episode1
「はぁ…。」
俺は式場を後にし、屋内に設置してある喫煙所を通り過ぎ、屋外へと歩を進める。外は今にも雨が降りそうな曇った空をしており、まさに今の俺の心を写しているかのようだった。
「曇天だねぇ。」
俺はポケットからタバコ箱を取りだし、紫煙を味わう。着馴れないスーツと体に苦い煙が染み込んで行く。
「ふぅ…。」
煙は吐き出し、煙を追って空を見上げる。結婚式だというのに雲の切れ間から一筋の光が顔を出す事はない。それは新郎新婦の未来よりも、お前の未来に光がない。外へ逃げ出してきた俺へのメッセージに見えた。
「結婚…か。」
従兄弟が結婚した。
俺と従兄弟は同い年だった。互いの両親のこともあり小さいころはよく遊んだものだ。田舎県の俺達の遊びはテレビゲームなどではなく、山に川に海に、目に移る景色全てが遊び場だった。
川に入って、魚を捕まえた。海で溺れかけた。山では木に登り骨折した。今では危険だととがめられる行為を思いっきり全力で楽しんだ。全て、眩しい思い出だ。
「キョウ。何、外に出ているんだ。」
「ん…。まぁ、な。」
見られていたらし。俺を追ってここまで顔を出したのか。俺はタバコの火を消し、携帯灰皿に入れる。
「まぁ、改めて結婚おめでとう。」
「あぁ。ありがとう。」
そう言って、屈託の無い笑みを浮かべた従兄弟の姿に、俺の胸がズキっと痛む。
「でも、早くも戻らないと。親類だけの式とはいえ。新郎がいないのはいただけないだろ。」
「まぁな。でも、こうじゃないと、キョウと話す機会はなかなかないだろ。」
そう言う従兄弟に、『まぁな。』と軽く返事を返し2本目のタバコに火をつける。
「俺達ももう二十五だな。」
しばらくの沈黙ののち、不意に従兄弟がそう言った。
「そう…だな。もう、二十五歳だ。早いのか遅いのか。」
「キョウはどうなんだ。」
「分からないさ。言うなれば長いようで短いかな。」
「なんだそれ。」
そう言って、従兄弟は笑う。その姿に軽い嫉妬を覚え、俺は重ねてきた年月の違いを感じる。
「そういうレンはどうなんだ。」
大原蓮二。昔はキョウちゃん、レンちゃんなどと呼んでいたが、今ではそれは使われない言葉と化した。それこそ、重ねてきた年月の影響だろか。
「俺もわかんないよ。」
「なんだよ。俺のこと言えるのか。」
そう言い返した俺に、また笑顔で答える。あぁ、従兄弟はまだそんな風に笑えるのか。そう思ってしまう。心から笑うことを忘れた俺のほうが異常なのだろが、笑っている従兄弟を妬む気持ちがどこからか顔だす。
「まぁ、いいや。早くもどれ。主役だろ。」
俺は二本目のタバコを消し、従兄弟に戻ることを薦める。中がざわついてきた音がするのはレンが中にいない事と関係が無い訳ではないだろう。従兄弟もそれに気付いているみたいだ。
「あぁ、キョウも早く戻って来いよ。」
そういう従兄弟に返事を返さないまま3本目に火を点けかけて止めた。
「なぁ、レン。」
返事の代わりに俺に背を向けた従兄弟へと声をかけた。
「ん。なんだ。」
「お前は何で結婚しようと思った。」
その言葉を聞き従兄弟はキョトンとした目をする。だが、すぐさま顔を綻ばせ、笑みを浮かべた。
「さぁな。わかんない。」
「なんだそれ。」
さっきと同じやり取りだ。だが、それは上辺だけで何かが違うことに俺も気付いてはいた。
「ただ…。」
従兄弟はその後に言葉を続けた。
「ただ、したいって思ったから。かな。」
そう言った従兄弟の笑顔は今日一、幸せそうな顔をしているように見えた。
「そうか。」
そうか、そうなのか。だったら。
「早くもどれ、バカ。中が騒がしいぞ。」
「キョウが呼び止めたくせに。お前も早く戻れよ。」
そう言って、従兄弟は中へと戻っていく。入り口の扉が世界を分かつ壁のように思える。聡明で、互いにその姿は認識しているのに違う世界にいるような感覚。
「結婚、おめでとう。」
誰も聞いていないその台詞を一人呟く。その瞬間、一瞬だけ世界に色が戻ったような気がした。従兄弟の幸せを分けてもらったかのようだ。