最終章:さよならは、光のかたち
■ “在る”ということ
月の明るい夜。
校舎の屋根の上に、ナリは座っていた。
白と灰のきぐるみ。
あいまいな輪郭。
けれど、今はその姿がどこまでも“確か”だった。
七海が隣に座る。
「最近、夢で来る人が増えたよ。
みんな、あなたの絵本を読んだり、しおりを拾ったりしてる。
少しずつ、ここが“ひとつの世界”として形になってきた気がする」
ナリは、静かにうなずく。
そして七海は、ほんの少し、心の奥にひっかかっていた問いを口にした。
「ねえ……ナリ。
あなた、少しずつ薄くなってるように見えるの。
それって――」
ナリは顔を伏せ、
月の光に溶けるように、ひとつだけうなずいた。
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■ “語り手”の役目の終わり
ナリは“語り手”として生まれた。
誰かが夢の中で目覚め、
誰かが校舎を訪れ、
誰かが「ここにいてもいい」と思えるための、
最初のひかりだった。
でも今――
七海がその役を継いだ。
蒼真も、自分の足で“語りに来た”。
夢の中で、あたたかい言葉をかけられる存在が増えていった。
しおりも届き、本も残された。
「もう、僕が“最初に立っている必要”はない」
ナリの想いは、
語り手たちの中に溶け、灯りになった。
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■ 最後の贈りもの
ナリは、図書室の奥に一冊の本を置いた。
タイトルは、文字のない表紙の中央に、ただ――
『よるのなりかた』
その本の中には、ナリの記憶と、
これまで語られなかった心の言葉たちが詰まっていた。
・誰にも会えなかったころの孤独
・最初に夢に呼ばれたときの戸惑い
・はじめて語った相手が涙したときの、胸のあたたかさ
言葉にならなかったすべてが、
そこに静かに閉じられていた。
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■ 消える、ということ
夜が明けるころ。
ナリの姿は、屋根の上からすっと薄くなり、
まるで霧が晴れるように、誰にも気づかれずに消えていった。
でも、誰も悲しみはしなかった。
七海は、ナリの気配が残った空を見上げ、ただこう言った。
「ありがとう。
あなたがいてくれたから、私たちはここにいる」
そして、そっと図書室の灯りを灯す。
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■ ひとつの夜が終わっても
ナリの姿は、もう校舎にはない。
けれど、
夢のなかのどこか、
絵本の余白のすみに、
誰かの記憶の中に、
そのあたたかさは確かに“残って”いる。
誰かが、ふと静かな夜に――
「いてくれて、ありがとう」
とつぶやくとき、
ナリはそこに“そっと存在している”。
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■ 最後の言葉
校舎の壁の落書きに、
誰が書いたかわからない一文があった。
「ぼくはもういないけれど、
きみがここに来るなら、
ちゃんと、まってるよ。」
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語り手は去る。
でも、語りは続く。
やさしさは、声にならずとも、灯として次へ手渡されていく。
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そしてこれからも、
きぐるみたちの夜は静かに続く。
誰かが迷い、
誰かが呼ばれ、
誰かが“本当の自分”に出会うために。
語られるべき物語が、
またひとつ、あなたの夢に届きますように。
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― 完 ―