暗水さん
「あ、青さん!」
俺は体をゆすりながら呼びかけた。
しかし、グタリ、としたまま動かない。
(し、死んだのか?)
だが息はある。
俺は急いで携帯で救急車を呼び、一緒に病院まで同行することになった。
医者の話では、頭を打って気を失っただけとのことだった。
俺は病院から出て、すぐにチーフに連絡を入れた。
「どうしてそうなるんだっ! くそ、あいつがいつ復帰できるか分からねえんじゃ、今のうちに差し替えも準備しとかなきゃならん。 俺はネームのチェックがあるから、五十嵐か暗水に事情を説明して動いてもらえ!」
「……すいませんでした」
俺はまず五十嵐さんに連絡を入れた。
「それアカンやろ…… こっちも手ェ離せんし。 先に暗水さんに連絡して、ダメやったら俺にもっかいかけてーや」
「分かりました」
暗水さんに連絡する。
さっきのチーフの話もあったため、ほとんどダメもとという気持ちだった。
しかし……
「……分かった。 今から大地出版に行こう。 そのまま掲載できる持ち込みがあるかも知れない。 木下君もついてきなよ」
「は、はい!」
暗水さんとまともに話すのは初めてだったが、チーフの話ほど酷い印象ではなかった。
会社に戻り、待ち合わせして一緒に大地出版に向かう。
電車で向かう途中で、俺は気になったことを質問した。
「あの、暗水さんって連載を担当した経験はないんですか?」
「ああ、2回あるよ。 ただ、僕が担当した連載は全然評価が取れなかったんだ。 何っていうか、読者ウケする内容じゃなかったみたいだ」
「チーフは内容を全部自分で考えてるみたいですけど、作者と話合ってもダメなんですか?」
「あの人は作家の意思よりも売り上げを重視する人だからなぁ…… 結局それでうまく行ってるから、僕みたいなやり方が間違ってるってことになっちゃうんだけどね。 僕、結構作家とやりあうから」
チーフは暗水さんは作家とのコミュニケーションが取れない。
陰口ばかり叩いてるようなやつだ、と言っていたが、話を聞く限りそれは真逆のように感じた。
暗水さんは作家と話し合って、ぶつかり合って作品を生み出すスタイルのようだ。
これでは、コミュニケーションが取れないのはチーフの方ではないか。
作家の意見を無視して、世間に受ける内容を書かせる。
俺は思わず暗水さんに聞いていた。
「チーフは、暗水さんは作家とコミュニケーションが取れないって言ってました。 違いますよね?」
「……ある意味、間違ってはないよ。 面白い作品が作れないってことが、コミュニケーションが取れないっていう解釈もある。 会社だからね。 結局、仕事ができる方が正義なんだよ」
「なっ……」
だからって、あんな言い方はない。
俺だって暗水さんのことを半分誤解してしまったじゃないか。
俺はどっちかってと、暗水さんみたいなやり方の方が好きだし、そういう編集者を目指してる。
「まあ、チーフがほとんど一人でドラゴンを持たせてるようなもんだから、悪く言わないでくれよ。 ムカつく時はしょっちゅうだけどさ」
「……」
そうこう言ってる内に、大地出版に到着した。
ここに新人がペン入れを済ませた原稿を持ち込んでくるため、その中に面白いものがあればそのまま掲載してしまおうという考えだ。
「あんまり期待はできないけどね」
事前に代役の件については連絡済のため、すぐに担当が出迎えてくれた。
部屋に通され話をする。
「掲載できるレベルの作品はありますか?」
すると、担当の者がいくつか候補を持ってきてくれた。
「私の方で目を通して、行けると思った短編です。 読んでみてください」
出された作品は3つ。
「マネっこ動物」
「星の王様」
「天才作家の孫」
である。
俺も読ませてもらったが、この中から選ぶのは中々苦しい。
暗水さんも沈黙したまま原稿と睨み合っている。
「うーん…… これなら無理やりにでもカンフーを書いてもらった方がいいかなぁ。 あえて選ぶなら星の王様だけど」
星の王様は、星の王子さまのオマージュ作品で、ブラックジョークの効いたコメディだ。
「木下君はどれがいいと思う?」
「……同じですね」
俺もこの中で選ぶのなら、星の王様だ。
結局、星の王様の原稿を借りてきた。
これでカンフーの作者の青さんが書けないとなったら、この原稿に差し替えることになる。
会社に戻るとチーフがいた。
暗水さんが原稿をチーフに渡す。
「これ、差し替えの原稿です」
「……悪いな。 だが青のやつ、病室でネームを書いてるらしい」
「ほんとですか?」
ということはケガは大したことはなかったのか……
俺はほっと胸をなでおろした。
「木下、青のところに付きっ切りでネーム仕上げて来い! 逃げるなよ」
「……は、はいっ!」
俺は病院に向かった。