一色≪3≫
憂鬱な気分で俯きながら歩いていた玲斗に紗枝が尋ねる。
「そういうわけじゃないよ」
「なら、これから行く場所に問題があるわけだ」
「…………」
お見通しだった。
こうも簡単に見抜かれてしまうのは全て表情にでてしまっているということだろう。なんとなくダメなことをした気分で言葉を探しているうち、駅に辿り着いてしまった。
電子マネーで改札を抜け、都合よくホームに滑り込んでくる電車に乗り込む。
車内の空気がひんやり気持ちよく、間抜けな音を立てて電車のドアが閉まる。
ガタゴトと規則正しい揺れと程よい冷気は眠気を刺激する。玲斗は再び睡魔が襲い来る前に流れる景色に視線を向けた。
高速で右から左に移動する風景は見ていて楽しいものではないが、暇つぶし程度にはちょうどいいのかもしれない。
人のいない車内はとても静かだ。その静けさの中にただ身を委ねる時間。
「目の調子はどう?」
その静寂を破ったのは隣に座る紗枝だった。毎年繰り返されるこの質問には玲斗としては苦笑を隠せないでいる。
「大丈夫だよ。最初の頃に比べて痛むこともないからね。ただ、やっぱり『開かない』みたい」
「そっか。視力の方は相変わらず?」
「うん。右目は2.0以上、遠くまでよく見えます」
眼帯に触れる。一生開けることはできないと医者に宣告された左目。それを補うためか右目の視力だけはすこぶる良く、『あの日』から十年経った今では距離感もつかめるようになったので生活になんら支障はない。
「ただ、今朝も夢をみた。なかなか忘れることはできないんだね」
事故にあった時の映像は今でも夢として鮮明に再生される。少し気分が冴えないのも目覚めが悪かったせいなのだろうと玲斗は思った。
「寝坊したのは夢のせいだったのね。最近その話全然聞かないから見なくなったんだと思ってた……ねえ、もしかしたら」
「ここ数年はなかったんだけど、今日久しぶりにみたんだ。でも、最後の方はよく分からない夢になってた」
玲斗は軽く笑って会話を切った。この昔からのお向かいさんは他人の心配をしすぎる癖があるのだ。
がたんと軽い衝撃が座席を通して伝わる。目的の駅に着いたことを確認してから玲斗は立ち上がる。
「降りよう」
紗枝は少し怒ったような顔をしながら玲斗に続いた。
駅から少し歩くと、特に何の変哲もない霊園が見えてくる。
そこは両親が眠る場所。
……正確には名前だけが刻まれている墓石のある場所だ。事故現場から両親の遺体が発見されなかったためである。
ここに来るといつだって胸が押しつぶされるような苦い気持ちになる。
厚い汚れを被った墓石、それは自分達以外に墓参りに来た人がいないことを悲しいまでに教えてくれていた。
毎年同じ時期、同じ時間帯にこの場所に来る。そして同じように色々な事を思い出す。
三人で笑いあって食卓を囲んだこと。遊びに出掛けたこと。いたずらをして叱られたこと。
その全てをついこのあいだの事のように思い出す。
無言のまま、玲斗は胸に溜まった錯覚を押し出そうとした。
懐かしい感情はいくらでも湧き上がるのに墓石を見つめるとそれが遠い昔の事だと思い知る。
紗枝が線香と花を供えて両手を合わせていた。どうやら、全て紗枝にやらせてしまっていたようだ。玲斗も墓石の前で手を合わせる。
静かに吹き抜ける風に前髪を揺らされて玲斗は顔を上げた。
そこで気付く。