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創造主な僕たちは華麗な日々しか創れない  作者: 黄昏月ナツメ
一学期:僕たちはまだ夢の中で。
4/36

怖いもの

 ごうごうと音を立て、全ての屋根を吹っ飛ばさんばかりの勢いで風が自己主張を増す。

 その風の音に負けないようにと大粒の雨が木々や屋根に叩き付けられてこれでもかとばかりに騒音を立てる。

 窓の外をぼーっと眺めながら隣に座っていたリンリンがぼそりと呟く。

「雨、全然止まないね」

「だなぁ」

 目の前で机に突っ伏していた結城が呑気にそう告げた。

 いわゆる春の嵐という奴だった。昼休みを過ぎたあたりで一気に雲行きは怪しくなっていたが最後の授業の数分前には雨が降り始め、帰りのホームルームが終わる頃にはその雨足は強くなる一方だった。

 ほんの少し前まであんなに天気がよかったのに。今朝の青空に思いを馳せていると部室の扉が開き「どうも」と聴き慣れた声が鼓膜を揺らす。

「おっす」

「こんにちは周防くん」

「ん、遅かったわね」

「色々と付きまとわれて」

「恭子?」

「分かってるなら聞かないでください」

 うんざりした風に突き放されてしまった。寂しい。

 彼は荷物を下ろしながら結城の隣に腰を下ろすと「雨、激しくなりましたね」と先ほどのあたしと似たり寄ったりの言葉を吐き出してから続けた。

「昼休みの頃はOLが長財布かかえてうきうきしながらランチに出かけるくらい晴れてたのに」

「その表現はどうなの……?」

 少し考え込むあたしに構わずに周防は「どうなんですかね、こういう場合。酷くなる前に帰った方がいいのか、晴れるまで待つべきか」うーん、と結城が唸る。

「まーさすがにこれ以上は酷くならんだろうし」

「東雲くん、知ってる? そういうの世の中ではフラグっていうんだよ」

 リンリンの言葉に結城が顔をしかめた。

「やめろよそういうこと言うの」

 とはいえ、この風雨に当たりながら家に帰るのは面倒だし、何より。

「今日傘ないのよねー」

「あーそういえば俺もだ。どうしよう、傘だけ転送魔法使うか」

 ああ、でもなぁ、と結城が腕を組んだ。

「だったらいっそ自分がワープで家に帰った方が楽か」

「でも瞬間移動の魔法ってちょっと間違えるととんでもないところにいるわよね」

 ぼそっと呟くと「それな」と結城に同意された。横の周防も心当たりがあるらしく小さく頷いている。唯一人間のリンリンだけがきょとんと首を傾げていた。

 苦笑しながら結城が告げる。

「俺、昔、ワープ使ったらどこにいたと思う?」

「なんですか、物干し竿の上とか?」

「惜しい。自分んちの洗濯機の中にいた」

「なにそれ怖い」

「俺もマジで怖かった」

 真顔でこくこく頷きながら結城は「蓋閉まっててマジで自分がどこにいるのかが全然理解できなくて母さんが洗濯しようとして蓋開けてくれてやっと所在地を理解した」

「お母様びっくりしてませんでした?」

「びっくりしすぎて腰抜かしてた」

 そりゃ自分の息子が洗濯機の中に入っていたらびっくりするだろう。

 随分昔の話だけどな、と自分の話を終えると「周防は、そこまでのことはなさそうだよなぁ」

 その言葉にそうですねぇ、と周防は微笑んだ。

「そもそも僕という呪祖が生まれてから間もないですしね。ゴキブリホイホイに片足突っ込んでたことはありますけど」

「それはそれで精神的に来るものがあるわね」

 胸を押さえながらそう返して、「結局」と肩を落とす。

「魔法なんかに頼らずに自分の足でてこてこ帰った方が確実で安全な上に早い」

「だよなぁ」

「ですねぇ」

「……夢も希望もないなぁ」

 なんて魔法あるあるトークを聞いてぼそりと感想を述べるリンリンに反論しようと口を開きかけた瞬間、窓の外が一瞬だけ光った。

 ぴたっと四人揃って動きを止める。

「な、なぁ、今、なんかひか」

 そんな結城の確認する声を遮って、雷鳴がびりびりと窓ガラスを揺らした。

 竹刀か何かで突かれたかのように胸が跳ね上がり、ひっとあたしの口から短い悲鳴がこぼれた。結城の方も窓を見たっきり動かない。

「近かったですね、今の」

「もしかしてこの辺に落ちたのかなぁ」

 平然としている周防とリンリンが窓の方へ歩いていくのを見送ってからもう一度結城に視線を戻す。

 結城はすでに部室の隅に退避済みで自分の着ているブレザー脱いで頭から引っかぶって小さくなっていた。普段なら馬鹿にしてやりたいところなのだが、今のあたしからこぼれた言葉はそうではなかった。

「何それずるい!」

 だっと結城のところに駆け寄った。

 うちの学校の女子制服に上着はない。その回避方法がとれないのだ。ぐいぐい体を近付けながら叫ぶ。

「相方を見捨てる気!? あんたそんな薄情な男じゃなかったはずよ東雲結城! お願いだから一人取り残さないで怖いから! あんたなら雷くらい平気でしょ、守ってくださいお願いします!」

 プライドもクソもないくらいに必死に頼み込むと結城がそれに答えた。

「お、俺だって怖いもんは怖い!」

「じゃあせめて二人で固まって震えましょう!」

「そうだな!」

 ってなわけで、なぜか天才相方と肩を寄せ合いながらブレザーの下でがたがたと震えることになった。

 窓の外を覗き込んでいた周防がくるっとこちらに振り返ってから顔を引きつらせた。

「……何やってるんですか」

「雷超怖い!」

 どちらともなくそう答えれば、周防は溜め息を吐いて、リンリンが苦笑する。

「避雷針って知ってますか?」

「周防は何もわかってないわ……落ちる落ちないの問題じゃないのよ怖いか怖くないかなのよ」

「すいません僕が呪祖のせいか全然分かりません」

「大丈夫だよ周防くん人間の私もよくわかんないや……」

「ふふ、あんたたちはたくましすぎるのよ」

 結城と二人で手を握り合いながらねー、と頷き合ってみた。

 小さい頃に散々脅されたせいだろうか。雷は今でも割と怖い。電撃使ってくる魔法使いとかは別に怖くないし、漏電地帯に足を突っ込むのもなんとも思わないけれど雷だけは本当に怖い。幼少期の教育はどうでもいいところで根強く残るのだ。

 また雷鳴が轟いて、窓ガラスを揺らした。とにかく少なからず雷が止むまでは精神衛生的にここにいるべきだろう。

「と、というか舟生に至っては平気などころか若干テンションあがってるだろ!」

「あ、バレた?」

 にこっと微笑むリンリンに理解できないと結城が頭を抱える。

 クラスに一人くらいいる、雷が鳴り始めるとテンションが上がるタイプか。めんどくさい。

「とりあえずそんな端っこにいないでこっちに」

 と、周防が手を差し伸べたまさにそのときだった。


 一瞬、閃光が視線を奪ったかと思うと部室全体が震えるほどの雷鳴が激しく轟いた。

 そればかりか、今まで部室を照らしていた蛍光灯が見計らっていたかのようにぱっと消えた。


 びくんと体を跳ね上がらせた結城はよほど不安になったのかとりあえず傍に居たあたしに思いっきり抱き着いていた。そのおかげでこちらは震える他ない。

 声まで震わせながら二人の名を呼ぶ。

「す、すおー、りんりぃん」

「そんな泣きそうな声出さないでください。ただの停電です」

「それが怖いのよぉおおばかぁあ」

「お、落ち着いてお嬢ちゃん」

 よしよしと結城の頭を撫でながら大自然の恐怖に二人で震える。

 どうやら停電を起こしたのはうちの部室だけではないらしく隣からも悲鳴やら何やらが聞こえてくるし、廊下もばたばたと騒がしい。

「もしかして学校全体の電気が落ちたのかな?」

 リンリンの声に周防がすぐ答えた。

「少なからず部活棟は全滅でしょうね」

 ほとんど真っ暗な状態で、目が慣れてきたから辛うじて見える程度だ。なんとかしなければ、と結城の頭にブレザーをかぶせ直してから立ち上がる。

「お嬢……?」

「職員室に行って懐中電灯取ってくるわ」

 いつも通り、かっこつけの意味をこめて、髪を振り払うとばっと腕を掴まれた。

「馬鹿! ただですら歩くの危ない地帯なのにこんな真っ暗で、無茶に決まってるだろ!」

「……そうね、いつもより視覚情報が少ない分、きっと困難な戦いになるでしょうね」

「ここが学校なの分かって言ってますよねあなたたち」

 周防のどこか冷たい声が聞こえたような気もするがきっと戦場に赴くあたしを見送るための言葉だと言い聞かせる。

 見えないかもしれないのを承知でふっと微笑む。

「それでもあたしは、あんたのためだったらこんな暗闇だって乗り越えられる」

「お嬢……」

「大丈夫、あたしの光であるあんたはここにいる。だからあたしは絶対に迷わない」

「ねぇ、ここ学校ですよね、ねぇ」

 ああ、幻聴が聞こえる。

「いつもあたしの光になってくれたあんたのために、今度はあたしが光になる」

「馬鹿……! そんなの、そんなの望んでない!」

「大丈夫よ、結城」

 確かな口調で、畳み掛ける。

「二人でこんなくだらない茶番を終わらせましょう。これはその第一歩」

「このやり取りが最大の茶番なんですけど」

「駄目だよもうスイッチ入ってるよあの二人」

「お嬢……! 俺は、俺は特にこうなるような気はしてなかったけどここで待ってる!」

「ああもう駄目だついていけない」

 合間合間、嘆かわしそうな周防とリンリンの声が聞こえたがきっと心配しての声だと割り切って、暗闇の中で一歩突き進む。

 手探りで辺りを確認しながらなんとか一歩ずつ進んでいく。大丈夫、外に出るまでの扉までの道はあたしの体が覚えている。

 一分ほどかけて、ようやく扉に手を掛ける。息を吸い込んでから「さあ、行くわよ。あたしの戦場へ!」と扉を横にスライドさせる。


 はず、だった。


 わずかに開いただけで扉はかつんかつんと音を立てながらそれ以上、先に進もうとしない。

「あ、あれ……?」

「どうしたの?」

「なんか引っかかって開かない……」

 無理やり引いてもそれ以上、扉は動かない。

 ぱちっと軽い音がした後に手元を何かの光が照らす。光の方を見ると周防がペンライトを構えていた。

「ちょっとあんたそんなの持ってたなら先に出しなさいよ」

「いや、面白かったのでついつい」

 光の先でふふっと笑ってから周防がこちらに歩み寄ってくる。

 それから彼も扉に手を掛けると横に引こうと力をかける。しかし扉はわずかに開くだけで人一人が通れそうな隙間を作ろうともしなかった。

「あ、本当だ。なんか引っかかってますね、これ」

「え?」

 てこてことこちらにやって来たリンリンも扉に手を掛ける。

「ほんとだ……」

「やっぱり」

「ちょ、俺だけ置いてきぼりにするなよ! 俺もなんか引っかかってるか確かめる!」

 頭にかぶっていたブレザーに腕を通しながらこちらに駆け寄ろうとした結城ががつんという鈍い音と共にその場にしゃがみ込んだのはそのすぐあとだった。

「ど、どうしたの東雲くん!?」

「こ、小指に机の脚が、脚がぁ」

 ぷるぷると痛みに耐えながらなんとか立ち上がった様子の結城がいた。

 こちらまで歩み寄ってくると「超痛かったぁ」と報告してくる。だろうなぁ。

「足の指なんて使わないのに、必要ないのになんで一番痛いんだよ人体七不思議」

「分かった分かった」

 適当に受け流しながら扉を示してやると結城は黙ってそれに手を掛け、横に引く。それでもやっぱり動かない。

「うわ、ほんとだ。なんかある」

「多分向こうで何か、ああ、もうどうして置きっ放しで行っちゃうかな」

 また雷鳴が鳴り響き、肩を跳ね上がらせる。

 やっぱり怖いのを抑え込みながら「ちょっと! 誰かいないの!」と扉を叩きながら叫んでみる。

 返事はない。小さく舌打ちした。なんだろう、呼び方が悪いのだろうかとその場でしゃがみ込んだ。

「るーるるるる」

「それ多分狐しか来ないよ」

 リンリンの言葉に「だよねー」と返して諦める。

 ひとまずその場でそのまま座り込んで「作戦会議」と告げれば、残りの三人もゆっくり床に腰を据えた。

「まずは状況整理、でしょうか」

「だな」

「うん」

 結城とリンリンが頷けば、周防がすらすらと言い放つ。

「少なくとも、部室棟は停電状態、いえ、もうこの際、学校全体が停電だという解釈でいいでしょう。そんな状況下で僕ら四人は部室内に閉じ込められています。恐らくは外側に何かが置かれている状態で、扉を開くことができません」

「扉ぶち破るのは駄目かしら?」

「生徒会に文句言われたいならどうぞ。自己責任ですけど」

「……やめておくわ」

 夏菜に殺されそうだ。

 続けて、と促すと彼はまた淡々と続ける。

「加えて、明かりは僕のペンライト一本と各自の携帯電話くらいです。このまま、ここで待機、という手もありますが」

「それは賢明とは思えないな」

 少なからずうちの学校では。そう言いたいのであろう結城の言葉に心の中で同意した。

 何を隠そう、我がエール霧雨学園は人外高校なのだ。この不測の事態で冷静さを欠いた生徒が現れてもなんら不思議はないし、事実もう現れていると思っていいだろう。そうなれば暴れた人外がどうなるかなど想像は安易だ。

 ここで待機していて絶対安全が保障されるわけではない以上は、一刻も早い事態の収束に努めるのは間違った判断ではないだろう。そのための能力はここの面子(主に結城)には充分にある。リンリンだけ守ればどうということはない。今はまだ生徒会室にいる美里さんが合流してくる可能性もある。

 それならば、やっぱりまずはこの部屋から出なければいけない。事件は部室で起こってるんじゃない。現場で起こってるんだ。

 魔法でどうにかできないわけはないだろうがここからあとのことを考えるともしもの場合に備えて魔力は温存したい。

 他二人もここに関しては意見が一致しているようで一番最初に出て来そうな魔法使用の案は出てこなかった。

 やがて動いたのは周防だった。

「こういうのはどうですか? 僕が窓から一旦外に飛び降りて、外側から扉を開ける。僕に関しては体も高密度の魔力ですからこれくらいの高さなら魔法なしで飛び降りても」

「む、無茶よ!」

 我ながら鬼気に迫った声で彼を止める。

 周防は「またその茶番やるんですか」とかよく分からないことを言ってるがそんな彼の手を結城が握りしめた。

「この嵐の中に飛び込むってのは、そういうことだ」

「どういうことですか」

「周防くんだけ無茶して私たちが助かってもそんなの嬉しくないよ!」

「舟生さんまでそっち側に」

「……あなたにそれを成すだけの力があるのは分かってるわ、でも」

「ああ、もう」

 深々と溜め息を吐いた周防は窓を開けるといつもの柔和な笑みを浮かべた。

「これしか方法がなくって、しかも僕にしかできないなら、やるしかないでしょう?」

 その笑顔は、さながら、歴戦の戦士のようだった。

 がらっと扉を開け、周防がこちらに背を向けた。ああ、あれが勇者の背中か、と感慨深く思っているとその勇者はあっけなくいなくなることとなった。


 がっと鈍い音を立ててから周防が顔を押さえ、蹲った。何が起こったのか全く理解できずに歩み寄る。


「周防!? どうしたの!? 周防!?」

「顔面に、なんか、あた、いったい……!」

 割とガチで痛がってる声だった。ボケとかじゃなくて、本当に痛い時に人間が出す声だった。

 おろおろとしてからやがて周防を抱き締め「お、お医者さまー! この部室内にお医者様はいらっしゃいませんかー!」と叫ぶ。雷効果も相まってのパニックだった。

 当然うちの部員に医者は居ない。「す、周防!」と窓を閉めてから結城が彼の手を握るので精一杯だった。

「しののめ、くん……」

「馬鹿……! こんな結末、誰も望んでない……! なぁ、頼むよ、俺まだお前とやりたいことが」

「すみません、お役に立てなくて」

「喋るな! 頼むからもう、やめて……」

 周防の手を自分の額に押し当てながら首を振る結城に周防は力なく笑いかけた。

「君と出会えて、僕は、本当に幸せな呪祖でした……」

「やめろ、俺がそういうの嫌いなの知ってるだろ、なぁ」

「……どうもありがとう」

 そう言って、彼はあたしの腕の中で静かに目を閉じた。

「すお……!」

「周防……いや、徹! 徹!」

 ああ、なんてことだろうか。こんなことなら無理にでも彼を引き留めればよかった。

 大切な仲間を失って、残るのは後悔と楽しい日々の思い出だけ。

 感情の波に呑まれながら茫然としていると窓の外から入って来てそのまま周防にクリーンヒットした何かを拾い上げ、リンリンが小さく呟いた。


「マーライオンだこれ……!」




「まぁ、そんなわけで、窓の外からという経路も完全に断たれました」

 机の上に置いてあったトーテムポールの横に、マーライオンを置きながら簡潔に結論だけ述べる。

 別に死んでもなければ、顔面に小さいマーライオンの置物が直撃しただけという被害で済んだ周防が「いやほんと、申し訳ない……」と項垂れた。

「いえ、逆を言えばあんたが外に出ようと窓を開けてくれてたおかげで窓ガラスは割れずに済んだわ」

「でもあの暴風はやっぱり脅威だな……」

 結城ががたがたと揺れる窓を見ながら溜め息を吐いた。

 下手に出るのは危ないと、あのマーライオンは忠告してくれた。そう言い聞かせることにした。

 じーっとどこかを見上げているリンリンに「どうしたの?」と問いかける。

「あそこから出られないかな」

「ん?」

 リンリンが指差す先は扉、の上にある小さな引き違い戸だった。

 ちゃんと開けば、辛うじて人一人が通れそうな隙間はある。少し考え込んでから「結城」と相方を呼びつける。

「ん?」

「あそこ、行きたい。あんた、足場。あたし、かっこよく飛ぶ。おーけー?」

「あいよ」

 さすが相方、意思疎通が早いぜ。

「周防、明かりちょうだい」

「はぁ……」

 不思議そうにしながらこっちを照らす周防に笑う。

 すでにしゃがみ込んでこちらに手を差し出している結城がいる。その手に片足をかけながら「いい、結城。今日は、思いっきりじゃなくていいわ。ぶつかるから、扉に直撃するから、痛いから」

「フリか?」

「絶対違う」

 首を左右に振り、もう片方の足も結城の手にかける。その瞬間、結城の手があたしの体ごと持ち上がり、ふわりと体が浮遊感に捕らわれた。放り投げられた。それもいい具合の勢いでだ。

 ぶつかることなく、見事に扉の前まで辿りついたので上のレールに手を掛け、ぶらさがる。

「おっけ、グッジョブ結城」

「やっぱ俺ら最強に相性いいよな」

「ええ。ふふ、怖いものなしねあたしたち二人」

 今ならなんでもできる気がする。

 レールにぶら下がりながらにやにやしていると「……椅子、使えばよかったんじゃないかな」とリンリンがぼそりと呟いた。はっとする。盲点だった、その手があったか。

 結城の方も同じようで純粋に驚いた声をあげていた。

「舟生……お前、俺より天才だな……」

「え、えと、人間って多分普通そうするんだ」

「いや、創造主も普通はそうすると思いますよ」

 ぼそっと周防が何かを言っていた気がするがそれに構わずに結城の悩ましそうな声が響く。

「人間恐るべし……そんな発想が出てくるなんてすげーわ、人間ってすげーわ……」

「それこそ、自分たちの力だけで文明を発達させてきた人間の英知なのね……長いこと人間だったはずのあたしはそれを忘れて……なんて怠惰だったのかしら」

「俺なんて天性型だからマジでカルチャーショックだわ」

「なんでもいいけど痛くないですか、腕」

「うんそろそろきつくなってきた」

 周防の言葉ももっともだったのでさっさと終わらせようと思う。

 窓を開けようと引き違い戸に右手をかけ、顔を引きつらせる。動かない。戸が動かない。スライドしてくれない。

「か、鍵かかってる! どうしよう! 鍵かかってる! 助けて! 助けてぇ!」

 思わぬ事態にあたしの頭の中はパニックだった。じたばた足を動かす。

「な……こ、こんなところにまで罠があるなんて恐ろしいなエール霧雨学園! 確実に俺らを殺しに来てるぜ!」

「いや、そういうわけじゃ絶対ないと思うな……私」

「ていうか、一回降りればいいんじゃないですかね。大した高さじゃないんですし」

 周防の冷静な言葉に声を荒らげて返す。

「駄目よ! あたしの下マグマだから! 死ぬから! 落ちたら即死なの! バリアとかないの!」

「なんですかその小学生の遊びみたいな言い訳」

 冷たく言い返されてしまった。

「うわぁああ周防に見放された裏切り者ぉ! 死んじゃう! あたし死んじゃうのよ結城ぃ! 助けてぇ! 助けてクダサーイ! あたしはまだここにいますー! あいあむひあー!」

「もうお前が何を言ってるか俺全然わかんないけど死ぬなお嬢!」

 相方を二人、ぎゃーぎゃー騒いでいると「手下呼んで開けさせればいいじゃないですか」と周防。

 あたしの手下は、あたしの魔力の塊だ。あれを呼んでちょっと仕事させるくらいならまたあたしの中に戻せば結果的に魔力が減ったことにはならない。

 感嘆する。

「周防……あんたやっぱ凄いわ」

「どうも」

 足でなんとかこんこんと扉を叩く。

 その音に反応してひらひらと蝶がこちらに現れた。

「んぎゃあ!? おっじょ何してんの!?」

 脳内に響く声に言い放つ。

「うっさいわ、あんただけ?」

「他は有給とってる」

「そんなのあげた覚え全然ないけど……!」

 給料をあげた記憶もないが。

「時間がないわ。簡単に言う。鍵を開けろ」

「イエスマム」

 どこで覚えたその返事。

 なんて聞く余裕はない。ひらひらと飛び回りながらかちりと音を立てて施錠が外れる。

 戸にかけていた手を一気に横に引き、そのまま枠に頭を突っ込む。ひとまず、上半身を廊下側に出して一息ついてから、ぐっと両端に手を掛けて体を突き出した。

 バランスを崩し、空中で一回転しながら体が地面に着地する。

「いったぁ!」

 本能的に叫びながら地面に足を叩き付ける。

 あたしの周りを飛び回っていたただ一匹の蝶はぱっと光になって消え去った。腰を押さえながら立ち上がってポケットからスマフォを取り出す。

 便利なことに懐中電灯にもなれるらしい。あながちなんだってできるのCMは間違っていないのかもしれない。

 ぱっと照らしてみてようやく『なんか引っかかってる』の正体を知った。

 無造作に重ねられた段ボール二箱。それがまるで嫌がらせのように引き戸の進行方向に置かれていた。これは引っかかって動けなくなるはずだ。

 一体誰が、というかそもそも中身はなんだとひとまず一番上の箱を開く。

 中には分厚い本がぎっしりと詰められている。図書館の新刊だろうかととか色々疑いながら一番上に入っていた本を手に取って照らす。表紙には『熱血恋愛指導書』と書かれている。

 なんとも言えない気分になってそっと中に本を戻すと段ボールを抱え、レールの上から移動させる。

 そしてようやく、扉が開く。

「おっまたせー」

「ナイス」

 結城をハイタッチを交わしながらぐぐっと伸びる。

「さあ、こっからよ。とにかくひとまず、ブレーカーの様子を見にいきましょう」

「だな。ここまで回復できてないのはどう考えても問題があるとしか」

 停電で大人しくしてる生徒が揃ってないのはよく分かってる。

 廊下に全員が出てくるのを待っているとじーっと中でリンリンが扉を見つめていた。

「どうしたの?」

「え、あ、うん……」

 髪をいじりながら「えと、これ言っちゃ駄目なような気がするんだけど」

「なに? 言ってみて」

「いや、引き違い戸だからこっち側はレール引っかかっても反対側は開いたんじゃないかなって」

 恐る恐る、そういえば手を掛けなかった方の戸を指差され、硬直する。

 段ボール二段くらいなら一人が通れる隙間があっただろうし、段ボールの上を通ってあとからどければ明らかに労力は使わずに済んだはず。

 がくっと崩れ落ちる。

「う、うわああああ……先入観こえー……こっち側も開かない気でいたわ、恥ずかしい……」

「ご、ごめんね今気付いたんだ! もっと早く気が付けばよかったよね!」

 あわわと慌ててフォローを入れようとしてくれるリンリンに「いいのよリンリン……こんな情けない副部長罵ってちょうだい……あたしの気が済まないわ……」

「情けなくなんてないよ! お嬢ちゃんは情けなくなんてない! だってあんなに頑張ってくれたじゃない!」

「その努力すら無駄だったのよ……」

 これほどの絶望があっただろうか。

 頭を抱えていると「ま、まぁ、回り道したけど出られたってことで」と結城がこちらに手を伸ばした瞬間だった。


 あたしたちの間に何かが飛んで行った。


 ぴたっと動きを止め、何かが飛んできた方を振り向く。

「な、何、今の……」

「槍だな」

 至極冷静に答えてくれた相方にああそうかいとだけ返して立ち上がる。

 遠くの方で小さい明かりが揺らめいている。生徒だ。生徒だけど。

「あいつらあたしたちのこと殺す気?」

「冷静さを失ってたら人外的本能で殺す気かもしれませんね」

「わおこわ」

 ああ、なんか甲高い叫び声が聞こえてきている。何言ってるか全然分からないけど。

 暗い森の中で武装民族と遭遇してしまった哀れな一般人の気持ちを噛み締めながら「結城、久々に『あれ』やって」

「……マジで?」

「暗い中、丸腰でやるのは分が悪いわ。リンリンのこともお願い。行くわよ、周防」

「はい」

 ブレザーの裏ポケットからナイフを取り出す周防を見てふるふると両手を振る。

「じゃあよろしく。リンリン、結城から離れないでね」

「うん!」

 横に並んだ周防と視線を交わす。くっと首を傾けてからほとんど同時に床を蹴り出した。廊下を走るなと言われていたがこればっかりは命に関わることなので仕方ない。

 すぐさま結城の声が飛ぶ。

「お嬢、足元! 周防は右腕狙って来る!」

 その言葉にすぐに地面を蹴り上げ、飛び上がる。周防の方も軽く身をよじった。

 瞬間、あたしの足元スレスレを投げ槍が通過していく。

「お嬢は油断しない! 頭部狙い!」

「殺しにかかってるじゃないのそれ!」

 地面に着地したら今度はしゃがみ込む。

 確かに頭部があった場所に槍が通って行く。

「東雲くん、相手何人ですか!」

「二人だけ! 左右並んで攻撃して来てる! お嬢は踏み込めば行けるから!」

「それだけ聞ければ充分よ!」

 一気に間合いを詰めて、薄明かりの中で足を振り上げる。足が確かに何かを蹴り上げて、どさりと倒れ込む音が聞こえる。隣からも同じような音が聞こえてきて、吐き捨てる。

「停電如きで狼狽えすぎなのよ馬鹿が!」

「あなたが言いますかそれ」

 呆れたように返されて黙り込む。

 ぱたぱたと足音が聞こえてきて振り返ると結城とリンリンがこちらに駆け寄っていた。

「おー見事に伸びてら」

「これでも手加減したのよ」

 髪を振り払うと「でも凄かったね、東雲くん。なんか、全部見えてたみたい」リンリンのそんな純粋な言葉に苦笑する。

「見えてたみたいじゃないのよ、それが」

「え?」

「視えてたのよ」

 それは暗闇の中で、視界的にという意味ではないが。

 東雲結城という創造主が最強と呼ばれる一番の理由はその強すぎる魔力がもたらすある魔法。

 過去や未来、あらゆる場合で起こり得る未来や過去を視て、ときには改変することすらできる。不意打ちには弱くても真っ向からやり合ったらまず結城に攻撃が当たることはないと思っていいだろう。

「未来予知っていうのかな。あれ、でもちょっと違うんだっけ?」

「予知っていうか、起こる可能性が一番高い未来が視えるっていうか。実際過去も視ようと思えば視えちゃうわけだからなんだろ、透視とでも言えばいいのか」

 悩ましそうな結城を見てぽかんとリンリンが口を開けている。

「びっくりした?」

「……うん」

「んまー、っても、俺この力嫌いだからさ、滅多に使わないんだけど」

 あははと笑う彼に「そうなんだ」とリンリンが未だに首を傾げている。

 使う必要もなく相手を倒せるというのが正しい言い方のような気もするが。

「ずるいわよねただですら強いのに、チートよチート」

「チート言うな。俺だってやりたくてやってるんじゃないんだから」

 むすくれる天才に「黙れサ変暗唱してろ」と言い放って先へ進んだ。




 渡り廊下を抜けた先にある校舎二階、そこにある職員室にブレーカーがある。

 もう一回くらい得体のしれない何かにエンカウントするのではないだろうかと身構えていたのだが意外にも渡り廊下には誰もいない。それがかえって不気味なほどだった。

 かつかつと四人分の足音と雨の音だけが響く。

「なんか、こうも静かだと怖いね」

 ぎゅっとあたしの服を摘まみながらついてきていたリンリンに「そうね」と返す。

 普段騒がしいどころではない学校なのにこの沈黙だ。大人しくしているのか、それとも何かが通り過ぎたのか。

「小話でもしましょうか」

「小話?」

「ええ」

 周防の言葉に反応しながらゆっくり、足元を確かめつつ歩を進める。

「ある晴れた日の午後、道を歩いていたら赤い洗面器を頭に乗せた男が歩いてきました」

「……ん?」

 待て、その話はどこかで聞き覚えが。

「洗面器の中にはたっぷりの水。男はその水を一滴もこぼさないようにゆっくりゆっくり歩いてきます。私は勇気をふるって『ちょっとすいませんが、あなたどうして、そんな赤い洗面器なんか頭に乗せて歩いてるんですか?』と聞いてみました。すると男は答えました。『それは』」

「ちょ、ま」

 その展開でいくと多分。

 廊下を渡り終え、足元に感じたわずかに柔らかい感触に顔を引きつらせる。恐る恐る照らしてみると、そこには人が倒れていた。

「やっぱりかー!」

 頭を抱える。やっぱり! やっぱりどっかの警部補殿と同じ展開だった! オチが言えない奴!

 ひっとリンリンが身を引いた。奥の方を照らしてみると倒れている生徒が何人もいる。

「し、死んでるの……?」

「いえ、生きてます」

 しゃがみ込んで脈を取っていた周防がぽつんと答えてほっと胸をなでおろす。危うくうちの部員の立てたフラグのせいで生徒大虐殺事件が起こるところだった。

「あんた、こうなってるの分かったの?」

「予想外の人数でしたけど」

「なぁ、お嬢、サ変の連用形って何?」

「『し』よ、お黙り」

 まだ律儀に暗唱し続けていた相方を黙らせながら「ざっと三十人かな」と廊下の奥の方までぼーっと見つめる。

「誰がこんなことを……」

「あたしはね、東雲結城以外でこの暗闇の中、この人数を倒せるうちの生徒は一人しか知らないわ」

 リンリンの言葉にさっと返す。

 巴夏菜。彼女なら暗闇なんてなんとも思わず、他の生徒たちをなぎ倒すことだろう。むしろ彼女以外この修羅を平気で乗り越えられる存在に心当たりがない。おお、怖い怖い。

 ということはつまり、職員室には確実に彼女はいる。

「めんどくさいなぁ」

 こっちには結城がいるから闇討ちされて、ざんねん! あたしのぼうけんはこれでおわってしまった! なんてことにならなくて済みそうだが面倒なのには変わりない。確実に薙刀があたしの喉元に向く。

 倒れている学友たちの間を抜けながら職員室の扉の前まで躍り出る。ためらっていても仕方ない。

「なーお嬢、已然は? 已然系は?」

「『すれ』よ、お口をお閉じ」

 あたしに言われ、ぱっと両手でお口を閉じる素直な相方に苦笑しながら深呼吸。ああ、会いたくない。超会いたくない。

 でも、会わなければならない日だってあるのさと言い聞かせ、扉を一気に開く。


 予想通り、風を切り裂いて刃が首元に冷たく押し付けられる。


「表の様子見て入ってくるなんて、やっぱりあんた以外いないと思ってたよ」

 腹の立つ声を聞きながら「うっさいわね」と返す。あはっと巴夏菜の笑い声が響く。あーやっぱりー。

「つーか、何、凄いタイミングよかったけど、あんた、スタンバッてたの?」

 素直に思ったことを問いかけてみるとぐいっと刃物との距離が近づく。おいやめろ切れる。

「は、はぁ!? 何言ってんの!? ぶっ殺すぞ!?」

「いやもうあんた大分殺気立ってるじゃない」

「だーまーれー!」

「分かった、黙る。黙るからその物騒なもん、あたしの喉から離してくれないかしら」

 両手を挙げて降参ポーズを取るとゆっくり薙刀があたしから離れる。あら珍しい。

 職員室の奥の方から「は、とおるんの気配がする! とおるんがいる!」という物凄いオカルトめいたセリフが聞こえたせいで逃げ出そうとしていた周防のブレザーを引っ掴むとちょいちょいとその腕を突かれた。

 首を傾げると結城がこちらを見つめながら何か言いたげにしている。ああ、と納得。

「いいわよ、お口開けても」

 ぱっと結城が手を放し、口を開く。

「よ、よう、巴!」

「え、なんで東雲くん今まで黙ってたの? え、なんで今許可取ったの?」

「だってお嬢に黙れって言われてて……」

「……あんたたちの関係性ってなんなんだ」

「か、勘違いしないでくれ! お、俺とお嬢はあれだ! ただのあいか」

「手乗りインコと飼い主よ」

 適当なことを言いながら周防を引っ張って職員室に突入する。

 夏菜はまじまじと結城を見つめながら「え、そういうプレイ?」「誤解だ巴ー!」うん、実に愉快だ。

 引っ張っていた周防が少し重くなったような気がする。振り返って照らしてみると恭子が飽きもせずむぎゅーっと周防の腕に抱き着いていた。習性だろうか。

「とおるーん! 真っ暗怖かったよー! あいたかったぁん」

「お前なんぞそのまま闇の中に埋もれてしまえ!」

「やーんとおるんの照れ屋さんー!」

 この状態になったら周防も逃げないだろうとぱっと手を放す。

 それからふと気になって振り返ってから手を伸ばす。

「リンリン、大丈夫? 手を貸すわ」

「あ、ありが」

 とう、を言い終わる前に何かがあたしの横をすり抜けた。

「リン! リン! 暗い中よく来たね! 怖くなかった!? ごめんね私がついてればよかったよね結城じゃ頼りなさ過ぎて何度も行こうと思ったけどなっちゃんが鬼だから許してくれなくてあばば」

「み、美里ちゃん落ち着いて……」

 やっぱりいた。うん、ブレない。この人は全然ブレない。後ろの方で「誰が頼りないって?」「誰が鬼だ」とか天才共が文句垂れているのを聞きながら問いかける。

「ブレーカーは?」

「上げてもつかねーから困ってんだよクソが。一回死ね」

「あんたあたしの悪口言ってないと気が済まないの?」

 ちょっと心が折れるからやめろ。慣れたけど。

 というか。

「教師が一人もいないってどういうことよ?」

「事態の鎮静化に慌てて飛び出したっぽいよ。元々出張が多い日だったみたいだし」

「……ヘー、ソーナンダー」

 リンリンを抱き締めながらきらきらとした目で説明してくる美里さんに返しながら髪を掻き毟る。

 参った。ここにくれば全部解決するような気で居たのに。これじゃあ振り出しだ。

「そーいえばうちの学校、予備電源あったよね? あれは駄目にゃん?」

 恭子の言葉に夏菜が「駄目。あれ理事長いないと動かない」

「え、あの人今日いないの?」

「いたらとっくのとうに予備電源に切り替わってんだよいい加減にしろ」

「ちょっと聞いただけじゃない!」

「うっさい口開くな死ね!」

「ああもうほんとあんたマジ理不尽! なんなのよ!? あたしがあんたに何したっていうのよ!?」

「黙って携帯変えやがって!」

「何年前の話よ!」

「四年前だクソボケ!」

「答えなくていいわよ別に!」

 ああやだ! やっぱりこいつあたしのこと大っ嫌いなんだわ!

 夏菜と睨み合っていると結城がブレーカーの方に歩み寄りながら「これ、叩いたら直ったりしねーかな」美里さんが苦笑する。

「そんなテレビじゃないんだから」

「いや、わかんねーぞ。案外、いけるかも」

「じゃあやってみる?」

 言うが早いか、あたしが一気に手刀をブレーカーめがけて振り下ろした。

 一拍ほど置いてから、ぱっと明かりが灯る。夏菜が純粋に驚いた声をあげた。

「え、嘘、マジで?」

「やーん! 天使ちゃんたち大丈夫ですかー!」

 がらっと勢いよく開いた扉から現れたのは焔華理事長だった。

 夏菜が声をあげる。

「理事長!? 今日は一日ご不在だったんじゃ」

「あんな嵐の中、可愛い天使たちを放っておけません! もう晴れてきましたけど」

 晴れたのか。やっぱり春の嵐はいきなり来ていきなり晴れるものだ。

 しかし、天使か。相変わらず生徒をこっ恥ずかしい呼び方で呼ぶ人だ。

「今予備電源に切り替えたからもう大丈夫です!」

 え、と全員の視線があたしに向く。

 あたしは、それに笑顔で返しながらすっとブレーカーにのめり込んでいた手を引き抜く。ああ勢い余ってぶっ壊したよ、悪いか。

 狼狽えることもなく、大きく息を吸ったあたしはこれまで類を見ないほどの『いい笑顔』を浮かべるとすっと結城の腕を握って、告げる。

「理事長、こいつがブレーカーを叩けといったので叩きました」

「ちょ、おま!?」

「叩かないと殺すと言われました」

「言ってない! 俺そんな物騒なこと言ってない!」

「東雲くん、どういうことですか?」

「待って! 理事長待って!」

 じりじり近づいてくる理事長に後ずさって行く結城を見つめながらリンリンの手を握る。

「よし、ずらか、じゃなかったあたしたちは失礼しましょう」

「ええ!?」

 驚いた声をあげるリンリンを手を引く。

 恭子の腕をなんとか振りほどいた周防はじっと不安そうに結城を見つめていたがやがて、

「頑張って、東雲くん」

「てっめぇ裏切ったな周防ぅうう! こらクソ魔女! もぉっどてこぉい!」

 そんな怒鳴り声を背を向けながら久々に出てきた太陽の光でいつもより少しだけ明るい気のする廊下を駆けぬけた。


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