10話「禁域で出会ったドワーフ少女」
翌朝。
部屋の天井をぼんやり見上げながら、俺はゆっくりと目を開けた。
「……朝か」
身体が重い。
「にゃ……」
腹の上ではスノーが丸くなって眠っていた。
小さな腹が規則正しく上下している。
どうやら昨夜のまま、ずっとここで寝ていたらしい。
「俺の腹はお前のベッドじゃ無いぞ」
「にゃふ……」
寝言のような返事が返ってきた。
俺は苦笑しながらスノーをそっと持ち上げ、布の寝床へ移す。
外は快晴だった。
崩れかけた廃村を、朝日が静かに照らしている。
「……さて」
昨日は女王戦のあと、そのまま寝落ちした。
改めて部屋の隅を見る。
積み上げられたミスリル鉱石。
赤黒い光沢を輝かさせる女王核石。
「本当に拾っちまったんだよなぁ……」
今見ても現実感が薄い。
ゲームなら確実にレアドロップ枠だ。
とはいえ、眺めていても仕方ない。
「今日も探索するか」
物資はいくらあっても困らない。
俺は軽く身体を伸ばし、剣を腰へ下げた。
「行くぞ、スノー」
「にゃっ」
元気よく肩へ飛び乗ってくる。
すっかり定位置になっていた。
寝床を出る。
朝の空気は冷たく澄んでいた。
風が吹き抜け、崩れた家屋の隙間で草が揺れる。
相変わらず、静かな廃村だ。
「今日は洞窟まで行かないで、手前にあった森の探索にするか」
「にゃあ〜」
昨日の洞窟はしばらく行きたくない。
あんな化け物がまた居たらたまったものではないからな。
俺は平原を抜け、丘を下る。
しばらく進むと、左前方に森が見えてきた。
洞窟周辺を覆うように広がる深い森だ。
鑑定眼には【禁域の大森林】と表記されている。
「禁域の森…すげえ名前の森だな」
「にゃあ?」
どうしたの? そんな視線を送ってくるスノーを撫でる。
禁域というからには入っては行けないのだろう。
昨日の洞窟であの騒ぎだったのだ。
この森はどんな冒険が待ってるのか…。
「っと、いかんいかん」
若干弱腰になってしまった。
昨日の女王戦でレベルも跳ね上がった。ここは冒険してもいいだろう。
それに目的もある。
「食い物だ」
「にゃ?」
「果物とか欲しいだろ。肉と魚ばっかりじゃ飽きる」
「にゃあん!」
スノーが嬉しそうに両手を広げる。
完全に食いしん坊である。
森ならば、きのみや果物が存在しているはずだ。
期待してもいいだろう。
そんな風に雑談していた時だった。
___ガギンッ!!
金属音。
続けて、獣の唸り声。
「……?」
俺は足を止めた。
魔物同士の争いにしては、妙に音が規則的だ。
「にゃ」
スノーも耳を立てている。
俺は気配を殺しながら、音の方へ近づいた。
森を抜けた先。
少し開けた広場で、一人の小柄な影が魔物に囲まれていた。
「ちぃっ!? なんでこんな数がおるんじゃ!!」
赤茶色の髪。
背丈は低いが、背中には巨大な戦鎚を背負っている。
だが、周囲を囲んでいるのは、四匹の『岩狼』。
完全に部が悪い。
しかも、その内一匹は色が違った。
その色違いを『鑑定眼』で調べる。
◇
【岩狼・変異種 Lv 28】
・岩狼の強化個体
・極めて獰猛
◇
「強化個体か」
少女は必死に戦鎚を振るっていたが、動きが鈍い。
かなり消耗している為、長くは持たない。
「って、見てる場合じゃなかった!」
俺は剣を抜き、地を蹴った。
一気に距離を詰める。
変異種がこちらへ気付いた瞬間、その首筋へ斬撃を叩き込んだ。
「ギャウッ!?」
一撃で首が飛ぶ。
「お、まじ?」
自分でもびっくりだ。
だが、岩狼の動きが手に取るようにわかる。
「___!」
他の岩狼が反応するより早く、返す刃で二匹目を斬り裂く。
三匹目が飛び掛かってくる。
半歩横へずれ、すれ違いざまに切断。
「キュ、キュゥゥゥゥゥン」
最後の一匹は怯えたように後退したが、逃がさない。
瞬時に距離を詰め、袈裟斬りをお見舞いする。
岩狼は断末魔すら上げられず崩れ落ちた。
「…………は?」
少女が呆然と口を開ける。
俺は剣に付着した血を払って飛ばし、少女に声を掛けつつ、刀身を鞘へ戻した。
「大丈夫か?」
「…………」
「おーい」
「はっ!? あ、ああ!? た、助かった……」
少女は我に返ったものの、信じられない物を見るような顔をしていた。
「な、なんじゃお主……」
「何って?」
「変異種を瞬殺とか意味分からんのじゃが!?」
「そうか?」
昨日の女王に比べたら大した事ない。
すると少女は頭を抱えた。
「いや待て……落ち着け……ここ禁域じゃぞ……? 強い奴がおっても……いやおかしいじゃろ!!」
忙しい奴だな。
スノーが肩の上で「にゃー」と鳴く。
少女はさらに目を見開いた。
「し、白猫!? いや、なんじゃこの魔力……」
「スノーだ」
「名前を聞いとるんじゃない!!」
元気だな。
さっきまで死にかけてたとは思えない。
俺は軽く肩を竦めた。
「お前こそ、なんでこんな場所に居るんだ?」
「うっ」
露骨に視線を逸らされた。
「……洞窟へ入った」
「洞窟?」
「山の大洞窟じゃ。禁域へ続くから立入禁止になっとるんじゃが……」
洞窟って昨日の女王のテリトリーだったあの洞窟か?
まあ、確かにあんな強い魔物が居たら立ち入り禁止になるわな。
それよりも気になるワードが出てきた。
「禁域?」
「……まさかお主、知らんのか?」
「何を?」
すると少女は、じっと俺の顔を見た。
「……待て。お主、どこから来た?」
「どこって……あっちの廃村だけど」
「廃村?」
少女の表情が固まる。
「まさか、お主……禁域側に住んどるのか?」
「住んでるっていうか、最近流れ着いた」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声が森へ響いた。
「いやいやいや! 禁域じゃぞ!? 人の住む場所ではないんじゃが!?」
「そう言われてもな……」
実際住んでるし。
と言うか、結局『禁域』ってなんなんだ?
『禁域』の説明を聞きたいが、少女は絶句している為、何だか聞きずらい。
少女はしばらく絶句していたが、やがて恐る恐る口を開いた。
「……ってことはお主」
「?」
「洞窟の先に街がある事も知らんのか?」
「…………は?」
今度は俺が固まる番だった。
「あの洞窟の先、人里があったのか!? し、知らんかった」
「むしろ何故知らんのじゃ……」
そんな重要情報、初耳である。
「あ、いや、さっき流れ着いたと言っておったな…」
少女は先程の会話を思い出してくれたのか、察してくれた様でそれ以上は聞いてこなかった。
代わりに、小さく溜息を吐く。
「……とりあえず街へ戻れば話は早い。案内するのじゃ」
「助かる」
本当に良い情報だ。
文明圏の存在はありがたい。
この世界の情報も道具も手に入るからだ。
スノーにも、もっと良い暮らしをさせられる。
それに何より、ミスリル加工の出来る鍛冶師が見つかるかも知れない。
俺たちは少女の案内で森を進んだ。
「その白猫、本当に普通ではないの」
「そうなのか?」
「魔力が濃すぎるんじゃ。それに骨格は猫に近いが外見は獣人にそっくりじゃろ? まったく見た事ない種族じゃ……」
少女はちらちらとスノーを見る。
確かに姿形は獣人に似ているな。
体躯は猫に近いが、手足が短い。
簡単に言うとデフォルメされた獣人がしっくり来るだろうか。
「にゃふ〜」
因みに当のスノーは、興味無さそうに欠伸をしている。
スノーは妖精猫という種族らしいが、そこら辺は言わないほうがいいだろうか?
「にゃ」
俺の意図を汲んだのか、スノーが短く返事をした。
やがて森を抜け、山道へ出る。
そこには確かに、大きな洞窟口が存在していた。
入り口が他にもあったとは知らなかった。
「この先を抜ければ街じゃ」
「おお……」
ついに人里か。
そう思った、次の瞬間だった。
「……は?」
洞窟の出口付近が、完全に埋まっていた。
大量の岩盤に砕けた岩石。
明らかな崩落跡だった。
しかも、つい最近崩れたように見える。
俺は嫌な汗を流した。
「……これ、もしかして」
「なんじゃこれぇぇぇぇぇぇ!?」
少女が絶叫した。
「な、何で崩れとるんじゃ!? 昨日まで普通に通れたぞ!?」
「……あー」
心当たりしかない。
恐らく『岩土竜女王』戦の余波だ。
洞窟全体が揺れていたし、そのせいで別ルートまで崩落したのだろう。
「ぬぁぁぁぁ……」
少女は崩れた岩盤の前で膝をついた。
「終わった……」
「そこまでか?」
「そこまでじゃ!! この量、人力でどうこう出来る崩れ方ではないわ!!」
ばんばん岩を叩く。
だが、びくともしない。
「別ルートは?」
「無い! 禁域側から街へ繋がる道はここだけじゃ!」
「マジか……」
「しかも儂、単独行動がバレたら親方に殺される……」
「怒られるじゃなく?」
「殺される勢いで怒られるんじゃ!!」
怖いなドワーフ。
少女は肩を落としたまま、崩れた洞窟を見つめていた。
帰る場所を失ったような顔だった。
流石に、ここへ置いていくのは気が引ける。
俺は軽く肩を竦めた。
「……なら、とりあえず来るか?」
「む?」
「拠点にしてる場所がある。廃村だけど、寝床くらいはあるぞ」
少女は少し目を丸くした。
しばらく迷うように黙り込み………やがて、小さく頷く。
「……世話になる」
「おう」
そうして俺は、新しい同行者を連れて廃村へ戻る事になった。
肩の上ではスノーが「にゃあ」と鳴いていた。




