第一話
着替えてから、外へと新聞を取りに行く。
一面のニュース記事を読みながらゆっくり戻ってくると、食卓にはいつの間にか、トーストと目玉焼きが並べられていた。
バターが溶けて黄金色に輝くパンの表面、ゆるやかにとろける黄身。少し冷めたカフェオレのほのかな湯気が、ゆっくりと立ち昇っている。
僕らは言葉少なに食事をした。ナイフとフォークの音だけが響く。
「今日は何をするの?」
「仕事。編集部から、原稿を急いでくれと連絡があった」
「そう」
短い会話。必要最低限のやりとり。僕らの間には、静けさが根を張っていた。
彼女が出かけた後、僕は書斎にこもった。小説は進まない。
主人公が妻との関係に疑問を抱く場面で、筆が止まっていた。まるで僕自身の心の反映のように。
夕方、千春から電話があった。
「今日は遅くなるわ。会議が長引きそう」
「わかった。夕食は?」
「外で食べてくるから、気にしないで」
「了解」
電話を切ると、妙な安堵感が広がったことに、微かな罪悪感を覚えた。
一人の日は、夜が長く感じる。冷蔵庫からビールを取り出し、グラスに注ぐ。炭酸の泡が静かに弾ける音を聞きながら、僕はぼんやりと考えていた。
いつから、僕らはこうなったのだろう。
結婚当初は違った。夜更けまで語り合い、朝食を共にしながら笑い合った。
だが、いつの間にか予測可能なルーティンが日常になり、そして……二人の時間に時々長い静寂が居座るようになった。
食事を簡単に済ませ、僕は再び書斎に戻る。書くべき言葉は出てこなかった。
代わりに、僕は日記のようなものを書き始めた。
「千春と僕の間には、目に見えない壁がある。それは毎日少しずつ築かれ、今や高くそびえ立っている。僕らは壁の両側に立ち、互いに手を振るだけだ」
書いていて、自分でもひどく虚しくなった。気づけば、机に伏せるようにして眠っていた。
翌朝。目を覚ますと、肩に毛布がかけられていた。だが、机の上のノートは閉じられ、ペンも整然と置かれている。
見られたのかもしれない——。
心臓が跳ねた。
千春の気配を探すと、キッチンから物音がする。食卓には、昨晩と同じくトーストと目玉焼きが並んでいたが、そこに小さなサラダが添えられていた。
「おはよう」
「……おはよう」
普段と変わらない挨拶。でも、彼女の表情がどこか違って見えた。