予言
「どうしてこうなった」
1嵌められたから。
2涙に負けたから。
3自分のためになりそうだったから。
答えは全部です。
腹立たしい男がいなくなった後、俺はランに問うた。
「どうして俺を同行者に?」
「予言に出たからです」
予言。そう、肝心の話をしていなかった。
「その予言って、一体どんな《力》なんだ? どういう風に俺が出たんだ?」
ん、とランは頷き、
「ナナメさんになら教えてもいいですよ」
その前に場所を変えましょう――そう言われ、立ちあがり進んだランの後に続く。ランは料理を出しているのとは別のカウンターへ向かい、そこで幾つか言葉を交わすと、関係者以外立ち入り禁止な雰囲気のする奥の扉へと向かう。いいのかとしり込みをする俺に気付き、手招き。
大人しく付いていくと、彼女は勝手知ったる様子で廊下を進み、一室へと入る。
「ここは……?」
「ギルドの面会室です。防音効果も高いですし、誰も入ってきませんから、内緒話もし放題です!」
カウンターで一言二言告げただけでこんな部屋が使える。ひょっとすると、姫って言葉は本当本当なのかもしれない。
部屋は木でできているからか落ち着いた印象を与えてくる。中央に革張りのソファと木机。それを横から見下ろすように、仕事机が置いてある。面会室というのに間違いはないようだ。
周りには調度品がいくつか。壁際に置かれた観葉植物、仕事机の上の花瓶に入った花。それらは窓のないこの部屋にやすらぎを与えてくれる。防音効果も高いと言っていたし、飾り気のない部屋に華を添えたといったところか。
「ナナメさん、遠慮しないで座ってください」
立ち止まって部屋を観察していたのだが、ランには遠慮しているように映ったようだ。俺は頭を軽く掻きながら「ごめんごめん」と言ってランの対面に座った。
「えと、それじゃ聞かせてもらうけど、ランの《予言》の力って一体どういうものなんだい?」
少し躊躇うように聞いたが、ランは笑顔で頷き話し始めてくれた。
「《予言》の力はですねー……」
曰く、未来を知る力であるという。
……分かってるよ!
具体的な内容だが、彼女の《予言》とは「予め言う」ことなのだと言う。なんだそりゃと思ったが、話を聞くと確かにその通りだなと納得した。
彼女の力は、「予め」、つまり、前もって「言う」のだ。
何を?
未来を。
ただし彼女の力の発現は運任せのようで、歩いている時ふと言ったり、会話中に突然予言を始めたりと苦労している様子。少なくとも自分の意志で押さえることも始めることもできない。
肝心の内容だが、ランのことだけを予言する、ということ以外は極めてランダムのようだ。ランダムというのは内容にしてもそうだし、未来に関してもそうだ。予言して「数秒後、スリに会う」や、「五十年後、湖の畔で転ぶ」といったどうでもいいことまで様々。
その中でもとりわけ衝撃的だったのが、先ほど酒場で口走った「扉を開けし者、無双の《力》持つ運命の人である」というものだと言う。
「……その予言って、信頼できるもんなんだよな?」
「はい! 今まで外れたことは一度もありません」
困った。何が困ったって、こんな可愛い子に結婚を迫られて顔がにやけて困る。ふふふ、ふははははは!
「冗談は置いといて」
小声でボソッと戒めるように言う。
「力ってそんだけ? それならわざわざここで話すようなことじゃないんじゃ?」
その予言が原因で俺は入り口で死の危機に瀕した訳だから、そのことはあの酒場の人間たちは知っているはず。それでもここで話す必要があるとすれば……
「実は、《予言》には二つ秘密があるんです」
「……今なら間に合うと思うんだけど、俺に教えちゃっていいの?」
「はい。ナナメさんは、運命の人ですから」
……眩しい。眩しすぎるよこの子。
俺が自身の汚さを再確認している間に、彼女は俺の隣に座って腕を組んだ。
顔が赤らむ。俺と彼女。
「私の《予言》は、私以外もでき――『沈む日は、汝を死に導く』」
一瞬言葉が区切られた後、無機質な声色が隣から伝わってきた。思わずそちらを見ると、ランの目が光を失い、口が事務的にそんな言葉を紡いでいた。
す――と目に光が宿り、ランは自身が口にした言葉を恐れるように再認した。
「死……?」
「オイ!」
ランの肩を掴み、ソファに押し倒すように彼女と目を合わせる。
俺は今、野獣のような目をしていただろう。自分でも興奮しているのが分かる。
「お前の予言は、書き換えられるのか?」
びくっと、ランは体を縮ませる。
「あ……え……?」
俺はそのままじっとランの言葉を待った。
「わ、私の《力》は、私と私が触っている相手のことを予言しますが……」
その先の言葉を口にするのが恐ろしいとでも言うように口を噤む。
俺は眼で無言の催促。
嘘だろ?
嘘なんだろ?
俺は、こんなところで死にたく……
「予言が覆されたことは、一度もありません」