エピローグ
しばらくして父の容体も落ち着き、僕らはゆっくりと日常に戻っていった。しかし、それは以前とまったく同じではなかった。
僕は、これまで避けてきたことに向き合おうと決めた。
千春と何度も話し合い、彼女の想いを聞き、僕自身の気持ちとも向き合った。すぐに結論が出るわけではなかったが、それでも僕らは「一緒に考える」ということを始めたのだ。
ある夜。
千春が窓際で月を眺めながら言った。
「家族って、きっと完成形があるわけじゃないんだと思う。少しずつ形を変えていくものなんじゃないかな」
僕は隣に立ち、彼女と同じ夜空を見上げた。
「俺たちも、まだ途中なんだろうな」
千春はそっと頷いた。
「でもね」
彼女はふと、微笑んだ。その笑顔は、以前よりも穏やかで、どこか柔らかい。
「今の私たちは、前より少しだけ……ううん、だいぶいい関係になれた気がする」
「俺も、そう思うよ」
「ねえ、あなた」
「私たち、このままどこまでいけると思う?」
千春は夜空から視線を戻し、僕をじっと見つめた。彼女の問いに、僕はすぐには答えられなかった。
未来は、まだ見えない。
けれど、僕らは変わった。
沈黙が怖くなくなり、互いの言葉を探すようになった。かつての静寂とは違う、確かなものがここにある。
「きっと、どこまでも」
僕はゆっくりと千春の手を取り、その細い指にそっと自分の指を絡めた。
彼女は一瞬驚いたように視線を落としたが、やがて静かに目を閉じる。
僕は指先に伝わる微かな震えを感じながら、もう一度確かめるように彼女の手を包み込んだ。その熱が、ゆっくりと僕らの間に広がっていく。
千春は、息をのむようにして僕の手を強く握り返した。
それは、言葉では伝えきれない想いの形だった。
僕らはこれからも、互いにぶつかり合い、探り合いながら歩いていくのだろう。
時には迷い、傷つくこともあるかもしれない。
それでも——。
千春の手の温もりを感じながら、僕は思う。
この熱を、もう手放さない。
夜風が静かにカーテンを揺らし、窓の外では、新しい朝がゆっくりと訪れようとしていた。