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創造主な僕たちは華麗な日々しか創れない  作者: 黄昏月ナツメ
一学期:僕たちはまだ夢の中で。
12/36

ちょっとくらい弱気になってみたかっただけ

 腹立たしいことに体育祭で優勝したところで周囲の反応が変わるわけではなかった。

 強いてあげるとしたらあたしたちが化け物だという(一人を除いて)事実無根な言いがかりがますます強められた。

 酷い中二病患者だったことが知れ渡ったはずの夏菜は「夏菜さまはポエムの才能まであるんですね」なんて言われてますます持ち上げられている始末。あいつが勝とうが負けようが結局世の中美少女のために動くのだ。悲しきかな。


 そんな変化のない日常が今日も永遠と流れていた。

 ただその日、いつもと違ったことが一つだけあって、人生って奴はやっぱり誰かに仕込まれているに違いないとあたしは思ってしまうのであった。




「うおおおおおセーフ!」

 本日最後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り終わるギリギリで教室に飛び込んできたのは相方、こと東雲結城であった。

 ぱたぱたと急ぎ足で自分の席に戻った結城は抱えていた教科書を机の上に広げながらぐったりとその上に倒れ込んだ。呆れながら吐き捨てる。

「アウトよ」

「なんでだよ、相瀬先生いないからセーフだろ」

 教科担当の姿が見えないことをいいことに相方が凄く身勝手な理論を展開していた。

 肩をすくめながら「あんたがそう思うならいいけどさ」とルーズリーフを取り出した。なんだよ、と不満げにしていた相方だったがふと思い出したかのように「そういや」と続けた。

「周防、やっぱ休みなんだって」

 今日の昼休み、周防徹は部室に来なかった。

 恭子に追いかけ回されているのではないだろうかと思っていたがそれだったら彼の場合メールをよこしてくるはずだし、妙だとは思っていたが。

 そう、と教科書の付箋がついたページをめくる。あたしが自分の想像より遥かに無関心だったのが気に入らなかったのかむっと顔をしかめながらさらに続けた。

「風邪だってさ」

「あたしはてっきり呪祖と馬鹿は風邪を引かないものだと思ってたわ」

「……どうして俺をまっすぐ見ながらそれを言う?」

 問いかけられたので最上級の笑顔だけでそれに答える。

 それから不意に、眉を寄せた相方は教科書を顔の前で構えた。

 数秒後、すこん、と小気味のいい音を立てて結城の教科書に何かが突き刺さった。ダーツの矢のような、針の付いた小さな矢だった。

 恐る恐る、教卓の方を伺うと肩に何やら布をかけて吹き矢を構えた相瀬先生がこちらを睨みつけていた。

 その迫力に圧倒されてか、結城の口から叫び声がこぼれた。

「アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 確かに暗殺者というより、今の相瀬先生は忍者だった。

 どうしようもない納得をしていると「暗殺者舐めんな」とだけ吐き捨てた相瀬先生がひくひくと顔を引きつらせながら眼鏡の奥の視線を鋭くさせ、冷たく言う。

「つーか、東雲くん……遅れて入って来てまず周防くんの話とはいい度胸ですねぇ……?」

「相瀬先生いたんすか……今日も見事に気配が消えてて」

「東雲ぇ!」

「すいませんっしたぁ!」

 相方のお世辞作戦はあえなく失敗に終わっていた。

 吹き矢を片づけながら「今日だけですからね」と優しさを発動させた相瀬先生は吹き矢の代わりにチョークを握って「それじゃ、教科書、二十三から。今日はがっつり進めますからー」

 ようやく授業を始まった。

 ガタガタを震えながら顔を引きつらせていた相方は矢を教科書から引き抜いてそこに出来た穴に対して顔を引きつらせた。

「……これ、俺のじゃなくていずみのなんだけど……」

「咄嗟に防御したあんたが悪いんじゃない」

 どうせ矢の先に痺れ毒が塗ってあるくらいだったんだろうから素直に受けておけばよかったものを。

「ほとんど条件反射なんだよ……」

 がっくり肩を落とした相方はあたしを睨み付けてから「つーか相瀬先生いるなら教えろよ」とかぶつぶつ言ってる。おかしい、あたしはきちんと警告したつもりだったが。

 人の心というのは通じづらいものだと思っているとこちらに振り返りもせず、黒板にチョークを走らせたままの相瀬先生が「東雲くん、今度は吹き矢じゃなくてミラクルブッコロ暗殺者七つ道具の一つの手裏剣が」「ごめんなさいもうしません!」ざまぁ。

 大人しくノートに向き合う相方を見てから改めて黒板に目を向ける。

 前回書いたような書いてなかったような、記憶にしては曖昧なことが書かれている。ぱらぱらとめくって中身を確認していると相瀬先生による古文のあらすじ説明が始まった。

「さて、前回話した通り、この話のモデルは在原業平という人で――」

 相方の顔が徐々に曇って行く。せめてあらすじくらいはちゃんと聞いておけと思いながらとんとん、と結城の肩を叩く。

 不思議そうに首を傾げる結城に「周防の見舞いに行く気はない?」

 あたしの顔を黙って見返した結城はやがて小さく溜め息を吐くと「悪い顔してる」とだけ言い放った。どんな顔だよ、と心の中で苦笑する。

「そう? 別に衰弱しているであろう友人を助けてあげようと思っているだけであって弱っているところを痛めつけてやろうだなんて考えはこれぽっちないわ」

「世界一信用できない主張をありがとう」

「どう致しまして」

 そこで相瀬先生があたしの名前を呼んだ。「はーい」と手を挙げながら返事をすると「女の方のモデルは?」肩をすくめながら立ち上がる。

「藤原高子。お后さまになるのが決まってて、それゆえ二人は結ばれない恋である。ああ切ないねーっていう携帯小説も真っ青なYOU、恋しちゃいなYOって感じのラブロマンスが伊勢物語であります」

「一部どうしてどっかの社長が出てきたのかは分からないけど座ってよし」

「どうも」

 前回の記憶を頼りにしただけだったがピンチは逃れたようで助かった。

 椅子に腰を下ろしながら「行くの? 行かないの?」結城の口から溜め息がこぼれた。

「行くけどさ」

「じゃあ決まりね」

 それだけ返して、再度、黒板に向き直った。




 放課後、元よりリンリンが今日は来られなかったこともあって部活は休みになった。

 そもそも二人だけで部活動をしようなどという気にはなれなかったし、だったら周防のところに突撃してやった方が暇潰しになる――もとい有意義になるだろうというのが二人揃っての考えだったように思える。


 まぁ、周防のことなのに彼女が出しゃばらないはずもなかったが。


「しのしのー! おじょー!」

 教室に出ようとしたまさにそのとき、ずしゃーっと廊下を滑るように走って来た恭子はぴたっとあたしたちの目の前でその足を止め、ずいっと結城に顔を近付けた。

 うおう、と結城が身を引いたのにも構わずに「徹が休みってどーゆーこと!?」と目を吊り上げた。

「や、どーゆーって言われても、なぁ?」

 困ったように結城がこちらを振り返るので髪を振り払いながら答える。

「あんたの方が詳しいんじゃないの?」

 あたしの言葉にぷくっと頬を膨らませた恭子はアヒル口を作ってぶつぶつと、

「さっきから電話してるけど全然出てくれないんだもん……いつもなら五回無視したら出てくれるのに……」

 一体何回かけたんだ、とは怖くて聞くことができなかった。

 ぱちくりと瞬きを繰り返してから恭子は「風邪が酷くなってて苦しんでたらどーしよ!?」と不安げに顔を歪めながら目の前の結城の体を前後にゆさゆさ揺らしまくった。

「ちょ、しろさ」

「徹は一人暮らしなんだから魔力不足とかになってたらどーすんのしのしののばかぁあああ!」

「なんで俺に当たるんだぁああ!」

 五期生きっての問題児たちがぎゃーぎゃー絶叫し合っているのを見てクラスメイトたちは顔を引きつらせている。

 これ以上、こんなやつらの愉快な仲間でいるのは御免だったのでぱんぱんと両手を叩いて「はいはい」と二人の間に割って入る。

「これから周防の家におしか……じゃなかった、お見舞いに行こうかと思ってるの。一緒にどう?」

 項垂れている結城からぱっと手を離した恭子は難しそうに顔を歪めている。

 それから彼女の中にどんな思考が巻き起こったのか、ぱぁあと顔を輝かせてから「行く!」とスカートを揺らし、身を乗り出して来た。

 あーでもぉ、とまた腕を組んで彼女は上目づかいにこちらを伺った。

「キョウキョウ、お買い物行きたいんだよね。すぐ終わるからそっち付き合って貰ってもいいにゃん?」

「どこ?」

「しょーてんがい」

 ああ、あの魔の休日を過ごしたあそこか。

 特に不都合はない。あのカップラーメン族の家にまともな食材があるとは思っていなかったからどこかには行こうと思っていた。

「構わないわよ」

「やったぁ! さっすがお嬢、話がわかるぅー!」

 むぎゅーっと抱き着かれて苦笑する。

 感情表現が素直で助かる。周防もこれくらいだと可愛いのに。

 なぜかむーっと面白くなさそうにあたしを見てから「俺、チャリ取ってくるから」と駐輪場の方へと歩いて行ってしまった。

「校門で待っててよー」

「分かってらい」

 ひらひらと手を左右に振りながらさっさと歩いていく結城に「何よ」と眉を寄せる。

「相変わらずだにゃー」

「何がよ?」

 首を傾げるとけらけらと恭子が笑った。





 校門で合流した結城ががらがらと自転車を押すのと一緒に恭子と、三人で商店街に乗り込んだ。

 何があって何がないかどうかという以前に周防の家には何もないことが安易に予想できる。

 そもそも今さらながら呪祖が風邪を引いたら何を見舞いの品として持っていけばいいのかの知識がまるっきりなかった。自分が何を持ってきてもらったら嬉しいかと考えてみるもそれより放っておいてもらった方がありがたかったと思い直した。

 無理やりにでも飯でも食わせてやればよかろうと発想は元に戻った。

 商店街の入り口のアーチをくぐりながら格安のスーパーをちらりと見て「お粥? うどん?」と問いかけの意味も込めて呟いた。

 答えはすぐに返ってきた。

「うどん」

「そうなの?」

 恭子からの声に首を傾げると「とおるんは麺派だから。機嫌悪いときは麺類しか食べないにゃん」とスーパーの中に入って行った。

 当たり前のように言われて少しだけ戸惑いつつ結城が自転車を停めるのを待ってから彼女の後を追った。

 結城は何も言わずに歩いて行ってしまった。どうせ戻ってくるだろう。

 白いカゴを手に取りながら具は何がいいだろうかと少ない記憶の中から周防の好き嫌いを思い返していると「うどんあったにゃ」とうどんの袋を抱えながら恭子が戻ってきた。

 ついでのようにその手の中にはプリンまで抱えられている。

「プリン?」

「キョウキョウが小さいときはよく食べたから。はい、ぽいっちょ」

 カゴの中に容赦なくプリンとうどんをぶっこんだ恭子はるんるんと笑って見せた。

 あたしの手元にある野菜をの袋を見ながら「とおるんはねーおうどんさんにゃらきつねしゃんがすきだおー」と笑ってきた。

 その彼女に軽く笑いながらしみじみ呟いた。

「あんた、凄いわ」

「えーにゃにが?」

 頭の上に疑問符をいっぱい浮かべる恭子に呆れ半分に続けた。

「あんたは周防のことよく知ってるなぁって思って」

「そうだお?」

 何言ってるんだとばかりに恭子はにこっと笑う。

「キョウキョウはとおるんのことなーんでも知ってりゅのですー」

「さらっと言ってるけど結構怖いわよ、それ」

「だってそうでもしないととおるんはキョウキョウに振り向いてくれないもん」

 素早く油揚げをあたしが手に提げていたカゴに放り投げて、恭子は言い放った。

「欲しいものは奪いに行くタイプなんだ、私」

 んふ、とどこか色っぽく笑う恭子に全く、と頭を抱える。

 なんとなく、納得できてしまうのが悔しいところだ。

「愛に生きて、愛に捧げるのがキョウキョウの生き方でーす」

「あたしにはその感覚わかんないなぁ」

「お嬢は恋とかしないにゃん?」

 うーんと形式的に考え込むようなフリをして、笑い返した。

「どうかしら。あたしはそういうの興味ない人だから」

「やっぱりお嬢はしのしのとこーちゃのことしか考えてない」

 反論できるほど、自分の頭の中を理解できていないのが悔しい。

 笑いながら誤魔化しているとがさがさとビニールがこすれる音がしてカゴを覗き込んだ。先ほどまで放り込んでいたものとは別にイカスミプリン味とか書かれたとうもろこし系のスナック菓子やらいつぞやに見たわさびチョコチップスやらが放り込まれている。

 その場から逃げ出そうとしている相方の腕を引っ掴んで「戻してらっしゃい」と迫る。

「やだ!」

 清々しいくらい即答されて怒りを超越しそうになった。

 ぷくく、と恭子が笑いをこらえている声が聞こえる。他人事だと思えばそりゃ面白いだろうよ。

「なんであたしがあんたの分のお菓子まで買ってやんなきゃいけないのよ」

「ち、違うぞ! 周防に食べさせようとだな」

「病人にゲテモノ食べさせないの。もっとマシな言い訳用意しなさい」

 腕を組みながら睨み返せばううーと両手をじたばたさせた結城がこちらを見つめる。

「お願い!」

「高校生がお菓子ごときに駄々をこねない」

 カゴの中から菓子を取り出して無理やり結城に押し付けると結城がぷるぷる震えながら言う。

「どうしても駄目……?」

 その、捨てられた子犬のような寂しげな表情にぐっと言葉を詰まらせた。

「あああああ!」

 わしゃわしゃと黒髪を掻き毟ってから視線を逸らし、「一個だけよ!」と吐き捨てた。




 結局、お菓子まで買わされて、スーパーの袋を結城の自転車のカゴに乗せ、歩いていた。

 先頭を歩いていたのは買い物に行きたいと言っていた恭子でるんるんとスキップで先を進んでいる。学生の姿もちらほらと見えるがランドセルを揺らす小学生やエコバッグを提げた主婦ともすれ違う。

 ふんふふーん、と鼻歌を紡ぎながらくるくるとその場で回っていた恭子がぴたっと足を止めた。

「こっこでーす」

 ぱっと恭子が腕を広げる先にあったのはいかにも人の入らなさそうな古ぼけた店だった。

「ここ?」

「うん、ここ」

 思わずといった風に問いかけてくる結城にこくこく頷いた恭子は躊躇わずに中に入って行く。自転車を停めた結城が後を追い、あたしもそのあとにゆっくりと続いた。

 わずかな埃の匂いと一緒に、ずらりと並んでいた箱が目を奪った。棚に並べられている箱はスポーツカーやアニメのロボット、建物の写真が印刷されている。プラモデルだ。恭子のような女子高生が来るような場所とは思えないが。

「おじさーん!」

 恭子の声が響き渡る。それに答えたのか「あー……」と濁点がつきそうなほど気怠そうな声が聞こえてきた。

 そのあと、すぐにカウンターの奥から出てきたのは三十後半ほどの男だった。顔は整っているものの無造作に生えた髭が無精な雰囲気を与えてくる。

 ふわりとアルコールの匂いが鼻腔をかすめた。うへぇ、と恭子が半笑いで顔をしかめた。

「酒くっせ。今度は何飲んでたの?」

「テキーラ」

 ふらふらとこちらまで歩み寄ってきた男は虚ろな目であたしと結城を捉えるなり、顔を歪めた。

「何連れて来た白咲ぃ……」

「友達だにゃん」

 猫の手を作って、実に可愛らしく首を傾けてから恭子はこちらに向き直って「あ、こちら、六車(ろくしゃ)さん。銃をね、譲ってもらってるの」

「……プラモデル?」

「マジモンだよ」

 かったるそうに結城の言葉に返してから足元に手を突っ込んだ六車なる人物はアタッシュケースを取り出した。

 それを開けて恭子が中を確認している間に再び六車がこちらに視線を投げかけてきた。

 じーっと相方を見上げていた六車はやがて、小さく「東雲結城」自分の名前に反応してびくっと結城の肩が跳ね上がった。

「俺のこと……」

「六車のおじさんは元々創造主だから」

 アタッシュケースの中に視線を落としたまま恭子がそれに答えた。

 元々。嫌に引っかかる言い方だった。何より、創造主の魔力を感じない。

 そこから分かる事実を導き出すのはすぐだった。呪祖を生み切った創造主。元がつくのは死んだか、呪祖になるか。

 呪祖の魔力も感じないところを見ると外に具現化してしまったのであろう。あたしがどんな顔をしていたのか「魔女さんに同情される筋合いはねーよ」とどこからかビンを取り出して呷った。

 腕を組みながら視線を逸らす。

「そういうつもりじゃ」

「人に戻っちまうのも気楽なもんさ」

 両手を広げる彼に「羨ましいわ」とだけぽつんと告げる。

 あたしだって、昔は、人に戻ることに憧れた身だ。憧れ、焦がれ、苦しむくらいなら創造主として死のうとした。だから創造主としてのあたしを殺した。魔女になった。

 ぱたん、とアタッシュケースがしまる音がした。恭子はカバンから茶封筒を取り出すと「これでいい?」と首を傾げた。

 中を開けて、入っている金額を確認している六車を見ながら話題を変えたかったのか「いつもここで銃調達してんの?」こくんと恭子が頷いた。

「こっちの方が効率いいんだよね」

「へー……」

「お、キョーコがいるぞ!」

 入口の方から明るい声が聞こえてきた。

 振り返ると黒いランドセルを背負った中学年くらいの小学生がきらきらとこちらを見つめていた。

「キョーコだ!」

「わー久しぶり」

 手をふりふり左右に振る恭子にきゃっきゃっとランドセルたちが取り囲んでいった。

 あっという間に周囲を包囲してしまった小学生たちはぐるぐる恭子の周りを回りながら「キョーコ、キョーコ!」とはしゃいでいる。

 結城と顔を見合わせ、戸惑っているとランドセル軍団のうちの一匹があたしたちに気付いたようで「ああ!」と声をあげた。

「キョーコが男連れてるぞ!」

「男だ!」

「キョーコの男だ!」

 ぎゃーぎゃーはしゃぐランドセルたちに「おと……!?」と結城が顔を引きつらせる。

 あはは、と笑った恭子がそれにきっぱり言い放つ。

「やだぁ、違うにゃん」

 恭子の言葉にランドセルたちはじーっと結城の顔を見つめてからこくんと一斉に頷いた。

「キョーコの男にしては冴えない」

「冴えない」

「ちょー冴えない」

「殴っていい?」

 拳を作る結城を「よしなさい」となだめていると「そっちのおばさんは?」…………。

「殺す」

「やめて!」

 ぎゃーと相方が羽交い絞めるようにあたしを止める。ええい、止めてくれるな結城。礼儀知らずのクソガキには礼儀を物理で叩き込めとあたしは中学時代に教えられたのだ!

 騒いでいるあたしたちが鬱陶しかったのか「うるさい頭に響く!」と六車が怒鳴りつけた。

「やーん、おじさんこわぁい」

 くるっと踵を返した恭子が一目散に逃げていく。「あ、こら、待てよ白咲!」とそのあとに結城が続いていく。

 ランドセル共が恭子に手を振っているのを見ながらあたしもさっさと撤退しようと一歩踏み出すと「辛いだろ」と低い声が鼓膜を揺らした。

「どっちつかずの生活は」

「……生憎、馬鹿な相方のおかげで孤独を感じる暇がないの」

 それだけ返してかつかつと先に進んだ。




 しばらくして、記憶だけを頼りに友人の家を探していたところ、携帯の着信音らしき電子音がその場に響いた。

 いかにも女の子らしいメロディーに足を止めると「あ、ごめーん」と笑いながら恭子が携帯を取り出している。待つわ、とだけ伝えれば軽く頭を下げ、彼女はこちらから距離を取った。あの様子からして周防からではなさそうだ。

 誰からだ、という無意味な詮索をする気にはなれなかった。先ほどまでからからと乾いた車輪の音を鳴らしていた自転車の荷台に腰かけた。わずかに車体が揺れる。

 大人しく足を揃えて座っているあたしを見て、結城が顔をしかめた。

「なんで当たり前のように人のチャリに座るんだよ」

「疲れた」

 結城は何かを言いかけて無意味だと思ったのか口を閉じた。その手は自転車を支えたままだった。

 少しして、恭子が小走りで戻ってきた。その顔は俯いている。

 しかし、どうしたのかと問うより早く、恭子はぱっと顔をあげるといつもの調子で明るく告げた。

「にゃー、ごめんにゃん。キョウキョウ急用できちった」

「用事?」

 恭子の中では何より優先すべきであろう周防のことよりも、さらに優先度の高い用事。

 妙だな、と思ったがこちらにそれ以上伝える気がないのか「ここまっすぐ行ったらとおるんちだから」とあたしの両手を握りしめると真剣な目で、こちらを捉えた。

「結城、お嬢。徹のこと、よろしくね」

 よほど急いでいたのだろう。言うなり、ぱっとあたしの手から自分の手を離すと「じゃ、まったねーん! ばいびー!」と恭子は走って行ってしまった。

 奇妙な違和感を感じつつもそれを言葉にすることができなくて、手を振り返すだけだった。


 恭子の背が完全に見えなくなったところで「じゃあお願いされちゃったしあたしたちはいきましょっか」と隣の結城に笑いかける。


「ん、そうだな」

 が、一向に結城は前に進まない。首を傾げて彼を見つめ返せば、うんざりしたような目で見返された。なんだよぅ。

「お前何ちゃっかり乗ったまま行く気でいるんだよ」

「え? 乗せてってくれないの?」

「え? なんで俺がちょっと気が利かないみたいな扱いなの?」

 びっくりしたわ、とか言ってる結城にそりゃあたしだと心の中で返す。

 あたしが降りる気がないことを分かってくれたらしい相方は「暴れるなよ」とか言いながらようやく自転車をのそのそ前に押し始めた。あまりにゆっくりなのでじたばた足を動かしながら口を尖らせる。

「おーそーい」

「お前を気遣って危なくないように押してやってるんだろぶっ飛ばすぞ」

「スリルに挑みに行かない肝の小さい男はモテないってばっちゃが言ってた」

「嘘吐け。大人しく乗ってろ」

 怒られたのでちぇ、とわざとらしくこぼしてから大人しく足を揃える。

 まったく、とかぶつぶつ言っていた相方はそれ以上言う気も失せたとばかりに自転車を押し出した。

 車輪が回り、からりからりと音を立てる。わずかな風が髪を撫でた。

 鼓膜を揺らすのはすれ違う人の声と車輪の音だけだった。それが嫌だったのか結城が唐突に口を開いた。

「リボンさ」

「へ?」

「リボン、この間やった奴。なんだかんだでちゃんとつけてくれてるよな」

 ああ、とポケットの中に手を突っ込んだ。

 前の白いリボンが古くなったからとよこしてきた薄桃色のリボンのことだろう。今も手元にある。

「あんな嫌がってた割に」

「使わないのも勿体ないかと思って。悪い?」

「いや。嬉しいから言ってるんだぞ」

 けらけら笑いながら「なんとなく俺の相方だなぁ、って気がして」

 溜め息を吐く。

「急に恥ずかしいこと言うな馬鹿」

「え、あはい、すいません」

 苦笑する結城に「というか」と髪を振り払う。

「今さら何喜んでんのよ。あたしの大事な相方はいつでもあんただけよ」

 あたしの言葉に急に恥ずかしくなったのか分かりやすいくらい顔を真っ赤にしながら「お、おおおう……」と俯かせた結城は「俺の相方がこんなに素直なわけがない」とか「なんでこいつ時々急にデレるの」とか大変失礼なことをほざいている。

 いよいよ恥ずかしくなったらしく、結城はおほんとわざとらしく咳払いをして話題を変えた。

「というか! 俺、友達の家にお見舞いとかはじめてかも! いや、うん、はじめてだ!」

「あんた友達いなかったもんね」

「言葉の暴力!」

 片手で自転車を押したまま胸を押さえた結城はぐぬぬ、とこちらに反論してきた。

「い、言っとくけどな! 俺だって友達くらいいたんだからね! か、勘違いしないでよね! ただみんな体が丈夫だっただけなんだからね!」

「類は友を呼ぶのね」

「……お前それ人のこと馬鹿って言ってるよな」

「じゃあ直接言いましょうか? ばーか」

 胸を押さえていた手で頭を殴られた。いてぇ。

 殴られた箇所を押さえながら結城を睨み付ける。

「物理の暴力イクナイ、カコワルイ」

「言葉の暴力はなおタチが悪いわ!」

 がう、と吠えられたので肩を落とす。お茶目な冗談じゃないか。

 頬に手を当てながらにこにこ笑う。

「思ったことはすぐ口に出ちゃう素直な女の子なの、ごめんね」

「お前さ」

「はいはい、反省してまーす」

 つんと顔を逸らして答えてやった。

「こ、こんにゃろ……!」

「悔しい……! でも感じちゃう……!」

「ビクンビクン……ってやかましい!」

 また頭を叩かれた。痛い。

「変なこと言わせるな!」

「結城、あたし最近気付いたのよ……あたし、あんたの困った顔が大好きなの」

「悪質だなおい!」

 何をそんなに怒っているのか、こちらを睨みつけながら結城は不機嫌顔だった。冗談だけどね、という台詞は心の中にそっとしまっておいた。

 仕方ないのでご機嫌を取ろうとしたあたしは近くのアパートを見上げながら適当にベランダを指差して「ほらほら、結城」と彼のワイシャツの裾を引っ張った。

「見なさい、お布団と一緒に自分まで干しちゃってるドジっ子がいるわ」

「んなのいるわけ……」

 とあたしの指の先を見た彼は顔をしかめながら「ほんとにいたし」とだけ言い放った。その言葉にやっとベランダに視線を向けたあたしも、うわ、と眉を寄せた。

「ほんとにいたし」

「見ないで言ってたのかよ」

「だって」

 と、そこまで言ってからふと、首を傾げる。

 なんだろう、あのお日様に照らされてぐったりしてる大体男子高校生くらいのジャージで(多分)イケメンに見覚えがあるんだが。

 結城も同じことを考えたのか恐る恐るこちらに振り返ってくる。それから再度、同時に視線をそこに投げ掛けてからどちらともなく声をあげる。

「周防!?」

 完全に知り合いだった。

 結城はその場で自転車のスタンドを下ろすとあたしを置いて駆け出した。

「ちょ、結城!?」

「悪い、俺のチャリ頼む!」

 あたしを置き去りにするどころか自転車を預ける暴挙に出た相方は辺りを見渡して、誰もいないのを確認してから地面を蹴り上げた。

 ふわりと飛び上がった結城の体はアパートの二階にあったベランダにとん、と着地した。ぐったりとしている体を布団から引きはがしながら「やっぱ周防だこれー!」と叫んでる声が聞こえてくる。

 当たり前のように魔法を使いやがって、とか思いつつ文句を言うのも面倒だったので荷台から飛び降りるとスタンドを再度あげてからアパートまで押して向かった。

 スペースがあったので少しの間止めさせてもらうことにしてからあたしもベランダから乗り込もうかと思ってから取りやめて、階段を駆け上がった。

 幸い、表札がかかっていたのですぐに周防の部屋が分かった。試しにドアノブに手を掛けるとぎぎ、と音を立て、それが開く。

 何も言わないで入るのはさすがに友人でも失礼だと思ったので挨拶はしておくことにした。親しき仲にも礼儀ありなのだ。なんて律儀な女なのだろう。

「ちわー、三河屋でーす!」

 完璧だ。完璧だった。

 身分を偽りながら挨拶を終えて、玄関を突破し、廊下を抜けるといかにも男の一人暮らし、といった感じの必要最低限以外は何もない部屋が飛び込んできた。

 学生の一人暮らしとは思えないほど、ムカつくくらい綺麗な部屋だった。うちより綺麗じゃねぇか。

 その綺麗な居間のソファに周防がぐったり倒れて唸っていた。ここまで運んできたのだろう結城がおろおろとあたしを見ては周防を見て困っている。

 なんとなく凄く腹が立ったので近くのカウンターにあったコップを引っ掴んで水道を捻る。問題なく出てきた水がコップに溜まり、すぐに蛇口を締めた。

 不思議そうに首を傾げている結城の隣を通り抜けて、まだ唸っている周防の顔面にそれを引っかける。

「あ」

「起きろ呪祖野郎」

 げほげほ咳き込んでいる呪祖に吐き捨てる。

「鬼か……!」

「いいえ、魔女です」

 聞かれたことに答えたところ、睨み付けられた。肩をすくめてから片手をあげる。

「よう、元気?」

「元気そうに見えますか?」

「あんまり」

 素直に答えると「でしょうね、僕もそう思います」と返された。

 そこまで黙っていた結城が濡れたままの額に手を伸ばした。もう片方の手を自分の額に当てながらうーんと首を傾げた。

「熱はないんだな、咳出てるわけでもないみたいだし」

「そりゃそうよ、風邪じゃないもの」

 は、と結城が驚いたようにこちらを見た。

 ここに来て、あたしもようやく理解した。そりゃそうだ、呪祖がただの風邪にやられるわけもなかったのだ。

「魔力不足ね?」

「……バレました?」

 苦笑する周防に頭を抱える。

 散々言ってきたことだが、呪祖にも色んな種類が居る。あたしみたいに親と呪祖がくっついてるときは普通の人間と同じように生活すれば問題ないのだが周防のように呪祖単体として具現化している場合だと、そもそも体そのものからそれらを動かすことまで全て魔力で補っている。

 ゆえに魔力が不足すれば人が風邪を引いたときと同じように動けなくなるだろう。下手すりゃ死ぬ。

 大方、体育祭のときに消費した魔力が回復しきれていなかったのだろう。

 タオルを投げつけてやっているとなんだ、と結城が安心したように息を吐いた。

「風邪じゃなかったのか……呪祖がかかるとかどんだけ恐ろしいウィルスかと思ったら……」

「まぁ、風邪みたいなものですけど」

 困ったように笑った周防はあたしたちの顔を見比べてから「わざわざ来てくれたんですか」ええ、と頷いた。

「わざわざ来てやったのよ。感謝して咽び泣きなさい」

「お断りします」

 つまらん男だ。

 手に持っていたビニール袋を肩に引っかけながら「必要ないとは思うけど気持ち的になんか食べたいでしょうから適当に作るから台所借りるわね。あんたは寝てなさい」

「どうも……」

 軽く頭を下げた周防は少しだけ辺りを見渡してから、「白咲は来てないんですか?」びっくりして振り返ってしまった。

 周防が眉を寄せる。

「なんですか」

「いや、なんつーか」

 隣にいた結城がぼそっと言う。

「なんだかんだ言いながらやっぱ白咲がいないと寂しいのな」

 瞬間、横になったままの周防の足が綺麗に結城の腹に直撃した。

 腹部を押さえながらうずくまった結城が「お前……ほんとに……体調、悪いのか……?」と苦しそうに呻いている。

「すみません、体調悪くて手加減できませんでした」

「体調悪かったなら仕方ないわね」

「お前ら……!」

 これ以上遊んでると矢が飛んでこないとも限らないので「ていうか」と話題を変える。

「あんた、なんで布団と一緒に干されてたのよ」

 あー、と周防が言い辛そうに視線を逸らした。

「午前中、部屋で眠ってて。外、凄く晴れてて、布団干しとけばよかったなぁ、とか急に考え始めたら布団干さなきゃいけないっていう使命感を感じて、ふらふらしながら干してたらなんとなく、僕、前世は布団だったんじゃないかなとか」

「もういい周防、お前が疲れてるのは分かったから眠ってくれ!」

 想像以上に強烈な理由だった。

 ここで恭子なら「とおるんは前世布団じゃないよキョウキョウのダーリンかキョウキョウを護るナイトさまだったのです!」とかぶっ飛んだ理屈をぶちかますのだろうがそれをする勇気があたしにはなかったので黙ってキッチンに引っ込んだ。




 予想通り、カップラーメンしかないキッチンだったが最低限の調理器具は揃っていてくれたおかげでうどんくらいは作れた。

 くつくつと火にかけられて小さく揺れる鍋から醤油の匂いが漂ってくる。安心しているとにこにこしながら結城が寄って来た。

「電話掛けたらこっちで夕飯食っていいってさ。状況によっては俺が泊まるから」

「そう」

 小皿にスープを移してから「味見」と結城に差し出す。

 わーいとあたしの手から小皿を受け取った結城はそれを口元で傾けてからおお、と感嘆をこぼした。

「うめぇ」

「よかった。うどんは久々に煮たから心配してたの」

 一つにしていた髪を解きながら笑うと「うどん食わないの?」と結城。

「食べないわね。マ……母さんもあたしもうどんより蕎麦派だから」

「戦争勃発だな」

「勘弁して」

 あんたと戦争なんてして勝てるわけがなかろうに。

 カウンター越しにバイオレンス呪祖野郎を見てみるとやはりまだ魔力を回復しきれていなかったのかだらりと両手を垂らしながら間抜け面を晒している最中だった。

 元々、人に滅多なことがなければ隙を見せない周防がああやって無防備に眠っているのは珍しい。よほど余裕がないのだろう。それかあたしたちが信用されているか。

 うどんをどんぶりに移してから「運んどいて」とだけ結城にお願いしてまだ呑気に眠ってる周防を起こしにかかる。

 もう一度、水を引っかけてやってもよかったのだが体のどこかに強烈な痛みが走るのは御免だったので普通に声をかけることになってしまった。

「周防、ご飯。なんか口に入れた方が落ち着くわよ」

「ん……」

 揺さぶっていた手をぐっと周防に掴まれ、ぱくぱくと周防の口が動く。何か、多分、名前か何かを言っていたのだと思うが上手く聞き取れなかった。あたしの名前でないことは確かだが。

「え、なに?」

「……え?」

 重たそうな瞼を開きながらあたしを見て、ぱちぱちと瞬きしてから「ああ」と周防が目を細めた。

 するりと周防の手があたしの手から離れる。

「すいません、なんか、変な夢見て」

「夢?」

 問い返せば「昔、同じように、風邪を引いたときに誰かが夕飯を作りに来てくれた気がして」

 だとしたら、恐らく、それは十中八九、彼そのものの記憶ではない。

 周防の親、『周防徹』という呪祖を生んだ誰かの記憶。呪祖が親の記憶を持ちこしてしまっていることは少なくない。そもそも人の感情から生まれるのだから当たり前のことと言えば当たり前だ。

 強力な魔力からして周防が創造主の呪祖であることはほぼ間違いないのだろう。

 本人が言っているように周防には親の記憶がない。どんな創造主が、どんな感情なのか。予想は立てられても、所詮、予想だ。事実ではないのだ。

 それを一番知りたがっているのは周防本人でもある。そんな中で、夢として現れた深層的な記憶は彼の不安をどこかで煽るには仕方ないのだろう。

「もう誰だったか、顔もまともに思い出せないですけど」

 苦笑する周防に「気弱になるな」こつんと彼の肩を突く。

「あんたは、周防徹よ。それ以上も以下もないの。気に入らないならさっさと死んじまえ。それで来世はサッカーボールにでもなるのね」

 顔を引きつらせながら「ほんと、意味わからないですよ」と吐き捨てた。

 せっせこ、相方がうどんを運んでくるのが見えたので「もうこの話は終わりよ」

「お嬢重いー」

「待って、今下ろすから」

 てきぱきうどんのどんぶりを机の上に並べていると周防の顔が引きつった。

「しいたけ……」

「涙出るくらい好きだったわよね」

「嫌いですよ!」

 珍しく、らしくもなく声を荒らげる彼にけらけらと笑った。




 水仕事まで全て終えたところで時刻は八時前になってしまった。

 母親には適当に食べて来いとメールを送ったので大丈夫だろう。タオルで手を拭ってから一旦、居間に戻る。

 いつまでもいるのも迷惑だろう。結城は泊まるとか言ってるがあたしがいるのはまずい。一言断って、家に戻ろう。

 ソファに寝るなと叱られたからか、居間には布団が一組敷かれていた。そこを覗き込むと周防が上で眠っている傍で、彼の手を握りながら寄り添うようにして結城もすやすやと眠っていた。

 変な意味でないことはすぐに分かった。体の一部を接触させると一番効率よく魔力を他人に譲渡できる。それをやっていたらお腹いっぱいで眠くなってそのまま眠ってしまったのだろう。

 よく見るとうどんの食べかすを口元につけたままだった。

「ったく、こんなとこにお弁当つけて」

 苦笑しながら指でそれを拭い取ってやり、よく眠ってる二人を見ながら小さく笑う。

 ほんと、眠ってるときは二人とも歳相応というべきか、人間というか、怖くないというか。

「いいわね、男共は呑気でさ」

 なんて一人こぼしながら仕方ないので置手紙でもして帰ろうかと向きを変えた瞬間。


 がしっと、腕を何かに掴まれた。


 ホラー映画さながらの勢いに思わず「ひっ」と口から声を漏らしつつ、恐る恐る振り返る。

 とろんとした目でこちらを見上げている周防が、あたしの腕を引っ掴んでいた犯人だった。

「ちょっと、周防?」

「…………」

 しかし、特別何か言うわけでもなく、また布団の中に潜り込んでしまった。

「ちょ、すおーさん!?」

「……行かないで」

「え、なに急に気持ち悪い」

 そんなあたしのドン引き宣言も意に介した様子もなく、また周防がすやすやと寝息を立て始める。

 ふざけんな、と怒鳴り付けたいのを抑えながら渋々、その手をあたしの腕から外そうと試みる。

 ところが、さすがバイオレンス呪祖野郎、寝ぼけていてもあたしごときに振りほどけるほど優しくはない。

「うわ、何これ、握力つよ!? ちょ、離しなさいってば……! 穏やかに寝てんじゃねぇこのドS!」

 と、いくら言ったところで周防はちっとも起きようとはしなかった。

 この辺りで徐々にあたしにも諦めの気持ちが芽生え始めていて、浮かしかけていた腰を再度布団の上に落とすと溜め息を吐いた。

 魔法を使えば簡単に振りほどけるだろうが弱ってる相手に使うのもなんだか気が引ける。

 ただ三人で居たいだけ。周防は単純にそれだけなのだろう。

 それはきっと、あたしも、結城も同じだ。

 仕方なく体を横たえながらどうしたもんかと打開策を練ろうとしたものの、いざ横になってしまうと瞼が重い。

 圧しかかってくる重力に勝てそうにもない。視界を遮断しながら一、二時間で起きようと心に決め、ゆっくり意識を手放した。


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