生前
それは平凡な日常だ。
――いや、日常だったと言うべきだろう。
朝起きて顔を洗い、コンタクトを入れ、食事をし、電車に乗り、四駅先で降り、歩いて高校に行き、ラノベを読んで授業を聞き流し、購買で菓子パンを買い、友人と戯れながらパンを食べ、昼寝して授業を聞き流し、歩いて駅まで戻る――さなか。
トラックに撥ねられる。
迫るトラック。
――ああ、死ぬのか。
淡々と、そんなことを考える。
走馬灯なんてなかった。
だって俺には、そんな未練なんてなかったから。
現実は残酷だ。
俺は何かにぶち当たり、そして絶望した訳じゃないけども。
現実は残酷だ。
現実には何もない。
俺の大好きな魔法や、超能力や、神や悪魔なんかはこの世にいない。
だから、死ぬならそれまで。
未練はない。
生きれるならその方がいいけど、無理なら諦める。
魔法や、超能力や、伝説の生物なんかがいないなら、来世や天国なんてあるはずないのだから。
だからこの死を受け入れる。
ああ、なんで死ぬんだろう。
いつも通り生きて、いつも通り退屈な毎日を過……ご……し……た……の……に…………
……最後、俺が信号無視したんじゃないか。
そもそも、手元の本ばっかり読んでて信号自体見てないや。
――なんだ、自業自得か。
そう考えると、本当に未練がなくなった。
トラックの運転手さん、事故起こさせて、本当にすみませんでした。
刹那――世界が暗闇に変わる。
闇は地面から湧きだし、俺を呑みこみ、暗闇へと放り出した。
闇。
それに俺は、歓喜を覚える。
それは、ないはずの“何か”だったから。
「やあ。来たね、物語の種」
その男は闇に浮かび上がるように存在する麗しき青年。
片手に分厚い本を持ち、不敵に笑っている。
「ここが何なのか、気になっているようだね?」
頷く。
「では教えてあげよう。ここ――そしてこの世界について……」