魔剣と恐怖する勇者の話
魔剣になった少女の小話
「私に何かして欲しいことある?」
異様な程に深い黒の色彩を身に纏う少女が、冷めた瞳で足元に横たわる男を眺めていた。
男は最早目も開けず、口も満足には動かせやしない。
周囲には魔物の屍が積み重なるばかりで、少女のような見るからに非戦闘員の存在は似つかわしくなかった。
自らの傍らに立つのがこの少女でさえなければ、崩れる身体など厭わずに転移魔法を用いて安全な都市に送ったのだろうがーー。
「貴方はもう私を握れるだけの生命力は無い」
貴方は頑張った方だから、一つだけ願いを叶えてあげる
そう言って、少女は男の動かなくなった手を足先で転がした。
男とこの魔剣の少女が面と向かい会うのは、実に二度目の事。
男が初めて魔剣を握った時、少女の存在を魔性として拒否したから。
その選択は勇者として育てられた者としては完璧なものであったが、今となっては愚行としか言いようがない。
彼女の言葉に耳を傾ける事こそが、勇者としての大業を果たす事が出来ると言うのに。
恐らく、この魔剣は、次代の魔王となるだろう。
考えてみれば必然。
勇者が握る限り、魔剣は敵を斬り味方に呪いを振りまき、各地から憎悪を浴びせかけられる。
例えこの剣で魔王を倒したとしてもーーー。
何度も何度も魔王を倒す剣。
何度も何度も世界の負の頂点を斬り伏せ続ける剣。
呪いが強まり続ける理由は、ここにあるのではないか。
だとしたら勇者とは、魔王を育てる生贄だ。
どうか、どうか、死んで欲しい
そう、なけなしの魔力で思念を送ると、少女は甲高い声で笑いながら、貴方が殺してくれれば良かったのに、と呟いた。
犯した過ちに、未来の過ちに、来たる終末に震える身体は瓦解を始めた腕が落ちる音を聞く。
これが、勇者と呼ばれる罪人の末路ーーー。
第32代勇者アークライト・エグラル・セキア
魔剣の影響下で身体炭化現象により死亡。