眼
殺気だった男たちが、得物を抜いて俺に向かってくる。
「ひっ、ヒィィィ!」
俺は情けない悲鳴を上げながら、入ってきた扉から急いで逃げる。転がるようにして外に出た。
中から何人もの人が出てくる。
「な、なんで俺に向かってくるんですか!?」
俺の悲鳴に、殺気だった男たちは答えない。じわりじわりと距離を寄せてくる。俺は尻餅をつきそうになりながらも、なんとか後ずさり。
しかし遅れて扉の影から顔を出した男が答えてくれた。顎鬚の似合うナイスガイだった。
「なんていうかねえ……」
周りの男たちは未だにじり寄ってくる。ダッシュで逃げたいが、足が動かない。それにそうした瞬間なんかヤヴァイものが飛んできそうな予感がぴりぴりする。
「うちの姫さんが、『次に現れる男がかなり強い』って予言した後、『お前らじゃ無理だから諦めろって』って煽っちゃって。皆姫さんに好かれたいからそいつを倒――」
男は瞬時に頭を引き、扉を閉めて壁にする。遅れてナイフが数本突き刺さる。
「怖い怖い」
再び顔を出してそう言うと、ギルドの中に戻っていった。
男たちが襲ってきた訳は一応分かったけども、無茶苦茶すぎる!
か、かなり強いってなんのことだよ! 俺に戦う力なんて……あ、あった。
彼らから逃げられる気はしない。そして倒す力がある。なら、倒すまで。
何故か俺は、その得体のしれない力というモノに興奮していた。それを見つけた瞬間、逃げるという選択肢が一切消え、それを使いたいという衝動に駆られた。何というか、そう。今まで欲しかったけれど手に入れられなかった物に、初めて手が届いた――そんな、感触。
知識を手繰ると、違和感の塊が存在した。それが俺の持つ力。俺の持つ『常識』に照らし合わせると、この世界に存在しない力だ。だが何故か俺は知っていて、使い方まで分かっている。だからこその違和感。
使い方はシンプル。
一点を睨み、そこを心の中で捻じる。
すると捻じった場所の空気が歪んだ。
――まだだ。
相手はまだじわじわと距離を詰めてくる。
俺は最初に歪ませたポイントの横を捻じり、『歪み』を増やす。
『歪み』一つはピンポン球くらいの大きさだ。それで線を結ぶように、等間隔で横に作り上げていく。
最初に作った『歪み』は俺のすぐ目の前だったが、俺は後ずさり、相手は前進している。『歪み』は高さ一メートルくらいのところに鎮座し、距離は互いの真ん中。五メートルずつくらいだろうか。急いで仕掛けないと、『歪み』を仕掛けた意味がなくなってしまう。
俺は彼らに背を向け、一歩踏み出した。
背後で砂を蹴る足音が聞こえる――直後。
「がっ……!」
「ぐふっ」
「うっ……」
俺は横に跳び、後ろを振り向く。予想通りナイフが一本飛んできていた。
走り出した数名が、俺の作った『歪み』の壁に腹からぶつかり悶絶したようだ。『歪み』は宙に浮かぶ障害物。どうやっても取り除けず、動かせない『点』。彼らは走る勢いそのままに、壁にぶつかったようなもの。だが『歪み』は点なので、壁にぶつかるより面積が小さく、その分圧力も大きい。運悪く鳩尾に入った何人かはその場で昏倒している。
先に走り出した何人かが急に止まったことで、後ろの人間は足を止めざるを得ない。
その間にも俺は再び『歪み』を作り、トラップを仕掛けていく。
今度は斜めに設置。立ち止まった男たちの両脇から、俺を結ぶ直線に垂直に仕掛ける。
男たちは予想通り、正面で倒れた男たちを避け、両脇からこちらへと走ってくる。
俺はタイミングを合わせ、わざとらしく両手を壁に沿うよう振る。
すると男たちは『歪み』にぶつかり、またも足止め。体をくの字に折って後ろに倒れる。少し走る勢いが弱かったか、倒れる者は大勢だが、気絶する者はいなかった。
またそれぞれの脇からこちらを結ぶ直線を妨げるように『歪み』を作りながら、控え目に声を上げる。
「戦いたくはないんだ。武器をしまってくれないかな?」
半分は壁に弾かれて倒れているが、運よくそれを免れた出遅れ組もいる。
彼らもこのまま進めば正体不明の『攻撃』をされると思い、たたらを踏む。
だがやはりというべきか、血気盛んな何人かはそれらを避けてまたこちらに向かう。
俺もまた手を伸ばし、彼らが壁にぶつかる直前、腕を振って演出する。
三回も攻撃を見せられ、その原因が分からない。分かることは精々、その衝撃に合わせて手が振られること――と相手は誤認する。
残った男たちは完全に足を止め、両手を上げて無害を示した。最初の血気盛んな状態が嘘のようだ。仲間がやられる様子を見て頭が冷えたのだろう。
それでもまだ抵抗する気なら、手を振りかぶって脅すつもりだったが、不要のようだ。下準備が無駄に終わったが、それで何より。
俺はそれぞれの『歪み』を見て、ほどけるよう念じる。すると『歪み』は最初からなかったかのように消え去り、元の空間が戻る。俺がそこを通ってもぶつかることはない。
「危害を加えるつもりはありません。手を降ろし、武器をしまってください。あと、倒れた人たちの介抱もお願いします」
俺は自然にギルドの扉に向かう。後ろから殴られたり、正面からでも近ければ避けることはできない。相手に背を見せている状況だが、一応街中だしあまり物騒にはならないはず……今の今では信頼性に欠けるが。だが怯えてしまっては、こちらのタネがバレやすくなる。余裕そうに振る舞うことで、攻撃を躊躇わせることができるはずだ。
その甲斐あってか、後ろから――もちろん前からも――攻撃されることはなく、無事にギルドへ辿り着くことができた。
完全勝利の瞬間。
頬が俺の意思を無視して釣り上がる。
幸い扉は目の前。誰にも見られていないだろう。
俺は顔を片手で一揉みして元の表情を取り戻す。
深呼吸。
では行こう。
今一度ギルドの扉を開く。
先ほどのように殺気だっていることはなく、「本当に生き残ってる」という感嘆の声が聞こえてくるほどだ。
居心地悪く出口で突っ立っていたが、先ほど顔を見せた男が「こっちに来なよ」というので、そちらに向かってみた。
冒険者ギルドは酒場も兼ねているようで、あちこちのテーブルに酒や料理が置かれてあった。
俺は男のテーブルの隣に立ち、声をかける。
「えーっと、説明ありがとうございました」
男は食べていたパスタを置き、「どうも」と言って向かいの席を指す。従う俺。
「まあなんだ。不運だったね」
確かに不運は不運だが、先の説明を聞く限り『姫さん』とやらが元凶な気が。
「あの、先ほど言っていた『姫さん』と言うのは?」
分からないことは素直に訊くのが一番だ。何も知らない状態で駆け引きできるはずがない。
「うん、まあそれは本人に訊くのが一番だろう」
「?」
首をかしげる。しかしすぐ隣でコトリと音がすると、十五、六歳くらいの少女が椅子を持って俺の隣に運んでいた。
少女と目が合う。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは……」
少女のにぱっーという擬音語の似合う、天真爛漫な笑みと挨拶に、俺は目を逸らし、詰まりながらなんとか返す。
「や、姫さん。こいつが『予言』に出たやつでいいんだよな?」
「はい、たぶんそうなのです!」
この子が『姫さん』? じゃあさっきの男たちは……
「ロリ……コン……?」
「冗談だよ。真に受けるな」
男が笑いながらツッコミを入れ、俺を見定めるように覗き込む。
「ガルムと呼ばれている。こっちは――」
「ランです。よろしくお願いします!」
元気よく答える少女。
ガルムがお前は、と問うてくるような目を送ってくる。だが、答えることはできない。
「……」
どうしようか迷っていると、ランと名乗った女性が首を傾げる。よくよく見れば美少女な訳で、首をかしげる様はかなり可愛い。
「名前、なんて言うんですか?」
「え、えっと……」
名前、名前……名前なんてあったか? いやないね。
じゃあ偽名は?
ガルム? ラン? これに沿うような名前? 頭の中はもっと非凡で、聞き慣れた『名前』ばかりが並ぶ。
くそ、どうしたら。
偽名、名無し、眼に宿る力、歪み――記憶喪失、魔眼……
「な、ナナメ!」
気付いたら、
「ナナメって言うんだ。よろしく」
『ナナ』シと『メ』ニヤドルチカラから、ナナメ。
アクセントの違う、関係のない意味の言葉が頭を過ぎったが……もう遅い。
最後の名前決定、「生死の境」で語られた内容に矛盾してるようですが気のせいです。
……気のせいです。