境界の揺らぎ:夢が現実を灯し始めるとき
■ 静かな異変
七海は、今も校舎の図書室にいる。
夢の中でしか入れない、夜の図書室。
そこに並ぶ本は、“まだ語られていない物語たち”。
彼女はその本に手を触れながら、
今夜はどんな夢を訪ねようかと、静かに目を閉じる。
そして今日もまた――
夢の中で、誰かと会う。
その夜は、小さな男の子だった。
言葉を話さないけれど、絵がとても上手な子。
彼はクレヨンで、猫の着ぐるみを描いて七海に見せた。
にっこりと笑って、紙を手渡す。
「ありがとう。これは、君の大切な友達?」
男の子はうなずいて、
「今、会えないんだ」と小さくつぶやいた。
七海は、その絵をそっと抱きしめた。
すると――
目が覚めた後も、その絵の手触りが胸の奥に残っていた。
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■ 現実に現れた“欠片”
次の日。
夢から覚めた少年――ソウタは、
朝になって目を覚ましたとき、
自分の枕元に見知らぬ紙切れが落ちているのに気づく。
そこには、自分が夢で描いた猫の絵と、
誰かの手でこう書き添えられていた。
「きっとまた会えるよ。夢でも、それ以外でも。」
ソウタは目を丸くした。
その字は見覚えがない。けれど、不思議とあたたかかった。
そして同時刻、校舎の図書室で目を覚ました七海の手元には、
ソウタがくれたクレヨンの絵が、ほんのり温かく残っていた。
夢と現実が、確かに“重なった”。
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■ 呼びかけが届く
その日を境に、七海の中に確かな手応えが生まれる。
夢の中で交わした想いが、
現実のどこかで“痕跡”となって残っている。
誰かが、目覚めたとき、何かを“持ち帰っている”。
「わたしの“語り”は、もう夢だけじゃなくなってる」
ナリは、ただ静かにうなずいた。
彼の瞳は、以前よりも透明だった。
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■ 本屋に置かれた一冊
別の町では、中学生の少女が、
ふと立ち寄った古本屋で一冊の絵本を見つけた。
タイトルは――『夜のきぐるみたち』
中を開いた瞬間、少女の目にひとつの挿絵が飛び込んでくる。
それは、ウサギのきぐるみと、白と灰の混ざったナリが、
男の子と猫の絵を手に持っている場面。
「あれ……これ、私、夢で見たことある…」
少女は、ページをめくる手を止められなかった。
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■ やがて“現れる”
それはある夜のことだった。
七海が夢の中で訪れた子の元に、
**“見覚えのない本のしおり”**が現れた。
そのしおりには、七海の名前はなかった。
けれど、彼女が夢の中で語った“言葉”が、確かに書かれていた。
「自分を好きになれない日も、ここでなら大丈夫」
「眠るたびに、思い出して。あなたは、ちゃんといる」
そしてその子は、しばらくして
夜の空を見上げながらこう言った。
「わたしも、行ってみたいな。
あの、きぐるみたちのところへ。」
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■ 変わりゆく境界
ナリは、七海にそっと伝える。
「君は今、現実と夢の“橋”になってるんだよ」
「語ることで、君の言葉が“現実に種を蒔いてる”。
そしてその種から、誰かが芽を出すんだ」
七海は、その言葉を聞いて、静かに胸に手を当てた。
彼女の中に、確かに芽吹いたものがあった。
過去の痛みや寂しさが、誰かのための“灯り”に変わっていく。