↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/27

12話「拠点には風呂が必要です」


 次の日、廃村には薄い朝靄が漂っていた。

 崩れた石畳の隙間から草が伸び、朽ちた家屋を白く霞ませている。

 静かな景色を眺めながら、俺はよろず屋跡地の前で大きく背伸びをした。


「……よし」


 昨日はソフィアが加わった事で、一気に騒がしくなった。

 だが、そのおかげで『これから何をするべきか』もはっきりした。

 この廃村を、ちゃんと住める場所へ変える。

 その為の第一歩だ。


「まずは家の建て直しじゃな」


 後ろから声が飛ぶ。

 振り返ると、ソフィアが腕を組みながら廃村を見回していた。


「このままでは冬を越せん」

「そんなにヤバいのか?」

「禁域の冬を舐めるでない。雪で家が潰れるぞ」

「東北の雪並みって事か」

「とーほく?」

「何でもない」


 思わず真顔になる。


「にゃぅ……」


 肩の上では、スノーまで耳を伏せていた。

 寒いのは嫌らしい。


「という訳で、今日は木材集めじゃ」


 ソフィアが森を指差す。


「丈夫な木を確保するぞ」

「了解、監督」

「誰が監督じゃ。親方と呼べ」

「厳しくなってるな?」


 ソフィアはふんっと鼻を鳴らし、先に歩き始めた。

 俺とスノーもその後を追う。



 ◇



 朝露に濡れた草を踏みながら森を進むと、周囲の木々が徐々に姿を変えていった。

 目に入る幹はどれも異様に太く、黒褐色の樹皮は岩肌のように荒れている。

 遠目には森というより、巨大な柱が並ぶ遺跡のようだった。


「……でかいな」

「『堅木樹』じゃ」


 ソフィアが木肌を軽く叩く。


「建築用の高級木材じゃな。外皮が異様に硬く、普通の斧では傷一つ付かん」

「へぇ」


 見上げれば、巨木は空を覆うように枝を広げていた。

 確かに頑丈そうで、家どころか砦でも作れそうな迫力がある。


「じゃが、中身はちゃんと木材じゃ。加工すれば長持ちする良い建材になる」

「なるほど」


 ソフィアは腰へ手を当てながら続ける。


「本来なら職人が数人がかりで切り出す木じゃ。じゃから今回は細い枝を__」


 俺は剣を抜いた。


「待て」

「ん?」

「切ればいいんだろ?」

「話を聞け」


 即答だった。


「いやでも木だし」

「その理屈で切れたら苦労せんわ!」


 ソフィアはそう言うが、何となく感覚でいけそうな気がするんだよな。

 俺は堅木樹の前へ立つ。

 近くで見ると、ますます木には見えない。

 もはや鉄柱である。


「……まあ、試すだけ試すか」

「だから無理じゃと」


 踏み込み、全力で剣を振り抜いた。

 硬い金属同士がぶつかったような音が森へ響く。

 直後、堅木樹の幹へ大きな亀裂が走った。


「…………え?」


 ソフィアが固まる。

 亀裂は瞬く間に広がり、巨大な幹が嫌な音を立てながら軋み始めた。

 やがて根元付近が耐え切れずに砕け、傾いた巨木がゆっくりと倒れていく。

 轟音と共に地面が揺れ、森の鳥達が一斉に飛び立った。


「……倒れたな」

「倒れたな、ではなぁぁぁぁい!!」


 ソフィアの絶叫が森へ響く。


「な、何ちゅう力技をするんじゃお主!?」

「俺もびっくりしてる」


 本当に倒れるとは思わなかった。

 だが、手応えを感じる。

 女王戦を経て、身体能力がかなり上がった様だ。

 同時に、手元から嫌な感触が伝わる。


「……ん?」


 剣の刀身へ細かな亀裂が走ったのだ。

 次の瞬間、根元から砕け散る。


「あ」


 破片が乾いた音を立てながら地面へ転がった。


「剣まで死んどるではないか」

「マジか……」


 ソフィアは砕けた刀身を拾い上げ、深く溜息を吐く。


「だから言ったじゃろうに……普通の鉄では受け止め切れんのじゃ」

「何かいけそうな気がしたんだよ」

「その結果がコレじゃが?」


 ぐうの音も出ない。

 だが、ソフィアはしばらく砕けた剣を見つめた後、小さく呟いた。


「……薄々思っとったが、今のお主の力では普通の武器は保たんの」

「そんなにか?」

「少なくとも、その辺の鉄剣では話にならん」


 その目は、どこか職人らしい真剣さを帯びていた。



 ◇



 その後、俺達は倒した堅木樹の回収を進めた。

 外皮こそ異常に硬かったが、剥いだ後は普通の木材より少し硬い程度らしい。


「内側は繊維が強い。建材向きじゃな」

「言われても違いが分からん」

「木目と繊維の流れを見るんじゃ」


 ソフィアは慣れた手付きで木材を見分けていく。


「こっちは梁向き。こっちは床材じゃ」

「見て分かるのか?」

「職人を舐めるでない」


 俺にはどれも似たような木材にしか見えない。


「職人ってすげぇな」

「そこで雑に感心されても微妙なんじゃが」


 そんなやり取りをしていると、スノーが木の上をぴょんぴょん飛び回っていた。


「落ちるなよー」

「にゃ〜♪」


 返事だけは良い。

 その時、不意に背後の茂みが大きく揺れた。

 反射的に振り向く。

 飛び出してきたのは、巨大な猪型の魔物だった。



 ◇


突牙猪(ファングボア) Lv 35】


・単細胞

・憤怒状態


 ◇



 血走った赤い目と、岩のように隆起した額。

 一目で分かるほど凶暴な魔物だった。


「来るぞ!」


 突牙猪が地面を抉りながら突進してくる。

 反射的に腰へ手を伸ばし__そこで気付いた。


「……剣、壊れてたんだった!」

「阿呆!!」


 ソフィアの怒鳴り声と同時に、突牙猪が目前まで迫る。


「っ!!」


 咄嗟に横へ飛ぶ。

 直後、さっきまで立っていた場所の地面が大きく抉れた。


「速っ!?」


 勢いが重い。

 突牙猪はすぐさま向きを変え、再び突進してきた。


「にゃっ!!」


 スノーが肩から飛び退く。

 俺は拳を握り締め、正面から迎え撃った。


「うおぉっ!!」


 全力で殴り付ける。

 鈍い衝撃が腕へ突き抜けた。


「っっ!!」


 硬い。

 まるで岩を殴ったみたいだった。

 しかも止まり切らない。


「ぐっ……!?」


 身体が押し込まれる。

 足元の地面が削れ、後ろへ滑った。

 以前の俺なら、ぶつかった瞬間に吹き飛ばされていたはずだ。

 それでも押し返し切れない。

 突牙猪が頭を振る。


「がっ!?」


 衝撃で身体が吹き飛び、背中から堅木樹へ叩き付けられた。

 肺の空気が抜ける。


「ってぇ……!」


 突牙猪は止まらない。

 再び地面を蹴り、一直線に突っ込んでくる。

 速い。

 咄嗟に転がると、牙がすぐ横を掠め、堅木樹の表面を砕いた。


「あれまともに食らったらヤバいな……!」

「真正面から押し合うな!!」


 ソフィアが短槌を投げた。

 槌は突牙猪の顔面へ当たり、わずかに体勢を崩させる。


「今じゃ!!」

「っ!」


 助かった。

 ソフィアが作ってくれた一瞬の隙を逃さず、俺は地面を蹴る。

 だが、その瞬間。

 突牙猪の血走った目がこちらを捉えた。

 先程までとは明らかに違う。

 獲物を見る目じゃない。

 危険な相手を叩き潰そうとする、獣の目だった。


「やべっ――!」


 突牙猪が咆哮と共に突っ込んでくる。

 巨大な体躯とは思えない速度だった。

 俺は無理矢理身体を捻り、直撃だけは避ける。

 だが避け切れず、肩を掠めた衝撃だけで身体が吹き飛んだ。


「っぐ!?」


 地面を転がる。

 一方、突牙猪も勢いを殺し切れなかった。

 地面を大きく抉りながら進み、そのまま近くの堅木樹へ激突する。

 衝撃で、外皮の硬い幹に亀裂が走り、巨木がゆっくりと軋んだ。


「今だ!」


 体勢を崩した隙を逃さず、俺は地面を蹴る。

 武器は無い。

 それでも、ここしかないと思った。

 大きく跳躍し、全体重を乗せた拳を突牙猪の脳天へ叩き込む。

 鈍い感触。

 額は異常に硬かった。

 だが、拳の奥に妙な手応えが残る。


「グルォォォォォォッ!!」


 突牙猪が苦鳴を上げ、大きく後退した。

 効いてる。

 だが、倒れない。

 血走った目は未だに俺を捉えたままだった。


「……っ」


 ひたいを汗が伝う。

 正直、劣勢だった。

 武器があれば違ったのかもしれないが、今の俺には拳しかない。

 深く腰を落とす。

 すると突牙猪が大きくふらついた。

 さっきの一撃が、思った以上に効いていたらしい。

 だが、それでも仕留め切れるとは思えない。

 突牙猪は低く唸りながら後退し、警戒するようにこちらを睨み続けていた。

 そして数歩下がると、そのまま森の奥へ駆け去っていく。


「……行ったか」


 全身から力が抜けた。

 拳も痛いが、それ以上に吹き飛ばされた肩と背中が酷い。

 ソフィアは呆然とした顔でこちらを見ていた。


「だ、大丈夫かカイトよ」

「ああ……何とか」


 正直かなり危なかった。

 ソフィアは砕けた剣を見て、それから俺の拳へ視線を移す。


「武器さえまともなら……今ので仕留め切れておったかもしれんの」

「いや、どうだろうな」


 レベル以上に圧のある相手だった。

 あれが禁域の魔物という事なのかもしれない。



 ◇



 その後も森を回りながら、俺達は素材を集め続けた。

 怪我の心配をされたが、このくらいはガキの頃に何度も経験してる痛みなので慣れている。

 周囲を見渡すと、薬草や蔓植物、食べられそうな茸。

 ソフィアは見つける度に足を止め、手慣れた様子で説明していく。


「これは毒じゃ」

「危ねぇな」


 細長い葉を摘み取り、次は別の草を持ち上げる。


「こっちは干せば保存食になる。冬場に便利じゃな」

「見た目じゃ全然分からん……」


 正直、俺には全部その辺の草にしか見えない。


「あとこれは酒の材料」

「お前それ好きなだけでは?」

「当然じゃ」


 真顔だった。

 そんなやり取りをしていると、不意に肩の上のスノーが鳴いた。


「にゃっ」


 視線を向けると、赤い果実を大量に実らせた低木があった。




【陽蜜果】


・糖度の高い果実

・保存食向き




「おお」

「これは当たりじゃな」


 ソフィアの表情が少し明るくなる。

 俺達はしばらく夢中になって果実を収穫した。

 気付けば『次元収納』の中身も随分増えていた。


 堅木樹の木材。

 薬草。

 保存食向きの果実。


 数日前まで空っぽだった空間が、いつの間にか随分賑やかになっている。


「……なんか、本格的に拠点作りって感じしてきたな」


 そう呟いた時、ふと思い出した。


「そういや、風呂が欲しいな」


 果実を籠へ入れていたソフィアの手が止まる。


「……は?」

「いや風呂」

「待て。何故そこで風呂が出てくる」

「毎日入りたいから」

「毎日!?」


 何でそんな驚くんだ。


「汗流したいし、疲れも取れるだろ」

「水浴びで十分では?」

「全然違う」


 断言した。


「湯船は偉大なんだよ」


 俺が真剣に言うと、ソフィアは若干引いた顔をする。

 だが数秒後、その顔がすっと変わった。


「……待て」


 急に近くの地面へ枝で線を描き始める。


「炉を作るなら、煙道の途中で熱を回せるかもしれん」

「お?」

「石をこう積めば保温も出来る……いや、水路を先に__」


 ぶつぶつ言いながら、地面へ図面を書き始めた。

 さっきまで果実を拾っていたのに、だが、やはりドワーフだ。

 という事でアドバイスをする。


「露天風呂とかも良いぞ」

「ろてん?」

「外の景色を見ながら入るんだよ」


 俺が説明すると、ソフィアは驚きつつ言葉を返した。


「毎回、ほんに驚く発想をするの……ふむ、それなら石組みを段状にして湯を流すのもありか?」


 そう言ってしゃがみ込む。

 気付けば、果実集めは完全に止まっていた。

 どうしたのかと思ったら、地面に意味不明な線と丸が大量に増えている。


「……親方?」

「話しかけるな。今忙しい」


 職人スイッチが入ったらしい。

 こうなったらかなり長い。

 俺はソフィアの邪魔をしない様、スノーと戯れるのだった。


読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。