4月7日(日) 電話と約束と映画館と
楽が自室のベッドでのんびりと漫画を読んでいると机に置いてある携帯電話がブルブルと震えだす。
「……誰からだろう?」
画面には『真彩さん』の文字が映し出されている。 昨日の帰りに電話番号を交換したことを楽は思い出した。
「はい、もしもし」
「よぉ、楽。 元気にしてるか?」
「昨日会ったばかりじゃないですか。 で、何の用です?」
「つめてぇ野郎だなぁ。 話したいから電話したに決まってるだろうが」
楽の対応に真彩は不機嫌そうに話す。
「電話越しに噛み付けるかどうか実験してもいいんだぞ?」
「あの本当にすいません。 反省してます」
「冗談だってばよ。 んなこと可愛い後輩にするわけないじゃん!」
ケラケラと笑う真彩に楽は苦笑いしか出来ない。
「今週の水曜日って創立記念日なのは知ってるか?」
「えぇ、知ってますけど」
「お前の都合が良かったら娯楽部で映画見にいかね?」
「映画、ですか……」
頭を掻きながら答える。
「あれ? お前って映画嫌いな方?」
「いいえ、嫌いじゃないですけど。 見に行く機会が無いというか……」
「クラスに友達はいねぇの?」
「居ますけど皆、電車使うぐらい遠いんですよ。 僕自身もそんなにお金持ってませんし」
「あー、金は気にすんな。 チケットは四人分あるし、食い物ぐらいは奢ってやるって」
自身も過去にそうだったのか気遣う素振りを見せる真彩。
「いいんですか?」
「その代わり、お前に後輩が出来たら同じようにしてやるんだぞ? 先輩ってのは後輩を大事に育てていかなくちゃいけないんだからよ」
「真彩さん……」
「な、なんだよ……」
「カッコいいです!」
楽の言葉に反応して真彩が急に咳き込んでしまう。
「だっ、大丈夫ですか、真彩さん!」
「げほっ、げほっ……お前、なんつーこと言い出すんだよ!」
「い、いえ、真彩さんの言葉に感銘を受けた素直な感想なんですけど……」
「びっくりしたわ! もうちょっと前振りを大事にしろよ!」
真彩に電話越しに怒鳴られて思わず身構える。
「ま、いいや。 でさ、見に行く映画なんだけどさ」
「はい」
「どういうジャンルだと思う? 当ててみ?」
挑戦的な真彩の言動に楽は考え込む。
「それって一人で見ても楽しいものですか?」
「いやぁ、どうだろうなぁ。 私としてはむしろ皆がいた方が安心するって感じだなぁ」
「あ、『安心』?」
「『安心』」
嫌な予感がした。 もし、これが楽の考えているジャンルならお断りしたいものであるのだから。
「も、もしかして……ホラー映画、ですか?」
「そうそう! 先週から予告やってるゾンビ映画とパニックものの二作品でな」
「え? 映画って一本だけじゃ……?」
「なんでよ」
呆気にとられたような声で真彩が言う。
「だって、真彩さん、チケットは四人分って……」
「確かにチケットはあるぜ、四人分。 だけど、観る映画が『一本だけ』とは一言も言ってないがな!」
「酷い!」
「おめーよー、男ならホラー映画の一本や二本ぐらい気合で乗り越えてみろっての! 大丈夫だって! 発禁処分受けた作品観に行くわけじゃねぇし」
よほどホラー映画が好きなのか声のトーンも上がっている。
「だってよぉ、普段の生活じゃホラーな体験なんて出来ねぇじゃん? 登校途中でゾンビに遭うとか校舎に巨大蜘蛛出現とか夢があってワクワクするだろ!」
「……しませんよ」
「あー!? お前はホラーもののロマンが解っちゃいねぇな! しょうがねぇ! 明日はトコトンその魅力を叩き込んでやるからな! 覚悟しとけよ!」
「えー……」
うっかり言ってしまったことを後悔しつつ、電源ボタンを押して電話を切る。
(当日、何を着て行こうかな……)
着て欲しくない現実に目を背けつつ、楽は溜め息を吐いた。