2章
刑務官が黒い頭巾をかぶせてきた。
僕が最後に見る景色が、こんなおっさんの顔であることに僕はいささかがっかりした。この世で最後に見る景色、さぞ思い出に絶景として深く刻み込まれるだろうと思っていたが、僕は刻み込まないことにした。
そして視界が暗闇に飲み込まれた。死の闇だ。
僕はこのときになって後悔に念が生まれてきた。自分のしてしまったこと、被害者やその遺族に対してではない、いわば自分に対しての後悔だ。頭巾をかぶせないようにお願いしておくべきだった。真っ暗闇の中で何時落ちるかわからない板の上に立たされるなんてすごく怖いことでしょ?
そして、白く太いロープが僕の首にかけられた。とは言っても僕は目隠しをされているのでこれは想像でしかない。多分白だろう。
純白のロープと漆黒の頭巾、まるで天使と悪魔の様に対照的な色彩である。もっとも、今回は天使が僕の命を奪うことになるのであるが、、、。
抵抗できないように後ろ手に手錠をかけられているので、自分の納得のいく位置にロープをもっていくように身をよじるのは大変だった。こんなことをするのは数多くいた死刑囚に中でも僕だけだろう。まぁ、傍目にはロープの位置なんてそんなに変わってないのだけれど、自分でやったほうがしっくりくるし、納得がいく。
僕は新品の頭巾とロープにシンパシーを抱いていた。彼らもまた、ここの部屋に初めて入り、数分間すごした後、焼却処分となるのである。僕と彼らは運命共同体なのだ。
最後に深呼吸をする。自分のタイミングでは落ちる事が出来ないので、どれが最後の呼吸になるかわからない。僕はどれが最後になっても悔いの無いように大きく何回も息を吸った。
ふと、できれば山の匂いがかぎたい、という考えがよぎった。でなければ雨が少しだけ、、、ほんの5秒だけ降ったあとの濡れたアスファルトのにおいでもいい。
山の生命力に溢れた深緑を最後に直接見たのは何時だろうか?この殺風景な施設に収監されて3年だが、少なくともそれ以前でもかなり長い間緑を楽しむことは無かった。幼いころは父に連れられて沢山の山へ行ったのに、、、あぁ、無性に嗅ぎたい、、、。
しかし、どんなに肺いっぱいに空気を送り込んでも、流れ込んでくるのは真新しいナイロン製の頭巾と太い純白のロープの人工的な匂いだった。
部屋の中全体がじめじめとした灰色の「死」の雰囲気が濃霧のように立ち込めている。恐らく部屋単位で考えたら日本で一番人が死んでる部屋であろう。世に言う「いわく付き物件」なんてかわいいもんだ。なんせ大概の死刑囚は恐ろしい恐怖と絶望のうちに死んでいくのだから。
部屋に漂う何年も堆積した空気と、真新しい頭巾とロープの新鮮な空気がちぐはぐな感じで部屋の空気を対流させている。濃度が異なる水溶液の実験のようだ、、、濃度の濃いほうから薄い方へ、薄いほうから濃い方へ、、、。生から死へ、死から生へ、、、。それは最終的に一つに混ざり均一化される。
僕が乗っている床が抜けるまでわずかな時間があるらしい。その間に、皆さんに僕の人生をお話したいと思う。サイコパスと呼ばれた僕の話を―――。