表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

ゾディアック・サイン 二章「弱虫キャンサー」

始まった「年間星座占い」。

初日から乙女座のバルと獅子座のレオン。

そして天秤座のリブラの闘いが始まり、脱落者が出ぬまま停戦してしまう。

しかし、その闘いを見ていたひとりの「男」がいた。

彼は「レオン」をターゲットにするが!?


男同士の友情を確かめる 第二章!!!


「…見つけた。」

男は一人、見ていた。

ある路上で戦っている乙女座の星霊バルと獅子座の星霊レオンの対決を。

マスターに頼まれたわけではない。自分でこの場所に来たのだ。

最初に誰かが争った場合、大概の星霊はそこに向かい、見物する。

けれど彼は今までそれをしてこなかった。理由は――――――怖いからだ。


この方法、最初に争った二人の素性がわかるのだが、自分がここに見てきているのだから

今見ている自分を見ている誰かに自分の素性がバレる恐れが大きいのである。

だから彼は今までこの暗黙のルールとして存在する「顔合わせ」には出たことがなかった。

だからこそ彼は素性もバレぬまま、他の星霊が争っていくのを客観的に見つめて

頃合を測って戦地に赴いていた。

だから彼は星座占いでは常に上位をキープしてきていた。


でも今年は違う。

今年こそは戦う。彼はそう決心していたのだ。

自分のマスターのために、過去の小市民な自分のために。

彼はたった今戦場でリブラに攻撃を止められた男の姿を見る。

今まで、自分が影で戦場を伺っていると、彼はいつも誰かと戦っていた。

過去にはその力で全てをなぎ払い、最強の星霊と呼ばれるほどだった。

ある理由から急激に力を弱めたが、それでも彼はいつも最前線で戦っていた。

そんな彼、レオンはこの男にとっては一種の「憧れ」の対象だった。

「だから……僕は君を倒す。」

自分の憧れを超えることで、自分の力を証明したい。

そして、今のマスターには堂々と戦った結果の「一位」の人生を送ってほしい。

「よし、これにて第一戦閉幕ぅ〜ですわ♪」

向こうでは、こちらの様子に気付いていたであろうリブラが僕らのほうをみて言った。

その言葉に従うように僕はその場から去った。

ただ一人の男。自分の憧れの的であった男。獅子座のレオンを睨みつけながら――――。




前回の星座占い四位。ひ弱な少年のような小柄な身体で、フードで顔を隠している少年。

彼は蟹座の星霊。名を―――――キャンサーと言った。




--------------------------------------------------------------------------------




「どうしたの?リブラ??」

「いや、あなたに重大なことを話すのを忘れてましたわ」

「ん??」

「私の前回の順位はご存知で?」

「ええ、五位だったわね?」

「ではでは問題ですわ♪わたくしは誰にやられたのでしょう?」

大きな社長室。

そこで椅子に座っているスーツでメガネを掛けた女性と机に直接座り、

その大きな鈴を地面にガラガラと置いている女性。リブラが話していた。

「そういう無駄な問答は嫌いよ。早く教えなさい」

「あらら、本当にせっかちなお人ですわ♪もうちょっと興を嗜めればよろしいのに♪」

「私はあなたほどのんきに出来ないの。それで?誰にやられたって言うの?」

「それはですね……自分ですわ♪」

「―――っ!?」

にやりと笑いながら言ったリブラの言葉に女性はひどく驚き、眉を歪ませる。

彼女の言ってることがよく理解できないからだ。

このサバイバルゲームに置いてそんなことがあっていいのか…と思ったからだ。

「わたくし、天秤座のリブラは残り五人になった時に自滅しました。」

「な、なんでそんなことをしたの?」

「それはですね♪わたくしの弱点をバレないためですわ」

「弱点?」

「はい。わたくしこう見えてちょー弱いんですのよ?

 もうそれはそれは恐らくあなたにも勝てないほどに♪

 だから、誰かがそれに気づいてわたくしを倒しにくる前に

 わたくし自身がこの場から自殺と言う形で撤退したのですわ」

「…冗談でしょ?」

「いえいえ、本当のことですわ♪だからわたくし出来れば

 来年のために途中で自害したいと思っておりますの♪

 なのであなたには最低基準順位を教えていただきたいのですわ」

「…………」

そして彼女はしばし黙り込む。

このリブラと言う女が何を考えているのか読もうとしているのだ。

けれど彼女はのんきに彼女の応答を待つかのように地面の大きな鈴をころころと転がしている。

「…そんなの一位以外にありえない」

「そうですか♪ならわたくしは最弱なりに一位を目指してみますわ♪」

そういってリブラはどこかに消えてしまった。

「この星座占い。知らないことが多過ぎるわね」

そういいながら女性はノートパソコンを起動させる。

出来る限り過去の星座占いの情報が残っていないかを探るため。

あえて黙っていたリブラの能力についても、見つかるかもしれないからだ。




--------------------------------------------------------------------------------




「…これで、当分はレオンの奴は動かないわね」

ある部屋。

ピンクの装飾が目立ついかにも「女子の部屋」と思われる場所に

乙女座の占い師「加賀美優」とその星霊「バル」は座って話していた。

「どうして由香ちゃんの星霊のその…レオンが動かないってわかるの?」

「あぁ?あいつにはちょっとした過去があるんだよ。あたしが由香に攻撃を始めたからな。

 これで恐らくあいつはまた去年と同じようになっちゃうはず。」

「去年?」

「あぁ、去年の獅子座は8位。あたしが言うのも

気に食わないけどレオンは超強いんだよ。それで八位。それがなんでかわかる?」

「ううん。まったく…」

「ちょっとぐらい考えようとしようよミュー……」

やや呆れながら美優を見るバル。



「まあいいか。あんま人の過去をべらべらしゃべるのも趣味悪いし、これ以上は言わないけど

 あいつは…マスターなしで単独で闘い始める。まあそれでどうなるかはあえて言わないけど

 用は今のレオンはしばらく驚異にはならないってことよ」

「ふ〜ん…。じゃあ、誰が驚異なの?」

「ん…。そうだな……。まずはリブラだな。何考えてるのか謎だから。

 あとはサジタリウス。去年の一位だ、他は…あ、スコーピオン!」

「スコーピオン?さそり?」

「ああ、あんまいい順位に行かねえんだが、気をつけなきゃなんねぇ。

 『順位壊し』なんて異名付いちまってるからな。あいつと戦っちまったら去年が何位だろうと

 最下位や順位が下がっちまう。ほぼ絶対的な確立でな……」

「そ、そうなんだ…」

「ま、あたし達はこのまま冷戦状態を保っておけばいいかもな。

 あたしも前回三位だけどあんま強くないし、それにあの順位って力順じゃないからな」

「そうなの?」

「ああ、レオンみたいに強いけど猪突猛進みたいなせいで順位が下がる一方の奴もいるし

 逆に言えば出来る限りバトルを避けて上位に言ったキャンサーみたいなのもいるし。

 あたしもどちらかと言えばキャンサーと一緒だな。」

「ふーん…」

そういって話を聞いていると美優は少し顔を伏せた。

「どうした?ミュー」

「うん…。いつかは、私と由香ちゃんがまた二人を使って戦わないといけないのかなって…」

「まあ、しゃあねえわな。そういうルールなんだし……」

「はぁ…。由香ちゃん。今頃どうしてるかなぁー」




--------------------------------------------------------------------------------




「えっ?一歩も外に出るな?」

「あぁそうだ。買い物は俺が行ってやる。だからおめえは学校が始まるまで一歩も外に出るな」

「どうして?」

「またあんなことになったらどうすんだ!

 バルはマスターに忠実で尚且つマスターである女と

 お前が知り合いだったから助かっただけいつあんな状況になってもおかしくねぇんだぞ!!」

珍しく怒っているレオン。

バトルの時も見ていたけど、多分これが本当のレオンなんだと思った。

テレビ見てだらだらしているときとは違う。星霊「レオン」としての顔なんだと。

「う、うん…わかった。そうするよ」

あたしはその顔を見ていると承知するしかなかった。

彼がここまで真剣な顔になったのは初めてだからだ。

「…はぁ。そうか」

あたしの言葉を聞いて安心したのか、炬燵に入っていつものようにだらだらとし始めるレオン。

さっきの怒ったときや、星座占いの事を話しているレオンはどこか悲しそうな顔をしている。

あたしはまだ知らないレオンには何かあるのかもしれない。

それって……聞いてもいいのかな。と思わず考えてしまう。

「あ……レ、レオン。いきなりでなんだけど、買い物行ってくれない?」

あたしは、恐る恐るテレビを見ているレオンに向かって言った。

「あぁ?なんでだよ。さっき俺はジュースも菓子も買ったばっかだぞ?」

「いや…だから。その炭酸が……」

レオンはあたしの方を見ると「ゲッ」と嫌そうな顔をしていた。

恐らくレオンが走る時に放り捨てた時に大きく揺れたのだろう。

あたしが炭酸飲料の蓋を開けた直後…爆発した。

おかげであたしはびしょびしょだった。

「はぁ…わかったよ行きゃあいいんだろ行きゃあ」

「うん。あたしその間お風呂入っとこ…」

呆れた物言いでそう言いながら部屋を出ていくレオン。

レオンが出ていったのを確認して、あたしも風呂に入ることにした。




--------------------------------------------------------------------------------




「……レオン一人か…」

部屋から出てきたレオンを見つめる男。

「あれが。今のレオンの住処」

その時、携帯がなる。

男はそれを取り、電話に出た。

『おう、キャンサー今どこにいるんだ。鍋でもやろうぜ』

電話からはそんな声が聞こえる。

男は仕方ないか…と思うような表情で「うん。今戻る」と言って電話を切る。

(絶対に、君は僕が倒すんだ…レオン)

レオンの背中を見つめながら、男…キャンサーは去っていく。




星座占いが大きく動き始めた一日目はこうして終了することとなった。




--------------------------------------------------------------------------------




「ふーん。獅子座のレオンねぇ……強いのか?そいつは?」

「うん。そりゃもう…化け物みたいな強さだよ」

「ふっ、キャンサー。おめぇ今すげえ目が光ってるぞ。よっぽどそのレオンってのが好きなんだな」

鍋の野菜を取りながら、僕を見て笑うマスター。

「う、うん。僕にとってレオンは憧れの存在だからね」

「んで、そいつと戦うってのか?」

「うん。僕のこの決心の最初の相手はレオンがふさわしいと思う」

「はっ!やっぱおめえは男だキャンサー!!俺はお前を応援すんぜ!!!」

「ありがとう雅樹。僕も頑張るよ」

僕の肩に腕を回してくるマスター。

酒を飲みながら鍋を食べているからか、顔がやや赤い。あと酒臭い。

「んで?いつやんだ。その喧嘩はよ」

突然真剣な顔立ちになったマスターは僕の横でそう呟いた。

「……明日。

 とりあえず攻撃を仕掛ける。挨拶変わりだね。そしてきちんとした決闘をしたいと思ってる。」

「それっていけんのかぁ?サバイバルってルール上、他の奴に妨害されるかもしんねぇぞ」

「それでもやるんだ。

 例え僕がレオン以外の奴にやられることになっても…僕はレオンと戦う。そう決めたんだ。」

僕は決心付いた顔で真正面を見ていった。

怖がりで、逃げて勝ち取った勝利はダメだ。

君はいつも頑張っている。僕はいつも逃げている。

なのに君が僕よりも順位が低い。それに僕は劣等感を感じてしまう。

自分が惨めでならない。逃げ切って彼より順位が上で本当に嬉しいのか…と。

それを教えてくれたのは今隣で酒臭くなってマスターだ。

(俺は不幸な一年送ってもいい!てめえのしてえことをしろ!!)

そんな言葉を言ってくれたのはマスターだけだった。

僕は自分以外のために初めて「上位に行きたい」と思えた。

けれどその上位は逃げて、隠れて、ハイエナのように貪って手に入れた上位じゃない。

きちんと…堂々と戦って得た上位だ。

もう逃げたくない。正々堂々戦って、僕の強さを証明して闘いたい。

そう……いつも戦っていた。彼…レオンのように。

僕はそんな憧れの君を超える。君を倒して、僕の決心と本当の実力を確定する。

そして…雅樹を幸せにするんだ。



「…おい、おいキャンサー!!」

「えっ!?」

僕は急に呼ばれて驚く。

「何ぼーっとしてんだ。しかも真剣な顔で?鍋俺が全部くっちまうぞ?」

そういいながら次々と肉を自分の器に入れていくマスター。

「ちょ、ちょっと!!僕もお肉食べたいよぉー。あっ!もうほとんどないじゃん!!」

「てめえがぼーっとしてるからだ。がっはっは!!」

壮大な笑い声を響かせ、自分の器の肉を食すマスター。

僕はやむおえなく白菜やエリンギと言った野菜類を自分の器に入れる。

すると、マスターはいきなり自分の器に入っていた肉を僕の所に移した。

「わりィわりィ、そんなマジでへこむなよ。冗談だって…」

やや苦笑いするマスターに僕は少し笑った。

「雅樹。そういうのって行儀悪いよ?」

「あ?いいんだよ。俺とお前しかいねぇんだから」

そういいながら僕の器に肉を入れていくマスター。

僕は彼のちょっとした冗談好きさと優しさが嬉しくなって、微笑む。

そして身体を芯から温める鍋の汁と肉や白菜の食感を味わった。



「明日だな。」

食後、マスターはぼそっとそんな言葉を呟く。

僕も静かに「はい・・・」とうなづいた。

「じゃ、頑張ろうぜ!」

そういってマスターは僕の頭に手を置いて撫でた。

僕のこの目的を示唆してくれた人。

僕を支え、応援してくれる人。

自らの不幸なんて顧みず、僕のしたいようにさせてくれる人。

僕にとって・・・・レオンよりも憧れる男。



名を―――――本庄雅樹と言った。




--------------------------------------------------------------------------------




「はぁ…あんなこと言っちまった後だと言いづらいが、買い物ってめんどくさいな……」

獅子座のレオンは一人ぼそっと呟きながら

スーパーで買った食材の入ったビニールを持っていた。

先日マスターである神崎由香に

「買い物とかは俺がやるからお前は一歩も外を出るな!」と行ってしまったがせいで

今日も買出しであった。彼女が今も炬燵の中でお笑い番組を視聴し、

しかも自分の好きな中川家を見ているんじゃないかと思うと自然と憤りを感じてしまう。

しかし、そう言ってしまった自分への自己嫌悪が彼女への苛立ちを消し去ってくれていた。

あの時どうして

「お前が外に出る時、護衛として俺が付く!」と言う発想に至らなかったのだろうか。

現にバルの野郎は護衛のように

あのマスターと一緒にいたじゃねえか!!くそっ!本当にバカだ俺!!

そういっておけば奴も今テレビでうますぎる車掌の真似を見ることが出来ないのに。

もしくはこんな時間に買い物にいかずに

俺もテレビで大阪のおばちゃんの真似を見れたかも知れないのに!!

そう思うと悔しさで髪をかき乱したくなるぐらいにいらいらしてしまう。

「あぁ、くっそー!!」

一人でそんな言葉を呟いていると後ろに気配があるのを察知する。

「――――っ!?」

急いで後ろを振り返る。

そこには小さな小柄な男と、作業服にがたいの大きな男の二人がいた。

一人は俺も知ってる顔の男だった。

「久しぶり。レオン」

「キャンサー…」

一瞬わからなかった。

あの泣きべそかいて、不安そうにおどおどしているキャンサーとは思えない真剣な表情。

何より普段は感じないほどの威圧感を感じる。目も泳いでなくまっすぐと俺を見つめていた。

「レオン。とりあえずその袋を僕のマスター…雅樹に預けて置いてくれないかな?」

「あぁ?どうしてだよ…」

いきなり言われたよくわからない一言に俺は苛立ちを覚える。

「僕は今から君と戦うからだよ。その袋、もちながら戦うわけにもいかないでしょ?

 それに地面に放置してたら悪い人に取られちゃうかも。だったら雅樹に預けたほうがいい」

キャンサーの言葉は一々正しかった。

俺は仕方なく歩み寄ってくる恐らく蟹座の占い師であろう男に買った物の入った袋を渡した。

その時「キャンサーの決意が籠ってんだ。しっかりやってくれ」とよくわからないことを言われた。



「じゃあ、始めるよレオン!!」

そう叫ぶと小柄なキャンサーの右腕が蟹の腕の姿に変わる。

ハサミの部分が開かれると、そこから透明で巨大な砲弾が放たれる。

「…くっ!!」

俺はすかさずその砲弾をよける。

けれどキャンサーはそれを連弾で放ってくる。

よけてもよけてもキリがない。

俺がよけることによって街は次々にキャンサーの砲弾で破壊されていく。

その破壊された場所は濡れていた。あの砲弾は水で出来ているようだ。

俺は水弾をよけながらキャンサーの顔を見る。

奴もじっと俺の顔を見つめ、真剣な表情で狙いを定めていた。

あんな真剣な目…初めて見たかもしれねえ。

すると突然キャンサーは水弾を放つのをやめる。

ハサミからは水蒸気のような湯気が待っていた。

「…へっ!やるじゃねえかキャンサー!!」

俺はやや嬉しくなり、笑顔で奴にいった。

「そういってくれて嬉しいよ。でも・・・まだ終わってないよ!!」

そういうとキャンサーは右腕のハサミを下から上にアッパーの容量で上げる。

すると、白くて巨大な円状の水が放たれる。

突然の攻撃に俺はよけるのに少し出遅れてしまった。

それでも身を翻し、肉体に触れないように身体をねじる。

まるで風が斬られたような音が聞こえた。

俺の着ていたダウンの掠れた所が本当にまっすぐに切断されていたのだ。

そんな事に驚いている間に二発が来た。これはよける余裕がある。

俺は身を低くし、走り抜けた。

少しよそ見してみると、俺がよけた先にあった電柱や壁が見事なほどに切断されていた。

あれか。水でするすげえ切れ味のいいカッター。あれと同じことやってるのか。キャンサーは。

俺はそう彼の能力を把握しながら、水圧カッターをよけてキャンサーとの距離を詰める。

近距離に持って行けばこっちのもんだ!!

「その考えが甘いんだよ。レオン!!」

そういうとキャンサーは自身のハサミで地面を割る。

俺は奴の間近くまで迫った。

あとはとりあえず一発ぶん殴るだけ――――――――。

「ウォーターバン!!」

キャンサーは少年のような高い声でそう叫んだ。

すると、突然地面の割れ目から本当に一瞬。水が噴き出した。

その水は俺の身体中を切り刻んだ。

意識が一瞬飛びそうになる。



大丈夫…傷が無数に出来ただけで四肢は切断されてない。

けれど朦朧とする視界の中で、キャンサーが俺に目掛けてハサミを向けているのが見えた。

また…あの水弾を放つつもりか。

俺はほぼ本能的に上空に飛び上がる。

「あの傷で……やっぱレオンはすごい」

そう関心しながら俺を見上げるキャンサーはすかさずハサミを俺の焦点に合わせる。

放たれた水弾に、俺は拳を握り、思いっきり殴りかかった。

水弾はまるで水風船のように破裂し、地上に雨を降らす。

(よし…これは拳でつぶせる!)

そう確信したのも束の間。

もう目の前に第2弾が迫っていた。

これは潰せないと判断し、素直にこの攻撃を喰らった。

俺は自分で飛んだ更に上空に飛ばされた。

水弾は俺の肌に触れた瞬間爆発し、水の一つ一つが針のように俺に襲いかかってきた。

そのまま俺は、重力に従って地面に吸い寄せられる。

「レオン……君はここまで弱かったの?」

キャンサーが、倒れる俺を見て悲しそうに言った。

「そんなことはないはずだよね。君は誰よりも強いはずだ。

 どうして……本気を出さないの?僕が相手だから手を抜いたの??」

本当に悲しそうな顔だった。

同時に、まるで俺を蔑んでいるかのようにも感じれるその目で俺を睨むキャンサー

「ねえ、レオン。5日後。東開ビルってわかる?そこの屋上に来てほしい。

 今日は僕も少し不意打ちみたいな所もあったから。堂々と戦って、君と闘いたい。

 もちろん…。君のマスターも一緒に連れてきてね。

 君の能力的にそうしてもらわないと僕は君を超えたことにはならない。」

そういってキャンサーは

右腕のハサミを元の細い腕に戻し、正樹と名乗るマスターと共に去っていった。

「…くそっ。あいつあんな強かったのかよ」

いや、強かった…じゃない。強くなったのだ。

そして自分が……弱くなった。

俺は由香に頼まれたビニール袋を手に取り、不安定な足取りで家に向かう。

こんな姿…あいつに見せたらどんな顔するかな。レオンは悔しくて歯を食いしばる。

悔しいのはキャンサーに負けたからじゃない。本気を出せなかったことにだ。

自分は今も……怯えているんだ。闘うことに――――――。



キャンサーの水の影響か。街はぽつぽつと、雨を降らし始めた。



                      ☆




「おかえりレオン…ってどうしたの!?」

扉を開けた由香は目を大きく見開き驚いたように俺の顔を見た。

「わりぃ、雨降っちまってな…風呂、入るわ」

「そんなことよりどうしたの!?なんか傷ついてるみたいだけど」

「あぁ?猫にやられたんだよ!猫に!!」

俺はそんな言い訳をして、由香に買ったジュースを渡して風呂場に逃げるように向かった。



「……くそっ」

話せるわけがなかった。

彼女が見ていない所で自分が負けてしまったことを。

それについて、後日彼女をつれてキャンサーの所へ向かわないと行けないこと。

そんなことを……彼女に言えるはずがなかった。



もう―――――誰かと一緒に闘うのは嫌だから――――。






--------------------------------------------------------------------------------





「…………」

「どうしたんだ?キャンサー?」

正樹の家の屋上。

ここは夜風に当たるには最高にいい立地点で

ここで二人で星を眺めながら話すのが僕と正樹の日課になっていた。

「いや、レオンってあんなだったのかなって…」

「どした?あまりに呆気なく勝っちまったからしらけたのか??」

「ううん。違うよ雅樹…あれは、レオンじゃない気がする。」

僕は少し悲しい顔を浮かべて過去のレオンの事を思い出す。

あの何ものにも屈しない勇気と力を兼ね備えていた僕の憧れを。

自分よりも強い相手、自分と相性の悪い相手にも真っ向から勝負をする彼の姿を。





--------------------------------------------------------------------------------




星霊殿。

「あぁ?キャンサー。お前五位だったのか…」

「うん。レオンは…2位だっけ?」

「あぁ…っそーサジの奴め……次は必ず勝つ!!!」

何年前だっただろうか。忘れてしまった。

座っている僕の隣で悔しそうに顔を歪めながら指をパキポキと鳴らすレオン。

この頃のレオンは本当にかっこよかった。

僕にとっては勝ち目のないタウロスやサジタリウスと言った

常に上位に存在する星霊と互角に渡り、戦い続け、自身も常にTOPに君臨していた。

「ってかお前毎年思うんだけどなかなかいい線いってると思うんだよなぁー」

レオンも僕の隣に座って僕を見て言った。

「う、うん…。でも、僕のは隠れてて誰とも当たらずに手に入れた順位だから。

 結果的にサジにみつかっちゃってやられたから四位だったし・・・・・」

僕はやや苦笑してレオンに言った。

彼みたいなタイプには僕の「隠れる」と言う概念に理解出来ないだろう。

なんせ始まって五日もしないうちに毎年誰かに喧嘩を売って闘い始めるような男なのだから。

「んー。だけどお前さ。」

「ん?」

「絶対真面目に戦ったら強いと思うんだよ!なのになんで逃げんの?」

レオンの言葉に僕は目を見開いて呆然としてしまった。

(―――――強い?僕が??―――――――)

そんな言葉が脳内によぎる。

ハサミしか出せない能力が…強い?

たかが水を放つだけの能力が強い??アクエリアスのほうがまだ有能だよ。

頭の中ではそんなことを考えてレオンの言葉を「否定」する。

けれど、その片隅で少しだけ「嬉しい」と思うものがあった――――――。

僕みたいな存在でも、誰かに「強い」と言ってもらえるのか…と。




「…やあ、今年は何位だったの?レオン??」

それから数年。

また僕はいつもの所に行くと、レオンが一人で座っていた。

「……4位だ」

そんなショックを受けるような順位ではないのにレオンは少し暗い顔をしていた。

僕に言ったのだろうけどその目は僕を見ていない。他の・・・・どこかを見ている。

「…わりぃ、キャンサー。今日は話せそうにないわ」

そういってレオンは立ち上がり、去っていってしまう。




それから僕は――――――レオンとまともに話したことはない。

星座占い開始時に全員集まる時に顔を見かけるぐらいだ。

けれどそのとき、普段と同じように装っていても、暗い何かが浮き彫りになっている。

そのせいで僕は彼に話しかけることも出来なかった。

そして星座占い中も僕は彼の顔を見ない。

僕が隠れている間に、レオンはいつの間にか脱落していた。

ある歳を境に、レオンの順位は年々落ちていった。

僕は彼に何があったか知らない。

そんなことを思いながらも、いつものように隠れて順位をあげようと今年も考えていた。



けれど―――――――本庄雅樹。今年の僕のマスターがそれを拒んだんだ。

「せっかくのサバイバルだ!!こそこそ隠れてんじゃねえよ!!」

そのとき、僕は自分のスタイルを全否定されたみたいで少し悔しかった。

けれどそのあとの言葉が、僕を変えてくれるきっかけになった。


「男だろ!!だったら……戦って勝ち取るのが気持ちいいんじゃねえのか?

 お前も薄々思ってんだろ?こんなのはダメだって!だったらやってみようぜ。

 俺は何位になって不幸になろうがどうでもいい。お前のやりたいこと…やってみろ」


その言葉に僕は酷く感動してしまったのを覚えている。

自分の心情を全て見抜かれているような感覚。

僕は彼の言われた通り、このままじゃあダメだ。と思っていた。

だからレオンがあの場所にこなくなってからも、僕はあの場所でいつも鍛錬を重ねていた。

自分のこの能力をどう活かせば強くなれるか、どういう方法で戦えばいいか。

けれど、そんなことを考えたところでそれは絵空事で終わってしまう。

何よりマスターの幸福を考えないと。いけないからだ。僕が闘えるかもって軽はずみな行動で

最下位になってしまったら、僕のマスター…もとい蟹座の人々の一年はどうなるんだ。と。

いや、それは単なるいいわけだ。本当は単に……勇気がなかったからだ。

自分一人で、闘い始める勇気。それが僕にはなかった。

いくら頑張っても、強い奴らには勝てない。

自分のことよりマスターを幸福にしないと。

そんないいわけや正当化で自分を塗り固めてしまった。

けれど僕はそのとき、初めて……僕の背中を押してくれる男に出会った。


「本当に……いいの?」

思わず涙が溢れる。

無謀かも知れないけど、自分の努力を試す場が出来た。

「あぁ、当たり前だ。ガツーン!と見せてやれ。お前の力を。な!キャンサー!!」





--------------------------------------------------------------------------------




「…どうしたキャンサー?急に黙り込んじまって」

「え、あぁ…ちょっとね。雅樹…ありがとう」

「何言ってんだよ気持ちわりぃなー」

正樹はそのアゴに生えた無精髭を掻きながら言った。

「五日後……。レオンは来ると思う?」

「あぁ、絶対に来る。マスターも連れてな」

正樹は僕の質問に即答してくれた。

彼の声が今の僕にとっては勇気を与えてくれる魔法のように感じる。



僕には尊敬すべき人が二人いる。

いつも僕の近くでその強さを見せてくれたレオン。

そして、僕に変わる勇気を与えてくれた本庄正樹。


僕は今一度彼、本庄正樹の顔を見る。

筋肉で覆われたガタイのいい身体の中年だ。

そんな彼は夜の月を見ながらタバコを吸っていた。

その姿はハードボイルドって表現が似合う「漢」って思わせる風貌だった。


その男を見て僕はレオンに勝つと言う決意をまた一層硬くした。





--------------------------------------------------------------------------------




「でねレオン。あんたが行ってる間に中川家出る漫才番組あったから撮って置いたよ」

「おう、マジでか。サンキューな…」

俺は風呂に上がり、由香がそう言ってテレビの録画録から漫才番組を再生し始める。

俺はそれを尻尾があれば振っているだろう歓喜の表情で炬燵に入って見始める。

もちろん、キャンサーとの件は由香に一言も言っていない。

由香はどうやらバカみたくさっきの「猫にやられた」って言う言い訳も

「獅子も一応ネコ科だからライバル視されちゃったのかな?」などと一々可愛らしい解釈をして

そこからこちらにその件について追求してこようともしてこなかった。





そして――――――そんな日々が過ぎ、約束の五日後になってしまう。




                    ☆



東開ビル屋上。

「…レオン。まだかな…」

僕は少しそわそわしながらその場に立っていた。

こうしている間にも他の星霊たちに嗅ぎついてくる可能性があるからだ。

僕は自分が変わる決心のためにレオンを超える。

その闘いに、他者の参入は認めたくない。

僕は隣のこのビルより大きなビルの屋上を見つめる。

そこには柵にもたれかかってこちらを見ている本庄正樹。

彼も気付いたのか、僕に手を振ってくれた。

僕は絶対に、勝つ。正樹のためにも・・・。と意気込んでいると階段の音が聞こえた。

そして、ドアノブが動き、ゆっくり扉は開かれた―――――――。





--------------------------------------------------------------------------------





「ちょっと外行ってくるわ」

「え?なんか用事??」

「おう、だからってお前外に一歩も出んなよ!?」

「もーわかってるよぉ」

由香はやや不貞腐れた顔で顔を炬燵に乗せて言った。

俺はその様子に安心感を抱きながら、家の扉を開き外に出る。

開ければまだ冬の真っただ中。寒いので着ている上着のフードを頭に被せた。

歩いていると遠くに東開ビルが見える。



(あそこに……キャンサーがいる)

俺は五日前の出来事を思い出した。

あのひ弱なキャンサーがあんなに強くなっていた。

俺が逃げ続けてきた時間の間に、あいつは俺とは逆に強くなっていたんだ。

そう思うと、少し悔しい所がある。

まだ自分は、あのことを引き摺ったままなのだろうか。と

キャンサーは変わった。俺が変わった時と同じ時期に。

俺が強さを求めなくなった日から、あいつは成長してきたんだ。

そう思うと五日前の敗北はとても悔しいが、少し嬉しい所もあった。

俺にとってキャンサーは弟分だった。

いっつも誰かに頼りたがってそうな顔して、上手く立ち回って

俺にはない部分を持っていたから、俺にとっては興味が湧いたし、いい奴だと思った。



(僕もいつか、レオンを超えてみたいな)

昔、そんな事を言われたのを覚えている。

なんて返したんだっけな…。

いや、言葉を返す前にあいつはすぐ自分には無理かなんてへらへら笑いながら言ってたか…。

今の俺はもうキャンサーに超えられている。五日前ので明らかだ。

あいつは明らかに強くなっている。もう、誰に頼ることなく一人で闘える力を持っている。

(…勝てるか……)

俺の中にそんな不安が過ぎる。

今のキャンサーに俺は勝てるのか、本当にわからない。

今まで勝手当然だった相手に負けるかもしれない。その想像は思った以上に不安を仰ぐ。

(由香を連れてきたら…)なんてことも考えたが、すぐにやめた。

あいつは絶対に巻き込みたくない。そう決めた。

あいつも、昨年までの奴ら同様、この争いに巻き込まないようにして、俺がそっと死ねばいい。

そしたらすぐに俺の記憶はなくなる。そうだ、それで済む話なんだ。


東海ビルに到着する。

中には誰もいない。廃墟ビル…と言ったらいいのだろうか。

それでもまだ機能はしているようで、自動ドアが開かれる。

そして俺は階段を登り、コツン…コツン……と階段を上がる音を響かせながら

上へ…上へ目指していく。

そしてたどり着く屋上。

俺はそっと、そのドアノブを握り―――――扉を開ける。






キャンサーに負けてもいい。そんな間違った答えに行き着きそうな状態で。






--------------------------------------------------------------------------------





「やっときたね…レオン」

「あぁ…来てやったぞ。キャンサー」

レオンが来たことを確認したキャンサーはキョロキョロと辺りを見渡した。

「あれ?君のマスターは来てないの?」

「あぁ、俺にマスターは必要ねぇ。お前んとこのは……あそこにいるみたいだな」

レオンがそういいながら隣の少し高いビルの屋上を見上げた。

そこには高みの見物をしていた本庄正樹がいた。

「それってどういうことなの?僕はマスターも連れてきてって言ったよね?」

「わかってくれ。キャンサー、俺にマスターは必要ない」

レオンのその言葉にキャンサーは少し苛立ちを感じる。

「そう……本気を出さなくても僕に勝てるって言いたいの?」

「嫌な解釈の仕方をすんな。俺はマスターなしで闘うように決めたんだ」

「……そう。」

少し残念そうな顔をするキャンサーは右腕を蟹のハサミの形状に変える。



「あ、待ってくれキャンサー」

「??」

構えようとするキャンサーをレオンが静止させる。

「この勝負……後に置かないか?」

「……え?」

「今ここで、俺とキャンサー…二人で同盟を組もう!!今の俺たちなら絶対――――――」

まるで苦しい言い訳をするように、突然べらべらと言い出すレオン。

その姿にキャンサーはポカーンと口を開けて呆然としてしまっている。

「そんな言葉……君から聞きたくない!!」

呆然としていたキャンサーが俯きながら口を開く。

レオンの不抜けた言葉に苛立ちは憤りへと変わる瞬間だった。

言葉を言い終わる時にはもうハサミを構えている状態で、水弾を放っていた。

水弾は躊躇することなく、レオンの表皮に直撃する。

その衝撃に耐え切れず、レオンは飛ばされ、壁に大きく激突する。

激突した衝撃で割れた水弾は水となり、レオンの中を濡らしていく。

そのままレオンは何も言わずにただただ倒れているだけだった。

「……レオン。なんのつもりなの?」

キャンサーはレオンの元へ行き、見下す形で彼に言った。

「くっそ…やっぱ冬……に…水は寒い……な」

かなり痛みがあるのか、言葉が途切れ途切れになっているレオン。

それにこの寒い冬に水びたしなのだ、そのせいで身体も冷えきってしまっている。

「僕が聞きたいのはそういうことじゃない!どうしてわざと喰らったんだ!!!」

キャンサーはもう普段のなよなよした態度じゃなかった。

完全に怒りの形相で、レオンを睨みつける。

もう、そこには憧れを抱く者を見ているような眼差しは一切なかった。

「わざと?そんなわけねえじゃねえか。お前が強くなって俺がよけれなくなっただけだって」

「嘘だ。君はよけようとする動作もしなかった。…わざと、僕の攻撃を喰らった。」

「いや、本当だって。俺は…弱くなったんだ」

「嘘だっ!!!!」

キャンサーの場の空気を一気に張り詰めさせるような声が響きわたる。

「君は…レオンは……そんなやつじゃない。

 どうしたの?どうして僕に手加減するの??僕は本気の君と闘いたいって言ってるでしょ」

「いや、だから――――――」

「じゃあなんで、そんな目してるのさ!!」

そう言われてレオン本人がまず驚いた。

今気づいてしまった。自分は今、とても悲しい顔をしていることに。

俺は、心の中では自己嫌悪をしていたのかもしれない。

負ける可能性のあるキャンサーに本気で負けたくないからわざと負けようとした。

そのためにキャンサーを挑発ついでにあわよくばと同盟と言う形でキャンサーに頼ろうとした。

マスターと無駄な情がこれ以上湧く前に、この勝負から逃げようとした。

そんな自分をレオンは心の中で、自分が酷く愚かで、悲しかったのだ。


「…へへっ、キャンサー。やっぱおめぇすげぇわ」

レオンは冷えきってしまった身体を起こしながら、キャンサーに言った。

「俺はお前にわざと負けようとした。今のお前なら負けてもいい。

 負ければさっさとこんなゲームから抜け出せる。そう思っちまった。

 バカだよなぁ、マスター悲しませたくないんだったら最下位なんつぅ

 不幸な一年を過ごさせるわけにはいかねぇよな。それなのに俺はわざと負けようとして…」

レオンはそう言って犬や猫が水を飛ばすためにするように全身をブルブルと震わせる。

「悪かったなキャンサー!!お前のおかげで頭冷えた!!!

 今のお前は強い!!それに負けるのが怖くてわざと負けるなんて

バカな考えに行っちまったがもうそうはいかねえ!

 お前と全力で戦って……勝つ!!!」

レオンはとてつもない笑顔で構えた。

キャンサーはこのとき、初めて昔の彼を見た気がした。

純粋に闘いを楽しみ、勝利に飢えていて、いつも楽しそうにしている彼の姿。

その姿を見ているとキャンサー自身も自然と微笑んでしまう。

「やっぱりレオンはそうこなくっちゃね!!僕も負けないよ!!!!」

そしてキャンサーはバックステップでレオンと距離を取る。



「行くぜっ!!!!」

レオンは物凄いスピードでバックステップするキャンサーの距離を詰める。

キャンサーはハサミを上下に大きくふり、水圧円を放つ。

レオンはそれを身を翻してよける。かすかに触れる髪が綺麗に切り落とされていき、

彼らの後ろにあった小さな障害物はまっぷたつに割れてしまう。

そんな事はお構いなしに、レオンはキャンサーの目の前までたどり着き、拳を放つ。

これをその蟹ハサミで受ける。その後二、三歩バックステップしたキャンサーは

ハサミを構え、水弾を放つ。レオンはこれを殴ることで破裂させる。

腕には水の衝撃による痛みが走る。この方法は有効だが、拳に負担がかかる。

そんな痛みに意識している余裕はなくレオンは再びキャンサーと距離を詰める。

そのまま拳を放つもハサミがまるで盾のようにキャンサーを守る。


その後、とどまることのないほどに拳を放ち続けるが、

どれもこれもキャンサーに上手く受け流されてしまう。

相当努力したのだろう。俺の攻撃を的確に理解し、これを防ぐ。

水を放つしか能力のないキャンサーにとって、俺のように近距離戦の相手は相性が悪い。

そのことも見込んでここまでの防御術を磨いたのだから、本当に対したものだと思われる。

キャンサーの努力に感心していると突然、腹部に鋭い衝撃が走る。

どうやらキャンサーの普通の腕のほうである左腕レオンの腹部に拳を放っていたのだ。

細い腕といえど、不意打ちでガード耐性を取っていない状態でこれを喰らうとなかなか痛い。

レオンはその痛みを忘れようとするように身体を反転させ、そのままキャンサーに回し蹴りを

放つ体制に入る。しかし、この蹴りもキャンサーのハサミが受ける。

このハサミは相当強度があるのか、受けられる度にこっちが痛くなってしまう。

けれどレオンはこのとき、「かかった。」と小さく呟いているかのように、二ィとにやけた。

レオンは身体をねじらせ、反対方向に蹴りを入れようとする。

その動きには予想外だったキャンサーは、普通の腕である左腕でこれを受ける。

少し痛かったのか、キャンサーは一瞬苦痛の表情を浮かべる。



その瞬間に、隙が生まれる――――――――。

レオンは一度身体を倒し、バク転の形で体制を整えて、思いっきり右拳を放つ。

今までの一連の流れが本当に一瞬の出来事だった。

ゲームの達人がコントロールするバトル者のゲームキャラクターさながらに

傍から見たらレオンが何をしたのか理解出来ないかもしれないほどの速度。

そんな一瞬の出来事に対処出来ないキャンサーはそのまま顔面の頬に拳が接触する。

そしてキャンサーは最初の水弾を喰らったレオンのように飛ばされてしまった。

そのままビルの周りにある柵がキャンサーを受け止める。

鉄の柵だからか、受け止められた時の衝撃でキャンサーは思わず苦しそうな悲鳴を上げる。

一連の動きを終え、人呼吸したレオンは柵にもたれかかってしまっているキャンサーに

屈託の無い。なんの迷いもないその笑みを浮かべて言った。

「どうだキャンサー!!これが俺の本気だ!!!!」




獅子座の星霊レオンと蟹座の星霊キャンサーの闘いは――――始まった。




                       ☆





あたしはいつもの通り、テレビを見ていた。

レオンに家から出るな。っと言われた日からの日課である。

正月のテレビと言うのは退屈しないものだった。

毎日のようにお笑い番組や「初めてのおつかい」や「志村けんシリーズ」に

バラエティ番組の生放送などなど面白い物が多いからである。

「…レオン。用事ってなんだろ?」

今更ながらそんなことを考える。

まだこっちにきて一ヶ月も経ってない彼に私を抜いて何か用があると言うのだろうか?

そんな時、インターホンの音が聞こえた。

「…ん。誰だろ」

あたしはそのまま扉に駆け寄り、鍵を開けようとすると、向こうから声がする。

「開けなくていい。開けたら寒くなっちまうだろ?」

知らないおじさんの声だった。

彼は親切で言ってるのか、扉を開けるなと言ってきた。

あたしはそれに従い、扉を開けぬまま、玄関の前に立った。

「……その様子だと、何も知らないみてぇだな」

「な、なんのことですか?」

突然きた男の言葉にあたしは少々困惑してしまう。

顔の見えない男はそのまま続けて、あたしにこういった。

「俺は…蟹座の占い師だ。獅子座の占い師さんよ」

「――――――っ!?」

「まあ…なんだ。話を聞けや。そっから自分で決めりゃあいい」

顔の見えない男はただそう…呟いた。





--------------------------------------------------------------------------------




「どうだ!キャンサー!これが俺の本気だ!!」

倒れるキャンサーに笑みを浮かべながら叫ぶレオン。

今の彼には何の悩みもない。

ただ目の前の、強くなった友人を誠意を持って叩き潰す。その事で頭がいっぱいだった。

「や、やっぱりレオンは強いね・・・でも!僕も負けないよ!!!」

立ち上がったキャンサーはそのまま地面に自らのハサミを叩きつける。

その直後、キャンサーの足元から噴水のように水が噴き出す。

あの時にレオンをやった「ウォーターバン」とかいうやつだろう。

その勢いで上空に飛んでいくキャンサー。

そしてキャンサーは振り上げたハサミを大きく振りかぶる。

ハサミから円状の水がまるでブーメランかのようにレオンに向かって放たれる。

レオンは冷静に方向を見極め、これをよける。

水圧カッターのように円状の水円はそのままビルを切断し、沈んでいく。



「まだまだいくよ!!!」

キャンサーは宙で舞い、いくつもの水円を作り出す。

レオンは言葉を発する余裕もなく、これを難なく避け続ける。

その度にビルは切断され、沈んでいく。

気がつくと地面にはかなりの数の傷口が存在していた。

「これでフィニッシュだ!!」

するとキャンサーは右手で左腕を支えるような体制になり、水弾を放つ。

レオンは壊して飛ぶと言う手段も考えたが、

腕が痛むことを考えると「よける」と言う選択肢しかなかった。

水弾はレオンを捕らえることができずに傷口だらけの地面にぶつかる。



「へっ!空中から放ったって俺にはあたんねえよ!!」

「そうだね。でも・・・・君は地面でしか戦えない!!」

そう叫ぶと急に何かが崩れそうな音がした。

レオンはすぐさま気付く。これはキャンサーの策略だったんだと。

彼は空中に逃げるように地面を蹴るが、威力がない。その地面が崩れてしまったのだ。

自軸が不安定になり、ふらつくレオンはそのまま落下し、ビルの中に吸い込まれていく。

崩壊するビルにまみれながら―――――――――。

ビルはドドドォと大きな音を立てて中にレオンがいることなどお構いなしに崩れさる。

キャンサーは自分のハサミを足場にするように落下する。

彼のハサミは頑丈だ。

東京タワーから飛び降りたとて、彼のハサミの上に乗っていれば無傷で入れるだろうほどに。

「どうだいレオン?これは効いたでしょ??」

倒壊した東開ビルの瓦礫の上で

どこにいるかわからないレオンに対して不敵な笑みを浮かべてキャンサーは言った。

「あぁ…効いたぜぇ。しっかりな!!」

突然どこかからそんな声がする。レオンだ。

しかし彼の姿が見えない。キャンサーはキョロキョロと辺りを見る。

すると、自分の足に何かが触れているのを感じた。


「あ…あ……!!」

自分の足をレオンが、掴んでいたのである。

そのままレオンは瓦礫から出てきて、キャンサーの足を握り締め、思いっきりぶん投げる。

キャンサーの身体は瓦礫の中を無惨にも転がっていく。

レオンは攻撃の手を休めようとはしない。

そのまま急激な速度でキャンサーを追いかけ、彼に追撃を試みる。

レオンは上空で飛び跳ねる。上からキャンサーを仕留めようと言う魂胆だった。

倒れたキャンサーは意識を取り戻し、慌てて迫り来るレオンの蹴りをハサミで受ける。

そのままハサミを大きく振り、レオンの足場をずらし、彼を払いのける。

キャンサーはそのまま間髪入れずにハサミを構え、水弾を放つ。

今度は大きな物ではない。無数の小さな水弾だ。

これは躱すことが出来ないと踏んだレオンは上空に飛び跳ねる。

その行動も読んでいたのか、彼が飛んだ先には既に水円が迫ってきている。

レオンは慌てて身を翻し、

水円を躱すが、二撃、三撃とくる水円を空中で対処することは出来なかった。

胴体を切り刻もうとする水円の回転力が、皮膚を抉るように切り刻む。

しかし身体を切り刻もうとする前に

水円は元の水に戻ってしまうので、人体切断は出来ないらしい。

それでも、腹部からはだらだらと赤い液体が流れるぐらい重傷を受けてしまった。

ここでお互いバテたのか、睨み合いが始まる。

お互い傷だらけだ。息も上がっている。お互い、出方を伺っている。



「お前…本当に強くなったなぁ…キャンサー」

「うん。…でも、レオンも流石だよ。こんなに頑張ったのにまだ君を圧倒出来ない」

「そう簡単にやらせるかよ……」

レオンは右腕を抑えながら無邪気な笑みを見せてキャンサーに言った。

キャンサーもそれに釣られて笑みがこぼれる。

それはまるで子どもが喧嘩の最中に笑い合ってるような、そんな感じだった。

しばしの沈黙、お互い出方を伺っているのもあるが、お互い動けないのもある。

お互いもう傷だらけだ。ここで無駄に労力を使って、体力切れになった方が負ける。

そんなときだった――――――――知った声の少女の声が聞こえたのは。





--------------------------------------------------------------------------------




「…行きます。」

「そうか。じゃあ支度してこい」

あたしは蟹座の占い師と名乗る人から話を聞いた。

レオンとキャンサーの関係。

数日前。キャンサーがレオンを襲撃した件。

そして今日、決闘と言う形で決着を付けると言う話。

それを、レオンがあたしに内緒にしていたと言う件。

その事を聞いてあたしは心配をかけないようにしてくれた嬉しさと

自分を除け者にされた悔しさがあった。

確かにあたしには何も出来ない。

その辺にいる非力な女子高生だ。

多分痴漢や暴漢に襲われても対処出来ないと思う。

そんなあたしが言っても、前回のバルちゃんの時みたいに足でまといになる。



そんなことはわかっていても、

それでレオンがあたしに内緒で、一人で背負い込んでいるのがあたしには許せなかった。

(もうすぐ中川家出る番組あるけど、録画してやんないんだから)

そんなわけのわからない八つ当たりをしてしまいたくなるほど今のあたしは苛立っていた。

支度をすぐに済ませ、扉を開ける。そこには工事の作業服をきて、無精髭を生やした

頼り甲斐のありそうながたいの大きいおじさんがいた。

「俺の名は本庄雅樹っつうんだ。それより早くいこうぜ。…ご近所さんの俺を見る目が怖い」

自己紹介をしたあと、げっそりとした顔であたしに言う雅樹さん。

あたりを見ていると近所のおばさん方がひそひそと何かを話していた。

あたしは

適当に「親戚のおじさんなんですー」と言い訳しながら雅樹さんの言う東開ビルに向かった。




向かった先はもう既に壊れていて、瓦礫の山と貸していた。

その場には血を流してお互い睨み合っているキャンサーとレオン。

二人の顔はなぜか笑顔だった。

どうして?お互い戦ってるのに?殺し合いをしてるのに??

「あれが、男ってもんだ。嬢ちゃん」

隣で雅樹さんが仁王立ちでそんなことを言っていた。確かに、女のあたしには理解しがたい。

それでも、血を流して頑張ってるレオンを見ていると、何を思ったわけでもないのに

あたしの口は、自然と開かれた。


「レオォォォォォォォォンッ!!」

あたしは思わず叫んでしまった。

目の前の自分の星霊に。

キャンサーもレオンも驚いたのだろう。

特にレオンは「なんでお前がっ!?」とまるで鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしていた。

「なんであたしに隠してたのっ!?言ってもあたしちゃんと家に残っていてあげたよ!?

 どうしてレオンがマスターを連れたくないのかはまだ知らないけど!!!でも!!

 パートナーが危険かもしれないってのに!何も知らずにへらへら笑ってていいと思うかよっ!」

あたしは半ば泣きながらレオンに叫んでいた。

レオンは呆然とそんなあたしを見て驚いていた。

恐らく彼はあたしが彼に対してここまで激昂するとは思っていなかったのだろう。

「…はぁ、そうだよな。わりぃ。今度からは一言、言っとくわ。」

レオンは少し嬉しそうに微笑み、あたしから顔を反らしながらそう言ってくれた。

「いいマスターを持ったね。レオン」

「…お互い様だ」

二人はまた微笑みあっていった。

「ごめん雅樹。あれ、お願いしていい?」

「…あれ?」

あたしは思わず疑問符を浮かべて首をひねった。

あたしの隣にいる雅樹さんは「了解。しっかりやれよ」と呟いて大きく合掌した。

「……きた。」

そう呟いたキャンサーから何やらオーラを感じる。

するとキャンサーの左腕のハサミはふくれあがるように一回り大きくなった。

その小さな身体には似つかわないほど大きなハサミは少し禍々しく見えた。

「…『切断鋏』」

そう呟いて、キャンサーは静かにそのハサミを閉じた。

その直後、風がまるで刃物のようにレオンに飛んできた。

驚いて対処出来なかったレオンの右腕にその刃物のような風が当たった。

「……おいおい、マジかよ…」

「流石レオンだね、一発じゃあちゃんと切断出来ない…か」

キャンサーは少し冷酷な声色で言った。レオンの右腕から爆発するように血が噴き出したのだ。

そのままレオンの右腕はだらんと垂れ下がる。

「う、動かねえ…」

冷や汗を掻きながら慌てた様子のレオン。右腕がまったく動かないのだ。

「切断鋏。空気すらも切断する鋏。

 程度を変えれば内部だけを切断して切り落とさない事も出来る」

そしてキャンサーは重たそうなハサミを振り下ろしいった。



「さあ…レオン。これが僕の本当の本気だ。」

レオンとキャンサーの闘いは終止符を打たれようとしていた。



                        ☆






「これが僕の本当の力だよ…レオン。」

キャンサーは大きなハサミを下ろして膝を付くレオンに言った。

「…開放星術。」

あたしの隣で、また本庄雅樹さんが何かを呟いた。

「なんですか?その…開放星術って……」

「あぁ、嬢ちゃんも見てるだろ?バルやリブラの戦い方。

 どうやらあれは個人としてのスキルだそうだ。それぞれにスキルを持ち合わせているが

 中にはキャンサーのように二段階に分けられてたりするものも存在する。

 それが「開放星術」ってんだ。キャンサーはそれだけを俺に教えてくれてな。

 もし僕が頑張った結果、レオンに敵わない時はこれで対抗するってな……。

 だから…あれが正真正銘!キャンサーの本気ってわけだ!!!」

仁王立ちで嬉しそうにそういい、二人の戦いを見守る本庄雅樹さん。

どこか貫禄があり、誰からも慕われそうな彼を見ていると

今のキャンサーのあの一生懸命な顔の理由が頷ける気がした。

「レオン!!頑張って!!!」

あたしは星術なんて使えないし、レオンにそんなものを聞いていない。

だからあたしにはこうしてただ叫ぶと言う無意味な行為しか出来なかった。

けれどあたしはそれを繰り返す。レオンに勝ってほしいから。

あんな適当で滅茶苦茶でぐーたらな奴だけど、バルちゃんの時も慌てて助けてくれたし

今回もあたしに迷惑をかけぬようあたしに内緒でこんな戦いをしていた。

ほんと…猫みたいな奴。と思った。

猫は死ぬ寸前飼い主にバレないようにそっとどこかに行ってそのまま死んでしまうらしい。

本能的に猫は誰もいないところで一人で死にたがる。らしい・・・・・・。

最初は本当に適当で変な奴と思ったけど、本当は優しい奴なんだとわかった。

そんなレオンがこのままキャンサーに敗れて、あたしの記憶から消えてしまうのは悲しかった。



「あぁ!!やってやる!!!!」

あたしの言葉に答えてくれたのかレオンは大声で吠える。

その轟音はまるでライオンが吠えたかのような気迫を感じた。

その時、気のせいか、彼の周りにまるで

マンガのような気迫を感じ、身体の表面が蜃気楼のように揺れているようにも見えた。



レオンは身を低くして走りだす。

右腕が上がらなくなっているからかだらんと垂れ下がっている。

レオンのスピードにも冷静に対処し、キャンサーはハサミを閉じる。

また大きな風が起こる。レオンはその瞬間空高い上空に飛び上がった。

キャンサーは上空にいるレオンに焦点を合わせ、再びハサミを閉じる。

レオンは慌てて身を捻る。

腹部が急に何かに斬られたかのように裂け始め、そこから血が流れる。

キャンサーはこれを続け、レオンも身一つで躱し続けるも、必ず掠れてしまい

見えない刃によって身体中が次々と切り刻まれていく。

その痛みでバランスを崩すことなくレオンは重心を一点に集中し、落ちる速度を早める。

そのスピードに流石のキャンサーも対処しきれない。

レオンは勢いを付けるために空中で一回転し

そのまま足を伸ばしてキャンサーの頭上に焦点を合わせる。

「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

その怒号と共に、何か大きな鈍器がぶつかったような鈍い音がした。

レオンの踵がキャンサーのハサミにぶつかる。

その衝撃は大きな音と共に、赤い液体を四方八方に散らばした。キャンサーの血だった。

レオンの威力が相当高かったのか、キャンサーのハサミには皹が入り、

流石にこれはキャンサーにも効いたのか、くらっと身体を揺らし、地面に倒れる。

た、倒した……のかな?

レオンは息を荒くしながら身体中についた傷の痛みでふらふらと立っている。

彼も相当無理をしているのだろう。普通の人間なら出血多量で死んでるであろうぐらい

彼の身体の至る所に赤い液体を流す傷口が存在し、今もそこから泉のように血が流れている。

キャンサーは踵落としを喰らってぴくりとも動かない。



「か、勝った…の……かな?」

あたしが曖昧な言葉を紡ぐと、となりで大きな叫び声が聞こえる。

「どうしたキャンサーっ!!てめぇの努力はそんなもんか!?立て!!!!」

そう、本庄雅樹さんだ。

彼も今も仁王立ちで二人の戦いを見守っていた。

今倒れてぴくりとも動かないキャンサーに怒鳴りつける本庄さん。

まるで監督の人みたい…とあたしは思ってしまう。それほど彼は気迫が強く、貫禄が強い。

そんなときだった。ふらふらと足を震えさせながらキャンサーが立ち上がったのだ。

「そ、そうだ……僕は、負けちゃダメ…なんだ。雅樹のために!自分のために!!」

すごい信念。キャンサーの姿を見てただただそう思ってしまった。

キャンサーは口から出ている血を吹いて、目の前の男。レオンを睨みつける。

ハサミは砕かれた。もう彼に武器はない。チェスで言えばチェックメイト状態だ。

「は…ははっ、キャンサー…お前、すげぇわ。本当に…本当に……。

 俺、これだけは使いたくなかったのに。使っちまった。情けねぇ、あと…すまねぇ」

なぜかレオンは手で顔を隠し、キャンサーにそういった。頬には涙が垂れていた。

その瞬間だった。レオンの姿が直後に消えてしまったのは。

そして本当に一瞬。あたし達二人は衝撃的な光景を目にしてしまう。

レオンが手刀の形でキャンサーの腹部を突いていた。

それは腹を減り込み、突いたと言うよりは刺した。と言う表現の方が正しい気がした。

数秒立ったあと、レオンはその手刀を抜いた。手にはキャンサーの血がびっちょりとついていた。

「本当に、すまねぇ…」

「…へへっ、最後にわかっちゃった。レオンの能力が……次は負けない。」

涙が流れ、笑顔でキャンサーは言った。その顔はもはや呼吸も難しそうなほど苦しそうである。

そしてキャンサーが突然光り輝き始める。

彼は何かを悟ったように本庄雅樹を見つめる。

本庄雅樹は満身創痍な顔をして、キャンサーを見つめる。

口に出してなくてもわかる。「お前はよくやった。」と言っているのが。

「ご、ごめんね…雅樹。負けちゃった…」

「いいんだよ。お前は充分。頑張ったじゃねえか」

「もう…雅樹の家の鍋食べれないんだよね……なんだか寂しいな」

「来年もこい。また食わしてやる。マスターが変わろうが、俺はお前のブラザーだ!!」

キャンサーは雅樹の言葉に涙を流す。

これは先ほどの痛みから来る涙ではなく、感情的な涙。

雅樹がこんなことを言っても、彼はキャンサーとの思い出の記憶を無くす。

その事がわかっていても、キャンサーにとってその言葉はかけがいのないほど嬉しかった。



「…うん。そうする。」

そう言って、キャンサーはぼろぼろと涙を流していながらも、笑顔で雅樹を見つめた。

「よく見とけ由香。俺もこうなるかもしれねぇからな。」

するといつの間にか横にいたレオンがあたしに囁いた。

キャンサーは最後あたしのほうを見てきた。

「レオンは扱いにくいだろうけど……よろしくね。レオンの占い師さん」

あたしはキャンサーの遺言に真剣な眼差しで彼を見て一度頷いた。

そしてキャンサーは光と化して、まるで元々そこにいなかったかのように消えてしまった。

「…レオン。勝ったんだよね」

「あぁ、一応な。」

あたしはあまりにも悲しくて虚しいこの状況に、レオンに本当に勝ったのか?と問い直してしまう

これからもこうなのだろうか。レオンが倒した相手が消えていってしまうのを見ては

自分達が本当に勝ったのかと言う虚無感が残ってしまうのだろうか。と思ってしまった。

あたしはそのまま同情の気持ちも含めた瞳で本庄正樹さんを見つめる。

「……えっ!?」

すると、あたしは驚いた。

雅樹さんも光子化しているのである。先に消えていったキャンサーのように―――――――。

「なるほど、一度こうして消して、記憶を改竄してから、俺を戻すってことか」

「な、何のんきな事言ってるんですか!?消えてるんですよ!!」

「あぁ?いいんだよ。俺は…キャンサーの頑張った所を見れただけでもう死んだって構わねえ」

あたしは雅樹さんの言葉に驚愕した。

この人…そこまでキャンサーの事を気にかけていたのか。

自分に自信がないと悩むキャンサーの道を正し、努力を実らせた人。

あたしは星霊をサポートする。と言うのはこういうことなんだ。と改めて実感した。



「あ、そうだレオン。俺が消えたらもしかして星霊殿とか行けんのか?」

「いや、無理だ。お前も由香も行ったことのあるあの座席場に転送される。」

「そっかー星霊殿でキャンサーと一杯やれたらって思ったんだが…しゃあねえな」

そういいながら、彼はどんどん光子化が進む。

彼の顔には哀愁が漂う笑みを浮かべていた。

すると、彼は何かを思い出したかのようにポケットからタバコを取り出し吸い始める。

「キャンサーの野郎がタバコの匂い嫌いで吸えなかったからな……」

そういってタバコをくわえ、口から煙を吹く。

そして落ち着いた様子であたし達を見つめる本庄さんはきりっとした目付きでこういった。

「俺たちを負かしたんだ。このあとも頑張りな。んじゃあな、お二人さん♪」

そういって本庄雅樹も、姿を消した。

「…二人とも……いったな。」

「れ、レオンっ!?」

そういってレオンはバタンと地面に倒れてしまう。

今思えば彼も相当ダメージを負っていたのだ。

むしろここまで平気そうな顔をしていたのがおかしい。

あたしはどうしたものかと思いながらも、その小さな身体で頑張ってレオンを家まで運んだ。




--------------------------------------------------------------------------------




数日が経った。

レオンが「一緒なら外出も許可してやる!」と言ってくれたので久々に服を買いにいった。

またバルちゃんや美優ちゃんに合っちゃったらどうしようなんて思っていたけれど

その心配は無駄に終わってくれた。

その帰り道―――――――。

「おいっ!新人!!もっと働け!そこはこうだ!!」

工事を行なっている現場を通りかかり、そこでは聞き覚えのある声がした。

見てみると、そこには凛としたがたいの大きくて、頼り甲斐のありそうな無精髭の男がいた。

「あれで…忘れてるんだよね」

あたしは思わず声を漏らす。

「あぁ、これが星座占いのルールだからな。」

そういってレオンは素っ気ない態度で返しあたしの先を歩く。

「あ、待ってよー!」

あたしはそんなレオンを追いかけるように小走りでその場を去っていった。






「お前、今日うちにこい!!」

「え…?どうしてですか??」

「根性が足んねえんだよ根性が!だからおめぇは俺がしごいでやる!家で鍋食うぞ!!」

「な、鍋っすか?どうして鍋なんすか…?」

「あぁ?そりゃ俺と鍋食って努力したやつがいたからだよ」

「誰っすか?先輩の中にいますか?」

「あぁ?ここにはいねぇよ」

「じゃあ誰っすか?」

「……誰だったかな?忘れちまったわ!」

「そんなこと忘れててていいんすか!?」」

「つべこべ言ってねえで今日は俺んちにこい!いいな!!」

「は、はい!」

「じゃあ作業に戻れ!!」

レオン達が去った後、後輩であろう人物に、本庄雅樹は説教じみた態度でいった。

最後の言葉で彼の後輩が仕事場に戻る。力もそんなにない新人の青年だ。


その少年がおもたそうに土嚢を三つ四つ重ねて運んでいる。

それを本庄雅樹は仁王立ちで笑みを浮かべながら眺めていた。



まるで、あの戦いの時のキャンサーを見ているような瞳で――――――。




キャンサー編終わりです^^

個人的に好きなキャラクターですのね

よく読んでくだされば嬉しいです!><

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ