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異界の界  作者: lukewarm
3/8

生死の境

 対価を支払え……か。

「質問、いいかな?」

「どうぞ」

「あなたは、何だ?」

 すると青年は考えるように上を向き、

「そうだね。世界は真実を語ることを求めているようだ」

 電波なことを言い出す青年。……今更か。

「僕は世界に認められた、『物語を紡ぐ者を誘う、人間だった者』の一人だ」

「人間……だった者」

「ああ。今の君と同じさ。もっとも、そこまで親切じゃなかったけれどね」

 懐かしむように瞼を閉じ、数秒経って目を開ける。

「僕の場合は、世界からの依頼だ。半ば強制であったけども、僕は納得し、ここで役割を果たしている。世界を作る物語の語り部としてのね。次の質問は?」

 案内人、か。

 親切なことだ。

「異世界を包含する、や、異界の門……などとと言っていたが、異世界はいくつもあるのか? あるなら選べるのか?」

「幾つかあると言っておこう。ただしそれは選べない。僕に選ばれた時点で君は僕の案内する異世界にしか行けない」

「それではあなたの案内する異世界では、言葉は通じるか?」

「可能だ。〈元の世界の言語〉を対価に、《新しい世界の共通言語》を得ることになる」

「なら言語を複数習得していた場合はどうなる? 俺も一応日本の高校生だ。英語くらいは最低限できるぞ?」

 矢継ぎ早に質問していく。青年もノータイムで答えを返す。まるでこちらの考えていることが分かるようだ。……分かるのかもしれない。

「習熟度に応じて、《新しき世界で滅びた古代言語の知識》を得ることになる」

「その上限は?」

「第一言語を除いた十五ヶ国語以上をマスターすれば、古代言語をマスターしたのと同じになる。君には関係ないけどね」

 言葉足らずの質問にも的確に返す。本当に考えを読んでいると見ていい。

「対価を支払えば、望むものを得ると言っていた。同時に、古き世界での死を対価に、新しき世界の生を得る、とも」

「ああ」

「つまりこれは、〈元の世界での生活〉を払い、《異世界での生活》を得た。そういう認識でいいのか?」

 そう訊くと男はクスリと笑い、

「ご明察。そこに気付く人は少ないんだ」

 並べて語られるから、それぞれ別のルールだと勘違いするんだろう。お生憎様、俺はゲームも漫画も小説もアニメも、ファンタジーがあるなら貪欲に見続けた。そこにあった作者との心理戦トラップは数知れず。俺自身それを思い付く知能はなくとも、経験則ノウハウだけである程度は看破できる。言語の質問で似たようなものが出たから、これはただの確認だった。

「となると、支払える対価は元々ないに等しいんじゃないかな?」

 ニヤリと男は笑った。

 元の生活を支払ったということは、新しい生活を得ることを意味する。

 仮に大富豪が新たに何も求めなければ、向こうの世界に行くと同時、向こうの世界での莫大な資産を手に入れる、あるいは、手に入れる保障が――知らされるかどうかは別にして――あるだろう。

 だがもし全財産を対価に、魔法や超能力や、何かを得たのなら。その保証は崩れ去り、無一文で生活することになる。それだけならまだいいだろう。もしその立場が俺なら間違いなくする。

 だが、金の切れ目が縁の切れ目、縁の切れ目が命の切れ目、だ。ファンタジーを見るためなら、命なんて安い物。でも、そこで生きれるというのなら、その確率は上げるべき。それに、縁なくして一人で騒ぐなど、現実で妄想するのと何の違いがあるというのだ。

 しかしそもそも、金が才能を得るための対価になるとは思えない。いくら金をつぎ込み、恵まれた環境で努力したとしても、真の天才には足元にも及ばない。それは現実でもそうだし、ファンタジーならもっとそうだ。だから金を対価にするというのは、地盤を固めるくらいにしかならないはず。もし異世界で同等の金を得る保障があるなら、そちらに回すべきだ。実力に任せたギャンブルでもやりたくはない。

 いや、もっと言うなら――俺はバイトとかは大学生になってからするつもりだったし、貯金なんかは一切ない。本やゲームに消えた。つまり金は財布の中のしゃん、じぇん、えんと少し。

 ……地盤固めにもならねぇ。

 本やゲームに相当する何かが向こうの世界でももらえるとするならば、それは娯楽品ということになる。だが俺にとって最大の娯楽とはファンタジー世界そのものだ。この場合どうなるのだろう? 魔法に関する物でも入手できると考えるべきか? それならそれで支払う必要はない。

 となると真実、俺に支払えるものなんて何も――

「……一つ、聞きたい」

 答えを待たず、問いかける。


「記憶って、対価に払えるか?」


 俺の言葉に、青年は目を丸くした。

「え、ええ。払えます。あなたの意識は、それを価値あるモノとして認めています。価値あるモノは、対価となりえます」

「そうか、それなら――いや、今なんて言った? 『あなたの意識は』?」

 すると顔色を変え、弁解するように虚空に向かって頭を下げた。

 しばらくすると申し訳なさそうな顔のまま、こちらを見る。

「すみません。世界は続けろと仰っています。恐らく、何も変わらないだろう、と」

「……どういうことですか?」

 己の意識が価値を決める? その意味を知っても何も変わらない?

「この場所で支払う対価とは、常に個人の価値観に影響されるのです」

「……?」

「ですから、万人の従う絶対的な価値観ではなく、個々人の決める『これなら払う価値がある』ものならなんでもいいんです。客観より主観が優先される空間がここなのです」

「つまり、その人が大事にしてるモノならなんでもいいってことか」

「平たく言うとそうなります。思い出のペンダントでも、お金でも、命であっても。それを大事なモノだと認識し、そしてその上で支払うことができるなら、それは対価となりえます」

「じゃあもし仮に、寿命を何十年分つぎ込んでも、本人が自分の命をどうでもいいと思っていれば……」

「得られる力は微々たるものです」

 ふぅー。

 一息つく。

 考えを纏めろ。

「〈元の世界〉を対価に《新しい世界》を得たってのも、俺が考えたからそうなった?」

「ええ」

「なら、俺の言った支払える対価がない、ってのは、俺がそういう認識だったからなかったのか?」

「逆に言えば、あなたがそういう認識だったからこそ、あなた自身の考える《保障》というものがあなたに適用されると言えるでしょう」

 ――まるで。

 ――まるで、道化じゃないか。

 これだ、これだよ。だから嫌なんだ。

 俺は下手に理論で武装しすぎた。あまりに知識を得すぎた。小賢しい思考ができてしまう。そして肝心なところが抜けている。

 だから、だから主人公には成れない!

 こうした人間が主となれるのは、殺伐とした世界で死に物狂いになるか、周りを従わせて戦う能力を持つかくらいしかない。

 違うんだ、俺が求めているのはそうじゃないんだ!

 俺は魔法や超能力や神や悪魔や魔物たちと戦い、仲間と共に命を賭け、できれば美人さんと恋をしたい。

 だが、俺がこんな思考だからこそ、俺は主人公になれない。邪念があるから、正義の主人公には成れない!

 だから、俺がそう成るには、死ぬか、記憶でも失わない限りだめなんだ!

 そして、だからこそ俺は物語を作る者として選ばれたのだろう。記憶を支払う人間。そして得る力。案内人すら驚く対価と、その重さゆえ得る多大な力。物語足り得るには十分だ!

 俺にそんなこの世界の真理を教えたのも、俺が記憶を捧げるから。それでも絶対的な、心が認める価値は変わらないから。だから、何も変わらない。

「俺の記憶は重いぞ。記憶喪失なんてなったことないから分からないが、今の俺にとっては俺の死同然だ。俺の死で、俺じゃない俺にその対価を支払うんだ。安いわけがない。それに俺はファンタジーの為なら命なんざ安いと思っているが、それはファンタジーこそが高いのであって、俺の命が安い訳じゃない。

 俺の命たる記憶――思い出部分、〈エピソード記憶〉を支払う! 他の記憶、つまり知識と人格はそのままに、俺を俺のまま思い出のない俺として異世界に渡らせてもらう」

 記憶喪失ネタをいくら見てきたと思っている。とっくの昔に勉強済みだ。

「そしてそこで生き抜くため、〈元の世界の常識〉を払い、《異世界の常識》を得る」

「承った。して、記憶の代わりに得るモノは?」

「俺が求めるのは――」

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