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人減  作者: tiki
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序章


 「いいえ、何もありません。」


 これが僕の人生で最後の言葉だった。


 二度と降りることの無い、一方通行の13階段を上りながら僕は今までの人生を思い返していた。普段は漠然とではあるが保障され、当然と思い描く将来というものがない。あと五分後には自分は確実この世にいない。

 生活上実在するほんのちょっと先の時間に、自分が存在しない、、、そんな特殊な状況に対して、僕は妙な心もとなさを感じていた。


 恐怖ではない―――不安を感じていたのだ。


 こういう場合、普通は神や仏に祈ったりするのだろう。

 だが、あいにく僕は無神論者だ。これは僕は合理主義者であることの当然の帰結に思われる。

 僕が大学生の時、アメリカはイラクと戦争をしていた。様々な理由はその発端にあったのだろうが、「宗教」もその原因の一つとなっていたことは否定できないだろう。

 人々を幸せにするための宗教が現実には大量殺人の正当化根拠になっている。そんなことは間違っている。

 こんなかわいい理由で神を信じていないわけではない。宗教が戦争の動機になろうがなるまいがどうでもいいことだ。人間の争いの原因は、突き詰めれば考え方の違いに行き着き、宗教はその違いを示す指標となるのには十分なものであるから。

 では、なぜ僕が無神論者なのかというと、それは神自身が矛盾を内包しているからだ。

 そもそも、神が存在すると辻褄が合わないことが多すぎる気がする。

 

 まず神が全知全能であると仮定しよう。

 この世界を見てみろよ。全知全能の神が作ったにしてはあまりにお粗末ではないか?

 人間にしても善と悪がおり、往々にして善は悪に虐げられている。神ならそんな世界を作りはしない。全知全能なのであれば、事前に悪を全て淘汰して善人が幸せになれる世界を創造するはずである。

 また、死後の世界、天国と地獄というものの存在が理解不能だ。そんなものがあるならこの世で生きる意味がない。はじめから神が全員振り分けて天国と地獄に送ればよい。まさか人間はどのようなに成長しどのような行いをするかは現世で生きてみないと神にすら分からない、などとはまさかの給うまい。もし、そうだとしたら人は神の想像すら超えてしまう。これは神が全知全能なことに反する。

 故に少なくとも全知全能性は否定されるわけだ。全知全能でなければもはやそれは神とは呼べないだろう。故に神はいないと僕は確信している。少なくとも現在信じられているような類の神は、だ。

 宗教を全く信じていない僕にとって『死』=『終わり』である。

 来世なんてものはなく、ただ無意識の暗闇が永遠に続くと考えている。そんな僕にとって死ぬことはもっとも恐ろしいことだった。

 小さい頃から寝る前に死ぬことを考えては一人絶望していた。

 

 しかし、実際避けようのない死が目の前に突きつけられている今、感じているのは不安である。死の恐怖より大きな不安はいったい何に対して抱いているのだろうか?いったい何があるというのだろうか?


読みづらい思いますが最後まで宜しくお願いします。

感想も待ってます。

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