目標
パニックに陥った俺は、あの後ギルドから飛び出していた。
かといって何も持たない俺に、行くあてなどある訳がない。街の中を駆け回り、人目の付かない建物の影に落ち着いていた。
「死……か」
ふと、その言葉が口を突いた。
『沈む日は、汝を死に導く』
予言を思い出す。
簡潔で分かりやすい言葉だ。
改めて見れば、なんということはない。
俺が死ぬ。
それだけ。
ふと今までのことを思い返す。
……何もなかった。
俺は記憶喪失なのだ。思い出すものと言えば、今日の記憶だけだ。
気が付いたら道端にいて、街を目指して一時間。
金を工面すべくギルドを目指し、ガルムの所為で喧嘩を吹っかけられる。
そしてランと話して……終わり。
言葉にすれば三文で終わる『俺』の人生。
たったこれだけなのに、記憶じゃないどこかが死にたくない、死にたくないと叫んでる。
生への執着だけじゃない、もっと別の濃い理性というべき何かからの……。
「俺が死ぬまで……後少し」
影から少し出て、日を見上げる。
空は赤く、日は沈みかかっていた。予言が本当なら――本当、なんだろうな――日が沈んで俺は死ぬ。
「ん?」
待てよ、言葉に釣られて肝心なことを聞いていなかった。
俺はどうやって死ぬんだ?
予言という『力』が丁寧に教えてくれるとは到底思わないが、そこにヒントはなかっただろうか?
「『沈む日は、汝を死に導く』……」
予言を復唱すると、頭が違和感を訴えた。意識して理解に努めたからだろう。一度聞いただけでは分からない、なんとも言えないニュアンスの違いがあった。
「あぁ……」
思考の末、その違いの意味にたどり着く。
俺は勝手に今日の日が沈む頃に死ぬと思いこんでいた。そこに「導く」という言葉が加わって違和感になっていたんだ。導くという言葉は、もっと動的なもののはず。『答え』ではなく『流れ』。
その言葉を、俺は死ぬ、ではなく、俺が死に近づく、と、考えられはしないか?
そして、「沈む日」というのは、本当に時間を指しているのか? それが『原因』だとは考えられないだろうか?
沈む日が、あるいはそれに起因する行動が原因で、俺を死に至らしめると。そう考えることはできないのだろうか?
さらに言えば、「沈む日」というのが何らかの隠喩である可能性も高い。
つまり予言の勿体つけた回りくどい言葉で端的に表された結果が『沈む日は、汝を死に導く』。
俺の死は、確定じゃない。
少なくともまだ、幾許かの余裕はある。
俺は体に活力が漲るを感じた。
近いうちに死ぬかもしれない。だけど、それ以上にこの場にいられることがなんとも素晴らしいことのように思える。どうやら記憶を失う前の俺はそういう人間のようだ。生きることって素晴らしい。
パシッと小気味のいい音を、合わせた拳と掌で鳴らす。
「生き残る」
今の目標。
記憶を持たない俺の、最初の目標。
成るようにしか成らない。
それが予言というものだ。
逆に言えば、為しても成るし、為さずとも成る。
そこには絶対に違いがあるはずだ。なら俺が目指すべきは、予言を予言のまま、俺の都合のいいよう変えること。
俺の思惑で、予言を、未来を変えて見せる!
「くはっ。やる気、湧いてくるぜ」
ハハ。勝手に絶望して、一時間経たず自己解決。そしていつの間にかやる気満々。
飛び出していったのがバカみたい。
いや、バカだ。
どう考えてもバカだ。
そして俺が思いついた予言の落とし穴。ランも気付いていたのだとしたら、話を聞かず出て言った俺は大馬鹿もの以外の何物でもない。大恥だ。
なんというか、俺は肝心なところが抜けてるようだ――
「やれやれ……」
バカはバカらしく、一度無様に謝りますか。