12話「拠点には風呂が必要です」
次の日、廃村には薄い朝靄が漂っていた。
崩れた石畳の隙間から草が伸び、朽ちた家屋を白く霞ませている。
静かな景色を眺めながら、俺はよろず屋跡地の前で大きく背伸びをした。
「……よし」
昨日はソフィアが加わった事で、一気に騒がしくなった。
だが、そのおかげで『これから何をするべきか』もはっきりした。
この廃村を、ちゃんと住める場所へ変える。
その為の第一歩だ。
「まずは家の建て直しじゃな」
後ろから声が飛ぶ。
振り返ると、ソフィアが腕を組みながら廃村を見回していた。
「このままでは冬を越せん」
「そんなにヤバいのか?」
「禁域の冬を舐めるでない。雪で家が潰れるぞ」
「東北の雪並みって事か」
「とーほく?」
「何でもない」
思わず真顔になる。
「にゃぅ……」
肩の上では、スノーまで耳を伏せていた。
寒いのは嫌らしい。
「という訳で、今日は木材集めじゃ」
ソフィアが森を指差す。
「丈夫な木を確保するぞ」
「了解、監督」
「誰が監督じゃ。親方と呼べ」
「厳しくなってるな?」
ソフィアはふんっと鼻を鳴らし、先に歩き始めた。
俺とスノーもその後を追う。
◇
朝露に濡れた草を踏みながら森を進むと、周囲の木々が徐々に姿を変えていった。
目に入る幹はどれも異様に太く、黒褐色の樹皮は岩肌のように荒れている。
遠目には森というより、巨大な柱が並ぶ遺跡のようだった。
「……でかいな」
「『堅木樹』じゃ」
ソフィアが木肌を軽く叩く。
「建築用の高級木材じゃな。外皮が異様に硬く、普通の斧では傷一つ付かん」
「へぇ」
見上げれば、巨木は空を覆うように枝を広げていた。
確かに頑丈そうで、家どころか砦でも作れそうな迫力がある。
「じゃが、中身はちゃんと木材じゃ。加工すれば長持ちする良い建材になる」
「なるほど」
ソフィアは腰へ手を当てながら続ける。
「本来なら職人が数人がかりで切り出す木じゃ。じゃから今回は細い枝を__」
俺は剣を抜いた。
「待て」
「ん?」
「切ればいいんだろ?」
「話を聞け」
即答だった。
「いやでも木だし」
「その理屈で切れたら苦労せんわ!」
ソフィアはそう言うが、何となく感覚でいけそうな気がするんだよな。
俺は堅木樹の前へ立つ。
近くで見ると、ますます木には見えない。
もはや鉄柱である。
「……まあ、試すだけ試すか」
「だから無理じゃと」
踏み込み、全力で剣を振り抜いた。
硬い金属同士がぶつかったような音が森へ響く。
直後、堅木樹の幹へ大きな亀裂が走った。
「…………え?」
ソフィアが固まる。
亀裂は瞬く間に広がり、巨大な幹が嫌な音を立てながら軋み始めた。
やがて根元付近が耐え切れずに砕け、傾いた巨木がゆっくりと倒れていく。
轟音と共に地面が揺れ、森の鳥達が一斉に飛び立った。
「……倒れたな」
「倒れたな、ではなぁぁぁぁい!!」
ソフィアの絶叫が森へ響く。
「な、何ちゅう力技をするんじゃお主!?」
「俺もびっくりしてる」
本当に倒れるとは思わなかった。
だが、手応えを感じる。
女王戦を経て、身体能力がかなり上がった様だ。
同時に、手元から嫌な感触が伝わる。
「……ん?」
剣の刀身へ細かな亀裂が走ったのだ。
次の瞬間、根元から砕け散る。
「あ」
破片が乾いた音を立てながら地面へ転がった。
「剣まで死んどるではないか」
「マジか……」
ソフィアは砕けた刀身を拾い上げ、深く溜息を吐く。
「だから言ったじゃろうに……普通の鉄では受け止め切れんのじゃ」
「何かいけそうな気がしたんだよ」
「その結果がコレじゃが?」
ぐうの音も出ない。
だが、ソフィアはしばらく砕けた剣を見つめた後、小さく呟いた。
「……薄々思っとったが、今のお主の力では普通の武器は保たんの」
「そんなにか?」
「少なくとも、その辺の鉄剣では話にならん」
その目は、どこか職人らしい真剣さを帯びていた。
◇
その後、俺達は倒した堅木樹の回収を進めた。
外皮こそ異常に硬かったが、剥いだ後は普通の木材より少し硬い程度らしい。
「内側は繊維が強い。建材向きじゃな」
「言われても違いが分からん」
「木目と繊維の流れを見るんじゃ」
ソフィアは慣れた手付きで木材を見分けていく。
「こっちは梁向き。こっちは床材じゃ」
「見て分かるのか?」
「職人を舐めるでない」
俺にはどれも似たような木材にしか見えない。
「職人ってすげぇな」
「そこで雑に感心されても微妙なんじゃが」
そんなやり取りをしていると、スノーが木の上をぴょんぴょん飛び回っていた。
「落ちるなよー」
「にゃ〜♪」
返事だけは良い。
その時、不意に背後の茂みが大きく揺れた。
反射的に振り向く。
飛び出してきたのは、巨大な猪型の魔物だった。
◇
【突牙猪 Lv 35】
・単細胞
・憤怒状態
◇
血走った赤い目と、岩のように隆起した額。
一目で分かるほど凶暴な魔物だった。
「来るぞ!」
突牙猪が地面を抉りながら突進してくる。
反射的に腰へ手を伸ばし__そこで気付いた。
「……剣、壊れてたんだった!」
「阿呆!!」
ソフィアの怒鳴り声と同時に、突牙猪が目前まで迫る。
「っ!!」
咄嗟に横へ飛ぶ。
直後、さっきまで立っていた場所の地面が大きく抉れた。
「速っ!?」
勢いが重い。
突牙猪はすぐさま向きを変え、再び突進してきた。
「にゃっ!!」
スノーが肩から飛び退く。
俺は拳を握り締め、正面から迎え撃った。
「うおぉっ!!」
全力で殴り付ける。
鈍い衝撃が腕へ突き抜けた。
「っっ!!」
硬い。
まるで岩を殴ったみたいだった。
しかも止まり切らない。
「ぐっ……!?」
身体が押し込まれる。
足元の地面が削れ、後ろへ滑った。
以前の俺なら、ぶつかった瞬間に吹き飛ばされていたはずだ。
それでも押し返し切れない。
突牙猪が頭を振る。
「がっ!?」
衝撃で身体が吹き飛び、背中から堅木樹へ叩き付けられた。
肺の空気が抜ける。
「ってぇ……!」
突牙猪は止まらない。
再び地面を蹴り、一直線に突っ込んでくる。
速い。
咄嗟に転がると、牙がすぐ横を掠め、堅木樹の表面を砕いた。
「あれまともに食らったらヤバいな……!」
「真正面から押し合うな!!」
ソフィアが短槌を投げた。
槌は突牙猪の顔面へ当たり、わずかに体勢を崩させる。
「今じゃ!!」
「っ!」
助かった。
ソフィアが作ってくれた一瞬の隙を逃さず、俺は地面を蹴る。
だが、その瞬間。
突牙猪の血走った目がこちらを捉えた。
先程までとは明らかに違う。
獲物を見る目じゃない。
危険な相手を叩き潰そうとする、獣の目だった。
「やべっ――!」
突牙猪が咆哮と共に突っ込んでくる。
巨大な体躯とは思えない速度だった。
俺は無理矢理身体を捻り、直撃だけは避ける。
だが避け切れず、肩を掠めた衝撃だけで身体が吹き飛んだ。
「っぐ!?」
地面を転がる。
一方、突牙猪も勢いを殺し切れなかった。
地面を大きく抉りながら進み、そのまま近くの堅木樹へ激突する。
衝撃で、外皮の硬い幹に亀裂が走り、巨木がゆっくりと軋んだ。
「今だ!」
体勢を崩した隙を逃さず、俺は地面を蹴る。
武器は無い。
それでも、ここしかないと思った。
大きく跳躍し、全体重を乗せた拳を突牙猪の脳天へ叩き込む。
鈍い感触。
額は異常に硬かった。
だが、拳の奥に妙な手応えが残る。
「グルォォォォォォッ!!」
突牙猪が苦鳴を上げ、大きく後退した。
効いてる。
だが、倒れない。
血走った目は未だに俺を捉えたままだった。
「……っ」
ひたいを汗が伝う。
正直、劣勢だった。
武器があれば違ったのかもしれないが、今の俺には拳しかない。
深く腰を落とす。
すると突牙猪が大きくふらついた。
さっきの一撃が、思った以上に効いていたらしい。
だが、それでも仕留め切れるとは思えない。
突牙猪は低く唸りながら後退し、警戒するようにこちらを睨み続けていた。
そして数歩下がると、そのまま森の奥へ駆け去っていく。
「……行ったか」
全身から力が抜けた。
拳も痛いが、それ以上に吹き飛ばされた肩と背中が酷い。
ソフィアは呆然とした顔でこちらを見ていた。
「だ、大丈夫かカイトよ」
「ああ……何とか」
正直かなり危なかった。
ソフィアは砕けた剣を見て、それから俺の拳へ視線を移す。
「武器さえまともなら……今ので仕留め切れておったかもしれんの」
「いや、どうだろうな」
レベル以上に圧のある相手だった。
あれが禁域の魔物という事なのかもしれない。
◇
その後も森を回りながら、俺達は素材を集め続けた。
怪我の心配をされたが、このくらいはガキの頃に何度も経験してる痛みなので慣れている。
周囲を見渡すと、薬草や蔓植物、食べられそうな茸。
ソフィアは見つける度に足を止め、手慣れた様子で説明していく。
「これは毒じゃ」
「危ねぇな」
細長い葉を摘み取り、次は別の草を持ち上げる。
「こっちは干せば保存食になる。冬場に便利じゃな」
「見た目じゃ全然分からん……」
正直、俺には全部その辺の草にしか見えない。
「あとこれは酒の材料」
「お前それ好きなだけでは?」
「当然じゃ」
真顔だった。
そんなやり取りをしていると、不意に肩の上のスノーが鳴いた。
「にゃっ」
視線を向けると、赤い果実を大量に実らせた低木があった。
◇
【陽蜜果】
・糖度の高い果実
・保存食向き
◇
「おお」
「これは当たりじゃな」
ソフィアの表情が少し明るくなる。
俺達はしばらく夢中になって果実を収穫した。
気付けば『次元収納』の中身も随分増えていた。
堅木樹の木材。
薬草。
保存食向きの果実。
数日前まで空っぽだった空間が、いつの間にか随分賑やかになっている。
「……なんか、本格的に拠点作りって感じしてきたな」
そう呟いた時、ふと思い出した。
「そういや、風呂が欲しいな」
果実を籠へ入れていたソフィアの手が止まる。
「……は?」
「いや風呂」
「待て。何故そこで風呂が出てくる」
「毎日入りたいから」
「毎日!?」
何でそんな驚くんだ。
「汗流したいし、疲れも取れるだろ」
「水浴びで十分では?」
「全然違う」
断言した。
「湯船は偉大なんだよ」
俺が真剣に言うと、ソフィアは若干引いた顔をする。
だが数秒後、その顔がすっと変わった。
「……待て」
急に近くの地面へ枝で線を描き始める。
「炉を作るなら、煙道の途中で熱を回せるかもしれん」
「お?」
「石をこう積めば保温も出来る……いや、水路を先に__」
ぶつぶつ言いながら、地面へ図面を書き始めた。
さっきまで果実を拾っていたのに、だが、やはりドワーフだ。
という事でアドバイスをする。
「露天風呂とかも良いぞ」
「ろてん?」
「外の景色を見ながら入るんだよ」
俺が説明すると、ソフィアは驚きつつ言葉を返した。
「毎回、ほんに驚く発想をするの……ふむ、それなら石組みを段状にして湯を流すのもありか?」
そう言ってしゃがみ込む。
気付けば、果実集めは完全に止まっていた。
どうしたのかと思ったら、地面に意味不明な線と丸が大量に増えている。
「……親方?」
「話しかけるな。今忙しい」
職人スイッチが入ったらしい。
こうなったらかなり長い。
俺はソフィアの邪魔をしない様、スノーと戯れるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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