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16話「哲学的ゾンビ」

 ――「死ねぇぇぇぇぇッ!」


 星屑ミライが荷台から身を乗り出し、迫りくるゾンビに向けてM4カービンを乱射する。耳をつんざく銃声、銃口から火線が走り、追いすがる亡者の頭が弾け飛ぶ。飛沫と膿が熱風に乗って舞い、熱帯の空に薬莢がきらめいて弧を描いた。


「行け!行け!轢き殺せ!!」


「ぎゃああっ!どけぇぇぇ!!」


 深海マリナの絶叫がジャングルに響き渡る。ジープのフロントが土煙を巻き上げ、ゾンビの群れを正面から跳ね飛ばした。


 ねばついた肉塊が宙を舞い、タイヤの下で骨が砕ける重い音が響く。


「そこだ、オラァ!」


 マリナがさらに怒鳴り、ハンドルを切って横から迫るゾンビを轢く。ぐしゃりと鈍い音を立てて頭部が潰れ、血と脳漿がフロントガラスを染めた。


「あはははは、これでも喰らえー!」


 狙いを定めて引き金を引くと、グレネード弾が唸りを上げて飛び、ゾンビの塊のど真ん中に突き刺さる。


 ズドォン――! 爆音とともに土煙が巻き上がり、ゾンビの肉片と臓物が花火のように四散した。


 ジープは加速を続け、錆びたフェンスを鉄の破片ごと吹き飛ばして突入した。金網が宙を舞い、鉄柱がミシミシと音を立てて折れ曲がる。


「はーい、そろそろ到着ですよー!」


 軽快に響く雪狐フブユキの声が、逆に不穏な空気を煽る。車体が急停止し、ブレーキ音とともに泥が弧を描いた。


 すぐさま全員が車から飛び降り、足音を鳴らして前方のビルへと駆け出す。だが、背後ではゾンビの群れがなおも追いすがってくる。


「邪魔ッ、どけッ!」


 ミライが即座に反転し、M4の照準を定めて三点バースト。先頭のゾンビの頭が爆ぜ、脳漿がジャングルの陽射しに鈍く光る。


 マリナも振り向きざまにショットガンを一発、ゾンビの胸を粉砕する。すかさず隣でフブユキがライフルを構え、確実に頭を撃ち抜いた。二人の連携で、迫る影を一体また一体と薙ぎ払っていく。


「うわっ、不気味なとこだな~。ここ入るの入るの?」


「この先に補給ポイントがあるよー」


 ビルは外壁にツタが絡まり、窓には古びた防弾シャッターが半ば降りたまま。入り口前には朽ちた看板と、ゾンビが這い出た痕跡のような血痕が不気味に残る。彼女たちは躊躇なく扉を押し開け、闇に包まれた建物の中へと突入していった。


「ここでHP回復できるみたいー、武器の補充もあるってー」


 ロビーの奥、緑色の非常灯の下に設置された補給ステーションが仄かに光っている。フブユキは慣れた手つきでモニターをタップしながら、アイテム一覧を吟味する。


「弾切れなんだけど、武器ある~?」ミライが背後から覗き込む。


「あたしも弾切れだな~。あ、斧あったけど、ミライちゃん使ってみる?」


「あーい、ゾンビの脳みそ割り祭り~☆」


 ミライは大型の斧を背負い、軽く素振りをして感触を確かめる。マリナは使えそうな銃器を探して弾薬箱を漁りつつ、周囲に張りつめた気配を感じて、耳を澄ませた。


 ギィィ……ギィィ……。


 不規則に軋むような音が、廊下の奥から近づいてくる。まるで金属を引きずりながら、何かが這ってくるような音。


「な、なにこの音……やばいやばい、来るって、絶対ヤバいやつ来るって!」


 マリナが声を潜めながらも明らかに焦った様子で後ずさる。


 廊下の奥から、鉄を引きずるような異音。明らかに他のゾンビとは異なる気配――次の瞬間、金属扉を突き破って中ボス級のゾンビが姿を現す。


 人間の倍近い体躯。腐りきっているのに俊敏で、まるで獲物を品定めするような動き。


「あー、これ中ボスかなー?見た目からしてヤバそう~」とフブユキがのんきに呟く。


 マリナが素早くショットガンを構えるが、一歩踏み込んで放った弾は身をひるがえしたゾンビにかわされ、背後のコンクリ壁に炸裂。壁面には大きな弾痕と飛び散ったコンクリ片が舞う。


「え、うそでしょ!?今のかわすの!?ミライちゃん、助けてー!」


「おっけー、よいしょ~♪」


 ミライが飛びかかるが、振り下ろした斧すら読まれたかのように躱され、逆にカウンターの肘打ちを食らい、床に転がる。


「くっそ、はずした!」


 3人は散開して応戦するが、攻撃は皮膚を裂く程度で、骨や内臓には届かない。斧の一撃も、銃弾の嵐も、ゾンビは素早く身をひねって避け、死角へ滑り込むように移動する。


 一度弾を誘い込むように後退し、フブユキの射線に割って入る。そのまま地を這うように低く構え、ミライの背後に回ろうとする動きには、明確な意図と計算があった。


「ゾンビの癖に賢いとか反則じゃんw」


「あー、最近はいろんなゾンビいるよねー、走ったり、しゃべったり」


「それ、もうゾンビじゃなくない?w」


「ねぇー、昔は“うーうー”しか言えないノロノロのやつばっかりだったのに」


「ゾンビも多様性の時代か~」


 二人が談笑する間にも、ミライは斧を構えたまま一人でボスと渡り合っていた。左右からの攻撃を回避し、隙を突いて跳びかかる。反撃の拳を滑り込むようにかわし、細かく足元に斬撃を入れる。


「動き、読めてきた……!」


 最後の一撃。ミライは迫るゾンビの腕をぎりぎりでかわし、すかさず斧を振りかぶる。刃の重みを両腕に乗せて、一気に横からねじ込むように叩きつけた。


 画面が一瞬暗転し、カットムービーに切り替わる。断末魔の咆哮とともに中ボスの頭蓋が砕け、巨体が崩れ落ちて沈黙する。


「おっっっしゃーっ!!」


 ミライは歓喜の声を挙げる。血塗れの斧をぶんと振って血を払いながら、画面奥でゆっくりとカットムービーがフェードアウトしていく。


 ◆    ◆    ◆


 イベントシーンが始まり、画面には傷だらけの衣服をまとった数名の人間たちが現れる。廊下の奥からおそるおそる姿を見せ、銃を下ろしたまま手を上げている。


「お、あれ生存者? あー共闘して進む流れかな~」


「なら味方ってことだね。よかったぁ……」


 フブユキとマリナは安心したように銃を下ろし、彼らの方へゆっくり歩み寄っていく。


 だが、ミライの目だけが冷ややかだった。


「ほんとに人間かな~?」


 その言葉と同時に、銃声。ひとりの男が頭を撃ち抜かれて、膝から崩れ落ちる。


「うぇ!? なにしてんの!?」


「こえぇぇ! いきなり撃ち殺さないでよミライちゃん!!」


 二人は驚きつつも、思わず笑いがこぼれる。その一方で、ミライは微笑みながら次のターゲットに照準を合わせていた。


「だってさ~、ゾンビかもしれないじゃ~ん?安全のためだよ~?」


「いやいやいや、どう見ても普通の人間だってば」


「多様性の時代だよ~。人間っぽいゾンビもいるかもしれないじゃな~い」


「うぇ~、そういう?」


 引き金が次々と引かれ、次の男も胸を撃ち抜かれて倒れこむ。フブユキが「ちょ、やりすぎでは!?」と制止しようとした瞬間、3人目に弾が叩き込まれた――そのとたん、そいつの顔が裂けて、肉と骨の隙間から黒い牙が現れる。


「ほらっ、やっぱゾンビじゃん!」


 ゾンビは咆哮を上げてマリナとフブユキに飛びかかるが、ミライはまるでそれすら予見していたかのように即座に斧へ持ち替える。


「うぇ~~い」


 振り抜いた斧がゾンビの首を真横に飛ばし、血のアーチが照明に赤く反射する。


「びっくりしたぁぁぁ!」


「うぇ~、ほんとにゾンビいたんだけどw」


「ほらね? 言ったでしょ~?」


 笑い混じりの軽口が飛び交う中、ミライはひとり笑顔を崩さぬまま、静かに銃口を残された“人間たち”に向け直す。


 パン、パン、パン。


 乾いた銃声が静寂を切り裂き、血しぶきとともに身体が崩れ落ちる。ロビーの空気がまた一段と重くなり、硝煙がじわりと立ち込めていく。


「あぁぁ~、全員殺しちゃった。ちょっと、ミライちゃん怖いんだけど……」


「えぇ~?全部ゾンビだったよ。たぶん、ね?」


「いや、人間の方が多かったでしょ……」


「ふふふ、人間もゾンビも同じだよ~」


「そんなわけあるかい!ミライちゃんサイコパスすぎだよ!」


 ◆    ◆    ◆


 建物を飛び出した三人は、崩れかけたビルの合間を縫って街中を全力で疾走する。ヒビ割れたアスファルト、放棄された車両、割れたショーウィンドウの破片が靴底に砕けていく中、背後からはゾンビの群れが鳴き声を上げて追いすがる。


「くそぉぉ、数が減らない!めっちゃ追ってくる!」


 マリナが振り返りざまにショットガンを放ち、フブユキが連射でゾンビの足を狙い潰していく。


「あははは、くたばれぇぇぇ!」


 ミライが先頭を駆け、斧を振り上げながら一直線に突撃する。その刃は容赦なく振り下ろされ、迫るゾンビの首を胴ごと断ち切る。血飛沫が弧を描き、砕けた骨と肉片が彼女の足元に散らばる。


 前方から次々と現れるゾンビを、ミライは斧でちぎっては投げるように斬り伏せていく。腕を砕き、胴を割り、頭蓋をひしゃげるたび、そのたびに閃光のような血と臓腑が宙に舞う。


「坂道が長い……けど、あそこ!」


 ミライが指差した先、瓦礫の隙間からヘリポートの看板が見えた。三人は全力で坂道を駆け上がる。ぬかるんだ地面は足を取るたびに水飛沫を上げ、泥が靴から跳ねて膝まで跳ね上がる。


 全員が敷地に足を踏み入れた瞬間、視界が暗転し、カットシーンが再生される――


 濃霧の中、地鳴りとともに巨大な影が現れる。積み重なった無数のゾンビの肉体が融合して構成された、人型の巨大ゾンビ。皮膚の代わりにうごめく手足。叫び声の代わりに、無数の口が呻くようにうねる。


「うげぇ~、これがラスボス!?……キモッ!」


「あははは、燃やそ。即燃やそ」


「いや、冷静だな、ミライ」


 巨大ゾンビの右腕が鞭のようにうねり、地面を叩きつける。その衝撃で地面が砕け、マリナが体勢を崩す。


「こっち見た!来る来る来る!!」


 フブユキが走って回避するが、瓦礫の陰からもう一本の腕が伸び、逃げ場を封じる。


「きゃ~!助けてっ!」


 ミライは無言でグレネードランチャーを構え、狙いすました一撃を巨大ゾンビの胸部へ。炸裂音とともに肉片が飛び散るが、本体はぐらりと揺れただけ。


「効いてはいる。もっと削る!」


 三人は連携して攻撃を続ける。マリナが火炎瓶で炎の幕を張り、フブユキがその間から正確にヘッドショットを狙う。


 ミライはタイミングを計って敵の懐に斧で斬り込み、手足の節を断ち切っていく。


「……いいよ、こいつ、面白いね」


 巨大ゾンビが雄叫びを上げると、地面から無数の触手が湧き上がり、三人を包囲する。カメラが激しく揺れ、プレイヤーの視界が赤く染まる。


「やばいやばい!回避に全振りで!!」


 最後は、三人同時のコンビネーション攻撃。ミライの斧が左脚を切断、マリナのショットガンが膝を砕き、フブユキの狙撃がコアとなる頭部へ貫通――


 ボスは呻きながら崩れ落ち、画面いっぱいに黒煙と断末魔のエフェクトが広がる。


「フィニッシュっ!!」


 勝利演出のBGMが流れ、三人が勝利ポーズを決めるシーンで、コメント欄が『GG!』『神回!』『お疲れ!』で埋まっていく。


 ヘリの到着ムービーが流れ、「クリアだ!」と誰もが思ったその瞬間、フェンスの向こうに黒い波が現れる。地鳴りのような足音とともに、大量のゾンビが霧を割って走ってくる。


「やばいやばい、油断してたーっ!」


「逃げろ逃げろ、ヘリに乗るぞ!!」


 三人がヘリへ向かって駆け出すが、足元から伸びた異形の手がマリナとフブユキの脚を捕らえる。それは、先ほど倒したはずのラスボスの肉体から這い出たゾンビの残骸だった。


「うそっ!? 動けないんだけど!?」


「足、つかまれてるーっ!」


 ゾンビの波を押し返しながら、マリナとフブユキが必死に叫ぶ。


「助けてぇぇぇッ!死ぬ死ぬ死ぬぅぅ!」


「うぇ~、あとちょっとなのに、ゾンビに食われてゾンビになる~w」


 ミライは少し離れた安全な場所から、助けを求めて必死に叫ぶ二人を眺め、楽しげにくすりと笑った。


「じゃぁ、先行くね~」


 二人を見捨ててミライは一人、ヘリのステップに飛び乗る。だが、エンジンは回っているのに、機体は浮き上がらない。


「あれ? 飛ばないんだけど?」


「……たぶん、あたしらがまだ下にいるからだよ」


「全員乗らないと発進しない仕様ってこと?」


「うん、そういうフラグ管理みたい」


 ミライはその言葉を聞くと、ふっと笑みを浮かべ、二人にさらりと言い放った。


「そっか。じゃあ、死んで?」


 ライフルを構えて引き金を引く。乾いた発砲音が響き、二人のHPバーがじわじわと削れていく。


「うそ、ちょ、何してんのよぉぉ!」


「やめて~っ、なんで~っ!?」


 二人が息絶えたその瞬間、ヘリのローターが高鳴りを増し、機体がゆっくりと離陸を始める。


 座席にふわりと腰を下ろしたミライが、満足そうに微笑む。


「やっと飛んだ~♪」


 画面がフェードアウトし、エンディングムービーが静かに流れ始める。焦げた街並みを見下ろしながら、ヘリはゆっくりと雲の中へと上昇していく。


「おに~!人でなし~!w」


「あそこで撃ち殺しますか!?ひどすぎでしょw」


「あはははは!」


 配信画面では、ミライのあまりに突飛な行動に、驚きを通り越して爆笑するマリナとフブユキが、笑いながら文句を言い合っている。


 画面下には視聴者からのコメントが滝のように流れ、「草」「これは伝説」「味方撃ちの鬼w」といった言葉で埋め尽くされていた。


 ◆    ◆    ◆


 俺はソファに座りながら、隣の〈星屑ミライ〉に目を向けた。


「ミライさん、さっきの最後のあれ……さすがにちょっとひどくなかったですか?」


 笑ってはいるものの、悠の表情にはわずかな困惑が混じっていた。画面越しでは冗談のようにも見えたが、彼女の非情とも思える行動には、少しだけ恐怖すら覚えた。


「え~?だってさ、あの二人……実は人間のふりをしてた、超賢いゾンビなんだよ~♪」


 ミライは平然とした笑顔のまま、とんでもない言い訳を繰り出す。悠は思わず吹き出しそうになりながる。


「いやいや、それはさすがに無理がありますって」


「でも、ゾンビじゃないって証拠もないでしょ?」


「一緒に行動できるなら、ゾンビだろうが関係ないですよ。協力できるなら、それはもう仲間です」


「ふ~ん、君はそう考えるんだね。まぁ、それならいいよ♪」


 発言の意図はよくわからなかったが、なぜか上機嫌になったようだったので、それ以上この話題を続けるのはやめた。


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