の姿を見つめ、昨日の出来事を思い返す。

 椎馬との出会い。

 変わった人だなというのが第一印象。けれど彼はどこまでも真っ直ぐにゲームを楽しんでいるようだった。


 そしてすずなとの対戦。

 クラスで隣りの席になったすずなは気さくで人当たりが良く、話しが合う事もあってすぐに仲良くなれた。

 寮が同じだと分かり、一緒になった帰り道に<ウロボロス>で対戦しようと誘われた。

 椎馬たちの言葉やゲームに対する姿勢に触発され、実乃梨は“自分もまた昔のように本気で格ゲーがしたい”そう意気込んで対戦を受けた。


 しかし駄目だった。

 もう実力を隠す必要などないと頭の中では分かっているのに、対戦中に“二ノ宮付属でもまた同じ事の繰り返しになるのではないのか”そんな考えがチラついて結局全力を出す事が出来なかった。

 何よりもすずなに対して実力を偽ってしまったのはショックだった。折角友達になれたのに、今後どう接していけばいいのか実乃梨には分からなかった。


「はぁ…………」


 実乃梨は声に出てしまう程の深いため息をついた。

 寝癖で跳ねた髪を整え終えると、手を伸ばしカーテンを開けた。春の暖かい日差しが部屋の中に降り注ぎ、実乃梨は目を細める。

 窓の外を見ると、向日葵荘が高台にある事もあって二ノ宮付属を一望でき、そこからの景色は絶景だった。

 まだ、構内を歩いている生徒の姿はほとんど見えない。

 昨日の一件が尾を引いており、椎馬たちと会いたくなかった実乃梨は早く起床して先に登校してしまおうと思った。

 どちらにせよ、すずなとは同じクラスなのでそんな事をしたところで嫌でも後で会うのだが。

 こんな女々しい事をしている自分自身に実乃梨は嫌気がさす。


「……ほんと私って馬鹿」


 ぼそりと呟きながら、その重い身体を奮い起こして制服に着替えると実乃梨は自室を後にした。



  ◆



 「実技」の授業。この時限では、連続技、起き攻めの練習、野試合などが行われる。

 初めての「実技」の授業は野試合についての説明から始まった。

 野試合とは分かりやすく言えば練習試合の事である。

 「実際に見た方がすぐ覚えられるよ」と小毬は言って、野試合のデモンストレーションを行う事になった。


 そして現在、実乃梨は教室内のアーケード筐体の前に座っている。

 不運にも、小毬からの指名を受けた実乃梨はデモの選手として選ばれてしまったのだ。

 動きを見せるという事は、実乃梨の実力がクラス全員に知られてしまう事と同義で、さらにすずなには一度動きを見せてしまっている。


 その為、いつも通りに“冬”でプレイすれば解決出来る状況ではなくしてしまっている。

 すずなの方を一瞥すると、それに気づいたすずなは「みのりん頑張れー!」と声に出して応援を始めた。

 実乃梨は苦笑いを返すと、覚悟を決めて呼吸を整える。


(……何とかして誤魔化すしかないか)


 小毬が準備を始めると、ホワイトボートの前にスクリーンが降りてきてゲーム画面が映し出される。


「二人共、筐体のコンパネにリーダーがあるからパスをかざしてみて」


 小毬の指示通りにパスを読み込ませると、スクリーンに情報が浮かび上がった。



 =============================


 1P 春日実乃梨

 ランク:F    ギルド:未所属

  戦績:  7戦  0勝



 2P 伊藤誠一

 ランク:F    ギルド:未所属

  戦績:  3戦  2勝


 =============================



「どっちもパスを使って対戦した事はあるみたいだね。このようにパスを読み込ませると戦績をパスに残す事ができる。

 これはランクマッチ戦とかの公式試合だけじゃなくて野試合でも記録が可能だよ。普段からパスを読み込ませるのを忘れないように習慣づけてね」


 教室内の生徒は一様に頷いた。


「よしよし、問題ないね。じゃあ春日、伊藤、デモ試合ではあるけど真剣勝負だからちゃんと全力でやるように」


 実乃梨は“全力”という言葉にピクリと反応したが、すぐにそれを思考の外に追い出して目の前の試合に集中した。


「合図したら始めてね、レディー……ファイト!」



  ◆



 画面が切り替わり、キャラクター選択画面へと移る。

 実乃梨が使用するキャラクターは<アーネスト>。髪をオールバックでまとめ、鋭い眼光を光らせている。上半身は裸で、筋骨隆々の鍛えられた肉体が嫌でも目につく。巨木のような太腕はあらゆるものをなぎ倒しそうだ。


 <アーネスト>の特徴は至極単純で近寄って攻めて相手を倒すインファイター。高火力な連続技に加えて、接近手段としても優秀な突進技<マグナムバスター>、切り返しの手段として重宝する無敵技<パンツァーフィールド>と、単純ながら強力な技を持ち、初心者にも使いやすいキャラクターとなっている。


 対する伊藤が使用するのは<ミナヅキ>。針のように逆立てた頭に黒色のスーツを身にまとっている。<アーネスト>と比べてしまうと随分細身な体つきだが、その右手には不釣り合いな程巨大な――――身の丈をゆうに超える大剣が握られており、それを振るわれればただではすまない事を物語っている。


 <ミナヅキ>は俗にいう<溜めキャラ>というものに該当する。通常のキャラクターは技を出す時、その技ごとに決められたコマンドをレバー操作で入力する必要があるが、溜め技の場合は複雑なコマンドを入力せずに技を出せる。

 格闘ゲームではレバーの操作を分かりやすく説明する為に、よくキーボードや電卓で使われるテンキーで入力を表して説明する。


 テンキーの“5”。これはレバーをまったく操作しない状態。ニュートラルを表す。“2”でしゃがみ、“8”でジャンプ、“4”で後退、ガードといったように数字でレバーの動きを表現しているのだ。

 通常のキャラクターのコマンド技であれば、236、41236のような入力が必要であるが、溜めキャラは2溜め8、4溜め6というように少ない工程の操作で技を出す事が出来る。


 <ミナヅキ>の基本戦法は4溜め6のコマンドで出せる飛び道具<龍双珠>を使った牽制と、撃ち出した<龍双珠>を盾にしながらの接近。それを嫌って飛んで逃げる相手を2溜め8のコマンドにより出せる対空無敵技<龍双戟>によって迎撃するというシンプルではあるが非常に強力な戦法を得意としている

 優秀な溜め技性能の代わりに移動による機動力が他のキャラに比べて低く設定されているというデメリットはあるが、接近さえしてしまえば<アーネスト>に並ぶ高火力の連続技も持っている。

 本来であればこの勝負。<アーネスト>側は<ミナヅキ>の牽制を如何にして掻い潜って一発を当てるか。<ミナヅキ>側はいかに<アーネスト>の接近を阻みつつ、チャンスを活かして連続技を決めることが出来るか、それが勝敗の分かれ目となる。


 しかし、それはあくまで対戦者同士の実力がそれなりに近ければの話である。

 この対戦はどうなるのか……。

 実乃梨と伊藤はそれぞれキャラクターを選択し終えて、試合が始まった。



  ◆



 古代建築の石造りの建物、その内部はしんと静まり返り、強い寒気が立ちこんでいる。

 そこに対峙する二人の男たち、周囲には誰もいない。


《READY…………ACTION!》


 試合開始の合図と同時に実乃梨は後ろに大きく下がって距離を取る。

 インファイトを得意とするキャラクターが初手から距離を離すという行動は、余程相手を様子見したい場合でもない限り取らない。


 実乃梨も本気でプレイするのであればこのような事はしない。しかし、すずなに一度“冬”としての戦いを見せてしまっている。対戦相手に悟られないように手加減をしつつ、接戦を演じ、負ける為に作られたプレイスタイル。


 そんな形で実力を偽ってしまった手前、今更本気で戦う事など出来ない。だからこそ、すずなに違和感を与えないように上手く見せようと実乃梨は考えた。

 すずなとの対戦で見せた実力に合わせた動きを演じ、相手の実力次第で、勝つべきか、負けるべきかを調整する必要がある。


 “冬”の実乃梨は開幕に様子見をして、相手の力量をはかる為に出方を窺う。

 初心者は連続技が出来たり、一見派手なセットプレイが出来る人が強いと勘違いしてしまいがちだが、実際にはそうではない。

 連続技やセットプレイも大切な事だが、それよりも重要なのが“立ち回り”である。

 “立ち回り”とは簡単にいえば、連続技やセットプレイを決めるまでの過程、きっかけ作りである。

 パンチやキック、投げ技などといったものが、何の駆け引きもなしに決まるなんて普通ではありえない。それは現実の格闘技の試合を想像してもらえれば分かるだろう。


 格ゲーにおいても連続技を決めるチャンスを狙う、探り合いの駆け引きがある。そして、これはある程度のレベルにまで達していると、対峙している相手の“立ち回り”で相手が自分より強いのか、弱いのかを判断出来るようになる。


 実乃梨はそれを利用して、実力を偽り続けてきた。

 伊藤の様子を窺いつつ、実乃梨は少しずつ前に歩いて距離を詰める。


『龍双珠!』


 伊藤は実乃梨の接近を警戒したのか、飛び道具<龍双珠>を放った。圧縮されて球体に収束したエネルギーの塊がバチリと火花を散らしながら実乃梨に迫る。

 実乃梨は<龍双珠>をジャンプで回避。そこから空中ダッシュを使って伊藤の方へ一気に距離を詰め、ジャンプ攻撃を仕掛ける。


『龍双戟!』


 伊藤は空中へと飛び上がり、身の丈程の大きさの大剣を上空に向かって斬り払う。

 対空無敵技<龍双戟>がヒットして実乃梨は吹き飛ばされる。


(なるほど。飛ばせて落とすはできると……)


 実乃梨に攻撃を当てて吹き飛ばしている間に、伊藤はダッシュして接近する。

 伊藤の攻めのターンが始まり、実乃梨はガードをして様子を見る。

 これも相手の攻めの質を見て実力を判断する為だ。

 実乃梨はガードをして攻めを凌ぐ。中々崩れない実乃梨に痺れを切らしたか、伊藤は投げを選択。

 投げはガードが出来ない、その代わり“投げ抜け”というシステムがあり、それを使って防ぐ事が出来る。

 しかし、実乃梨はここであえて投げ抜けをせずに投げを喰らう。

 伊藤は掴みかかり実乃梨のガードを崩し、巨大な大剣を横になぎ払う。

 大剣が身体に直撃して吹き飛ばされ、画面端に背を打ちつける。

 実乃梨はすぐに受身を取って体勢を立て直し、反撃に転じる。


『マグナム!』


 再び<龍双珠>で飛び道具を生成しようとする伊藤を、突進技<マグナムバスター>にて咎める。

 ターンを取り返した実乃梨はそのまま攻めに転じる。

 伊藤は実乃梨の接近に焦ってガードを固めるが、所々で攻撃を喰らって徐々に体力が削れていく。実乃梨の攻めに耐えられなくなった伊藤は無敵技<龍双戟>を放って切り返す。


(まあ大体分かったかな……)


 飛ばされた体勢を復帰させながら実乃梨は考える。

 実乃梨が伊藤に行った攻めは崩す気もない穴だらけな固め。防御側に回った伊藤の反応を見る為にわざと行ったのだが、伊藤はこの攻め方にすら余裕がなく防戦一方で、苦し紛れに撃った無敵技である<龍双戟>のタイミングも確認出来た。


 無敵技の撃ち方を含めて伊藤の反応は全て後手に回っている。

 これは初心者にありがちな行動。対戦相手との読み合いに思考が追いついていないのだ。

 基本的な立ち回りと攻めについては理解している動きを見せているので、中級者手前というのが実乃梨が思う相手の実力だった。

 これぐらいの相手ならすずなに見せた“冬”の動きでも問題なく勝てると実乃梨は判断した。

 <龍双戟>をヒットさせた伊藤はダッシュによって間合いを詰めて、実乃梨の復帰に合わせて大剣を振り払う。

 しかし、すでに実乃梨の姿はそこにはなく、伊藤の背後に立っていた。

 実乃梨の使用する<アーネスト>は地上ダッシュ、バックステップが特殊で一定距離を消えながら移動する。

 消えている間は完全無敵で移動するので、相手の牽制に合わせれば空振りを誘う事が出来る。

 実乃梨は伊藤の攻撃を無敵時間を利用してかわすと、その背後へと潜り込んだのだ。

 空振りして無防備になったところに実乃梨の攻撃が炸裂、そして続けざまにコマンド技を放つ。


『フォッカー!』


 一撃目でボディブローを叩き込み。


『ファルツ!』


 二擊目で顔面を蹴り上げる。


『ローランド!』


 三擊目で伊藤を空中へと蹴り上げ、その強靭な肉体から繰り出されるラリアットによって吹き飛ばす。

 実乃梨の連続入力式のコマンド技が決まった。

 だが、それだけでは実乃梨の連続技は終わらない。続けて、吹き飛んだ伊藤を追撃し、画面端へと運送する。

 連続技を締め終えた頃には、伊藤の体力は残り僅かとなっていた。

 画面端へと追い込まれ、すぐ眼前には実乃梨が立ちふさがっている。加えて実乃梨の体力はまだ半分以上残されており、随分と余裕がある。

 伊藤としては何とかしてここから巻き返しを図りたいだろうが状況は最悪に近い。

 追い詰めた伊藤にとどめを刺す為、攻撃を仕掛ける――――素振りを見せると実乃梨はバックステップを入力した。


『龍双戟!』


 伊藤は無敵技でこの状況を打開しようと思ったのだろう。

 けれど、その選択肢は初心者がやりがちな苦しい状況から逃れたいだけの何の駆け引きもない悪手だ。

 実乃梨はそれを読み切っていた。

 バックステップの無敵時間によって<龍双戟>を回避する。


『ディープインパクト……』


 その巨大な肉体が身を翻し、右手一点に集中して力を込める。


『ランチャー!』


 <龍双戟>の空振りによって隙だらけで落下する伊藤に、渾身の一撃が突き抜ける。

 攻撃をヒット・ガードさせると溜まっていくゲージを消費する事で使用可能となる、ゲージ消費技<ディープインパクトランチャー>が決まった。


《FINISH!》


 伊藤の体力が0になるのと同時に試合の終了を告げる機械音が鳴り響いた。



  ◆



「はーい。そこまで春日の勝ちだねー」


 小毬の宣言により実乃梨は思考を筐体の画面から現実へと戻す。


「それじゃ皆スクリーンに注目してー」


 クラスメイトたちは正面のスクリーンを見上げる。実乃梨もそれにならった。

 スクリーンには実乃梨と伊藤の戦績情報が試合前の時と同じように映し出されていた。

 その内容に変化が起こる。戦績情報に実乃梨に1勝が、伊藤に1敗が加わる。


「試合前にも説明したけど、こんな感じですぐにデータに反映される。他にもパスでしか確認はできないけど、今までに決めた連続技の最大ダメージ数、投げを決めた回数、投げを抜けた回数、キャラクター別の勝率だとかそういった情報も記録してくれる。

 どこに自分を強くするヒントがあるか分からないからね。こまめにチェックしておくといいよ」


 強くなる為の一つの方法を示してくれた小毬にクラスメイトたちは皆力強く返事をした。


「はい、よろしい。あっ、春日と伊藤はもう席に戻っていいよ」


 そう言われて実乃梨は自分の席へと戻る。そこには……正確には実乃梨の席の一つ隣りだが、目を輝かせたすずなが待っていた。


「おかえりー、みのりん。格好良かったよー、見事だったねー! やっぱりウチの目に狂いはないねー」


 すずなは実乃梨の手を取ると上下にぶんぶんと振り回す。


「う、うん……ありがとう」

「それとー、初勝利おめでとう!」

「え? あっ…………うん」


 一瞬何の事かと思ったが、二ノ宮付属に来て初めての勝利を祝ってくれたのだと分かった。

 その直後、実乃梨は強烈な違和感を感じた。

 先の1勝は二ノ宮付属に来てからの初勝利の意味だけではなく、“冬”としてプレイし始めてから初めての勝利だったと気づいた。

 すずなに嘘を通し続ける為とはいえ、ごく自然に迷う事なく対戦相手に勝っていたのだ。


(もしかしたら少しは変わってきているのかな……)


 二ノ宮付属に来てからも無理だと諦めかけていたが、もしかしたらあの頃のようにまたプレイが出来るかもしれない。

 自身に起きた変化に戸惑いながら、実乃梨はほんの少しだけ期待を胸に抱いた。

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