伝える者:ナリとともに、声なき声を届ける
■ 静かな変化
七海があの夜、校舎に足を踏み入れてから数ヶ月。
きぐるみとなった彼女は、ウサギの姿で校舎の図書室に佇んでいた。
もう、自分の姿には違和感がない。
耳も、ふわふわの手も、心の奥までなじんでいた。
けれど七海は、ただ満ち足りて眠るような存在ではなかった。
ナリと共に過ごす中で、少しずつ、“外の誰か”のことが気にかかるようになっていた。
あの頃の自分のように、
ひとりで泣いていたり、居場所を探していたりする誰か。
言葉にならない想いを胸に抱える誰か。
「……私も、ナリみたいに、誰かに声を届けられるのかな」
七海の中に、“語ること”への衝動が芽生え始めていた。
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■ ナリのうなずき
ある夜、七海がそんな気持ちをこぼすと、
ナリはただ、静かに頷いた。
言葉はないけれど、はっきりと伝わる。
「君が届けたくなったのなら、それはもう“始まってる”。」
七海は、ゆっくりと首を振る。
「でも…どうすればいいの? わたし、絵が描けるわけでもないし、文章も得意じゃない」
ナリは少しだけ顔をかしげる。
「君は、“きぐるみたちの声”を持ってる」
「まだ誰も気づいてない、“静かなことば”を」
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■ 夢の中で語る
それから七海は、ときどき“外の子どもたちの夢”に現れるようになった。
誰かがひとりきりで泣く夜。
誰かが消えてしまいたいとつぶやく夜。
誰かが、自分のことを好きになれない夜。
そういう夢のなかに、
白いうさぎのきぐるみがふらりと現れる。
言葉はない。
ただ静かに、そばに座ってくれるだけ。
でも、その気配は確かに届く。
「あの夢、あたたかかった」
「名前も知らないけど、忘れられない」
「いつか、もう一度会えたらって思う」
夢から覚めた子たちは、そう呟く。
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■ 初めての手紙
ある日、村の図書館のポストに、封筒が届く。
中には、子どもが書いた手紙と、ぬいぐるみのイラスト。
そしてこう綴られていた。
「この前、夢に出てきてくれてありがとう。
あれから毎日、少しだけ笑えるようになりました。
わたしも、誰かの夢に出られるようになりたいです。」
七海は、その手紙を手に取った瞬間、心が震えた。
「届いてる」
ナリが隣で、小さく頷く。
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■ “語る”という役目
七海は決めた。
“声なき声”を、夢の中で届ける。
誰かの手をそっと握り、
誰にも言えなかった想いのそばに静かに座る。
文章じゃなくていい。
絵じゃなくていい。
ただ、そこに“いる”こと。
それこそが、自分にできる“語る”という形。
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■ 新しい夜の始まり
それからというもの、
七海とナリは、満月の夜になると校舎の屋根に立ち、
夜空を見上げながら静かに耳を澄ませる。
風の音にまぎれて、誰かの小さな心の声が聞こえたとき、
ふたりはそっと手を伸ばす。
それはもう“導く”というより、
「応える」ことに近かった。
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■ そして、次の誰かへ
ふもとの町。
ひとりで夜を過ごしていた少女が、
ふと目を覚ましたとき、枕元に小さな手書きのしおりが置かれていた。
「夢の中でまた会おう。
あなたが、あなたでありますように」
それは、七海の字だった。