表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第一話

 着替えてから、外へと新聞を取りに行く。

 一面のニュース記事を読みながらゆっくり戻ってくると、食卓にはいつの間にか、トーストと目玉焼きが並べられていた。


 バターが溶けて黄金色に輝くパンの表面、ゆるやかにとろける黄身。少し冷めたカフェオレのほのかな湯気が、ゆっくりと立ち昇っている。


 僕らは言葉少なに食事をした。ナイフとフォークの音だけが響く。


「今日は何をするの?」

「仕事。編集部から、原稿を急いでくれと連絡があった」

「そう」


 短い会話。必要最低限のやりとり。僕らの間には、静けさが根を張っていた。


 彼女が出かけた後、僕は書斎にこもった。小説は進まない。

 主人公が妻との関係に疑問を抱く場面で、筆が止まっていた。まるで僕自身の心の反映のように。


 夕方、千春から電話があった。


「今日は遅くなるわ。会議が長引きそう」

「わかった。夕食は?」

「外で食べてくるから、気にしないで」

「了解」


 電話を切ると、妙な安堵感が広がったことに、微かな罪悪感を覚えた。

 一人の日は、夜が長く感じる。冷蔵庫からビールを取り出し、グラスに注ぐ。炭酸の泡が静かに弾ける音を聞きながら、僕はぼんやりと考えていた。


 いつから、僕らはこうなったのだろう。


 結婚当初は違った。夜更けまで語り合い、朝食を共にしながら笑い合った。

 だが、いつの間にか予測可能なルーティンが日常になり、そして……二人の時間に時々長い静寂が居座るようになった。


 食事を簡単に済ませ、僕は再び書斎に戻る。書くべき言葉は出てこなかった。


 代わりに、僕は日記のようなものを書き始めた。

「千春と僕の間には、目に見えない壁がある。それは毎日少しずつ築かれ、今や高くそびえ立っている。僕らは壁の両側に立ち、互いに手を振るだけだ」

 書いていて、自分でもひどく虚しくなった。気づけば、机に伏せるようにして眠っていた。



 翌朝。目を覚ますと、肩に毛布がかけられていた。だが、机の上のノートは閉じられ、ペンも整然と置かれている。


 見られたのかもしれない——。


 心臓が跳ねた。


 千春の気配を探すと、キッチンから物音がする。食卓には、昨晩と同じくトーストと目玉焼きが並んでいたが、そこに小さなサラダが添えられていた。


「おはよう」

「……おはよう」


 普段と変わらない挨拶。でも、彼女の表情がどこか違って見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ