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4月4日(木) 本読む乙女

「鈴鹿さんは」

「……何?」

 部室の右上隅が詩子のスペースになっている。 左右と後ろを本棚で区切られ、そこはまるで小さな図書館のようだ。

「どれくらいの本を読んでいるんですか?」

「うーん…… 難しい質問だね」

 読んでいた本にしおりを挟んで指を組み、両腕を上に伸ばして背伸びをする。

「『中身を理解している』という意味では五歳の時から読み始めていたよ。 『触れる』という意味なら生まれた時からかな」

「そ、そうなんですか……」

「相良君は本を読むのかな?」

「まぁ、漫画とかライトノベルとかそんなのですけど……」

 ついつい萎縮してしまう楽。 そんな楽に対して詩子はにっこりと笑う。

「『何を読んだか』というのは大して重要じゃないよ。 漫画であれ、雑誌であれ、ゲーム攻略本であれ、『本を読んだ』という行動が大事なんだ。 だから、相良君は立派な本読みだとボクは思うよ」

「あ、ありがとうございます……」

 詩子に褒められて顔が赤くなる楽。

「ふふ……」

「な、なんですか?」

「可愛いね、君は」

「!」

 小さく呟く詩子の色っぽさに思わず驚いてしまう。

「うん。 そういう反応とか凄い新鮮だよ。 真彩とか円は至って普通の驚き方だから」

「は、はぁ……」

「異性の友達は今まで一人もいなかったからね、嬉しいんだ。 そんな君にボクからお近づきの一冊をプレゼントするよ」

 後ろの本棚から品定めをするように視線を泳がせ、一冊の小説本を手に取り、楽に渡す。

 渡された本は文庫本サイズの本でザラザラとした質感のタイトルの無い本だ。

「これはどんな本なんですか?」

「一組のカップルが課せられた試練を乗り越えて愛を成就させる話だよ」

「へぇ……」

 と、表紙を見るとそこには見慣れた作者の名前があった。

「『鈴鹿 詩子』…… これって……」

「中学生の時に書いた同人誌さ」

「ど、同人誌ですか」

「若気の至りでね。 興味本位で書いてみたんだけど、ボクには恋愛経験なんてのは全く無いから殆どが空想とか人から聞いた話で現実味が無いんだ」

 机に突っ伏して詩子は楽から顔を背けた。

「はぁ……」

「す、鈴鹿さん?」

「相良君、君は恋をしたことはあるのかい?」

「……無い、です」

「そうか…… はぁ……」

 たまにこちらの反応を伺うようにちらっ、と視線を向けてはすぐに逸らすを繰り返す。

「男性の恋愛経験をぜひ、参考に出来ればと思ったんだけど。 まぁ、無いなら仕方無いか」

 椅子から立ち上がり、右の本棚から漫画本を選ぶ。

「やはり男性の恋愛感は漫画本からでないと得ることが出来ないのだろうか」

「僕は何にも言えません……」

「いいよ、気にしないで」

 ページをパラパラ、と捲る。 その表情はどこか儚げだ。

「……」

「……」

 互いに黙ってしまい、空気が微妙な感じになる。

「で、でも」

「?」

「人生まだ長いんですから、今はまだ考えなくてもいいと思います、恋愛は……」

「……かもしれないね。 ありがとう、少し気が晴れたよ」

 楽を見て軽く笑う詩子。 だが、楽は偉そうなことを言ってしまったと逆に落ち着かない。

「す、すいません。 大した経験も無いのに偉そうなこと言っちゃって」

「大丈夫。 達観している人間ほど、自分の足元の変化にはなかなか気がつかないんだ。 だから、相良君みたいな人間の意見は本当に参考になるよ」

 詩子は再び漫画本に視線を落とした。

「ところでそれはどんな漫画なんですか?」

「不良校にやってきた転入生がライバル達と拳を交え、真の友情と愛を掴み取り、学園の頂点に立つ熱血漫画だよ」

「そ、それももしかして……」

「ボクの自作だよ」

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