死後
う、うぅん……
なんだ? 目が……前が、見えない……ぼやけてる……
手の土汚れを払い、指を右目に当てる。そしてつまむと、コンタクトレンズがあった。
「どうして……?」
コンタクトを外した目は、正常に見えている。目が悪くないのに、コンタクトをしている意味がわからない。カラーコンタクトという訳でもないのに。いや、あれ、俺は目が悪くなかったっけ?
思い出そうとする。
――ッ!
「え……?」
反射的に頭を押さえる。
何故、どうして。
「記憶が、ないんだ……」
茫然と俺は呟いた。
左目のコンタクトも外し、その場に捨てる。このままつけている必要はないし、保存液もない。捨てるしかなかった。
数分空っぽの頭を全力で動かしてみたが、答えは出ない。
ここでぼーっとするのも考えものだろう。
俺はようやく周囲を見た。
――ふむ。
俺がいたのはどうやら道のようだ。と言っても整備された様子はなく、平原の行き来のしすぎで削れてできただけのもののようだ。
俺自身、何も持っていない。元々何も持っていなかったのか、盗賊に気絶させられ盗られたのか、気絶していたから誰かに盗られたのか。
考えても分からないことは、忘れよう。
幸い、道の先、地平線の手前辺りに街らしきものが見える。左右は平原、森、そして地平線の彼方に山脈が見える程度で、どう考えても行き先は一つしかない。
だけど――
「遠いよなあ」
徒歩一時間は覚悟しなければならなそうだ。
街に辿り着いた。
……どうしよう。
何も分からず辿り着き、頼る者なく行きついた。
持ち物はなく、金銭の類は一切ない。
働こうにも、薄汚れた服を着、記憶の怪しい身分不明の人間を雇ってくれるとは思えない。
八方ふさがりだった。
……誰か親切な人はいないのか、なーんて目を配るが、そもそも俺はそこまで困った風にしていないのだから気付くはずがない。
しょうがない。
怪しまれるのは承知で話を聞いてみよう。
「すみませーん」
「見ない顔だね。新鮮な野菜が揃ってるよ、買ってきな!」
と言っても、通行人に話しかけるほどの度胸はない。相手から望みの返事が返ってくるとも思えない。無難に、店を構える威勢のいいおっちゃんに声をかける。店と言っても、街路を歩いていたら両脇に屋台のように品物が並べてあるだけなのだが。
「ああ、ええと、すみません。働くところなどありませんか? 今お金が全くなくて」
「あら、兄ちゃん大変だねえ。財布でもおとしたのかい?」
ええ……、と口を濁す俺を「またいいことあるさ、落ち込むな!」と笑って励ましてくれる。
「残念ながらこの辺りは皆余裕がある訳じゃないんでね。聞いて回っても同じだろう」
そう軒並み連ねる屋台を示すように言う。
「だから大人しくギルドに行くのを勧めるぞ。見ない顔ってんだから、旅の人間だろう? そういう仕事嫌でこっちの仕事探しに来たのかもしれねぇが、背に腹は代えられん。そっちで仕事してきな」
ギルド――同種の仕事を持つ者たちの組合のことだ。互助組織だったり、独占、流出入の管理をする組織だったり組合によって姿は様々。
男はその中の冒険者ギルドを指したのだろう。
「え、ええ。そうします……」
言われてみればそんなものもあった気がする。
「場所を聞いてもよろしいでしょうか?」
「この通りを抜けて右だ。西の街道から来たなら正面に見えるんだが、どうやら兄ちゃんは東の街道から来たようだな。王都まで出稼ぎかい?」
はははそうですよ、と乾いた笑いでなんとか繋ぐ。
「まあギルドマークの入った看板がよそよりでかいから、一発で分かると思うぞ」
ありがとうございます、と丁寧に礼を言うと、「恥ずかしいわい!」と豪快に笑って肩を叩かれた。
「それじゃ、金が入ったらぜひうちに!」
しっかり宣伝して、見送ってくれる。
いい人だなーと思いながら、言われた通り、屋台並ぶ通りを抜けて右に曲がる。
「あー、あれかな」
ギルドマークとかいうのに覚えはないが、三メートル近い剣のイラストが描かれた板を入り口の上に掲げてあることから、そうなのではと思う。
少し離れて伺っていると、人の出入りも確認される。西の街道とやらの真正面なのだから、少なくともうかがわしい施設ではないだろう。
「うしっ、行ってみるか」
小声で自分を激励すると、冒険者ギルドへ。
「こ、こんちわー……」
尻すぼみになる声であいさつしながら、ギルドへと入った。
そこでは、何故か男たちが殺気立ち、俺を睨んでいた。
「な、なんで?」