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創造主な僕たちは華麗な日々しか創れない  作者: 黄昏月ナツメ
一学期:僕たちはまだ夢の中で。
8/36

Truth is stranger than fiction.②

 吐き出す息はいつになったら白く染まってくれるのだろうか。

 冬はいい。ほっとする。何より紅茶がうまい。きっともうすぐ染まるのだろう。そう思った。

 暦は十月、中学三年目を迎えたあたしたちにとっては自分の進路を決めろなんだと周りに騒がれる時期でもある。級友たちは日夜、まだ見ぬ高校生活へ思いを馳せて、資料を集めて、時には文化祭やら説明会に出向いては自分の進路を決めている。

 ではあたしは。問われるとあたし自身はさほどことを重大に受け止めてもおらず、提出しろと言われた書類には自分の学力に見合う、どこにあるかも知りもしない公立高校の名前を書きこんで母親のサインと共に提出していた。

 当時のあたしからしてみれば分かりもしない将来を思い描くよりも、やってこようとしている冬を観測しようと努力することの方が重要なようである。


 そんなあたしが職員室に呼ばれたのはある意味ではごく自然な流れだったと自覚していた。


 そもそも一年の頃の春の決意はどこへやら。すっかり職員室の備品になりつつあったあたしだったので今日も特に抵抗なく廊下を歩いて職員室の戸を叩く。

「失礼しま」

 形式的に言いかけていた挨拶を遮るようにぐっと中から外へと引きずり出された。

 あたしを引きずり出したのはあたしをここに呼び出した張本人、ではなく、嫌に神妙な顔つきをした副担任、狐島(こじま)イナリ先生だった。

 彼女もまた、人ならざる者。『妖狐のイナリ』としてこの辺りでは名を馳せていた妖怪狐だったのだが今ではここの土地神にすっかり牙を抜かれて大人しく英語教師として働いている。

 ぐいぐいとあたしを引きつれ歩く彼女は「まっずいよ」とだけあたしに囁いた。

「まっずいって?」

「いいから」

 何もよくないのだが。顔をしかめているうちに階段を駆け下りて、狐島先生はあっという間にある扉の前で足を止めた。

 部屋の名前を示すプレートには『校長室』と書かれている。ああ、ついにあたしは校長室に呼び出しを喰らうほどの悪へとランクアップしていたのか。

 心当たりはないとは言えない。むしろ上げ過ぎてリストアップしていたら日が暮れるどころか三日は過ぎて行ってしまいそうなほどだ。昔の優等生の面影はどこへと消え失せてしまったのだろうか。

 しかし逃げ帰ろうにも狐島先生が許してくれそうにない。早く中に入れと促す彼女の言葉を聞きながら形式的なノックを済ませ、どうぞと声がかかるやいなやすぐさま中に飛び込んで「どうもすいませんっしたぁ!」と体育会系的なノリで頭を下げる。

 一瞬、沈黙が流れる。恐る恐る顔を上げるとあたしとのデート場所を職員室から校長室にしたのであろう朝霧といかにも人がよさそうな顔をした初老の男がきょとんとこちらを見つめていた。

 土地神、霧主(きりのぬし)。この世と自分を結ぶ仮の姿としてこの瀬ノ宮中学の校長も務めている。実際は人の形のときには青年の姿をした竜神らしいが普通の人間に違和感を持たれないように学校にいる間はその姿でいるらしい。朝霧の主人であり、広い意味で狐島先生の上司でもある。

 その霧主はあたしの姿を認めるや、ぷっと小さく吹き出した。

「違う違う、今日はお説教じゃないんです」

「え?」

 霧主の言葉に我ながら間抜けな返事を返すと朝霧が溜め息を吐いた。

「ああ。残念ながらお前の指導は見送りになった。一大事だ」

「……なんで残念ながらとか言うんですか」

 生徒に説教せずに済んだのだから喜んで欲しい。

 座って、と促されたのでソファに腰を下ろし霧主と朝霧と対面する形となる。狐島先生はドアの辺りで何やら落ち着かないのかそわそわと視線を泳がせている。

 さて。ここまでの状態を見て真面目に考える。お説教じゃないのにあたしがここに呼び出される理由があるとすれば、それはたった一つだ。

「東雲結城ですか?」

 あたしの相方。それだけだろう。

 強大な魔力を持っていた相方は一年のときから変わらずに、いや、それどころか益々膨大な存在とすらなってあたしの横でにこにこ呪祖を狩り続けている。異常なまでの才能だった。

 どこか一点で止まることを知らない。衰えることもなく、ただ伸び続けるだけの底なしの力。もはや根本からの違いを見せつけられる。

 しかし、霧主はこれをも首を傾げながら「違いますかね」と否定した。

 いよいよ分からない。

 うーんと首を捻っていると仕方ないとばかりに霧主の声が朝霧、と学年主任を呼んだ。彼女は一度自分の足元に手を突っ込むと次には何かを机の上に置いてそのままあたしに差し出した。

 一組のパンフレットだった。拾い上げて、表紙に書かれていた文字をそのまま読み上げる。


「エール霧雨学園……?」


 名前だけなら聞いたことがあった。

 私立高校で、普通ならばまず落ちることがないはずの推薦入試すらも受けた奴らの三分の一ほどが一次試験である書類審査の時点で落とされて、二次にすら進めないというそこそこ有名な進学校だ。それこそこの手の話題に疎かったあたしが名前と噂だけでも知っているような学校だ。

「知ってます?」

「進学校ですよね、ここ。それも有名な」

「表向き、はな」

 朝霧の言葉に顔をしかめる。

「どういう意味ですか?」

「そもそも妙だと思わんか、書類審査の時点であれほどの生徒が蹴られるなど」

 いや、別に。そう答えようと思ったが素直に生きると痛い目に合いそうなのではぁ、と曖昧な相槌を打つ。

「エール霧雨学園は、お前のような人ではないものが通うための学校だよ」

 きょとんと朝霧を見返す。

 あたしを放置して彼女はさらに続けた。

「勿論ただの人外高校ではない。厳しい実技審査を合格できた精鋭だけが集ったまさに、人外のための進学校だ。実技授業においてはまさに充実だ。そして、何より、教師がこんなことを言うのも妙だと思うがここさえ出られれば人外としての将来は保障されたも同然だ」

 あたしには無縁の学校だ。素直にそう思った。

 実技。それは創造主であったとしても、魔女であったとしてあたしがもっとも嫌うべきところ。人外として苦手な部分だ。自分の能力は東雲結城になど到底届かないような極々普遍的なものだ。才能なし。それが自分に合う形容だと自覚している。行くならむしろ東雲結城や神泉いずみのような一芸も二芸もあるような奴らだろう。

 しかし、なぜか朝霧はあたしの顔を見てから悩ましそうに頭を抱えた。

「……先日、こちらの理事長がうちにお見えになられてな」

 へぇ、と適当に返す。

 普段ならなんだその返事はとか怒鳴られるのに彼女は淡々とこう続けるだけだった。

「うちの生徒を特待生にしたいとおっしゃられた」

 エール霧雨学園の特殊な学生援助制度の中でもっとも有名なのが『特待生』と呼ばれる制度だ。

 推薦と併願、それらとは別に一般入試、それぞれの主席に権利が与えられる『推薦特待生』と『一般特待生』。そして、学校側からのスカウトで入学させる『指定特待生』の三つから成る特待生制度で学費免除やその他もろもろの校内活動への援助が約束されるというまさに実力評価の象徴ともいえる存在だった。

 中でも指定特待生、これだけはエール霧雨学園側の意思が絡むがゆえに他の特待生たちよりもさらなる待遇が用意されるという。だからこそ、学校もそれに相応しい生徒を選ぶだとか色んな噂が飛び交っている。

 そして朝霧が言うように、エール霧雨学園が人外高校だとしたら。指定特待生に選ぶ相手は一人しかいない。

「し」

「お前を」

 言いかけた言葉を遮って、朝霧はやっぱり悩ましそうに告げるのだ。

「お前を、指定特待生として、迎え入れたいと」

 …………。

 ……は?

「なんですって?」

 思わず敬語を使うことすら忘れ、身を乗り出した。聞き間違えではなければ、確かに、この狛犬は。

「耳の穴かっぽじって聞けクソガキ、お前を! エール霧雨学園の指定特待生にしたいと! 理事長自らおいでになられたのだ!」

 がぁっと吠える朝霧に顔を引きつらせる。

 あたし? あたしを? 指定特待生? アホか。頭をフル回転させて考えられる限り、原因を探る。

「それは多分東雲結城と間違えられてると思いますけど……?」

 そんなことはありえない。分かっていながらつい問わずにはいられない。

「ああ私も確認した」凄く失礼なことをさらっと言って、朝霧は続ける。

「だが向こうは間違いでもなんでもないらしい。天才ではなくお前が欲しいと、そう仰っている」

「なんで?」

 ついつい聞き返した。意味がわからない。

「自らの感情を自分の中で飼い慣らす創造主とも呪祖とも呼べないもの」

 霧主があたしを見ながらにこりと笑う。

「君が魔女と呼ぶ能力に向こうは興味があるらしい」

 これは偶然の産物であり、同時にやっぱり元凶は東雲結城だ。

 あたしの力で飼い慣らしてるわけじゃない。リードをつけたのは東雲結城で、あたしはそのあとリードを握っているだけに過ぎないのだ。所詮無力な人間にも創造主にも呪祖にすらなりかけたもの。それがあたしの正体だ。

「お断りできるんですよね?」

「勿論」

 朝霧が頷いた。だが、とそのあとに言葉を付属して。

「旨味のでかい話だとは思うがな。普通に払えば五百万円近い学費を全額免除だ。元より費用を気にして公立に行こうとしていたお前にはこの上ないほどの話だろう?」

 そうなのだが。

 ぐっと言葉を詰まらせていると「今すぐに結論を出せとは言わんよ」と朝霧はぱっぱとパンフレットをまとめてしまうとこちらに押し付けてくく、と噛み殺した笑い声をあげた。

「よく考えて決めるといい」

 話は以上だ。そう言われたので頭を下げる。

 扉の方まで向かうと狐島先生が不安げにこちらを見つめていたのでとりあえず笑い返してから息苦しい部屋を出る。

 じっとパンフレットを見つめる。そうしていてもそれが私に答えをくれるはずもないのに。

 溜め息を押し殺しながらゆっくりと階段を登る。

 どう転んでも得な話だなんてこと、言われるまでもなく分かっている。それでもあたしの中に引っかかるものがあるのだ。そして、その違和感の正体を恐らくあたしは八割がた掴んでいる。

 だからあたしは、彼を探していた。




 秋の日は釣瓶落としなんて、昔の人は本当によく思いついたものだと感心したことを思い出した。

 すでに日は傾いて、空を茜色に染めている。その茜色の空をすいすいと飛んでいく真っ黒なカラスがますます季節は秋だと語りかけていた。

 その明るい光を浴びながらあたしの相方は、自分たちの部室として与えられた部屋の窓際で電気もつけずにそっと立っていた。息を吸い込んでから告げる。

「いずみっちと他の後輩はどうしたの、囲碁将棋部部長さん」

 あたしの声にぴくっと反応した彼はこちらに振り返るなり光の中でいつも通りのあの犬のような笑みを浮かべた。

「もう帰った。お嬢こそ朝霧先生の話、終わったのか?」

「ええ。お説教じゃなかったわ」

 髪を振り払いながらそう言えば「え、違ったんだ」と意外そうな声を結城がこぼした。

 こちらに歩み寄りながら「鍵、もう閉めちゃうから」と言われたので部屋の外に出る。がちゃがちゃと鍵穴に握っていた鍵を差し込みながら「んじゃ、なんで呼ばれたんだ?」その話をあんたにしに来たんだと口を開く。

「し」

「あ、ちょい待って。当てるから」

 なかなか鍵が刺さらないのかまだがちゃがちゃと手元をうるさくしながら結城はううむ、と唸った。

「あれだ、ひのきのぼうで世界を救って来いって言われたのか」

「それは本職勇者さまにお任せする」

「そこに三つの」

「あんたどんだけあたしに冒険させたいのよ」

 呆れながら鍵を奪い取ると鍵穴に差し込んで、かちりと回し、投げ返す。

「あれ、あれ、なんで!?」

 心底不思議そうにする相方に肩をすくめる。

 とにかくこの相方に話をせねばならないと、そう思っていた。

「あんたはさ、高校もう決めたんだっけ?」

 唐突にする進路の話にまた驚いたと言いたげに結城がこちらを見る。

 なんだよ、悪いかよ。視線から逃れようと思ったのかゆっくりと廊下を歩きだせばあたしの後を結城が追ってくる。

「いや、なんつーか、まだはっきりとは。で、俺にそういう話を振るからにはそういう話だったんだ」

「そういう話よ」

 両手を広げながら小さく笑う。

「学費免除で通わないかって私立からお誘いが来てるのよ、魔女として」

「何それ凄い」

 おお、と歓声を上げる結城に苦笑する。あんたはきっと、そういう反応だろうと思っていた。

 頭の後ろに手を回しながら「来てるわよ? 来てるけど」

「けど?」

「……なんだかなぁって思って」

 なんで、ときょとんと見返された。

 特に将来にこだわりのないあたしがとにかく学費の安さを優先して公立狙いだということは彼にも伝えてある。それがタダで通える学校をぶら下げられているのに通わない意味が分からないとでも言いたげだ。予想通りの反応でもある。

「あんたはそういう反応だと思ってたわ」

 それだけ。たったそれだけしか返せなかった。




 その夜、母親が家に帰ってきたのは十時過ぎだった。

 眠そうにあくびをしつつリビングに入って来た母はあたしの姿を見つけるなり「どうしたの?」と驚いたように声をあげて、すとんとあたしの目の前に座った。

 それに何も言わず、カバンの中から例のパンフレットを取り出すと「ご確認ください」とだけ告げる。

 正座のままのあたしを訝しげに見て、スーツから着替えようともせずに中を開いた母はしばらく黙ってそれらに目を通してから「学校のパンフレット?」頷く。

 ぱらぱらとめくってからある一ページで手を止めると「うわぁ……制服高い……」そこでやっと声を絞り出す。

「誘われてるの」

「え?」

「その学校に来ないかって。特待生として。学費免除」

 あたしの言葉に驚いたように目を見開いてから母は、もう一度パンフレットに目を落とし、震える声で言った。

「学費免除ってつまり受かったとしたらママいくら払えばいいの……?」

「ゼロ円よ」

「にゃ、にゃんちゃんママの娘なのにそんなに頭よかったっけ?」

 凄い失礼なことをまた言われた。

 自分が魔女だという事実は事前にさらっと伝えてある。それを踏まえて、エール霧雨学園とはそもそもどういう学校でなんであたしを特待生として欲しがっているかなど朝霧の話をもう少しだけ簡潔にして教えるとそっか、の一言だけだった。

「じゃあここを受けるの?」

「……分からない」

 顔を上げながら、「あたしの中で釈然としないって言うか。本当に飛びつくべきなのか。でも、学費を出すのはママだからママがここに通えって言うならここを受けるわ」

 それに母は、心底怒ったような顔をしながら「あのねぇ」とあたしと目線を合わせた。

「そりゃママは会社じゃ下っ端だし男見る目もないし魔法も使えないけどね!」

「……ママ、その自虐笑えない……」

 特に二つ目が。

「でもね、にゃんちゃんの学費くらい出せるんだからね! か、勘違いしないでよね! というかそもそも私立でもいいのに勝手に公立受けるって言い出したのにゃんちゃんだしばーかばーか!」

「ええー……」

 めっちゃ怒られた。

 戸惑っていると母は、まだぷんすか怒ったままで、

「行きたい学校に行かせるくらいの甲斐性はママにだってあるんだからね! 分かった!?」

 ……はいよく分かりました。




 ずるい話と思われるかもしれないがあたしは母に『この学校に行って欲しい』と言われたかったのかもしれない。

 そうすればあたしは何の迷いもなくあの学校を受験しただろうし、母のためという大義名分を自分のために思う存分行使しながらあの学校で生きていくことになったのだろう。

 母の一声を言い訳にしてあの学校を受験することを誰にともなく許されたかっただけである。

 ところがさすが、曲がりなりにも母親といったところで彼女はあたしに逃げ道を与えなかった。心底賢い人だと思う。

 結局あたしはそれらを抱えたままで翌日、登校した。

 黙って教室に入って、椅子に腰を下ろし、文庫本を開いた。この間一度も後ろにいるのであろう相方の方を振り返らなかった自分を褒めてやりたい。

 そういえば本を捲るのは久しぶりだった。そんな暇がないほどに忙しかったともいえる。そして今もそうでなければならないはずなのに。一種の現実逃避だった。

「Good morning.何してるの?」

 そんな現実逃避も狐島先生の到来ですぐに終わりを告げた。

「読書ですけど」その言葉とは裏腹にぱたんと本を閉じる。

上草(かみぐさ)先生は?」

 本来ならば彼女に代わってくるべきはずの担任の所在を尋ねると「渋滞に巻き込まれて遅刻。朝の学活だけ私がやることになっちゃった」と副担任は困ったように肩をすくめた。

 へぇ。大した興味もないのでそこで話題を切り上げようとも思ったのだがここで話題が投入されてしまった。

「それで? 結局どうするの?」

「あたし、ゆで卵は半熟派なんです」

「そっか私は固ゆで派。そういう話じゃないでしょ」

 勿論分かってるとも。溜め息を押し殺しながら「考え中」とだけ返しておいた。

「意地っ張り」

 数拍置いて、狐島先生は小さく告げた。顔を引きつらせる。

 彼女は教卓の上から身を乗り出しながら大きめの胸を邪魔そうにしつつ、

「あれだけ朝霧に煽られたい放題でどうするの」

「愛されてる証拠です」

「あれ、愛してるように見える?」

「さあ。愛し愛されなんて見る側の主観次第ですよ」

 小さく笑い返すと「まぁたそうやって関係ない話を持ち出す。悪い癖ね」と言われてしまった。しょぼん。

「やって来たチャンスに乗っかることは恥ずかしいことでも、悪いことでもないと思うけどな」

「分かってますよ。分かってるから悩んでるんでしょ?」

 いっそ世の中、大衆的に悪いことなら思いっきり蹴り飛ばすかあえて受け入れるかができたというのに。

「そんなにプライドが高い方だとは思ってなかったけど?」

 狐島先生の言葉に苦笑する。プライド。プライドねぇ。

 自尊心が傷つけられたかられていないかで言えば返答は困るところだがそれだけと問われると恐らくそれにあたしは全力で首を左右に振る。

「今までの人生をほんの少しだけ反省してみただけ」

「反省、ねぇ?」

 疑わしそうに見られてしまった。全くこの学校の教師は少しくらい生徒を信用しようって気持ちはないのか。

「おじょー! 来てたなら言えよ! 古典! 古典全然わかんねぇ!」

 がっと相方に寄ってこられて狐島先生との話は強制終了となった。




 受験だからどうとか、入試対策がどうこうだからという説明がやたら授業に付属されるようになった。

 そのたびにクラスメイトたちは嫌そうに顔をしかめ、教師たちもさほど楽しくはなさそうに話を続けた。

 もっともあたしがちゃんと聞いていたのは午前中の授業のときだけで、昼休みが終わって、空腹が満たされた辺りであたしは実に素直に睡眠を貪り食うことだけに集中していた。

 目が覚めたのは午後の授業も全部終わって、生徒もほとんど帰ってしまったような時間帯だった。

 なぜ誰も起こさないのか。放置プレイという名の斬新ないじめかと顔をしかめつつ体を起こし、頭を抱える。

 何時なのか、それを確認しようと意識をはっきりさせていると隣から相方の軽い声がかかった。

「おはよう」

 今でもあの瞬間、咄嗟に右手が相手の鳩尾を殴りつけていたのは評価されるべき技術だったと思う。

「鳩尾!」と奇妙な声をあげながら椅子から転げ落ちる相方を見下ろし「何やってんだ、あんたは」と無意識に低くなっていた声で問いかけていた。

「お、起きるまで待ってたんだよ!」

「起こしなさいよドアホ! 役立たず! ばーかばーか!」

 思いつく限りの罵倒を浴びせながら髪を掻き毟る。

「寝てたのが悪いんじゃん……」

 とかなんとか言ってる相方を睨み付けながら足を組む。

 何も変わらない相方がいっそ羨ましいくらいだ。羨ましいと同時にこのまま何も知らずに笑っていてくれと。そう願わずにはいられない。

 あたしだって少しは賢くなった。絶対に届かない相手だということくらいは分かってる。だからもはや抱くのは怒りではなく呆れに近しい感情なのだ。

 妬まないわけではないし、妬まずに済むわけもない。だからこそあたしは未だに魔女なんだから。

 この力は、ある意味では東雲結城の力である。それに頼り、戦い続けることになんの疑問も抱かないかと問われてしまえば、あたしは、それを否定しなければならない。

 結局、未だにあたしは東雲結城という才能に乗っかっているだけ。自分の足で歩かなくてもいい道に進んでいる。これは酷い甘えであり、怠惰だ。

 自覚したところでどうにかできるのか? できないだろう。誰かが囁いた。ああ、完全に脱却することなどできやしない。あたしは一生、この力と付き合わなければならないだろう。


 例え、東雲結城があたしの目の前からいなくなってしまったとしても。


 自分で行きついた発想に我ながら寒気を覚えてそれを誤魔化すように立ち上がっていた相方の学ランの裾を黙って引っ張った。

 ん? 不思議そうに首を傾げながらあたしの隣の席に座った結城の手を黙って取る。一回りも二回りも大きいその手はやっぱり他人を拒絶しないどこか心地いい体温がある。

「なんだよ、急に」

「あたしはあんたに甘えてるわ」

 ぎゅっと手を握ったまま、その手の上に自分の額を乗せて続ける。

「甘えてるというよりはもはや甘えきってるとでも言えばいいのか。あんたがいないとはじまんないのよ」

「……それ、俺は照れるところか?」

「頼りにしてる。でもこのままじゃ駄目なのも分かってる」

 だから、と目を瞑る。

「あと少しだけでいいわ。あと少しだけあんたを頼らせて」

 せめてきっかけだけでも、東雲結城の相方であるという事実に甘えさせて欲しい。そうしたらあとはあんたなしでもやっていけるように頑張るから。

 当然ながら訳が分からないと言いたげな顔をしながら結城は「よくわかんないけど」と苦笑した。

「ずっと頼っててもいいんだぞ。相方なんだから」

 ああ、そうよね、あんたはそういう奴。

 分かっていた結果にくすくすと笑ってしまった。




 そして、その次の日、ついに高らかと告げたのだ。

「エール霧雨学園へ出願したいんですけど。指定特待生として」

 かくしてあたしはまたしても、人生の選択を誤ったのである。




 ■□■




 年が明け、それなりに日付はあったはずなのにあっという間だったような気すらしながら出願を終えて、ついに受験日はやって来た。

 奇しくも受験日が同じだったらしい結城とはメールだけでやり取りして、お互いの健闘を祈りつつ、あたしはエール霧雨学園の校門の前に居た。

 案内係の教師が声を張り上げ、一次審査である書類審査を突破した受験生たちが中に流れ込んでいく。

 寒い。マフラーの中に顔を埋めながら息込むために頬を張り、「っしゃあ!」と気合を入れる。

 筆記用具と受験票、弁当だけを入れたスクールバッグを握りしめながら大きく息を吸い込む。大丈夫だ。上手くやれるさ。

 意味のない自信で自分をいっぱいにしながら廊下を突き抜け、歩いていく。自分の受験番号の教室に行けばいいだけ。それだけのことなのに嫌に緊張する。

 階段を登り、張り紙と手元の受験票を見比べながら自分の目的とする教室へ向かう。

 ようやく見つけた教室の前で足を止めてから中を覗き込む。まだ少し早かったようだ。教室の中には疎らに人の姿が見えるだけである。

 机の上に貼られている番号と手元の受験票が一致する場所を探しながら教室の中を歩いてから窓際の一番後ろの席にそれを見つけた。

 悪くはないか。マフラーを外し、コートを脱ぎながらそこにようやく腰を下ろす。

 二次試験はそれぞれペーパーと実技。ペーパーは偏差値五十もあれば解くことのできる問題を英数国の三教科。実技は実習用式神を使用した撃破までのタイムテスト。

 あたしはある意味、今回、形式的に試験を受けるだけでほとんど八割は受かっているも同然なのである。

 とはいえ、さすがに扱いは普通の推薦受験生と同じらしい。頬杖をついて窓の外を見ていると「あ、真後ろさんがきたー」と目の前に座っていた女子がこちらに振り返った。

 紺色のセーラー服に白いスカーフ、特別個性はない制服にサイドで結ばれたポニーテールが妙に似合っている。彼女は嬉しそうな笑みを浮かべながら「いやー別々に出願行ったら友達全員と受験番号離れちゃってさ。困っちゃうぜ全く」

「はぁ」

「でもよかった、後ろの人が女の子で。ごっついお兄ちゃんとか座ったらどうしようかと思ってたんだ」

 とここまでどこぞの誰かのようにぺらぺらと話してから「おっと、ごめんよ。いきなり話しかけて」と彼女はえへと笑った。

「いえ。あたしも話し相手がいると落ち着くわ」

「ならよかった。あ、私、蒼井美里。えっと」

 机に置かれていた受験票を見て、あたしの名前を確認しようとする彼女に先手を打つ。

「お嬢って呼んでくれると嬉しいなって」

「お嬢? なんでまた。お嬢様なの?」

「庶民なのよこれが。命名者に聞かないとねぇ」

 困りながら苦笑してみるとま、いいやと彼女はにこにこ笑いながらこちらを見た。

「えっと、蒼井さんは」

「ノンノン。美里でいいよ」

「じゃあ美里さんは、中学はどこ?」

青海(せいかい)

「あら近所ね。あたし瀬ノ宮よ」

 美里さんがわずかに眉を寄せた気がする。なんだ、そんなに嫌われてるのかうちの中学。

 しかし眉を寄せるだけで美里さんは特に何も言わずに「ちなみに、何者?」と首を傾げた。どういう意味なのかはよく分かる。だからこそ、説明が面倒だ。

「魔女、とは名乗ってるけど」

 これが一番面倒の少ない、当たり障りのない答えだろう。

「はー。魔女……あ、私、創造主なんだ。ある意味仲間だね、シクヨロ」

 てへっとされたので苦笑で返す。受験だってのに随分テンションが高いな。

「創造主ってことは相方いたりする?」

「あ、いるいる。ここ受けてる。ただ受験番号離れちゃったから教室違うんだわ」

 へぇと返しながら自分の相方はどうしているのだろうと考える。

 そもそもどこの高校を受けたかすら聞いていない。興味がなかったわけではないが改めて話す暇もなかった。

 ぞろぞろと人も入り出している。エアコンが忙しく部屋を暖めている音が聞こえづらくなってきた頃に、試験官と思わしき教師がやって来た。それを見ながら蒼井さんは、

「よかったらお昼一緒にたべよーよ。私のバディ紹介するからさ」

 とだけ言って、前に向き直ってしまった。




 我ながらよくできた。そう思う。

 そこそこの、間に合わせのような対策しかしなかった割によく解けていたと思う。勿論この学校は午後から始まる実技試験が重視されるので本番はそちらなのだが、相方のいないあたしは少しでも点を稼ぐことが求められている。

 はー、と息を吐き、ころころとシャーペンを転がしていると「お疲れー」と美里さんが再びこちらを振り返った。

 片手をあげて応答すると「いやー駄目だわ、やっぱ英語苦手ー」たははと彼女が笑う。そんな彼女に笑い返しながら尋ねる。

「そういえば美里さんのバディってのはさ」

「ああ、そろそろ来るとは思うけど」

 ちらっと時計を彼女が見上げた、まさにそのときだった。

 勢いよく教室の扉が開いたかと思うと「美里! 大変大変、一大事なのぉ!」と誰かが中に飛び込んできた。

 ツインテールにした髪を揺らしながら美里さんに掴みかかった彼女は随分愛らしい顔立ちをしていた。美人というより本当に可愛い女の子という形容の似合う子だった。

「どしたの恭子」

「もう! これが! 大変なの!」

 一人ぽかんとするあたしを置いて、恭子と呼ばれた彼女は近くから椅子を引きだすと腰かけてまくし立てるように続けた。

「どうしよう! 美里、私一目惚れしちゃったかも!」

「はぁ? 何それ?」

「同じ教室にすっごくタイプの男の子がいて、もうこれ運命? みたいな? どうしよう! ほんとにかっこいいの! 六人女がいたら五人は惚れる! 間違いない!」

 とそこまで体をくねらせながら言い放った彼女はそこでようやくあたしに気付いたのか「どなた?」と首を傾けた。

「ああ、その子はお嬢。さっき仲良くなった。お嬢、私のバディの白咲恭子」

「え、ああ、よろし」

「お嬢はさ、その子についてなんか知らないの!?」

 あたしの声を遮ってまでだんっと机に手を叩きつけながら問いかけられてしまった。そう言われましても。

 戸惑っていると「落ち着けって。どんな人よ」とサンドウィッチをかじりながら美里さんが問いかける。ああ、お昼ご飯食べなきゃと本能的に思ったあたしが弁当の包みを解くのと同時に恭子はまだ興奮冷めやらぬ様子で、

「わかんないけど学ランでスマートな感じでさ、すっごく紳士的で、かっこいいし、正直タイプすぎるの。ド直球! 結婚したい!」

「落ち着けって」

 卵のサンドウィッチをもぐもぐかじりながら「いや、ごめんねお嬢。いつもはこんなんじゃないんだわ」いえ、と苦笑する。

「決めた。私何がなんでも合格してやる。合格してあの人と絶対付き合ってみせる。高校デビューもする!」

「いやーやる気になってくれて嬉しいわ」

 向こうが落ちる可能性はないのだろうかと思ったが余計なことを言って絡まれるのは面倒だったので口を噤んだ。

 白米を黙って咀嚼していると「問題はここからだからねぇ」と美里さん。

「こっちでしくったらあとないからね、恭子」

「わーってるって」

 ようやく弁当を開けてプチトマトを口に運ぶ恭子を見ながら「まーあれだ、また三人でお昼ご飯食べようよ。ここの生徒としてさ」

「……そうね」

 なんだかその言葉が無性に嬉しくて、ついつい笑みを浮かべていたのは覚えている。




 二次試験。最終科目、実技。

 先にも書いた通り、教師が出してくる式神を制限時間内でどれだけ早く倒せるかが勝負である。武器の持ち込みや魔法の使用に制限はない。その上で使われる技術の高さ、魔力の強さ、その他もろもろを全て点数化して、ペーパーを合わせてはじめて合否が決定する。(朝霧談)

 特殊な結界内で、一人一人が隔離され、他の生徒にも見えないように試験を受ける。

 その結界の中に立ちながらあたしは一人、息を吐いた。

 さあ、二年ぶりくらいの一人ぼっちだ。髪を振り払いながら握りしめていたリボンで髪を一つにまとめる。


 間もなく、タイマーのカウントダウンの音が始まった。かち、かちと音が時を刻み、あたしの目の前には獅子の仮面をかぶった人型の何かが現れる。

 無駄だと分かっていながら相手を睨み付け、指を差す。瞬間、鎖の波がばっと相手に襲い掛かった。

 それをまっすぐ走って抜けてきた相手はこちらに足を振り上げて、そのまま下ろす。慌てて両腕で受け止めてから、跳ね返して距離を取る。

 呪祖の力は使わない。無意味だと分かっていながら自分に課したルールはそれだった。

 せめて一度くらい、自分の力で勝ってみたっていいじゃない。そんな風に思ってしまったのかもしれない。


 自分ひとりで勝ちたい。そんなエゴだったのかもしれない。


 右手を挙げると地面から現れた鎖が相手に伸びている。それから逃れるように地面を蹴り上げ、相手はぐんぐん上昇する。

 それでも限界はある。やがて物理法則に従って落ちるしかなくなったらしいそれは徐々に高度を落として、やがて鎖に片足を飲まれた。

 きっかけとして、次にはずぶずぶと体中を鎖の波が包み込んでいく。じゃらじゃらとやかましい金属の音を聞きながら振り上げていた手をゆっくりと閉じる。

 相手を飲みこんで球体型になった鎖はぎりぎりとお互いを圧迫し合う。それを見ながら振り上げていた手を地面に叩き付けるように一気に下ろす。

 叩き付けられた相手の体が間もなく消滅する。ふぅ、と息を吐いて振り返るとタイマーの残り時間は五秒だった。

 あっぶねぇ、と額に滲んだ汗を拭った。




 落ちてても知らんからな! 入試から帰ってくるなり労いの言葉もなく朝霧に怒鳴られてから一週間以上経った。

 早いものでもう合否発表のようでその日のあたしは心底気が重かった。

 自分がやかしたという自覚はある。実技試験のときに向こうが欲しがっていたはずの呪祖の力を一切見せなかったのだ。見限られるのも覚悟の上だ。

 なんと言って母に頭を下げればいいだろうと色々考えながら校内掲示されている受験番号の一覧をゆっくりと見る。上から順にである。

 自分の番号が近づくと少しだけ胸の鼓動が速くなる。一〇四、一〇五、一〇七……。

 間が飛んでいる番号が自分のものだと頭が理解すると同時に凄まじい脱力感に襲われた。

 ああ、やっぱり駄目だったか。悲しいというよりも先に襲ってきたのはやっぱりという気持ちばかりだった。

 でも不思議と後悔はない。これが正解なんだ。あたしにはしょせん、特待生など荷が重すぎたのだ。

 ぎゅっと受験票の握りしめて、さっさと号泣する集団に混ざってこようと考えていたまさにそのとき、一覧表の横に小さな紙が貼られていることに気付いて、慌ててそれに視線を投げた。

『特待生制度対象生徒』そう書かれた紙には指定特待生、推薦特待生の文字の下に二つの番号が書かれていた。


「一〇六と一五九……」


 指定特待生、その文字の下に、確かにあたしの番号があった。

 ぎゅっと受験票を握りしめる。実感を沸かせようという必死の抵抗だった。あまりの事態に飲みこまれてしまいそうなのだ。

「おじょっちー」

 ついついびっくりしているあたしを現実に引き戻したのは聞き覚えのある死神の声だった。

 振り返ると予想通りというべきか、いずみっちが片手をあげて嬉しそうに微笑んでいる。ここだったのか、そんなことを考える間もなくまずは口から彼の名がこぼれる。

「いずみっちぃ……!」

「どうだった?」

「特待生!」

「やったじゃん!」

 ぱちんと二人でハイタッチ。「いずみっちは?」

「なんとか上位組。いやーさすがに推薦特待生は無理だわほんと」

「そう? いずみっちなら行けそうだけど」

 上には上という奴がいるものだ。

 推薦特待生はどんな化け物なのか。そんな好奇心に駆られたがそれより早く、『特待生は発表後、理事長面接を行うため理事長室へ』とのお達しに喜びも好奇心もすぐ拭われてしまった。




 重苦しい扉の前に案内され、どうしたらいいのだろうかと困りながら扉をノックした。

「どうぞー」重厚な扉の奥から聞こえてきたのは予想に反した若い女の声だった。

 息を飲んでから「失礼します」と一礼して中に入る。座っていたのは赤いスーツに身を包んだ三十代ほどの女性だった。

 頭を下げる。面接の練習は一応させられていたはずなのにいざとなると台詞が飛ぶ。困り果てながら恐る恐る顔をあげるとああ、と彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「やっと、会えましたね」

 それだけ言ってからどうぞと彼女はあたしに椅子に座るように促した。

 対面に置かれた椅子。そこを目指して一歩一歩進みながらもう一度だけ失礼しますと断りを入れて椅子に腰を下ろす。そうしてあたしがまた何か言うより早く、彼女が言葉を放った。

「はじめまして。合格おめでとう。指定特待生さん」

「どうも……」

「改めて、理事長の焔華です」

 この人が、あたしをこの学校に引き込んだ張本人だ。

 その顔を見返していると「予想通り、面白いことをしてくれましたね」

「面白いこと?」

「呪祖の力を一切使わなかったとか」

 ぎくっと肩を跳ね上がらせる。

 すいません、誤魔化すように謝るといいえと理事長は頷いた。

「むしろ嬉しいくらいです。あなた本来の力を見せようとしてくれて」

 この人は、あたしの浅はかな考えなどはじめからお見通しなのかもしれない。素直にそう思った。

 思わず身を引いていると「期待通りです、色々と」と嫌に意味深に告げた。

 その言葉の意味を考えるのが嫌で、でもほんの少し興味もあって。そんな入り組んだ感情を吐き出そうと、気が付いたらこんな質問をしていた。

「なぜ私を指定特待生に?」

 あたしの問いに理事長はきょとんとしてから、やがて、吐き出すようにこう言った。

「あなたならきっと、この学校でもっと素晴らしい翼を得ることができるから」

 深く尋ねるのが面倒になる言い方だった。

「……あたしの相方のこと、知らないわけないですよね?」

 次の問いに彼女はくすっと笑った。

「東雲結城くん。勿論知ってます。だから次の質問はきっとこれ。どうして彼を指定しなかったのか」

 お見通しか。頷くと彼女は楽しそうに微笑んでから「確かに東雲くんは逃すのには惜しい人材です。事実教師の中でも彼を指定すべきだという声も多かったですし」

 それがなぜ。

「でも私にはどうもあなたの方がこの学園に向いているように思えた。それだけのことです」

 やっぱり分からない。

 それでも受かってしまった以上はここで世話になる以外他ない。黙り込んでいると理事長は笑ったまま告げた。


「ようこそ、エール霧雨学園へ」




 ■□■




 そんなこんなでエール霧雨学園へ入学を果たしたあたしが。

「どうも推薦特待生、東雲結城でぇす。仲良くしようぜ、指定特待生!」

「……は?」

 なんてことになるのはもう少し先の話である。


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