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創造主な僕たちは華麗な日々しか創れない  作者: 黄昏月ナツメ
一学期:僕たちはまだ夢の中で。
1/36

Welcome!

 元々pixivの方に載せていたものなのですがこちらでも載せてしてほしいというお声をいただき、それなりに更新速度が安定してきたのでこっちにのっけることになりました。

 それは酷く唐突なことだった。

 一体どれほど昔のことで、一体どこまでが本当のことか。今となっては確認のしようもないがとにかくそれはそれは唐突で、滑稽なことだった。

 その頃からすでに世界にうんざりするほど溢れかえっていた人間という生き物は喜怒哀楽では収まりきらないほどの大量の感情を自分たちの中で処理してきた。

 そんな中で、ある日、自分だけでは処理できないほど大きな感情を抱えてしまった人間が現れた。

 人の感情という器を溢れた感情が積もりに積もり、あるときそれは、本当になんの前触れもなく、ただ純粋に他人を呪うためだけにこの世に具現化した。

 すると、まるでそれを皮切りにしたように次々と、処理しきれなかった感情が、絶望であれ、希望であれ、この世に姿を持って現れた。

 人を傷つけるものもいれば、人と生きようとするものもいる。そんな彼らはいつからか『呪祖』と名を与えられ、恐れ、怯え、時々愛されながらこの世に蔓延った。

 人から愛されるのならまだしも、傷つける方を野放しにするわけには行かず、呪祖たちを持て余していた神様はある特定の人間に自分の力をほんの少しだけ分け与えた。

 誰かの希望を創り、人々のルールや秩序を創っていく存在。そんな存在たちを人は『創造主』と呼んだ。

 創造主たちは数えきれないほどの呪祖を倒すでもなく、殺すでもなく、救うために数えきれないほど生まれた。そこに優劣が生まれるのも当然だった。

 人間という存在から逸脱して、本来神が果たすべき役割の一端を担う創造主たちはときに自分たちも呪祖を生みながらそれでも生き続けている。


「……とんでもない学級にやってきてしまったわ」

「人の顔見ながら変なこと言うなよ」

「あんたがいるからとんでもないのよ」


 この話は、そんないつだったかも分からないきっかけのせいでこんな日常しか創れなくなったほんの一握りの創造主の話である。

 とだけ、かっこつけて言ってみることにする。




 春休み明け最初の部活動、それを目的として長い廊下を歩いていた。

 人の笑い声が大きく響き、不揃いな楽器の音が上履きの小さな足音を掻き消した。

 ぱちぱちと我ながらわざとらしくまばたきしながら目的の扉の前で足を止め、カバンの中を探る。白塗りの引き戸に鍵を差し込む。かちりと音を立て、鍵が開く。

 鍵を指に引っかけたままもう片方の手で引き戸を横にスライドさせて、中に入った。

 ほんの数週間ぶりだというのに、どこか埃っぽい感じがして顔をしかめた。

 カバンをパイプ椅子の上に放り投げて、窓へ向かう。留め具を外し、一思いに窓を開くと生暖かい空気がこの季節独特の甘ったるい匂いと一緒に室内に入り込んできた。

 窓枠に手を掛け、身を乗り出しながら太陽の光を反射させ、薄桃色に輝く桜を見た。

 校門付近を包囲する桜の木の下をここ一週間ほど毎日通って来ていたが上から見ると印象がまた違う。一度くらい見られてよかった。

 肺を外の空気でいっぱいにしてから身を引こうとして、するりと何かが指から抜け落ちるような感覚にはっとした。

 しまった、鍵、持ちっ放し……。

 そう思ったときにはもう遅く、まるであたしをあざ笑うかのようにこの部屋の鍵が急降下していた。無駄だと分かっていながら手を伸ばして、虚空を掴んだ。

「あ、あ、ああー!」

 鍵が落ちて行ったであろう地面を見つめて、声にならない声をあげた。

 下に誰もいなくて、誰かに当たることがなかったのだけが不幸中の幸いだ。溜め息を吐きながらわしゃわしゃと自分の髪を掻き毟る。

 さっさと降りて回収に行くのが早いのは分かっているのだがそれは面倒だ。というかぶっちゃけ動きたくない。

 この場にいながらにして下に落ちてしまった鍵を回収する。そんな『魔法みたいなこと』ができるわけはない。


 ――そう、それが条理の通りに生きている『人間』なら。

 うんざりしながら鍵の落ちて行った方を指差す。


 瞬間、がちゃがちゃと金属がこすれ合う音がしてから目の前に長く伸び切った銀色の鎖がずいっと現れた。その先にはきちんと鍵を巻きつけている。

 手を差し出すと、絡みついていた鎖が離れ、鍵が手の中に収まる。ぎゅっと握りしめながらほっと息を吐いて「お疲れ様」と手を叩く。

 それを合図にして、銀色の光となって四散してからそのまま鎖が消えた。手の中に収まった鍵を見ながら苦笑する。

 呪祖の救済を目的として魔法の力を与えられた人間、俗にいう創造主の一種。それがこのあたしである。

 創造主と名乗るにはあまりにあたしは不純物が多いので区分として『魔女』を自称してはいる。


 外から聞こえてくる金属バットの音を聞いて、鍵は机の上に置いてから常備してあるペットボトルを拾い上げた。

 蓋をあけ、一リットルサイズのペットボトルに入った水を薬缶に注ぎ込んでからカセットコンロの火をつける。

 我ながら学校で何してるんだと思うがどうもこれがないことには落ち着かないのだ。はじめてこの部屋にやって来た日に強引に置いた食器棚の戸を開きながら目的のものを探す。

 目線の先では見つけられず、顔を上にあげると上段にきちんと目的だった缶が置かれている。背伸びしながら無理やり手を伸ばすも指先にわずかに触れるだけで手が届かない。

「ふぐ……んぐ、こんちきしょー!」

 妙な掛け声をかけながら一人で手を伸ばすもどう頑張っても身長が突然伸びることはない。

 小さく舌打ちしながら椅子を持ってこようか悩んでいるとすっと誰かの手がそこに伸びた。

 あたしの横に立ち、先ほどまで人が散々苦労していた場所にあったものをあっさりとりやがったそいつは完璧なまでにベージュのブレザーを着こなしてにっこりと柔和な笑みを浮かべながらこちらにそれを差し出した。

「はい。これでよかったですか?」

 缶を受け取りながら「ええ」と視線を逸らす。

「あんた、いたんだ」

 こちらの問いかけに彼は肩をすくめながら答えた。

「あなたが一人で格闘していたくらいから」

「悪かったわね、チビで」

「いいえ、とんでもない」

 にこにこと笑みを浮かべたままの彼を見ながら手元の缶を開く。

 彼の名は周防徹(すおうとおる)、あたしと同じこの高校の二年生だ。といっても実際、あたしが彼と同じ学級に所属したことは一度もない。いわゆる『クラスは一緒じゃないけど部活仲間だから仲がいいよ』という奴だった。

 それ以外であたしが彼を表現するとしたら『同族』である。それだけだ。

 人当たりがよく、いつも柔らかい笑顔を浮かべている美形男子。それが大体、大まかな彼の評価だろう。

 実質は、とある創造主の『理想』が具現化した姿。


 早い話、人と共存する方の呪祖なのだ。


 といっても人間とも創造主ともさして大差あるようには見えないし、それほど意識したこともない。本当に純粋に、あたしが出会った存在の中ではいい奴の部類に入る奴だと思ってる。

 缶の中に入っている茶葉をすり切りで計りながらティーポットに入れていると周防の方が不思議そうに問いかけてきた。

「相方はどうしたんですか?」

 わざとらしく首を傾げながら「さあねぇ」と缶を再び棚に戻す。


 一人で呪祖を相手にすることを避ける創造主は非常に多い。

 相手が感情である以上は自分一人だけではどうにもできないこともあるからだ。戦力、という場面においても二人以上で行動することで得られる利益は大きい。ソロでやっていくときの利益とコンビでやっていくときの利益の違いは歴然だ。だから相手さえいれば大抵の創造主はコンビを組みたがる。

 それはあたしも例外ではなく、一応相方、と呼べる存在が居なくはない。この部の部長でもあるそいつがまた曲者なわけだが。

「聞きましたよ、同じクラスなんですって?」

「三回くらい職員室に抗議に行ったけど取り合ってもらえなかったわ」

「またまた、本心では嬉しいんでしょう?」

「凄い発想の飛躍ね、あんた作家になれるわよ」

 不仲というわけではない。むしろ、他人から見れば充分に仲のいい部類だろう。ただ必要以上一緒に居たい相手ではない。それだけのことだ。

 パイプ椅子に腰かけながら周防は小さく溜め息を吐いた。

「でもなんだか、僕だけ仲間外れにされた気分です」

「そう? あんた去年あいつと同じクラスだったんだし、離れて清々してると思ってたわ。どーせ放課後毎日顔突き合せてるし。お昼だって一緒だし」

「それでも寂しいものは寂しいですよ。あなたともまだ一度も同じクラスになれていませんし」

 にっこり微笑まれ、なんだか気恥ずかしくて顔を背けた。

 薬缶の蓋をあけ、突っ込んだ温度計が目的の数値を示していたので火を消して、ティーポットに中の湯を注ぐ。注がれた湯の中で茶葉が踊り、鮮やかな色が広がっていく。

 砂時計をひっくり返して、息を吐く。

「はぁー」

「……紅茶淹れるときだけは本当幸せそうな顔してますよね」

「そうかしら?」

 茶葉が開き、やっと香りが立ち始める。

 思わずにやけそうになるのを抑えながらカップを三つ取り出して、薬缶に残っていた湯を入れ温める。

「で、そろそろ本当に教えてもらえませんか。彼がどうしていないのか」

「しつこい男は嫌われるわよ」

 ひらひらと手を軽く左右に振りながら渋々答えてやることにした。

「新学期早々やらかして捕まったわ」

「あなたも加担してると見ました」

「うん」

 あっさり頷くと頭を抱えられた。

「何したんですか」

「別に。二人で新学期早々呪祖退治に行ったはよかったけど大暴れしちゃってその責任を全部あいつに押し付けたとかは特にないわ」

「押し付けたんですか?」

「…………」

 無言で笑みを浮かべる以外なかった。

 呆れたように溜め息を吐いた周防は「怒ってるでしょう」

「げきおこ」

「……今度こそ首が飛んでも知りませんよ」

「あいつに打ち首にされるならそれはそれで本望だけどね」

 苦笑しながらさらさらと落ちていく砂を黙って見つめているとがらりと乱暴に扉が開かれた。……凄く嫌な予感がする。

 無理やり笑みを貼り付けながら扉の方に振り返る。大丈夫、女はわらってりゃなんとかなる。

「あら、思ったより早か」

「この恨みはらさいでかー!」

 ぎゅん、と風を切って飛んできた何かが顔面に直撃する。

「ふぎゃ!」

 間抜けな声をあげ、床に倒れ込んでからそれが通学カバンだということにはじめて気が付いた。

 痛みのあまり、小刻みに体が震え、本能的に身を丸めながらひとまず声をあげる。

「顔面にぃ、顔面にカバンがぁ……! 教科書の角っこのとこが人中にあたったぁ、超いてぇ……!」

 そんなあたしなぞ知ったこっちゃないとばかりにかつかつとこちらに歩み寄ってきた犯人はしゃがみ込んであたしの顔を不機嫌そうに覗き込んだ。

「自業自得だ」

「なんでだよ!」

「むしろそう言いたかったのは俺だ馬鹿!」

 カバンを拾い上げ、ぱんぱんと払いながら「俺は凄く優しいから今日はこのへんにしておいてやる。感謝しろ」


 このカバン投げ犯、またの名を東雲結城(しののめゆうき)が現状のあたしの相方である。新学期早々やった呪祖退治の被害責任を転嫁した相手でもある。

 中学の頃からの連れである彼は正真正銘、創造主である。創造主と言ってもやっぱりこれにも二種類くらいあって、生まれつき創造主の者もいれば、成長途中で力を得るものもいる。あたしは後者だが結城は前者である。

 それも、極々普通の創造主としての能力しか持ちえないあたしと違って結城は百年に一度、生まれるか生まれないかのレベルの『天才』と呼ばれるタイプでまさになるべくして創造主になった。そういう男だった。

 非常に鼻持ちならないのは本当です。


「ばーかばーか」

 精一杯の抵抗として呟けばカバンを構えて、結城が引きつった笑みを浮かべる。

「ほほう、もう一発喰らいたいと」

「うわぁああん暴力だぁああいじめだぁ! 学校社会の闇だぁー!」

 じたばた手足を動かしながら頭を抱える。

 少し沈黙が流れてからがっくりと肩を落とすあいつが視界に入った。まったく、とぶつぶつ言いながら椅子の上で体育座りした結城は小声で呟く。

「お前はさ、いつもそうやって俺にばっかり押し付ける割に大事なことはだんまりだし、信頼されてるんだかされてないんだかだし、今日という今日は絶対許さないし」

「うわ、めんどくせ」

 立ち上がりながらつい本音の感想を述べるとこほんと、周防に咳払いされた。分かっているならさっさと対処しろ。大方言いたいことはこうだろう。

 手を叩く。テーブルの上に現れた白い箱を開けながら「分かった、分かったってあたしが悪かったわよ」と謝罪の言葉を口にする。相手はあたしからつん、と視線を逸らし、頬を膨らませた。

「そう言っていつも反省してない」

「あんたがいい奴だからついつい頼っちゃうのよ。お願い、許して」

「やだ」

 くそ、可愛い女の子相手ならともかく男にやられると超ムカつく……。

「機嫌直してよ。ほら、今日あんたが食べたがってたサントノーレ用意したから。ね、仲良く食べましょう?」

 ぴくっと結城がこちらに顔を向けた。

 言葉の通り、箱の中に入っていたシュー生地にクリームが絞られ、縁がミニシューで飾り付けられたケーキを示してみるとぱぁっと結城の顔が輝いた。

 が、それも一瞬ですぐにぶんぶんと首を左右に振る。

「お、俺はケーキごときで意思を曲げるような安い男じゃないし! いらないし! お嬢嫌い!」

 青筋が浮かび上がっているのではないだろうかと思ってしまった。

 ちなみに、特筆すべきことでもないかもしれないがお嬢というのはあたしのことである。いつの間にか、浸透してしまったあだ名なのだが特にあたしは金持ちの家の娘でもない。何を持ってこのあだ名がついたのかは謎である。

「ふーん、そっか、残念」

 包丁で切り分けながら一切れを皿の上にのせる。

 フォークで一口大にしてからそれをそのまま結城の前に差し出す。

「ほれほれ」

「…………」

 憎々しげにあたしから差し出されるケーキとあたしを見比べてからやがて結城はぱくんとそれに食いついた。

 口に合ったようで一瞬だけ情けないくらい幸せそうな表情を浮かべてからぱっとあたしの手からケーキの皿をふんだくって視線を逸らした。

「こ、今回だけだからな!」

「はいはい。美味しい?」

「超うまいですごめんお嬢大好き」

「あんた、ほんと簡単でいいわね。今、紅茶淹れてあげるから」

 仲直り完了したのでまぁ、よしとする。

 ティーポットからカップに紅茶を注ぎながら、「あ、ごめん周防。ケーキ自分でやってくれる? ついでにあたしの分も」了解です、との返答。

 紅茶の香りが部屋いっぱい広がる。ああ、やっぱりこの瞬間が一番幸せかもしれない。

 三人分の紅茶を並べるとあたしもやっとパイプ椅子に腰を下ろし、ふぅ、と一息。

「まぁ、そんなわけで部員も揃ったわけだけど今日はどうするわけ?」

 カップを傾けながら首を傾げた。

 前述した通り、あたしたちはここに部活動にきている。といっても、これまた奇怪な部活動である。




 その名も『魔法行使による生徒の生活扶助を目的とする生徒支援を活動内容とした部活動』。もっともこんな長ったらしい部活動名を律儀に口に出す生徒など一人もおらず、通称として『魔法屋』と呼ばれている。

 建前上の具体的な活動内容は学校内におけるトラブルを魔法を使うことによって迅速かつ適切に処理すること。魔法の力を使う学校内の何でも屋、という説明が一番しっくりくるかもしれない。

 最終目的は生徒のトラブルを解決することで一人でも呪祖を生む生徒を減らすことと万が一呪祖が現れた場合において、素早く対応できるようにするための部活動である。

 部長の結城と副部長のあたし、それから会計の周防。たった三人だけで編成された学校内で大活躍するかっこいい集団なのである!


 なんていう事実はなく、実際は依頼者が来なければケーキと紅茶を味わいながら雑談するだけという一体なんのために存在しているのか分からない酷い部活である。別に部費は貰ってないので勘弁して欲しい。


 そんな自覚があるのかないのか、どこか申し訳なさそうに結城が告げる。

「相談者が来なかったら俺ら何もできないです」

「うん、知ってた」

 ケーキを口に運びながらあっさり返す。んで、今日もその相談者は来る気配なさそうである。

「まーいいんじゃないいつも通りやってれば。雑用でこき使われるのも嫌だし」

「そうだけどさぁ……あ、ケーキおかわり」

「自分でやりなさいよ」

 とか言いながらも彼の皿にケーキを盛ってしまうのは性なのか。

「新学期早々これでいいのかねー俺ら」

「そう言うなら少しは自分から相談探しでもしてみたらどうですか?」

「周防がいつになく手厳しい……」

 むっと顔を歪める結城に周防がくすりと笑みを浮かべた。

「まぁ、僕としては東雲くんと放課後こうやって過ごせるのが一番楽しいですけどね」

「うんごめんお前ちょっと離れて距離が近い」

「つーかさりげなーくあたしを排除したわねこいつぅ」

「僕としては東雲くんがいれば」

「うわーさすがにその発言は鋼鉄のハートを持ったあたしでも傷つくわー」

 ぎぃ、と椅子を傾けながらけらけら笑う。

「あんたの冗談にしては面白い部類じゃない?」

「え? あ、ああ、そうですね」

 困惑した風な返答に顔をしかめる。

「え、何本気だったのあんた。とりあえず本気であたし泣いていいかしら?」

 顔を覆いながらわざとらしく嗚咽をあげる。ここまでテンプレ。

 すぐに嘘泣きをやめてカップを持ち上げる。

「あたしとしては別に率先して呪祖退治したいわけじゃないけどね。自分に害がないなら放っておきたいくらいだし」

「創造主としての怠慢だ」

 むすくれた相方に「いいわよ、怠慢で。あたし魔女だし」と捻くれた回答を出しておく。あたしの答えにさらに不満げな彼はバンバンと机を叩いた。

「そーゆー不真面目なの東雲くんよくないと思います!」

「そう。じゃあコンビ解消しましょう」

「……解消したらお前俺に紅茶もケーキもくれなくなるだろ」

「うん」

 至極当たり前のことを聞かれたので至極当たり前の答えを述べると「鬼ー悪魔ー魔女ー」と奴が突っ伏した。

「鬼でも悪魔でもいいわよ、この際。あんたのお人よしが過ぎるだけなんだから。あ、周防、紅茶おかわりいる?」

「いただきます」

 空になった周防のカップに紅茶のおかわりを注ぐ。

 ついでに自分の分も注ぎ足してから二つ目のケーキを皿の上にのせる。

「たまの憂さ晴らしくらいがいいのよ」

「自分の使命まで自分のためにしか使わないなんてあなたらしいですね」

「そこに痺れるし、憧れるでしょ?」

「いいえ、ちっとも」

「……そう」

 極々自然に出てきた今の周防の返答の方がよほど心に来るものがあった気がする。

 ちまちまと紅茶をすすって、傷心を誤魔化していると「でもさ」と結城。

「お前マジで呪祖退治でもしないと自分から動こうとしないんだから毎日ケーキなんて食ってるとすぐ太るぞ」

 次の瞬間、あたしの鎖が結城を宙吊りにしたことはもはや言うべきでもないことである。

 優雅に紅茶をすすってから傍に置いてあったケーキをすすすと自分から離して、にっこり笑顔を浮かべる。

「え? なんだって?」

「告白されたときのラブコメの主人公みたいなこと言ってるけど絶対聞こえてた上にめちゃくちゃ怒ってらっしゃる!」

「なんだって?」

「それしか言わない気か!」

 うがーと宙吊りにされながら暴れる天才を見てカバンからルーズリーフと油性ペンを取り出す。

「か、勘違いしないでよね! べ、別に何も食べなくっても大丈夫だけどあ、え、て、色々美味しいものを食べることでやる気出してるだけなんだからね!」

「そして体重だけが増えると」

「ワタシ、ムズカシイニホンゴワカンナイヨ、ホントダヨ」

 怒りに声が震えていたような気がするがきっと気のせいだと言い聞かせて油性ペンで『反省中』と書いた紙を貼り付けて謎の達成感を味わっておく。

「ね、ねぇ……? そろそろ頭に血が上って来たやばい、死ぬかもしれない」

「おう死ね」

「なんだよそれー! 人でなしー!」

「そうね、もうあたしは人間じゃないわ。あんたもね」

「かっこついてねーよ! 全然かっこついてねーよ! 髪ふぁさってすんな! ちきしょう女みたいに髪からいい匂いさせやがって! いいトリートメント使ってんな!」

「あんたの相方は女よ、ありがとう!」

 何をやってるんだろう。

 頭に血が上るのはさすがにあれなのか腹筋をフルに使いながら「うあああ辛い」とかなんとか言って上半身を無理やり起こしている。

「筋肉痛になりそう」

「誰のせいだと思ってるんだ!」

「自業自得でしょ」

「ほんとのことしか言ってないのに八つ当たりだ!」

「時にはね、知らなくてもいい真実っていうのもあり得るのよ」

 ぷるぷる震えながらなんとか耐えていたようだがそれもすぐに限界がきたようで再びだらんと宙吊りになった。

 そこにきて今まで沈黙を保っていた周防がようやく口を開いた。

「ところで二人とも」

「何よ?」

「ん?」

「お客さんです」

 ぴたっと二人して固まってから入口の方へ視線を向ける。

 開かれた扉の前には小刻みに震えながらこの光景を眺めていた深緑のワンピース型制服――うちの女子指定服――を着た女が居た。リボンの色が黒だということは多分一年生だ。

 彼女はおろおろとあたしや結城の間で視線を泳がせてから「えっと」と一歩後ずさった。

「ま、間違えました! ししし失礼します!」

 がららと音を立て、扉がしまろうとする。

 間一髪のところでようやく硬直が解け、慌てて扉の方に駆け寄るとその手を掴む。

「ひっ!」

「間違えてない! あなた多分間違えてないと思うわ! 大正解だと思う!」

「た、助けてぇ! 宙吊りにされるぅ!」

「しない! しないから! 相談があって来たんでしょう!? 紅茶とケーキ出すから!」

「誘拐犯だぁー!」

「誤解よぉ!」

 ああ、本当、あたし何やってるんだろう。




 どうにかこうにかケーキを紅茶を出してやった頃には後輩はなんとか落ち着きを取り戻していたようだった。

 一口紅茶を口に含んでから「あ」と幸せそうな笑みを浮かべた。

「美味しい……」

「本当? 口に合ってよかった」

「私、こんな美味しい紅茶はじめてかも」

 感動したように告げる彼女にひらひらと手を振る。

「やーね大げさ。たかが趣味の範疇よ、これくらいやり方さえ分かれば誰でも淹れられるわ」

「ほえ」

 彼女は嬉しそうにカップを持ったまま「あのぅ」となぜか申し訳なさげにこちらを見上げた。

「何かしら?」

「あそこの人、放っておいてもいいんですか?」

 指差された先は、宙吊りにされたままのあたしの相方だった。

「ああ、忘れてたわ」

「わすれ……!?」

「気にしないでいつものことだから」

「バイオレンス……!」

 後輩がよく分からないことを言っているがひとまずぱんぱんと手を叩いて鎖を消滅させる。

 どさっと鈍い音を立てて奴の体が地面に叩き付けられた。

「周防、そいつ、まだ生きてる?」

「はい」

「そう、ならいいわ」

「いいわけあるかドアホー!」

 再び飛んできたカバンがまたしても顔面に直撃してまたその場に蹲る。

「うおおお……! く、あ、あたしは暴力での支配になんて屈しない!」

「うるさい」

 ぴしゃりと言い放ってから結城は「ああ、っと。ごめん、あんまり気にしないで欲しいんだけど」と笑った。

「は、はぁ」

「とりあえず知ってると思うけど自己紹介させてもらおうかな。部長の東雲です、こっちが周防」

「どうも」

「あ、はい! どうも」

 恭しく頭を下げる周防に慌てて倣う後輩はあたしを見て「えと、じゃあ、こっちが」

「うん、多分みんながお嬢って呼んでる奴」

「どーしてそのあだ名が浸透してるのかしらね」

 頭を押さえながら起き上がって「よろしくね」とだけ告げる。慌てた様子で頭を下げてから彼女は自分も名乗るべきだということに気付いたのか小さな声で名を告げた。

「えと、一年の駒野瑠璃子(こまのるりこ)です」

 そう名乗った後輩駒野さんに「それで」と結城が首を傾げた。

「今日は、なんの用事、かな」

「……人を探して欲しいんです」

 いつからうちの部は探偵事務所もどきになったんだ。

 なんてツッコむのも野暮なので腕を組みながら話に耳を傾ける。

「昔、凄く落ち込んでいたときにたまたま公園で会った人に声をかけてもらって、それが凄く嬉しくて、励みになって、多分ここの生徒の、先輩のはずなんですけど」

「会ってどうしたいの?」

 問いかけてみると彼女は少し躊躇ってから小さく答えた。

「お礼が、一言お礼が言えればそれで」

「本当に?」

「え?」

 不思議そうにあたしを見上げる彼女に「いえ、なんでもないわ。忘れてちょうだい」と手をひらひら振る。

 馬鹿馬鹿しい。別に彼女がどうしようがあたしには関係ない。

「それで、あの、友達からここの話を聞いて、お二人は特待生だって聞いて」

 そう言ってあたしと結城を見比べる彼女。

 そんな駒野さんにああ、そういえばそんなもんだったなぁとあたし。


 私立エール霧雨(きりさめ)学園。表向きは進学校で推薦された生徒でもなかなか入学できないと噂の高校。

 実情は人間ではありえない力を持った生徒、及びその関係者のみを入学させ、独自の教育を施す一種の人外学校である。

 そんな精鋭たちの集う人外学校の中でも各学年の中でたった三人だけ特待生というものが存在する。

 学校側から入学を頼み込む指定特待生枠、推薦入試時に主席生徒に権利が与えられる推薦特待生枠、一般入試時の主席生徒に与えられる入試特待生枠。

 特待生三名には学費免除だけでなくあらゆる場面で学園側からフォローを受けることができる。この部活もある意味特待生が二人いるから成り立っているようなもんだ。

 あたしはその特異性から指定特待生としてこの学園に迎え入れられ、結城は人の知らないところで推薦生として受験して、能力の高さからあっさり主席をゲットして特待生として入学した。

 特待生だからといって強いとは限らないのだが、と苦笑しておく。

「それじゃ、分かる範囲でいいからその人のこと教えて貰っても?」

「はい!」

 結城の言葉に嬉しそうに微笑む彼女を見て、なぜから溜め息が漏れた。




「乗り気じゃないなら降りてもいいんですよ」

 駒野さんがいなくなった途端、周防の口から出た言葉はそれだった。

 眉を寄せながら「そういうわけじゃないわ」と髪を振り払う。

「ただあたしのゴーストが面倒になるって囁いてるのよ」

「面倒って? 別に人を探すだけじゃん。呪祖が絡むわけでもないだろうし」

 結城の言葉に「だからあんたは馬鹿なのよ」と立ち上がる。

「理不尽な」

「もう少し賢くなるのを勧めるわ」

 それだけ言ってぱんぱんと手を叩く。

 わっと現れたのは鎖ではなく、薄く輝く蝶々たちだった。あたしが魔力で生み出すことのできる手下たちだった。

 そのうちの一匹が指に止まる。

「一号、他の連中に伝えなさい。人を探せって」

「合点!」

 頭の中に直接響き声が了承してくれたので小さく笑いながら「それじゃあ」ともう片方の手を振り上げる。

「はい解散! 成果があれば逐一報告!」

 振り上げた手を振り下ろすと同時にわっと蝶が飛び去って行く。

 散り散りに飛び去って行く蝶たちを眺めながら「それじゃあたしも行くわ」とカバンを拾い上げる。

「ん、とりあえず結果報告は明日昼休みに飯食いながらやろう。周防も」

「了解です」

 三人で顔を見合わせてからひとまず部室から出てみた。


 特に当てがあったわけではない。適当に歩き回っていれば伝えられた特徴の生徒に出会えるのではないだろうかとちらと思っただけだ。

 第一、見つけられたとしても実際本人かどうかなんてことは最終的には駒野さん自身に確認して貰わなければどうにもならないわけで。

 面倒だ。実に面倒くさい活動だ。一人で動き回れる分、まだ気楽だと思うべきだろうか。

 ふらふらと校内を彷徨っていたらうっかり図書室の前に立っていた。いたらいいなぁ、という願望を込めつつ扉を開くと同時に「うわ!?」と声が上がった。その大げさなまでに驚いた声にこっちまで肩を跳ね上がらせた。

「ご、ごめんなさい驚かせるつもりはなかったのよ」

「い、いや私もタイミング悪かったっつーか」

 と、そこまで言いかけてから「あ、なぁんだお嬢じゃん」と安堵した声が鼓膜を揺らす。

 そこではじめて相手の顔を見上げると「あら」と口元に手を当てる。

美里(みさと)さん、どうしたの?」

 黒い髪をサイドで一つ結びにした人のよさそうな笑顔を浮かべる知人に首を傾げた。

 蒼井(あおい)美里、結城や一応あたしと同じ創造主で生徒会の本部役員でもある。曲者だらけのうちの学園の生徒会役員の中で唯一無二の良心でもある。

 眩しいくらいの笑顔を浮かべながら美里さんは「ちょっち雑用」と手元の本の山を示した。

「大変ね」

「んまー好きでやってるし。そっちは? サボり?」

「あーこれでも一応部活なのよ」

 頭を抱えてると「あ、相談者来たんだ」

「まぁね。ただどーも面倒事になりそうなのよ」

「ほほう?」

 興味深そうにあたしの顔を覗き込んでから美里さんはひとまず扉の抜けてから「なになに? 全身ぬめぬめのウナギ人間が相談しにきたとか?」

「いくらうちの学校だってウナギ人間はとらないでしょ」

「そうかなぁ」

 むぅと面白くなさそうに顔を歪めた彼女は「悪くない案だと思ったんだけどな、ウナギ人間の逆襲」

「逆襲?」

「うん。『よくも我ら一族たちを三枚に下ろしてかば焼きにしてくれたなー!』って」

「わーお」

「で、辛くも勝利するというわけよ。『ククク、愚かな……我はまだウナギ人間四天王最弱の存在……我を倒しただけで安心するではない創造主共……!』って」

「なんてありがちな設定……明らかに気持ち悪そうなのがあと三人もいるのかぁ」

 しみじみ呟くと美里さんがくすくす笑う。

「でもま、お宅の部長さんがいれば何が出ても負けそうにないけどね」

「それは否定しないわ」

 苦笑すると「あれだもんなぁ、ゆーきはRPGとかで一人だけ異常に個体値高くて『こいつだけでいいんじゃないかな』とか言われるタイプだもんね」

「あれの相方してると色々ぶっ壊れるわ。主に価値観が」

 はっはっは、とあたしの悩みと楽しそうに笑い飛ばした美里さんはさて、と手元の本を持ち直した。

「そろそろ蒼井さんは生徒会室に戻るよ。うちの副会長殿が怒る前にさ」

「あら、引き留めてごめんなさいね。副会長には死ねって言ってたってよろしく伝えておいて」

「やーよ、喧嘩ふっかけないでちょーだい」

 けらけら笑いながらじゃね、と美里さんは歩いて行ってしまった。

 その後ろ姿に手を振りながら図書室に乗り込んだ。




 自分の相方がとんでもない化け物だ。そう言われるのにももう慣れた。その自覚もある。

 とんでもない化け物の横に立っているのがあたしである意味を未だに理解できずにはいるけれど。

 図書館をあとにして再び廊下を歩いていると「おや」と数十分前に別れた友人の声が聞こえてきた。

「あら」

「その様子だともうすでに図書館は回ったようですね」

「ええ。ただの徒労だったわ」

 肩を押さえながらわざとらしく私疲れてますよアピール。

「それは残念でした」とさして残念でもなさげに告げる周防に肩をすくめる。

「そっちは?」

「ひとまず色んな部室に回ってみましたけどこれといったものは。トーテムポールは押し付けられましたが」

「……なぜにトーテムポール」

 すっと差し出された縦長の人形を受けとりながら顔をしかめる。

「それで、せっかく二人っきりになれたんですし、いい加減教えて貰えますか」

「何が? あたし目玉焼きは半熟の塩派だけど」

「そうですか、僕は堅焼きの醤油です」

「……これは戦争をはじめないといけないようね」

 トーテムポールを突き出しながら敵を睨み付けると彼は困ったように笑うだけだった。

「和解しません?」

「さあ、どうしようかしら」

「それより、そろそろ本題に――」

「やあ、僕の名前はトーテムポコポコポー子」

 トーテムポールを適当に動かしながら裏声で言ってみると不意打ちに「ごふっ」と吹き出してから口元を押さえて、周防はふるふる震えている。

 なんとなく面白いので顔の横に人形をうろうろさせながら追撃。

「僕に聞きたいことがあるんだってね、なんでも答えてみせるよ」

「び、微妙に語尾あが……ちょ、ほんとつら、おなかいた、ふふ」

「あ、ごめんまさかそんなツボに入ると思ってなかった」

 地声に戻して割と苦しそうな周防の背中をぽんぽんと叩く。

「そ、それより、あの」

「いいわよ無理しなくて、とりあえず落ち着きなさい。うん、徹くん深呼吸」

 まだ声を震わせている彼に逆に申し訳なくなってきた。

 ようやく息が整った周防は「で?」と首を傾げるだけだった。大方、自分が聞きたいことをこっちが理解してると分かったんだろう。

 答えるのが面倒でもう一度トーテムポールをやってこの場から逃げようかとも思ったがどうせ明日の昼には絶対に会わなければならないので口を開いた。

「何が?」

 そうすっとぼけるのが精一杯だった。

 溜め息交じりに彼がやっと(逸らしていたのはあたしだけど)本題を切り出した。

「あなたの心配の理由を教えて頂けたらと」

「桜が綺麗ねー」

「そのあからさまな話題逸らしいい加減やめません?」

「人間の感情は一色じゃないからなーって思って」

 ぼそりと、やっと回答らしいことを口にした。

「本人にすら分からないところでどす黒いもんが蓄積してたりするからさ。だから始末に悪い」

「彼女がそうだと?」

「どうだろう。ただ呪祖は一種のエゴの塊だからさ。あんたも含めて」

 自分勝手な想いや思想、それに反して上手くいかない世の中への怒りやもどかしさ。どんな呪祖でも少なからずエゴを含む。

「耳の痛い話です」

 苦笑する周防に「かもね」とだけ返す。

「あたしたちの仕事はさ、悪い呪祖をサーチアンドデストロイすることだけどそのエゴを受け止めることにもまた意味があるんじゃないかなぁって」

 もっとも、全てを受け止められるほどの器の大きさはあたしにはない。

 じっとあたしを見つめていた周防がはは、と力なく笑う。

「また話を逸らす」

「あ、バレちった?」

 てへと誤魔化す。

「可愛くないですよ」

「少しくらい優しい世辞を交えるという高等テクニックは使えないわけ?」

「僕は自分に嘘が吐けないので」

「面白い、殺すのは最後にしてやるわ」

 ばさっと髪を振り払うと「あんたは結局どうなのよ。悪い奴かいい奴かで言えば」

 そっとあたしに背を向けた彼は淡々と告げた。

「桜が綺麗ですね」

「……そーですね」




 翌日、眠気に勝てず授業中に夢の世界へと旅立ったあたしを引き戻したのは学校の無機質なチャイムの音と迫りくる空腹感だった。

 まだ重たい目を擦りながら顔をあげると相方が目の前で「よ」と片手をあげていた。

「……おやすみなさい」

「あ、こら!」

 むにーと両頬を引っ張られて無理やり起こされた。

「ひゃにふんのひょ」

「部室行こうぜ。お昼食べよ」

「ひょんなくひょきもんくひゃあひゃひはおひないひゃ」

「いいから」

「いひゃいいひゃい!」

 べしべしと手を叩いてようやく解放された頬を押さえながら渋々立ち上がる。

 カバンを肩に引っかけて、廊下に出ると購買へ急ぐ生徒たちの多さにうんざりするくらいだった。

 ふわぁと小さく欠伸をすると呆れたように笑われた。

「まだ眠いのかよ、散々寝ておいて」

「仕方ないじゃない、数学つまんないし」

 ぐぐーっと背伸びしながら「人間の三大欲求って奴。欲望に素直に生きてるの」

「お前なぁ」

「いい? 結城。あたしはね、自分の欲望の前だったら友の屍も越えていける感じなのよ」

「そこまで行くといっそ清々しいな」

 結城は頭を抱えてからあたしの額を小突いた。

「つーか、だからって授業は受けとけよ」

「大丈夫、あんたにノート見せてもらうから」

「やっぱりな」

 引き気味の結城ににっと笑いかける。

「どーせ今年もあんた古典でボロクソになるの分かってるんだからあたしに頼る以外ないのよ。恩は売っときなさい」

「それ言われると反論できねーわ、ほんと」

 溜め息を吐かれて、ノートを借りることのできる相手はできたと安心してみる。

 彼の顔を見上げながら小さく問いかける。

「ていうか、あんた、また身長伸びた?」

「あ? どうだろ。あんま考えてなかったや。つーかお前こそ縮んだ?」

「まーた吊るし上げの刑に処されたいのかしら、この子は」

 苛立ちを一生懸命抑え込みながらあーあ、と声をこぼす。

「中一の頃は大して違わなかったのになぁ」

「あ、そういえばそうだっけ」

 同じ目線の高さだった筈なのに、気付けば見上げなければ目と目を合わせて会話ができなくなっていた。

 頬に手を当てたまま、はぁ、と息を吐く。

「大きくなるのは体ばっかりね」

「お前は俺のお母さんか」

「……これが成長期の息子に対する喜びと寂しさの混じった複雑な親心、か」

「そう、寂しがってくれて嬉しいよ母さん」

 いつも通り、くだらないやり取りをこなしつつ一面がガラス張りの校舎と部室棟を繋ぐ渡り廊下を歩く。校門の方がよく見える。

 思わず足を止めていると「ふーん」となぜか興味深そうに結城がこちらを覗き込む。

「何よ」

「いや、お前も桜の花を見るとさすがに綺麗とか思ったりするんだなと」

「風情があっていいじゃない、桜。好きよ、あたしは」

 再び歩き出すとそのあとを黙って結城がついてくる。先に行ってればいいものを変なところ律儀なんだから。

「綺麗だけど儚いよな、桜」

「そうね」

 美しい花を満開に咲かせて、すぐに散って行ってしまう。まさに諸行無常。人生を投影される対象になるのもなんとなく頷ける。

 各々の部室を抜けながら自分たちの部室に着くや扉に手を掛け、一思いに開く。室内にはすでに先客がいたようで「どうも」と周防に軽く頭を下げられた。

「ん」

「おっす」

 適当に返事しながら椅子に座ると机の上に置いてあったカップ麺の容器を引き寄せる。

 緑基調の容器にはでかでかと『グリンピースラーメン』というなんとコメントしたらいいのか微妙な名前がプリントされている。

 じっと眺めているとひょいと周防に取り上げられた。

「何それ」

「コンビニで売ってたので買ってみました」

「……あんたも好きよね、そういうカップ麺」

 かりかりと爪で周りのビニールを剥がしていた周防が薄く笑う。

 カセットコンロで火にかけられていた薬缶がぴーと鳴く。蓋を開けられた容器に熱湯が注がれていく様を見つつ、カバンの中からピンク色の包みを取り出してぽんと机の上に置いた。

 母親の手作りだったりしたら今日の中身はなんだろうかと思いを馳せることもできるのだが生憎、むしろ母親の弁当を作ってやってる状態なので中身に関するワクワクはない。するすると結び目を解いて、二段弁当を一段ずつに解体する。

 冷めた白米を口に放り込みながら深々溜め息を吐く。

「あー、人の作ったお弁当食べたい……」

「いいじゃん、自作弁当。好きなの入れられてさ」

 そりゃ作る側じゃないから言える台詞だ。

 そう言ってやろうと顔をあげるとなぜかあたしの相方は弁当の蓋を開いて硬直したっきりだった。

 黙って、弁当の蓋を閉じた相方はブレザーのポケットからスマフォを取り出して、少し操作してから机に突っ伏した。何が起こったのか理解できず問いかける。

「え、なに、どしたの」

「やられた……」

 弱々しい声と共に差し出されたスマフォを見る。

 メール画面が表示されている液晶には母と書かれた差出人の下に『職場に差し入れる予定のきんぴらごぼうと結城のお弁当の中身入れ間違えちゃった』と書かれている。

 まさか、と恐る恐る結城の弁当の蓋を外してみるときんぴらごぼうがこれでもかとばかりに詰め込まれている。

「なんでだよ……なんで息子の弁当箱にきんぴらごぼう詰めてる時点で違和感覚えなかったんだよ……」

「……とりあえず、きんぴらごぼうだけなのはさすがにあれだからはい」

 ひっくり返して置いた蓋の上に自分の弁当箱から卵焼きと肉巻豆腐だけ置く。

「味の保証はしないけど」

「お前は心底できる相方だよ」

「あんた食い物関係でしかあたしに感謝しないわねほんと」

 お礼に、ときんぴらごぼうを受け取りながら呑気にカップ麺をすすっていた周防に「で?」と視線を向ける。

「どんなよ、グリンピース」

「一口食べますか?」

 差し出されて、少し躊躇してから好奇心には勝てずに容器を受け取って一口すする。

 それから口の中に広がる独特の豆臭さに顔をしかめながら思わず叫ぶ。

「うわ、思ったよりグリンピースねこれ」

「思ったよりグリンピースでした」

「え、何それ」

 興味深そうな結城にはい、と容器を差し出す周防。

 やっぱり少し躊躇ってから一口すすって「あ」と声を漏らす。

「思ったよりグリンピースだわこれ」

「うん、そうなのよ思ったよりグリンピースだったのよこれ」

 グリンピースすぎて反応に困るほどだ。

 自分の手元に帰ってきた容器の中にある麺を一気にすする周防を見ながら「って、違った今はグリンピースの話じゃないわ」と頭を抱える。

「あれよ、あれ、探し人どうなったの」

「見つからなかった」

「全然見つかりませんでした」

「そう。うん、まぁ、あたしもなんだけどね」

 箸で一口に切り分けた卵焼きを口に運ぶ。甘い。

「って、あれこれで終わり!?」

 結城の声にきょとんとしながら頷く。

「逆にあとどうしようがあるってのよ」

「そ、そりゃあ、ないけど」

「あたしたちは呪祖を見つけるのは得意でも人探しは苦手だということが証明された。それだけのことよ」

 だからどうということもないのだけど。

 いっそ、これが正解だったんじゃないだろうかとちらと思ってしまった自分がいるのがなんともムカつく話である。

「で、でもほらやっぱり引き受けた以上は無責任になんの成果も得られませんでした! ってわけにはいかんだろ?」

「いいんじゃないそれでも。所詮学校の部活動よ」

「お前……さてはめんどくさいんだな」

「何を今さら」

 けらけらと笑って返すと溜め息を吐かれた。

 それでいい。このまま終わってくれればそれで――


「し、失礼しまーす」


 控えめなノックの音と共にこっそりとこちらを覗き込んでいたのはまさに噂の人、駒野さんだった。

 箸を揃えて、置いてから「ああ、今ちょうど話をしようと」と口を開きかけるとがばっと彼女が頭を下げた。

「は?」

「ありがとうございました! あの、実は、たまたま再会でき、て」

 申し訳なさそうな彼女の言葉に、舌打ちの一つでもかましてやりたくなった。

 けれどそこまで性格悪くなれそうにもないので精一杯の作り笑いを浮かべる。

「そう、よかったわね」

「はい! お手数おかけして」

「いいわ、別に。でもまたなんで?」

「それがバドミントン部の仮入部に行ったらたまたま先輩がいて、私のこともちゃんと覚えててくれて」

 頬を桜色に染めながら恥ずかしそうに俯く彼女に「へぇ?」とだけ返す。それだけで精一杯。

 これ以上、自分の性格の悪さを露呈するのも嫌だったので「バトンタッチ」とだけ小声で結城に告げる。

 何やら、やたら楽しそうな会話の内容を聞き流しながらさてどうしたものかと残りの弁当を平らげた。




 グラウンドの傍に植えられた桜の木はそれなりの年月この場にいたのか、枝を大きく広げながらその端々に桜の花をつけていた。

 しっかりとした幹は人一人が座っても支障はなさそうだ。現にこうして腰を据えても特に問題はない。

 太陽を透かした桜の花びらがひらひらと風に舞う。淡い桃色の花びらが指先に落ちて、そんなあたしの周りには蝶が飛んでいる。なんと春らしい光景であろうことか。

「お前、部活サボってなーにやってんだそんなとこで」

 美しい春の情景に思いを馳せながら現実逃避を試みていたあたしを無理やり現実に引き戻したのは相方の声だった。

 すぐ近くの校舎の窓からひょっこり顔を出しながら呆れたようにこちらを見ている。

「今日は部活休むわ部長」

「欠席理由は?」

「お腹痛い」

「嘘吐け」

「部長の顔を見たくない」

「何気に傷つく理由を選択しないでくれよ」

 ふん、と鼻で笑うだけに留めておいた。

 それが面白くなかったのか彼は部室に行く様子もなく、こちらを眺めている。

「で? 何してんの?」

「暇潰し」

 そう答えてやってからグラウンドの隅の方を指差した。

「はいちゅーもく。あそこにいるの、バド部の二年城ヶ(じょうがさき)くんです」

「ん?」

「学年内からは誰の話でも聞いてあげて、優しくっていい奴って認識が広まってるなんだかんだで結城とは大違いのモテ男さんです」

「余計な世話だ」

 むっと顔をしかめる相方に笑いかけながら「でも城ヶ崎って彼女いるのよ。マネージャー」

「で? もったいぶらずに教えてくれよ、何が言いたい」

「女心ってのは大体馬鹿で鬱陶しくてイタい悲劇のヒロインの自己陶酔そのものなのよ。馬鹿の行為に勝手にひっかかって勝手に傷つく」

 全然意味が分からないとばかりに結城が眉を寄せる。

「思わせぶりって、言葉があるでしょ」

「はぁ」

「無意味な優しさはときに相手を傷つける諸刃の剣なのよ」

 制服のポケットに手を突っ込んだ。

 引きだした手に握っていたのは真っ白なリボンだった。それをくわえ、髪を一つにまとめていると結城が尋ねてくる。

「俺でも分かるように説明してくれ」

「駒野瑠璃子が呪祖を生みそう、終わり」

 なんて簡潔なんだろう。惚れ惚れする。

 きゅっと音を立て、リボンが髪をまとめて留める。ぐぐっと腕を伸ばしてから立ち上がった。

「呪祖なんて人間のエゴの最もたるだわ、ほんと。どいつもこいつも」

 うんざりする。

 グラウンドを見つめながら本音を告げれば結城は苦笑しつつそれに答えた。

「半分呪祖のお前がそれ言っちゃあおしまいよ」

 口の端を吊り上げて笑う。


 呪祖の生まれ方にも色々ある。元々が強い感情であるということには変わりないのだがそのもとを生み出したいわば親から乖離して全く別の存在として生まれてくるものもいれば、親や他のものに憑りついてしまうものもいる。

 周防が前者だとしたら、あたしはきっと後者なのだ。

 まだあたしが結城と出会って間もない頃、あたしは呪祖を生んだ。その呪祖は本来ならば親であるあたしに憑りついて満たされるはずもないのに全てを壊そうと暴れまくる。そんな予定だった。

 ところがどっこい、あたしはそんな条理に逆らった。そのときまで、誰もしようとしなかったことをやってのけた。

 自我を保ったままでの自分の呪祖への支配。これをどうにかこうにか成し得たのだ。

 つまり、あたしの中には今現在でも元来あった創造主としての魔力と、呪祖としての魔力が混在している。


 これがあたしが創造主としてはあまりにも不純で、周防徹の同種であり、魔女を名乗る理由だ。


 劈くような悲鳴が聞こえる。それだけで充分何が起こっているかは理解が及ぶ。

「生みそうどころか生んだわね」

「お前、最初から分かってたな。こうなるの」

「しーらね。早く来ないとおいてくから」

 ばっと桜の木から飛び降りる。地面に着地してから振り返ると窓枠に足をかけた結城が一気にこちら目がけて飛び降りてくるのが見えた。

「周防は?」

「もういる」

 ぴっと人混みの中を指差す。

 すでに赤黒い人型の何かとして具現化を始めている何かが居る。あれが呪祖。何もみんながみんな、人間そっくりの見てくれをしてくれてるわけではない。そっちの方が楽でいいけど。

 そんな呪祖に勢いよく飛んできた何かがそのまま突き刺さる。太陽の光を反射するそれがナイフだということを理解するのに時間は要さない。そしてそれを投げたのが周防徹その人だということも。

 その彼はといえば、わずかに呻く呪祖の目の前に移動するや思いっきり蹴り飛ばす。体が一瞬よろめいた隙にさらに回し蹴りで追撃。真横に吹っ飛ぶ体を見ながら「ひぃこわ」と感想を述べるや奴はぐるりとこちらに振り向いた。

「遅いですよ」

「お花見で忙しかったのよ」

 てへぺろ、と誤魔化すと「だああもう!」というヤケクソにも近そうな叫び声と共に呪祖が斬り付けられ、青黒い液体を吹き出している。

 その目の前には銃刀法? 何それ美味しいのとばかりの日本刀を握った我が相方の姿もある。

 周防のナイフといい、こいつの刀といい日本の銃刀法はどこへ消え去ったのかと思われるかもしれないがまぁ、そこはふぁんたじーでみらくるなまほーのぱわーだということで一つ納得していただきたい。

「なんでいつもこうなるんだ!」

「馬鹿ね、あたしたちに限って相手が見つかったからはい解散なんてあるわけないでしょ」

「なんだその俺たちが関わったから呪祖が生まれるのは必然みたいな言い方! どこの名探偵だ!」

「追撃きますよ」

 周防の言葉に結城が地面を蹴り上げ、その場から退く。

 瞬間、切断された箇所から伸びた青黒い腕のような何かがまさに結城が居た場所を叩き付ける。対象がいないと分かるやその腕は結城に向かって一気に伸びる。それを斬りおとしながら「お嬢!」

「うるさい妖怪きんぴらごぼう」

「変なあだ名つけんな!」

 怒鳴られた。

 ちょっとだけがっくりしつつ呪祖の方を指差した。

 周りに飛んでいた蝶たちが一目散にそちらに飛んで、突撃していく。その様子を見ながら「ったくさぁ」と頭を掻く。

「ほんっと鬱陶しいよね、そういう構ってちゃん」

 優しく歩み寄って呪祖を満足させて救済? 冗談じゃない。ウザいもんはウザい。

 親や世の中に反抗したい気満々の特有の面倒くさい年頃の感情が化け物になってるんだ。煩わしい以外何があろう。

「たかが失恋でぎゃーすか騒ぐんじゃないわよ。つーかラブストーリー始まってすらいないじゃない。突然化け物生まないでよ」

 ああ、鬱陶しい。

「彼女がいたからなんだってのよ。彼氏がいたって本気なら略奪するくらいしなさいよ。だってのに、あんたは挙句の果てに化け物になって大暴れ。今のあんたが言いたいことを代弁してあげる。『やったらめったら私に優しくしないでよ』」

 ぼそっと呟いてみればぴたりと呪祖の動きが止まる。ははっと笑う。

「うっぜぇ。他人のための優しさなんてどこかで自分のエゴが混ざってるのにさ、それにすがって自分の思い通りにならなきゃ大暴れって幼稚園児かあんたは」

 いや、それは幼稚園児に失礼か。

 掌をそちらに向けながらにっと笑う。

「優しくされたら好きになっちゃうの? 好きになっちゃったら思い通りにならなきゃ気が済まないの? ええ、じゃあどうぞ、そうしてちょうだい。自分だけに優しくしてくれる人をみんな愛し続ければいい、思い通りにならなければ暴れればいい。足掻けばいい。好きな人が憎い、憎いと責任転嫁してください。でも、そんな青春の甘酸っぱい思い出で済むような話にいちいち呪祖絡まれちゃこっちも商売あがったりなんだよね」

 じゃら、と金属の音と共に一気に呪祖の体に鎖が絡みつく。

 がっちりと拘束されていく体を見ながら「中途半端な優しさに夢見たあんたの自己責任にこっちを巻き込まないでくれるかしら」

 彼女の気持ちは、分からんでもない。自分の思い通りにいかない世の中への怒りや憎しみ、もどかしさ。それを得てこそ人は大人になるんだと昔誰かが言ってた気がする。

「ちったぁマシな大人になりなさい、後輩」

 がちっと鋭い音が響く。完全に身動きの取れなくなった呪祖を確認してから振り返るとすでにあたしの相方はやっと本気を出していた。

 刀は鞘に納め、構えられていたのは二メートル近い和弓だった。

 これがあたしの知る限り、東雲結城が扱う武器の中で一番強い。洋弓も扱っているところを見たことはあるがやっぱりこれが一番だと思っている。

 きりきりと引かれた弦がばっと離される。弦は勢いよく元に戻り、その弾力でつがわれていた矢が相手めがけて風を切りながら飛んでいく。

 狙い通り、矢が呪祖の中心を貫いた。突き刺さった矢の辺りから徐々に、どろどろと形を崩し、溶けていく。

「……相変わらず、なんというか」

 悩ましそうな周防を見ながらぱんぱんと手を叩いた。

 たった一本の矢で相手を沈めるその姿を、人は『天才』と呼ぶのだろうとくだらないことを考えながら髪をまとめていたリボンを解いた。




 しばらくすれば校門を取り囲むものをはじめ、学校付近の桜の木は桜の花びらよりも緑色の葉の方が目に付くようになった。葉桜というくらいなのだからこれはこれで綺麗といえば綺麗だが。

 生徒の波に加わりながらそんな桜を眺めつつのんびり登校しているとちりんちりんと軽いベルの音が鼓膜を揺らす。足を止め、振り返ると黒い自転車を押しながらリュックを背負った結城がこちらに駆け寄ってきた。

「ああ、なんだ結城か。てっきりかっこいい幼馴染とかかと期待したのに。幼馴染とかいねーけど」

「めちゃくちゃな。つーか俺充分イケメンだろ」

「は?」

「うん、ウザかったのは分かってる。分かってるからそのゴミを見るような目をやめなさい」

 はぁーと頭を抱え、結城がぼそりと告げる。

「せっかくカバンのせてやろうかと思ったのに」

「やだ朝から結城に会えるなんて嬉しすぎて死んじゃうさすがイケメン大好き」

「お前も大概、人のこと言えないよなー」

 ちゃっかりカゴにカバンを入れつつ笑う。

 両手が空いたのでぐーっと伸ばしていると「駒野さんさ、バド部入部するんだって」へぇ、としか返さなかった。

「なんだろ、グズグズしてて悪かったってさ。自分で自分なりになんとかするとか」

「いいんじゃないの勝手にすれば」

 頭の後ろに手を回して、ぐぐっと伸ばす。

「あたしが知ったこっちゃないっつーの。もっかい呪祖生んだらそのときはさすがに殺すけど」

「やめろ冗談に聞こえないから」

 一応冗談の意思はないんだが、半分くらい。訂正するのも面倒なので黙っていることにした。

「ほんとお前も人のこと言えないくらいにはお人よしだし、優しいよな。あのとき乗り気じゃなかったのだって再会しなきゃこうなる可能性が低かったからだろ」

「そうだけどそれをイコールで優しいとかお人よしって変換できるあんたの脳内がおめでたいお花畑なだけよ。処理が面倒だから出来れば具現化する前に抑えたかった。それだけ」

「じゃあそうしておくか」

 勝ち誇ったような天才の笑顔に小さく舌打ちする。

「人のエゴなんて、いくら見たって気分がいいもんじゃないわよ」

 だから人はそれをひた隠す。

 自分の醜い部分を他人に見えないところへしまいこんで、それが爆発して呪祖になるのだ。もう半分エゴとして生きている身にとってみれば視界に入れたくもない。

 それでも逃げられないんだからなんともまぁ、煩わしい。

 あたしには誰かさんと違って人のエゴを受け入れられるだけの度量がない。自分のものだけで精一杯。

 だからああいう言い方しかできないんだろう。ああ、悲しい。悲しいのは嘘だけど。

「んまーいいじゃない。なんでも。はい、解決かいけーつ。お祝いに今日はチーズケーキでも食べましょっか」

「はい喜んで!」

 そこまで分かっていてもエゴと向き合いもせず、こうして過ごすのはずるいような気もしているあたしなのでした。

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