一色≪4≫
「なにが……」
起こった?
固まった思考に頭が重くなった錯覚を覚え、玲斗は必死に考えた。
ほんの数秒間、手を合わせて目を閉じていただけなのに。
「何、これ……」
紗枝の焦燥を含んだ声がすぐ側で聞こえる。それに答えられずに玲斗は辺りを見回した。
辺り一面、白一色。
物の輪郭はある。しかし、全ての色が白なのだ。 緑の葉も青い空も、全て……
誰も足を踏み入れていない雪原を見ているような、それほどまでに全ての色がない。
「綺麗だろう? 色のない世界も」
不意にそんな声が響いた。
どこからともなく白衣姿の男が姿を表す。面長の顔に細い黒縁眼鏡をかけている。
薄いレンズの奥の両眼は糸のように細く、まるで常に笑っているかのようだ。
白衣のポケットに手を入れて口には微笑を浮かべている。
「……あなたは、誰?」
警戒をそのまま言葉に込めて、紗枝をかばう位置に立ち玲斗は男に尋ねた。
この異常時に混乱や戸惑いの様子が見えない。それどころか……
「いいね、その態度。眼帯は病気かい?」
白衣姿の男は細い目を更に細めて笑った。
人の良さそうな笑顔。しかし、そこには油断のできない空気が流れていた。
(なんだ? この人……)
好意ともとれる笑顔にここまで緊張を強いられることは玲斗にとって始めてだった。
男までそれなりの距離があるのに心臓がバクバクと音を立て言うことを聞かない。
「へぇ、人を見る眼もあるんだ。素晴らしいね」
間近かまでゆっくり歩いてきた男は満足そうに頷いていた。
「なんですか?」
後ろにいた紗枝が毅然とした態度で男を見つめ返す。
それに男は変わらず微笑を浮かべるだけで意外な言葉を投げてきた。
「あのさ、君たちは色のない世界ってどう思う?」
「色のない世界?」
紗枝が言葉の意味が分からないというように同じ言葉を繰り返す。
君たちと言うからにはその問いは玲斗にも向けられているのだが、玲斗にも意味が分からない。
色のない世界。つまり、それは今のような状況をさしているのだろうか?
「そうだよ。もっとも簡単な、それでいて誰も抱かない疑問さ。そして君たちはそれを知るべきなんだ」
男がポケットに入れていた手を差し出した。そこには何も握られていない。
ただ、一枚のテレフォンカードほどの大きさを持つ黒いカードだけが光を放っていた。
「色とは、すなわち心を最も目に捉えられやすくしたものであり、色の数はヒトの数だけ存在する」
そこで一度言葉を区切ると、男は笑顔の仮面を取り払ったような無表情で言い放った。