ナナシ
一年前に書いた投稿作品です。誰の目にも触れないのも寂しいのでなろうに投稿することにしました。
格闘ゲームをやってる方、興味のある方に是非読んでいただきたいです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
「いける! この調子ならいけそうだよナナシ!」
ギルドメンバーの一人が興奮しているのか、上ずった声をあげる。
目の前には見上げなければ全体像を眺める事が出来ない程の巨体を持つドラゴン――――「リンドブルム」が苦悶の表情を浮かべ、その体躯を仰け反らせていた。
そんなメンバーの声色とは裏腹に、ナナシは一層身を強張らせた。
確かにこれまで幾度となく挑戦してきた、この大規模戦闘の中でも状況は良い。
メンバーはまだ全員生存しているし、HP、MP、各支援魔法の状況も作戦通りに良好で問題はない。
しかし、リンドブルムの本領はこれからなのだ。
「そろそろ“龍の怒り”がくるぞ! 物理、魔法攻撃上昇の支援魔法は優先でかけろ! スタン組は打ち合わせ通りに準備を!」
ナナシの指示を了承したギルドメンバーたちの声が大合唱のように重なり、戦場に響き渡る。
“龍の怒り”はリンドブルムのHPが10%を下回ると使用してくるスキルで、ただでさえ圧倒的な攻撃力と防御力を誇るリンドブルムのステータスを大幅に上昇させる。
スキルを発動したリンドブルムの攻撃力は現時点で揃える事の出来るプレイヤーの装備やステータスでは耐えられるものではなく、これまでナナシを含めた全てのプレイヤーはこの状態のリンドブルムの前に散っている。
プレイヤーは皆、現時点では倒す事が不可能なボスとして認識した。
けれど、ナナシはそこで挑むのを止めなかった。
このような強敵をどのようにして倒すのか、その方法を模索したり、工夫したりするその過程こそがゲームの面白い部分であり、楽しむべきものであると思っているからだ。
(……10.4%、3、2……)
「スタン組!」
事前に打ち合わせていた通りに、決められた順番、決められた間隔でスタン組はスタンスキルを撃ち始める。
魔法火力職であるエレメンタルマスターのナナシも攻撃に参加。その傍らでスタンの残り時間を計算し把握する。
「盾はヘイトを稼いでタゲ取りを! スタンは後5秒で切れる。それに合わせて物理無敵付与! 以降メンバーが倒れても気にするなよ! 残り押し切るぞ!」
最後のスタン効果の時間も切れて、リンドブルムは“龍の怒り”を発動。
そして遂にこのゲーム中最強のステータスを持つ大きな巨体が動き出す。
リンドブルムの猛攻に耐えていた盾職たちが物理無敵付与が切れ始めた事で一人、また一人と姿を消す。
それを皮切りに、加速度的に戦線は崩壊していく。
(…………残り5%)
スタンの時間を使って、ナナシたちの持つ最大火力で削ってもまだ半分。
ナナシは気が遠くなるような長さを覚える。
メンバーは次々と倒れていき、20人いたギルドメンバーたちも気づけば残り5人になるまでに追い込まれていた。
それでもナナシたちはリンドブルムの体力を削る事だけに専念する。
これだけの混戦になるとヘイト管理は困難で、もう誰にターゲットが行くのかまったく予想がつかなかった。
リンドブルムのHPが残り3%を切ろうかというところ。
突如、リンドブルムが雄叫びをあげ、口元に禍々しい光が収束していく。
リンドブルムの持つスキルの中でも最大火力の攻撃が放たれた。
ステータスが大幅に上昇している今のリンドブルムの攻撃は、ナナシたちがどれだけ支援魔法によって能力を高めようとも即死はまぬがれない。
(ターゲットは……俺か⁉)
――――不味い! と一瞬だけヒヤリとした。
けれどその焦りはすぐに消える。
盾職であるガーディアンのスズナがナナシの前に姿をあらわし、それを見てナナシは安堵した。
「危ないとこだったねーナナシっち。ナナシっちがいなきゃ“ギルド花火”は使えないんだからねー。危うく今回もおじゃんになるとこだったよ。感謝してよね」
スズナが“身代わり”のスキルを放つ。このスキルは対象とした味方のダメージを使用者が肩代わりする事が出来る。
これによってナナシはスズナがダメージを代わりに受ける事で生かされたのだ。
「ああ、サンキューな。おかげでようやく……俺たちの勝ちだ!」
“ギルド花火”とはギルド対抗戦の優勝ギルドのマスターにのみ配布されるスキルで、対抗戦の締めとして最後に打ち上げる、いわばお遊びスキルである。
このスキルは実は攻撃スキルとしても使用可能で、対象の最大HPの3%を固定ダメージとして与える事が出来る。
ナナシたちはリンドブルム撃破の為、その下準備としてギルド対抗戦を勝ち抜いていたのだ。
「これでもうお前の顔を見なくて済むかと思うと清々するよ。なんせお前の事は夢にまでみたんだからな!」
ナナシの足元から大量のロケット花火が出現する。
それらが着火し、次々にリンドブルムに向かって発射される。
リンドブルムの全身にロケット花火が着弾し、その都度激しい火花のエフェクトと煙があがる。
「ギャアアァァ!」
リンドブルムの耳をつんざくほどの悲鳴がこだまする。
全てのロケット花火が打ち出され、リンドブルムの姿は煙に包まれて視認出来なくなった。
ナナシたちは皆、煙の流れる様子をただ静かに見守っていた。
しばらくして揺らりと、リンドブルムが身体をふらつかせながら煙の中から姿を現す。
そしてそのまま力なく、その大きな体躯は地面へと倒れ伏す。
一同にその様子をただ呆然と見ているだけで、皆は何も言わなかった。
システム情報を見ればリンドブルムのHPは0になっており、撃破しているのは間違いない。
ナナシもだが、おそらくやり遂げた、という実感がまだ湧いてこないのだろう。
その波はほんの数秒遅れてからやってきて、誰とはなしに歓喜の声を上げた。
「おっしゃああぁ!」
そこからは連鎖的にギルドメンバーの面々は一様に喜びを噛み締めて、今までの苦労を分かち合うように拳を合わせたり、抱き合ったりしている。
その光景を目にしてナナシは微笑う。
皆で協力して、苦労して、何かを達成するというのはゲームに限った話でもないけれど、とても良い事だとナナシは思っている。
MMORPGの面白さというのは、こういったところにあるのだろう。
「お疲れナナシ」
背後からの声にナナシは振り返る。
「おう、お疲れレオニズ」
「しかし本当に倒せるなんてな。いまだに実感が沸かねえよ。それにしても流石ナナシだな」
「流石って何がだよ?」
「お前も少しは自分で自覚しろよな? プレイヤーが諦めてるボスを倒す、だなんて言い出すのがお前じゃなかったら誰もついて行ってないぞ?」
「……過大評価のしすぎだって。俺はただ人よりもゲームをしている時間が長いだけだ。それにリンドブルムだってちゃんと計算をすれば倒せるって分かるんだ。遅かれ早かれ誰かが見つけているだろうよ」
そう言ってナナシはレオニズに向かって笑う。
レオニズはナナシの満面の笑みを見て嘆息する。
「そんな事気づけるような人が一体どれだけいるのやら……まあその事はいいとして、それよりもナナシ、前に話していた事だがやはり――――」
「ああ、俺は今、この瞬間を持ってこのゲームを引退するよ」
「そう……か」
ナナシはこれまで様々なジャンルのゲームに手をつけてきている。それはあらゆるジャンルのゲームを高いレベルでプレイできる実力を得る為だ。
何故、そんな事をしているのか、それはナナシの夢が関係している。
その夢とは、世界一面白いゲームを作る事だ。
ゲームを作るのに、ゲームの腕前は関係ないと言う人もいる。ナナシも絶対に必要だと、そこまで強く思っている訳ではないが、そのジャンルの知識を制作スタッフがあまり知らずに作ったゲームが不発に終わっている事が多いのもまた事実なのだ。
「みんなに聞いて欲しい事がある!」
ギルドメンバーの面々はナナシの発言を聞いて一斉に注目する。
「一部のメンバーには伝えてあったんだが、俺――――ナナシは本日、このリンドブルム撃破の達成に合わせて引退を宣言する!」
ざわりと一同はどよめく。
「えー? ナナシっち本気なのー?」
「ああ、俺は世界一面白いゲームが作りたい。その為の基盤として色々なゲームをやっている。だからあまり長く一つのゲームに留まっている訳には行かないんだ。すまん」
ナナシはメンバーたちに向けて一度頭を下げる。
「けど俺はお前らとこのゲームで遊べてすっげー楽しかったよ。リンドブルムを倒す、だなんて勝手な目標に乗っかってくれて嬉しかった。ありがとう」
ナナシはもう一度、先程よりも深く頭を下げた。
少しの間の後、レオニズとスズナがパチ、パチと拍手を始める。それは次第にメンバーへと広がっていき、最後にはメンバー全員がナナシに向けて拍手をしていた。
「お疲れ様、ナナシ!」
「面白いゲーム期待してんぞ!」
「良いゲーム出来なかったらデコピンだからねー」
拍手と共にメンバーたちはそれぞれの声援を送る。
「お前ら……」
「ナナシ」
レオニズがナナシの前へと歩み寄る。
「俺もお前と一緒のゲームが出来て楽しかったよ。ありがとう」
レオニズが右手を差し出す。
ナナシはその右手を見た後、レオニズと視線を交わす。
ふっ、とどちらともなく笑い出した後、ガッチリとその右手を掴んだ。
「みんなが楽しめる最高のゲームを作るから楽しみに待ってろよ! それじゃあ元気でな!」
最後にナナシは皆の上空に向かって“ギルド花火”を打ち上げてログアウトした。