回帰編:あの夜の続きを探して
■ 「あれは、夢だったのかもしれない」
名前は、秋人。
今では四十を過ぎ、東京の片隅で会社勤めをしている。
毎日満員電車に揺られ、仕事をこなし、疲れて眠る。
そんな日々の中、ふとした拍子に、あの記憶が甦る。
――二十年前。
高校生だった彼が、偶然手にした着ぐるみと、奇妙な“イベント”の招待。
導かれるように訪れた山奥の廃校。
着ぐるみたちとの静かな夜。
柔らかな灯り。
笑い声ではない何かが響く空気。
そして、ゆっくりときぐるみと一体になっていく仲間たち。
彼だけは、朝になる前に目を覚まし、着ぐるみを脱いで帰った。
“なぜ自分だけが戻れたのか”、ずっとわからなかった。
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■ 20年の重み
秋人は大人になった。
家族も持った。
でも、心のどこかに**「あの夜の続きを見ていない」**という想いがずっと残っていた。
ある晩、駅のベンチでうたた寝をしていた彼のポケットに、
一枚の紙が入っていた。
「あなたが来なかった夜、あの場所は静かにあなたを待っていました」
「もし、今もその続きを望むのなら――」
「帰っておいで」
そこにあったのは、かつての招待状と同じデザイン。
そして、あの頃と同じ、狐の着ぐるみのイラスト。
秋人は、すぐに決めた。
もう“迷い”はなかった。
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■ 廃校への帰還
満月の夜。
季節は、ちょうど秋の始まり。
彼は車を走らせ、かつての記憶を頼りに山道を進んだ。
変わってしまった景色も多いが、山奥の道は昔と同じ静けさを保っていた。
そしてついに、朽ちた校舎が月明かりに浮かび上がる。
あの夜と同じ。
いや、何も変わっていない。
秋人は後部座席から、くたびれた狐の着ぐるみを取り出す。
色は少し褪せ、毛並みもくたびれているけれど――
それは確かに、**彼の“もう一つの姿”**だった。
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■ 扉の向こうで
校舎の玄関は、静かに開いていた。
中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
埃の匂いと木の軋む音、誰もいないはずの廊下の奥から、
わずかに足音のような気配が聞こえる。
音楽室の扉を開けると、蝋燭の灯り。
そして、そこには――
かつての仲間たちがいた。
あの夜、同化した仲間たち。
犬のユウト。
カニの双子。
フクロウの先生。
そして、自分より先にあの夜を選んだ者たちの静かな姿。
みな、動かずにいるはずなのに――その目は、まっすぐに秋人を見ていた。
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■ 最後の踊り
秋人は、そっと着ぐるみに袖を通す。
若い頃よりも少し体型が変わったせいで、きつく感じる。
でも、それがなんだか嬉しかった。
やがて、蓄音機のような音源がゆっくりと曲を奏ではじめる。
秋人は、一歩、前に出る。
そして、仲間たちの輪の中へ。
誰も言葉を発しない。
けれど、心が満たされていく。
「ようこそ」
「ただいま」
言葉にならない想いが、灯りのように胸をあたためる。
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■ 夜明けとともに
朝が来る頃、校舎は再び静けさを取り戻していた。
廊下に並んだ着ぐるみの中に、新しい一体が加わっていた。
古びた狐の着ぐるみ。
その表情は、どこか満ち足りたようだった。
秋人は、ようやく“続きを見た”のだ。
あの夜、選べなかった選択を――
もう一度、自分の意志で、迎えたのだ。
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■ 語り継ぐ風の中で
今、風が吹くたびに、山の村のどこかでこうささやかれている。
「昔、狐の着ぐるみがひとりで校舎に帰ってきたんだって」
「ほんとはずっと、帰りたかったんだってさ」
「そしたらね、あの夜――輪が、少しだけ広がったんだって」
その声は、もう届かないかもしれない。
でも誰かが耳を澄ませば、確かに聞こえる。
「おかえり」
「そして、おやすみ」