第2話 - 【始まり】新人語り手《リレーター》ノア・ミリシア爆誕
「ここが――語り手《 リレーター 》ギルド?」
「はい。皆様各地の支部ギルドにて登録をするのですよ。」
ノアが立っていたのは、城下町から少し離れた郊外の町「ユーフェル」の中心広場に面した建物の前だった。
石造りの荘厳な門構えの建物には、白地に青のラインが入ったギルドの紋章が掲げられている。中央に刻まれたリレイコアの図案が、ここが語り手たちの拠点であることを示していた。
「では、早速中へ。」
物珍しそうに建物を見上げるノアは、アイナに促されるがままに木製の大扉に手をかける。
建物の中は意外にも活気に満ちていた。
新人語り手の相談を受けている職員、紙束を抱えて話し合っている語り手たち、そして広間中央に鎮座する共鳴晶の周りで配信に盛り上がる人たち。
「すごぉ…めっちゃ賑わってる…」
「休日ですからね。この辺りの王都郊外の町では、娯楽を求めてギルドまで足を運ぶ方が多いのです。」
「…なんか遠回しに田舎って言ってない?」
「いいえ?」
そういうアイナに連れられ、登録カウンターまでやってきた。
カウンター越しに3人ほど職員が座っており、目が合うと会釈をされる。ノアもそれにつられるようにぺこり、と頭を小さく下げた。
「語導師様ですね。今回は語り手登録でしょうか?」
「はい。越境登録も同じくお願いしますね。」
「かしこまりました。――手を出していただけますか?」
受付職員とアイナの会話を他人事のように聞いていたが、突然会話の矛先がノアに向く。
慌てて手のひらを差し出すと、職員のかざした水晶から光が漏れ出した。
「異世界から…最近では珍しいですね。こちらに来て短いようですが魔力は既に顕現していますよ。こちらはどこで?」
「あぁ、まぁ、ちょっと…」
この語導師に落とされた雷が直撃して。とは職員には告げにくく、語気を濁した。
配信のネタにでもしてやろう、とアイナをちらりと睨む。
「……登録名はノア・ミリシア様。スカウト登録、担当語導師はアイナ=クローディア様。越境登録の方もさせていただいております。魔力も十分、こちらでお間違い無いでしょうか?」
単なる情報の確認と、そして――語り手”リレーター”として生きる覚悟。
強い思いを込め、頷いてみせた。
「それではこの後は越境登録に基づいて住居申請に移ります。少々お時間かかりますので、あちらのロビーにてお待ちくださいませ。」
受付職員に見送られ、2人は広いロビーのソファへと腰掛けようとした。
…その時だった。
「ねぇねぇっ、あなた新人語り手?あ、あなたは語導師サマ?わー、初めて見たぁ!!」
見知らぬ少女がどこからともなく飛び出してきた。
栗色のツインテールを揺らした、いかにも町娘といった出立ちをした少女である。
どこか興奮した様子で少女は続けた。
「わたしララ・ルミナリスって言うの!今日登録済ませたばっかの新米語り手なんだけど…この辺若い子少ないから、同世代の語り手にテンション上がっちゃったんだよね。」
「あたしはノア・ミリシア。ついさっき登録してきたところだから…実質"同期"かもね?」
「同期ーー!?なにそれ!!嬉しい!!」
彼女はララと名乗った。
ララはこの街で生まれ育ち、つい最近配信魔法をマスターしたために登録に来たのだと言う。
「ねえねえ、ノアの初配信はいつ?」
「ええ?うーん…今夜、とか?」
「え?」
「え?」
その場が一瞬、凍りつく。
何かまずいことを言っただろうか。
先ほどまではしゃいでいたララは、ノアの一言を受けてフリーズしてしまった。
「い…いい!?ノア!!!初配信っていうのは、ちゃ〜んと何するか準備して、広報もして、それからそれから、」
「わ、わかったわかった!!あたしその…語り手?の文化疎くてさ。もしよかったら少し教えてくれない?」
“準備”の大切さを必死に説くララに折れ、ノアはララの「初配信講座」を受けることとなったのだ。
*
「まず第一に!初配信とは何か、わかりますか!」
わたしは先生です、といったふうで、ノアとアイナの前にララが仁王立ちをする。
アイナはぴっと手を上げ「初めての配信のことです」と回答し、そうだけどちがーーう!!と突っ込まれている。
「初配信とは!!ずばり、自分の語り手人生を決めるいっちばん最初の指針です!!」
ララはびしっとこちらを指差し、鼻息を荒くする。
ノアはというと、内心冷や汗をかきながらこの授業を聴いていた。
(初配信の準備…必要なんだ、やっぱ…?)
かつてVtuberとして活動していた頃、ノアはまともな初配信はしていなかった。
なんとなく気恥ずかしかったのと、広報が下手すぎてそもそもデビュー時に登録者もフォロワーも数える程度しかいなかったからだ。
事実上の初配信では当たり前に視聴者はゼロ。どんな面白い話をしたって、誰からのコメントも届かなかった。声を届けられなかった。
――
後悔、というより、「何かを始める資格がなかった」ような気がして、胸が苦しくなった。
だからこそ、仮にも「異世界出身」の経験者なのにこんなことも知らないという事実を恥じていたのだ。…もちろん、そこまで説明されていないララにそんなこと知る由もないのだが。
「たとえばわたしは歌を歌うのが好きなんだけど…初配信では、いきなり歌を聴いてもらおうと思ってるの。」
「いきなり?自己紹介とか、じゃなくて?」
「うん!自己紹介したって覚えてもらえるわけじゃないし、やっぱりまずは強みを見せていかなくちゃ、ってね。」
まあこれは師匠の受け売りなんだけど…とララは頭をかいた。
一方のノアは、自分の勝手に思い描いていたテンプレートな初配信像をいきなり崩す回答が飛んできたことにより、改めて自分に向き直っていた。
「ノアは何が得意?どんな配信をしたい?」
「あたしは…」
ノアの家には元々あまり娯楽がなかった。そんな幼少期のノアを支えたのが、父のラジオだった。
ラジオを娯楽の軸として育ったノアは、元々のおしゃべりな性格とマッチして、自然と学校や会社の「ムードメーカー」的立ち位置になることが多かった。
ゲームもうまくないし歌も別に特別できるわけじゃない。ちょっと運が良いくらいか。
けれど、誰より「楽しませるトーク」をするのが好きだった。得意か、と言われるとまだちょっと自信は持ちきれないが。
「ララみたいに歌が得意ってわけじゃないし、ゲームがうまいわけでもない。でも…」
「あたし、話すのが好き。みんなを楽しませたい!笑わせたい!!」
「いいじゃん!!じゃあノアはトーク型だ!!」
ララと初配信の作戦に盛り上がっていると、ロビーから名前を呼ばれる。そういえば、今は住居登録の待ち時間なんだったっけ。
場を離れようとララに目線を移すと、彼女はにやりと笑ってグッドサインを送ってきた。
――名付けて「あしあとリレー作戦」。
まだ"この世界には"無い作戦。
決戦は来週。
(今度こそ――)
ちゃんと、始められる気がする。
「そういえばさっき言ってたゲーム?って何?」
「え、ゲームが存在しない…!?!?」
「多分。スポーツとか、試合のことは異国語でそう呼ぶこともあるけど…」
「…こちらでは魔具遊戯《 マギアレーナ 》と呼ばれていますね。」
「アイナってなんでそんな"こっち"に詳しいの?」
「…趣味でございます。」