取り巻き令嬢たちの困惑と幸せ
あぁ、また忙しい日々が始まりますわ……!
あの事件のために、お風邪を引いていたローズレッド様が回復なされたのですもの。
喜ばしいことですけど、緊張しますわ……
伝達魔法で回復の知らせをくれたメイドが続けた伝言。
"大事な話があるので屋敷に来てほしい" とは?
いつもの招集とは違う気がしますわ――
ですが、いつも通り紫色のドレスを来て、お見舞いも兼ねて参りましょう。
お見舞いの品は赤い薔薇の花束でいいでしょうか?
どんな反応をなさるかビクビクドキドキですわ。
こんな恐怖に似た感情を抱きながら、とりまきをしている意味がもうわかりませんわ。
――最初は、子供の頃は楽しかったですわ。
ローズレッド様はお姫様みたいにキラキラしていて。一緒にいると私も特別な令嬢になれたようにキラキラ気分になれて、
「ヴァイオレット、あなたは紫色のドレスを着なさい!」
と指示された時も、特別な役目をもらえた気がして嬉しかった。
それから長い月日が過ぎてローズレッド様のとりまきでいることが当たり前になって――
おかしくなったのは、王太子スカイハート殿下が婚約者を決めると発表があってから。いいえ、そこに男爵令嬢ミルクーナ様が現れて殿下と親しくなってからですわ。
ローズレッド様はすぐさま二人の仲を裂くための行動を始められて私たちにも、
「私以外の者が殿下の婚約者になるなど、許せませんわよね?」
と確認をなさり私たちは、
「殿下に相応しいのはローズレッド様ですわ〜!」
と即答した。
それはローズレッド様という公爵令嬢を差し置いて男爵令嬢が婚約者になるなど許されないという貴族令嬢としての気持ちからと、純粋にローズレッド様をお慕いする気持ちからで。
それからは自然の流れでミルクーナ様とスカイハート殿下の仲を裂く妨害工作をお手伝いすることになっていた。
みんなで連携して殿下の元へ行くミルクーナ様の進路に立ちはだかったり、ローズレッド様がミルクーナ様とお話している間は後ろから援護するようにキッと強気にミルクーナ様を見つめたり、
「男爵令嬢の分際で、殿下からプレゼントをいただくなんて。身の程知らずですわね」
と、ローズレッド様がミルクーナ様から取り上げたペンダントを受け取り保管したり――ローズレッド様からは捨てなさないと言われたけど、殿下からのプレゼントを勝手に捨てるなんて恐れ多くてできずにいる。みんなも捨てないほうがいいと言っているし……
そんな風に自分たちから動くこともあれば、ローズレッド様に指示されて動くこともあった。
ミルクーナ様の行動を遠くから監視しつつ追跡して殿下と会ってないか報告したり、ミルクーナ様に関する情報を収集して報告したり――
少しのミスも許されない役目。
学園の成績もまぁまぁな私には大変ですわぁ〜
とりまきとは、こんなに過酷でしたかしら?
一般生徒の言うところの泥臭い役目ばかりしていて、キラキラはどこへやらですわぁ。放課後のお茶会も調査報告で潰れるし……最近はみんなと大変辛いとそんな話ばかりしてますわねぇ――
お風邪を引く原因になった事件を起こすために学園の裏庭に誰も近づかないように見張りをしたり、スカイハート殿下を裏庭の上空だけが見える位置に誘導したり。
はぁ、もう嫌ですわ。こんな役目……罪深いですわぁ。
通信魔法で準備完了の知らせを密かに受けたローズレッド様はミルクーナ様を裏庭に連れていき、ウォーターストリームというA級水魔法を出すとミルクーナ様にではなく、ご自分に浴びせた――
裏庭の上空までウォーターストリームの巨大な水柱が立って。水柱の中にはローズレッド様の姿が確かにあった――あんな御大層な魔法を使うなんて。さすが、ローズレッド様ですわ〜。それにしても、あの魔法……報告書にあったかしら? 今さら気にしても仕方ないですわね――それを見たスカイハート殿下や生徒や教師が駆けつけて、私たちも成り行きを見るため駆けつけた。
びしょ濡れで水を飲んでしまったのか苦しそうに咳き込むローズレッド様から、
「ミルクーナ様がっ、殿下の婚約者候補である私が邪魔だからと言って、攻撃してきましたわ!」
と証言を受けた殿下は動揺なさり、
「違います! 攻撃なんてしていません!」
と必死に訴えるミルクーナ様をとりあえず屋敷に軟禁する処置をなさった……
このままミルクーナ様を、おそばから遠ざけるだけならよいのですけれど、
「あんな野蛮な方は殿下に相応しくないどころか危険ですわ! 厳しい処罰を願います!」
とのローズレッド様の訴えを叶えて、無実のミルクーナ様を処罰なさることになったら――
私はさすがに罪の意識でどうかなりそうですわぁ〜!
ですが……危険なA級水魔法を、ご自分に浴びせて風邪を引く。
そこまでして殿下の婚約者になろうとするローズレッド様を応援したい気持ちもあり。
心が引き裂かれそうですわ……
どうすればいいのか、わからないまま屋敷に着いた。
こうなったら、いつも通り、みんなで決めましょう。
それが一番ですわ〜
「ヴァイオレット様、ごきげんよう〜」
「ごきげんよう〜、ブルーベル様、ルーナ様、オリーブ様〜」
馬車から降りて、いつも通り自然と輪を作る。
ブルーベル様は青いドレス、ルーナ様は黄色のドレス、オリーブ様は緑のドレス。
「皆様、いつも通りですわね」
全員で確認し合うと、緊張感のある顔を見合わせる。
「大事な話とは何でしょうね」
ルーナ様が不安そうに口にした。
「殿下から何か、お知らせがあったのかもしれませんわね」
オリーブ様が表情をさらに緊張させて言った。
私たち全員同じ表情となり、深刻な沈黙の時が流れていく。
「お嬢様方」
ハッとして、声の方に全員で顔を向けると執事がいた。
「屋敷の中へどうぞ」
「は、はい」
もう一度、皆様と顔を見合わせて。
「行きましょう」
意を決して一緒に歩き出す。
「お嬢様。ヴァイオレット様、ルーナ様、ブルーベル様、オリーブ様がお見えになりました」
メイドがノックすると、扉が少し開いた。
「失礼いたします――」
私たちが中に入ると、扉は閉められた。
いつも通り横並びになり、緊張の顔をローズレッド様に向ける。
いつも通りきちんと赤いドレスを着て目の前に立つローズレッド様は、金髪の巻き毛も豪華で美しい厳格な顔――
笑顔になった!?
「ご、ごきげんよう〜〜、みんな〜〜!」
な!? 誰!?
笑顔で手を振って "ごきげんよう〜!" なんて。
まるで、私たちみたいな。
とりまきの誰かかと見間違いましたわ……
みんなも同じことを思ったのか。
驚きに目を見開いた顔をこちらに向けてきましたわ。そして、もう一度一緒に見直す。
目の前にいるのは確かに、ローズレッド様。
「突然呼び出して、ごめんあそばせ〜。驚かせましたわね〜!?」
やっぱり、おかしい!!
ローズレッド様が私たちを気遣うなんて。
いつもは当然のことのように、呼び出したことに触れもせず話し始めるのに。
別人?
いえ、何度見直してもローズレッド様ですわ。
あぁ、そうですわ!
お風邪のせいで!? お頭かご性格に影響が……そうだとしたら指摘するのもためらいますわね。
「さぁ、こちらに座って〜」
相変わらず笑顔で椅子を勧めるローズレッド様。
こんなことも初めてですわ。いつも立ったまま話すのに――おかしすぎて困惑しますわ。
ですが、せっかくですし座らせていただきましょう。
ローズレッド様が座る椅子と向かい合うように横並びになっている椅子に私、ルーナ様、ブルーベル様、オリーブ様と着席。緊張は解けないまま背筋を伸ばす。ローズレッド様はホッと肩の力を抜いた笑顔をみせた。これも変……ですが、お元気そうなご様子ではありますわ。
まず、そこを聞いてみましょう。
「ローズレッド様、お加減はいかかですか〜?」
「心配しておりましたわ〜」
みんなが口々に言うと、
「ありがとう、みんな。もう大丈夫ですわ」
答えたローズレッド様の声が、お優しい!
こんな優しい声を聞いたのは久しぶりですわ……
みんな、ローズレッド様に釘付けですわ。
「あ、あのこれを。お見舞いですわ〜」
オリーブ様が赤い薔薇の花束を差し出した。
「私も、お見舞いですわ〜」
同じような花束をどうぞですわ〜
「ありがとう〜、綺麗な薔薇ですわね!」
ローズレッド様はとても嬉しそうに受け取ってくださった。ホッ、感激ですわ!
「私は、体によいというハーブティーですわ〜」
「私もですわ〜」
ブルーベル様とルーナ様がラッピングされた箱を差し出した。
赤い薔薇の花束にハーブティー。同じものを贈るなんて、おかしくもあり嬉しくもありますわ。
ローズレッド様も受け取った品を抱きしめるように喜んでくださっている……こんなに態度が優しいのは病み上がりで弱っているせい?
「みんな、ありがとう」
花束と箱をテーブルに置くと――テーブルの花瓶には既に赤い薔薇が沢山――
ローズレッド様は椅子にかけ直し――笑顔が消えた。
「みんな、こんなに優しくて素敵な令嬢たちなのに……私のせいで、ごめんなさい」
ローズレッド様のせい?
ごめんなさい!!?
ローズレッド様が謝罪してきた?
こんな……これ以上こんな困惑が続いたらどうかなりそうですわ。
戸惑うばかりの私たちに、ローズレッド様は深刻なままの表情を向けてくる。
「みんなに大事な話があると伝えましたわね。今から、それを話しますわ」
大事な話!
ゴクリと全員で喉を鳴らし息をのんだ。
「みんな、落ち着いて聞いてね」
落ち着いて聞きましょう。
みんなでうなずくと、ローズレッド様は視線を下に一点を見つめられて口を開かれた。
「私は……もうすぐ……今まで犯した悪事が殿下に知られて牢獄送りになりますわ」
えっ!?
言葉にできない驚きに肩がビクッとなりましたわ。
みんなも同時に。
「な、なんとおっしゃったのですか?」
ブルーベル様が聞き直し、私も聞いてみましょう。
「牢獄送りになるとは?」
ローズレッド様もゴクリと喉を鳴らしてから、口を開いた。
「男爵令嬢ミルクーナ様に散々嫌がらせをしてきたでしょう? 極めつけは私を水魔法で攻撃した危険人物呼ばわりして……その真相が、罪の数々が殿下に知られて牢獄行きになり、その後は屋敷に戻されて幽閉生活になるのですわ!」
ローズレッド様は両手で頭を抱えなさった。
そのまましばし、罪と罰の意識に襲われているように苦悶の表情で目を閉じてから、ゆっくりと目を開らかれた。
「それだけではありませんわ。あなたたちは修道院送りになります」
えっ!?
「ええ〜〜っ!?」
みんなでビックリしたあまり椅子からひっくり返るところですわ!
「私たちが修道院送り!?」
「修道院に送られたら、私たち!?」
「結婚もできず自由もなく一生暮らすのですか!?」
「そんなの嫌ですわぁ〜!!」
私たちは狂乱して泣き崩れていた。
「もうすぐとは、いつですか!?」
「もう、殿下から知らせが!?」
ルーナ様とオリーブ様が混乱のまま聞かれた。
「いいえ……」
ローズレッド様は落ち着いた様子で答えて、一点を見据えている。
「熱を出している間に……夢を見たのですわ」
「夢?」
私たちは揃って呟くように聞き返した。
「夢というか、前世の記憶というか。とにかく、私の人生全てを見たの」
ローズレッド様は顔を歪めると片手で頭を抱えた。
「起きた時は絶望しましたわ! 既にやらかし、いえ、罪を犯した後なんですもの……」
歯を噛み締めて沈黙してしまった。
落ち着いて、聞いたことを思い出してみましょう。
夢を見た、ご自分の人生全てを。これから罪が殿下に知られて罰を受ける夢を?
「今言ったことは全て本当ですわ。信じて!」
私たちの困惑に対してローズレッド様は叫んだ。
ローズレッド様に信じてと言われたら信じるしかないですわ。
「信じますわ」
私の宣言に次々続く。
「信じますが、疑問がございます」
ブルーベル様が言った。
「一体どうして、殿下に知られてしまうのですか?」
そうですわ……
それが問題ですわ。一体どうして?
「それは……」
ローズレッド様は少し目を伏せた。
「あなた……が、裏切るからですわ」
え?
裏切る? 私たちの誰かがローズレッド様を?
まさか、そんなこと信じられない。
私は違いますわ……! それなら、
「誰が?」
みんなで聞き返していた。
「あなたたち全員ですわ!!」
え!?
「えぇ!? 私たち全員が!?」
また、椅子から転げ落ちそうになりましたわ!
私たちがローズレッド様を裏切るなんて!?
驚きと困惑の顔を見合わせる。信じられませんわ。
私たちは人生を通してローズレッド様をとりまき、生きてきたはず……
「あなたたちは」
ローズレッド様の言葉に同時に視線を戻す。
「あなたたちは、これから殿下がミルクーナ様を処罰するという知らせを聞いて私の指示に従ってきた罪の意識に耐えられなくなり、全員で殿下に全てを話に行くの」
罪の意識に耐えられずに!
みんな同じ気持ちを抱いていたのですね……
私たちは顔を見合わせて、心を通じ合わせた。
知らせに行くのも無理はないと――その結果が修道院送りなんて!
甘んじて受け入れるしかないのでしょうか……?
「あなたたちの証言を私は否定しますわ」
否定される?
そう言ったローズレッド様は一点を見つめたまま、薄笑いを浮かべられた。
「自分の罪は決して認めない、強気な態度でね」
ローズレッド様なら、そうなさるでしょう……
「だけど、ミルクーナ様も証言して罪を認めるしかなくなるの」
ミルクーナ様も!?
「どんな証言をなさるのですか?」
聞くと、ローズレッド様は顔をひきつらせた。
「私は、ウォーターストリームは習得していないので使えません。と」
「えぇ!?」
私たちは同時に信じられない気持ちを共有した。
だって……!
「ミルクーナ様がどんな水魔法を使えるか、私たちが調査して報告しました……」
震える声でオリーブ様が言った。
「報告内容が間違っていたのですか!?」
ルーナ様も震える声で聞いた。
間違っていた。
もし、そうなら私たちのミスでローズレッド様は牢獄行きになる。
どうしましょう……修道院に行って償うしか……
「いいえ、あなたたちの報告書に間違いはありませんでしたわ」
「えっ」
救われる思いで、私たちは同時に顔を上げた。
「私が、間違えたのですわ」
ローズレッド様が?
信じられない。
顔面蒼白で震えて引きつる表情を見つめてしまう……
「報告書には "ウォータースクリーム" とありましたわ」
「あっ!」
「ウォータースクリーム!?」
「ウォーターストリームと一文字違い!」
「クとスを間違えて!?」
まさか、ローズレッド様がそんな単純なミスを!?
現実に起こったというように、ローズレッド様はコクンとうなずいた。
「そうですわ。私がミルクーナ様に罪を着せるために繰り出したのはウォーターストリーム。激しい水流を浴びせて水柱の中に巻き込む大技。報告書にあったウォータースクリームは細く鋭い水流からでる甲高い水音で攻撃する繊細な技。まるで違いますわね……こんな凡ミスで自滅して……私は牢獄送りになるのですわ。お笑いあそばせ。おほほ」
笑えませんわぁ〜〜
乾いた声で笑っていたローズレッド様も、視線を下に向けて死にそうな表情になった。
またまたまた、こんなローズレッド様は見たことがありませんわ。
なんて、お声をかけたらいいか……
「ごめんなさいね! せっかく調べてくれたのに!」
叫ぶと両手に顔を埋めてしまわれた。
すすり泣きが胸を打ちますわ……
「ローズレッド様、気になさらないでくださいませ〜」
自然にそう言っていた。
「気になさらないでくださいませ〜」
みんなも――
「誰にでも、ミスはありますわ〜」
オリーブ様の言葉にうなずく。
「みんな……ありがとう」
ローズレッド様は顔をあげて、微笑まれた。
「本当に優しいですわね、みんな。殿下に罪を告白しに行くのもわかりますわ……そんなあなたたちを修道院送りにしてしまうなんて!」
また両手で顔をおおわれた。
こんなに私たちのことを想ってくださるなんて。
ローズレッド様への想いが溢れますわ。お慕いする気持ちが……それなのに、
「牢獄と修道院送りになると私たちはもう、会えなくなってしまうのですか?」
私の問いかけに、みんな息をのみローズレッド様は顔を上げた。
「ミルクーナ様の嘆願があり、私の幽閉生活もみんなの修道院生活も一生続くことはありませんわ。いつかまた会える日が来るでしょう」
みんなと一緒にホッ。
「でもね、婚約者を決める大事な時期が幽閉と修道院生活で過ぎ去り、嫁入り先に困る未来が待っていますわ」
「えぇ〜〜!? 嫌ですわぁ〜〜!!」
私たちはまた狂乱して泣き崩れていた。
「みんな、落ち着いて!」
ローズレッド様の力強い声。
ハッとして、みんなで顔を向けると。
ローズレッド様はキリリとしていた。
「みんなを、修道院送りにはしませんわ!」
えっ!
「ローズレッド様……?」
決意に満ちた瞳が私たち一人一人に向けられていく。
「本当は、みんなに罪を告白しに行かないように頼むつもりで呼んだのですけど」
そうでしたの……
ローズレッド様に頼まれたら、そうしていたことでしょう。
「ですが、気が変わりましたわ。これから私が罪を告白しに行きます」
ローズレッド様が!? 私たちに緊張が走った。
「そして、全ての罪は私にあると認め……みんなが修道院送りにならないように、なんとかしてみせますわ」
あぁっ……
頼もしい強気なローズレッド様!
泣きそうですわ……でも、
「ローズレッド様が一人で罪を被るのですか?」
私の問いかけに、みんなが焦りをあらわにした。
「そんなこといけませんわ!」
オリーブ様の言葉にうなずく。
「私たちも一緒に告白しますわ」
ブルーベル様の言葉に顔を見合わせてうなずきあう。
「そして、ローズレッド様が牢獄送りにならないようになんとかしますわ!」
ルーナ様の言葉にも。
「私たち全員でなんとかしましょう!」
私の言葉にも、みんなうなずいてくれた。
私たちはローズレッド様をとりまいて生きてきた。
とりまきを辞める時はローズレッド様が殿下の婚約者になって私たちも婚約する時ですわね〜と話してきましたわ!
牢獄送りと修道院送りのために辞めるなんてできませんわ〜!
それを確認し合うような――強い瞳を交わした。
「みんな、ありがとう」
ローズレッド様が泣きそうな笑顔をみせた。
「みんななら、そう言ってくれると。ちょっと期待してましたわ」
指先をつんつん合わせて……なんだか可愛いですわ。
「みんなで行きましょう」
ローズレッド様の決断がくだった。
「はい〜!」
「それと、ミルクーナ様に謝罪もしなければなりませんわね」
忘れていたことをローズレッド様が言った。
「ミルクーナ様も優しいから、牢獄と修道院送りにならないよう協力してくれるかもしれませんわね」
ローズレッド様はまた指先をつんつんさせた。
うんうんうなずきながら、私たちも指先をつんつんした。
こうなったら、子供のようにミルクーナ様の優しさに頼りたい気分ですわ〜
「あっ!」
ローズレッド様の鋭い声!
私たちはビックリして顔を向けた。
ローズレッド様は引きつった顔で私たちを見回した。
「私がミルクーナ様から取り上げたペンダント。捨ててしまったわよね?」
「あっ!」
私も鋭い声をあげた。
けれど、私は顔面を引きつらせる必要はない!
「いいえ! 捨てずに持っています!」
ローズレッド様の顔に笑顔が広がった。
「よかったですわ〜〜っ! 偉いですわ! よく持っていてくれましたわね〜〜!!」
こんなに褒められたのは初めて。感激ですわ〜!
「それでは――参りましょうか」
ローズレッド様が表情を厳格にさせて立ち上がった。
私たちも続く。
「お嬢様」
ノックがして、メイドの声がした。
「スカイハート殿下が、お見舞いにお越しくださいました」
「丁度よかったですわね。ミルクーナ様もここに来ていただきましょう」
そう決めると、ローズレッド様は扉を開けた。
「ローズレッド、体の加減はどうだ?」
心配そうなスカイハート殿下のご登場。
「ええ、もう良くなりました。ご心配おかけいたしました」
ローズレッド様は努めて平静な態度で、お迎えなさった。
「それならよかった」
盛大にホッとなさったスカイハート殿下……
ミルクーナ様に夢中だとばかり思っていましたから意外ですわ――最近はそうですけど、小さい頃からローズレッド様と仲良くお話していたし、婚約者を決めることになってからはローズレッド様をチラチラ意識していらしたし、ウォーターストリームを浴びたローズレッド様を見てどうかなりそうなほど慌てていましたし、心配するのは当然ですわね……
「そうだ、これを」
殿下が差し出されたのは、赤い薔薇の花束。
金髪碧眼の美しくも凛々しいお顔で、白い軍服を着こなした殿下には薔薇が最高に似合っていますわぁ〜。
それに、私のとは比べものにならない豪華な花束――花瓶のと同じですわ。
「今回は他の花がよかっただろうか?」
やっぱり。殿下の視線が花瓶にいった。
「いいえ、薔薇は何度いただいても嬉しいですわ。ありがとうございます」
ローズレッド様は笑顔で花束をテーブルに置いた。
振り向くと、殿下が真後ろにいてビクッと驚かれた。
「で、殿下!? 近っ、ですわ!」
「あ、あぁ、すまない。ちゃんと歩けるかと心配で。支えようかと」
お優しいですわ〜。私たちが後ろにいないと、あんなに近づくのですねぇ〜……
「あ、ありがとうございます。でも、もうそんなに心配する必要はありませんわ」
「そうか。しかし、まだ油断はいけない。今日は、体に良い料理も食べてもらうためにコックも連れてきたんだ」
「コックまで? ありがとうございます。後で、いただきますわ」
「他に、何かしてほしいことがあれば言ってくれ」
本当に切実に心配なさっているようですわ。
「してほしいことは特にありませんが」
ローズレッド様はゴクリと息をのんだ。
「聞いてほしいことがありますわ」
罪の告白!
殿下の態度に興味津々になっていた私たちに緊張が走った。顔を見合わせ、わずかにうなずきあう。
ローズレッド様がチラりと私たちに視線を送ってくる……覚悟を決めた視線を返した。
「聞いてほしいこと?」
何も知るよしもない殿下。
どんな反応をなさるやら……
「はい。それはですわね……私がミルクーナ様にしてきたことについて」
「ミルクーナに?」
殿下の表情が怖くなりましたわ。
やはり、厳しい処罰を考えていらっしゃるのでしょうか?
殿下の表情を見たローズレッド様も表情を曇らせた。
「はい……あっ、そうですわ! ミルクーナ様をここに呼びませんと。しばし、お待ちくださいませ。話はそれからで!」
「わ、わかった」
わかったような、わからないような困惑する殿下。
何が起こるんだといった様に、扉に向かうローズレッド様を見ている。
あっ、そうですわ! 私もついて行こう。
殿下に聞かれないように廊下に出てから、ヒソッと話しかけなきゃ。
「ローズレッド様」
「どうしたの? えっと、ヴァイオレット?」
ドレス見て名前を確認された?
「はい。あの、私がわからないのですか? まさか、お風邪がまだ?」
「あっ、そんなことないですけど〜」
ローズレッド様は慌てて手を振った。
「一応、確認しておきますわね。緑のドレスが?」
「オリーブです」
「黄色のドレスが?」
「ルーナです」
「青いドレスが?」
「ブルーベルです」
「そうですわよね〜、はいはい。もう大丈夫ですわよ〜任せて」
ドンと胸を叩いたローズレッド様に任せましょう……?
「それで、どうしたの? ヴァイオレット」
「はい、私も、ペンダントを持ってきてもらいますわ」
「そうだったわね、お願い」
「はい……」
お願いされましたわ――困惑してないで急がないと。
伝達魔法でメイドに頼み、ローズレッド様もメイドを呼んだ。
――殿下が部屋から出てきた。ローズレッド様と一緒にビクッとしてしまったけど、伝え終えたところでよかったですわ。
「ローズレッド、ミルクーナが着くまで時間がかかるようなら、コックに何か作ってもらおうか?」
「そ、そうですわね……お茶をお願いしますわ」
「言ってこよう。部屋で休んでいてくれ」
階段を降りていく殿下を見送り、顔を見合わせてホッ。
「やたら緊張しますわね」
おでこを手でぬぐうローズレッド様。
こんなに、やたら気さくな仕草は初めてですわ。
でも、親しみが湧きますわ〜
「はい、緊張の連続です〜」
「殿下の持ってきてくれる、お茶でも飲んで落ち着きましょうか?」
「はい〜」
一緒に部屋に戻ると、ルーナ様が口を開いた。
「ローズレッド様。殿下に "どんな話だろうか?" と聞かれましたが黙っておきました〜」
ローズレッド様はそれでいいと言うように、うなずかれた。
「ローズレッド様の体調のことかと心配されましたから、それは否定しておきました〜」
オリーブ様が言って、またうなずかれた。
「殿下が私に対してあんなに優しく心配してくれるなんて……思いませんでしたわ……」
ローズレッド様の困惑に、うなずきそうになってしまった。
「そんな殿下に対して、私は悪役令嬢、いえっ、悪女だと白状しなければならないなんて……気が重いですわ。はぁ、どうなることやらですわね」
腕を組んで前のめりに倒れそうになるローズレッド様。
私たちは駆け寄り支えていた。
「お気を確かにっ、ローズレッド様〜」
「ローズレッド様は悪役? 悪女などではありませんわ〜」
「そうですわぁっ。ミルクーナ様が現れて乱心なさってしまっただけですわぁ〜〜」
「殿下にも、わかっていただけますわぁ〜」
私たちはお互いの言葉にうなずきあった。
ローズレッド様は顔をあげると笑顔になられた。
「ありがとう、みんな。みんなと一緒なら大丈夫! よね!?」
「はい!」
ローズレッド様をとりまき、確かな絆を感じますわ。
きっと、大丈夫!
やたらローズレッド様を心配なさる殿下と共に、お茶をいただいていると――
ミルクーナ様が見えたと知らせが来た!
また、ローズレッド様と私たちに緊張が走る。
私の頼んだペンダントは!?
「ヴァイオレット様、お屋敷から届け物が来ました」
よかったですわ〜!
「ありがとうございます〜!」
メイドが差し出したのは綺麗なペンダントケース。
なんとなく殿下の視線を避けるように両手で隠すように抱えて、定位置に戻る。
「失礼いたします」
ミルクーナ様が入ってきた――!
いよいよ、告白の時!
とんでもなく緊張いたしますわ……みんなと一緒なら大丈夫!
「ミ、ミルク〜ナ様。よく来てくださいましたわね〜」
またまたローズレッド様がローズレッド様らしからぬ、お愛想の笑顔をみせられた。
当然、ミルクーナ様は驚いて困惑している。私たちもあんな顔をしていたのかしら?
「さぁ、こちらにいらして〜」
ローズレッド様が優しく手招きなさる。
「は、はい」
おずおずと近づいてくる、ミルクーナ様。
ローズレッド様とスカイハート殿下が並んで前に立ち迎え、私たちはローズレッド様の横に並んで迎える。
ミルクーナ様は質素なミルク色のドレスを着て、長い黒髪も愛らしいお顔も体も小さく震えている。
一体、何? この状況は? と聞きたげな怯えた視線を向けきた。
怯えた視線を返すことしかできませんわ〜
私たち、どうなるのです!?
みんな怯えた顔をしていて、ローズレッド様はさすが、決意に満ちた強い表情をしていて、殿下はまた怖い顔をしている……
「ミルクーナ様」
ローズレッド様が張り詰めた声をおかけになった。
「お呼びしたのは、大事な話をするためですわ。聞いていただけますか?」
「大事な話……? は、はい」
ミルクーナ様と一緒に、殿下も注目なさった。
ローズレッド様は目を閉じて小さく何度か深呼吸すると。目を開いてミルクーナ様を見つめた。
「大事な話とは他でもありませんわ。私が……今まで、あなたにしてきた嫌がらせと、ウォーターストリームを使い、あなたに罪を着せたこと。その告白と謝罪です!!」
ローズレッド様は深々と頭をさげられた。
「ごめんなさい!!」
ビクッとしたミルクーナ様は半歩後ずさった。
謝罪された。あのローズレッド様が。一度ならず二度までも。何度見ても慣れませんわ。
いいえ! 見ている場合じゃない!
「ごめんなさい〜!!」
私たちも深々と!
心からの謝罪を!!
――――場が静かになった。
「ロ、ローズレッド様、皆様……頭を、お、おあげくださいませ」
ミルクーナ様の動揺に満ちた声がした。
ローズレッド様がゆっくり頭をあげていく。私たちも続く……
「ローズレッド! ミルクーナへの嫌がらせとウォーターストリームで罪を着せたとは、どういうことなんだ!?」
スカイハート殿下の鋭い質問が部屋に響いた。
ローズレッド様の表情がこわばった。私たちも。
ついに、罪の告白の時が――ローズレッド様が口を開かれた。
「それは……殿下が婚約者を決めるとなったからですわ……そんな時にミルクーナ様が殿下とお近づきになられたから……ミルクーナ様が殿下を諦めるように嫌がらせをしてきました……そして、先日ついに強硬手段に出たのです。ご存知の通り、ウォーターストリーム事件のことですわ。私はミルクーナ様を裏庭に呼び出して、自分で水魔法を出して自分を攻撃して……ミルクーナ様が攻撃してきたと殿下に訴えました。殿下がミルクーナ様を危険人物と見なして婚約者候補から除外されるのを期待してですわ」
殿下が顔面蒼白になっていく……
「そんなことを……ミルクーナに攻撃されたというのは嘘だったのか!」
「はい……お許しください!!」
ローズレッド様はまた頭を下げられた。私たちも!
「もう、いいのです!」
ミルクーナ様の震える声が響いた。
「ゆる、許します! 頭をおあげください!」
許していただける!?
ローズレッド様と一緒に頭をあげてみる。
「ミルクーナ様、本当に……許してくださるの?」
ローズレッド様のおずおずとした確認。
「はい」
ミルクーナ様は悲しげにうつむかれた……
「私は、殿下の婚約者などなれません。そのことをローズレッド様に教えていただき、よくわかりました……出過ぎた真似をしたこと、お許しくださいっ」
ミルクーナ様が頭をさげられた!
ローズレッド様が大慌て。私たちも!
「あなたが謝ることは何もありませんわ! 全ては私の犯した罪! どうか、許して……みんなのことも許してください」
ローズレッド様が私たちを見た。ミルクーナ様も。
そうですわ!
「これをっ、お返しいたしますわぁ〜!」
ペンダント!
震える手で差し出したケースをミルクーナ様も震える手で受け取ってくださった。
「これは?」
「ミルクーナ様が殿下からいただいたペンダントですわ」
「あ、ありがとうございます」
震える声でやりとりを済ますと、ミルクーナ様はケースを胸に抱いた。
「本当にごめんなさい」
「ごめんなさい〜!」
「もう、お気になさらないでください」
何度繰り返したか――ついに私たちの間に、ホッとした空気が流れた。お互いを気遣う笑顔を見せることもできた。
「ローズレッド、みんな、いいか?」
あっ、殿下!
置いてきぼりにしてしまっていましたわね〜
苦笑いの殿下に、みんなで注目ですわ。
「謝罪と許しが済んだなら、何も言うことはないんだが」
「えっ!? 殿下、何も言わないのですか!?」
ローズレッド様が驚いて聞き返した。
「ああ、みんなの間で話がついたようだからな。しかし、ローズレッド。どうして、そんなことをしたのかは聞かせてほしい」
殿下の顔がまた怖くなった。
「なぜ、水魔法を使うような危険を犯してまでミルクーナを婚約者候補から除外させようとしたのか。はっきり理由を言ってくれ」
ローズレッド様は殿下に向きあって、お顔を見上げた。
「理由は……はっきりしていますわ。私が殿下の婚約者になりたかったからです」
「それは、お家のためか? 誰かに言われたのか?」
「いいえ……私が勝手にしたことです。お家は関係ありません。私の個人的な、気持ちですわ……」
恥ずかしげにうつむかれましたわ。ローズレッド様が。
「ローズレッドの個人的な気持ちから、ウォーターストリームに巻き込まれるような危険を犯したのか」
「は、はい」
「あれを見た時は、死ぬほど焦ったんだぞ? ローズレッドが死んでしまうのではないかと」
「殿下……申し訳ありませんでした。驚かせてしまい」
ローズレッド様の肩に殿下の手が触れた。
「驚いた。そして……君への気持ちに気づいた」
「気持ち?」
「ああ……真実の愛に目覚めたんだ!!」
なに〜!?
私もみんなもミルクーナ様も、ローズレッド様と一緒に驚きの顔を殿下に向けた――真剣なお顔つきをしている。
「真実の愛に目覚めた? 私に!?」
ローズレッド様がご自分を指さして確認なさる。
「ああ! 君への愛に! ローズレッド!! 愛している! 婚約してくれ!!!」
「えっ、えぇ~!!?」
ローズレッド様の驚きの悲鳴。みんなと心の中で一緒に悲鳴!
「婚約!? 私と!? あれっ!? ミルクーナ様ではなくて?」
みんなの視線がこれまた驚いているミルクーナ様に向かった。
「ああ、ミルクーナ」
殿下がミルクーナ様を見つめた。
「私はローズレッドとの真実の愛に目覚めた。許してほしい」
「あっ、は、はい。許し、ます」
許すしかないような、うろたえているミルクーナ様。
「ローズレッドが犯した罪の数々も、私の婚約者探しが発端だ。私からも謝罪する。許してほしい」
「はい、許し、ます」
「ありがとう……思わせぶりな態度で接して、すまなかった」
「いえ……少しの間、夢を見させていただきました……これは、お返しいたします」
ミルクーナ様はケースを差し出した。
「殿下からいただいたペンダントです。相応しいのは私ではなくローズレッド様ですわ」
殿下はケースに目を向けてローズレッド様とミルクーナ様を見回した。そして、ミルクーナ様に微笑まれた。
「いや、このペンダントは君が持っていてくれ。これを贈った時は本当に君への気持ちがあったんだ……ローズレッド、いいだろうか?」
「も、もちろん! 当然ですわ。それはミルクーナ様の物ですわ!」
ローズレッド様はうんうんと盛大にうなずかれた。
「ありがとう、ございます……」
ミルクーナ様は泣きそうにケースを胸に抱いて、
「スカイハート殿下、ローズレッド様。お二人の、ご婚約……心からお祝いいたします」
優しく微笑まれた。
ご自分の気持ちを吹っ切ったように見えますわ……
「ありがとう……ミルクーナ」
「ありがとうございます……」
ローズレッド様と殿下にも微笑みが広がった。
「では……私は……これで失礼いたします……」
ミルクーナ様は深々と、お辞儀なさった。
「殿下、ローズレッド様、お幸せに」
「ありがとう。ミルクーナも幸せになってくれ」
「幸せになってくださいませ!」
「ありがとうございます」
幸せになってくださいませ〜〜!!
私たちは切実な思いを込めて、ミルクーナ様を見送った。
扉が閉まる。訪れた静けさのなか、ローズレッド様が上目遣いに殿下を見た。
「殿下、本当に私と婚約してくださるのですか?」
「当たり前だろう? 婚約者は君以外にいない」
ローズレッド様が、私たちが聞きたかった言葉ですわ〜
ですが、ローズレッド様に笑顔はないですわ。
「本当にいいのですか? 私は悪役、いえ、悪女ですわ」
「君は悪女などではない。ローズレッド」
「……二度と、悪事は働かないと誓いますわ」
「信じてる」
今のローズレッド様なら絶対しない。信じられますわ〜
「もう何も心配ない。ローズレッド」
安心させるような殿下の微笑みをローズレッド様は信じかねているように見つめている。
「本当ですね? 今回の件ですが、本当に不問ですわね? 私を牢獄送りに、みんなを修道院送りにしないと誓ってくださいますか?」
「牢獄? 修道院? あ、あぁ、誓う――悪意や家の策略などが理由だったなら処罰しなければならなかっただろう。けれど、ローズレッドの気持ちが理由と言われては処罰などできない」
「殿下が……真実の愛に目覚めてくれたおかげで救われましたわ」
ローズレッド様と一緒に私たちもホッ。
殿下はまた苦笑いなさっている。
「目覚めるのが遅くなってすまない。こんなことになる前に目覚めるべきだった。ローズレッドへの気持ちは幼い頃からあったし、君の素晴らしさはよくわかっていたのに」
殿下は私たちにも笑いかけてこられた。
「君たちも、いつもは良い子たちじゃなかったか?」
私たちは顔を見合わせて、殿下に向き直った。
「はい〜〜!」
殿下とも、みんなとも、笑顔を交わせて。
いつもの調子が戻ってきそうですわ〜
「本当に、みんなが良い子で助かりましたわ」
ローズレッド様も笑顔で私たちの前に立たれた。
一人一人の瞳を見つめていく。
「ヴァイオレット、ルーナ、ブルーベル、オリーブ。本当に、ありがとう!!」
ローズレッド様〜〜!!
感謝されるなんて! 感動と共に、ローズレッド様への感謝の気持ちもこみ上げて感極まってきますわ〜!
「上手くいきましたわね」
ローズレッド様も指先で涙を拭っている。
「ローズレッド様のおかげでございます〜!」
「ありがとうございます〜!」
みんなで口々に言っては泣いていた。
途中で道を間違えてしまったけれど――
ローズレッド様は私たちの憧れた通り、殿下の婚約者となられて。キラキラしていらっしゃる。
やっぱり、ローズレッド様をとりまいてきてよかったですわ〜!!
みんなで心を通じ合わせ、ホッ。
ローズレッド様もホッとなさると、肩にまた殿下が触れた。
「ローズレッド、疲れが見える。今日はもう休んだほうがいい」
「はい」
「今回の事件の後始末は私がしておくから。心配しなくていい」
「ありがとうございます――」
甲斐甲斐しくローズレッド様をベッドにお連れする殿下。
私たちは、お邪魔なようですわね……
みんなと顔を見合わせて、うなずきあう。
「ローズレッド様、私たちも失礼いたしますわ〜」
「えっ、みんな、帰るの!?」
「はい〜、後は殿下にお任せいたします〜」
「ああ、任せてくれ」
「それでは、お大事になさってくださいませ〜」
慌てるローズレッド様にお辞儀して、私たちは扉に向かった。
部屋を出る前に振り返り、寄り添うお二人を見ると万感の想いがこみ上げてきた――
「ローズレッド様、スカイハート殿下、ご婚約おめでとうございます〜!」
私の祝福にみんなが続く。
「あ、ありがとう、みんな!」
「ありがとう!」
お二人の笑顔を見ながら退出。
微笑みを交わしながら、馬車乗り場まで来ると自然と輪になった。
「どうなるかと思いましたけども〜!」
「無事に済みましたわね〜!」
「ホッといたしましたわ〜!」
安心していつもの笑顔を交わせた。
「驚きの連続でしたわね〜!」
「驚きといえばローズレッド様、最初は別人かと思いましたわ〜!」
「お風邪のせいでしょうか〜それとも、夢のせい〜?」
「わかりませんけども、良い方に別人になったというか〜?」
「ですわね〜、お優しくなったし、お可愛いくなったし、罪をご自分から告白しに行くと言うし。私たちを庇ってくださるために〜……」
私たちの瞳は涙にうるんできた。
「本当に、ご無事に済んで……ミルクーナ様がお許しくださりよかったですわね〜」
「本当ですわ〜……ずっと罪の意識でどうかなりそうでしたけども謝罪できてよかったですわぁ〜」
「ですわね〜、修道院送りになると聞いたときは絶望いたしましたけども牢獄送りにも修道院送りにもならずに救われましたわね〜」
「ね〜……そういえば、ヴァイオレット様。よくペンダントを持っていてくださいましたわね〜!」
「みんなが "捨てないほうがいいのではないかしら?" と言ってくれたおかげですわ〜!」
私たちは信頼と安心の笑顔を交わした。
「その後の殿下の告白も驚きでしたわね〜!」
「ですわね〜! 真実の愛に目覚めたとか。やはり、ローズレッド様こそが殿下に相応しい方でしたわね〜」
「ですわね〜!」
私たちは喜びと誇りに満ちた笑顔を交わした。
「正式に婚約なさりましたらこれからは、遠くから見守りましょうね〜」
「そうですわね〜」
私たちは寂しさを共有した。
とりまきを辞める日が近づくのを感じて。
幸せな形といえど、その日は来る。ですが、今はまだ、みんなでローズレッド様を祝福した喜びを共有しつつ。
「では、また学園でお会いいたしましょう〜」
「ローズレッド様も、元気にいらっしゃるとよろしいですわね〜」
「みんなでお待ちしましょう〜」
「また明日、ごきげんよう〜」
手を振りあい、馬車に乗り込む。
どっと疲れましたわぁ〜!
あまりに多くの困惑と驚きの連続でしたわ。
何だったのでしょう、一体、今日は……
ですが、なんとかなりましたわ!
やっぱり、みんなと一緒にいるのが一番ですわね〜
屋敷に帰りついても、興奮はおさまらず。
ゆっくり、お風呂に入ってから部屋に戻ると学園から知らせが来ていた。
伝達魔法の画面には
"学園の裏庭で発生したウォーターストリー厶事故について"
生徒の使った水魔法に別の生徒が巻き込まれる事件が発生していたが、調査の結果この件は事件ではなく事故であるとわかった。
皆も魔法の扱いには充分注意するように。
ということが殿下のサインと共に記されていた。
事故として処理していただけた……
これで、安心して明日からも学園に行けますわね?
そのことをすぐに、みんなと伝達魔法で話してから――ベッドに入った。
こんなに安心して眠れるのは、久しぶりですわ〜
「ごきげんよう〜、ヴァイオレット様〜」
「ごきげんよう〜、ルーナ様、オリーブ様、ブルーベル様〜」
いつも通り学園に行くと、みんなもいつも通り馬車を降りて集合した。
「ごきげんよう、みんな!」
あっ、ローズレッド様!
いつも通りの堂々とした立ち姿に、いつもと違い親しみのある笑顔――
「ローズレッド様〜!」
みんなで駆け寄り、定位置でとりまく。
これですわ〜
「お体は、もう大丈夫ですか〜?」
次々に聞いていく。
「ええ、もうすっかり良くなりましたわ。ありがとう。えっと」
ローズレッド様は私たちの制服に視線を向けると。
一瞬、困惑なさったような顔をされ、私たちの顔を確認するように見てこられた。
「ヴァイオレット」
「はい〜」
「ルーナ」
「はい〜」
「ブルーベル」
「はい〜」
「オリーブ」
「はい〜」
確認?が済むと、ローズレッド様は自信に満ちた笑顔を見せられ胸を張られた。
「さぁ、行きますわよ」
「はい〜」
頼もしい凜としたローズレッド様の後ろに、私たちは少し距離を取り続く。
殿下が間に入れるだけの距離を――
「どうしたの? みんな」
ローズレッド様が振り向いて、距離を確認された。
「ちょっと、遠いのではなくて? もっと近くに来て……不安と言いますか、寂しいですわ」
ローズレッド様に不安とか寂しいとか言われたら行くしかありませんわ〜!
みんなと笑顔を交わして駆け寄り、定位置に戻る。
やっぱり、ここが落ち着きますわね〜
ローズレッド様も安心なさったようで、歩き出された。
生徒たちがローズレッド様のために道を開けながら、挨拶やお見舞いの言葉をかけてくる中を行く。
いつもの気高い態度で応じるローズレッド様――生徒の中にミルクーナ様が居てビクリと反応なされた。私たちも――
「ごきげんよう、ミルクーナ様」
いつもとは違い努めて笑顔のローズレッド様の挨拶と、
「ごきげんよう、ローズレッド様」
いつもの緊張に笑顔を加えたミルクーナ様の挨拶が交わされた。
「ご、ごきげんよう〜」
私たちも緊張した笑顔で挨拶すると、同じような挨拶を返してくだされた。
お二人の間に挨拶以上の事はなく、何事もなかったように通り過ぎて行く――
教室に着いて一通り挨拶を済ますと、ローズレッド様の席で私たちはとりまいた。
「ミルクーナ様とも、ぎこちないけどなんとか普通に挨拶できましたわね」
ローズレッド様はホッとなされて、
「昨日は本当にありがとう〜みんな〜」
また親しみのある笑顔を向けてこられた。
どう反応すればいいか、まだよくわかりませんわ〜
私たちの困惑の目に気づくと、肩をすくめられた。
「みんなの前だと、少々肩の力が抜けてしまいますわ。いいかしら?」
ローズレッド様にそう聞かれたら。
「もちろんですわ〜」
みんなで笑顔を返していた。
「ありがとう」
ローズレッド様はお礼をいうと――もう困惑せず受け止めましょう――
「昨日ね、ミルクーナ様に謝罪してダメだったら、みんなを連れて隣国に逃亡しようかとか考えていたのよ〜よかったですわ。そうならなくて〜」
隣国に逃亡!?
さすが、ローズレッド様といいましょうか。
壮大な考え過ぎて困惑しますわ〜
みんなと同じ顔を見合わせていると。
殿下がいらっしゃった。
「ローズレッド、おはよう」
「あら、殿下。ごきげんよう」
殿下は駆け寄って、ローズレッド様の前にいらした。
「大丈夫だとは聞いたが、心配で見にきてしまった」
「ありがとうございます」
嬉しそうなローズレッド様と照れたように笑う殿下。
微笑ましいですわ〜
「事件のこと処理していただき、改めてお礼申し上げますわ」
ローズレッド様は密やかに言うと、頭をさげた。
私たちも続く。
「生徒たちは事故として、お見舞いの言葉をくれましたわ」
「それならよかった――次は、私たちの婚約を生徒たちにも伝えたいんだが」
殿下の性急な態度に、ローズレッド様と私たちにも緊張と照れが走った。
「しかし、今少し待っていてくれ」
「え?」
ローズレッド様と一緒に殿下の顔を見る。
「実は、今日から隣国の王太子ルーセントが留学に来ていて」
「隣国の王太子!?」
ローズレッド様が目を丸くして声をあげられた。
こんなに驚かれるなんて。みんなも殿下も驚いている。
「あ、あぁ。しばらくは、そっちにかかりきりになりそうなんだ。婚約発表はその後ということで、いいだろうか?」
「え、ええ。いいですわ……いいのかしら?」
最後は自問するように呟かれてから、ローズレッド様は困惑の笑顔を殿下に向けた。
「それじゃあ、後でルーセントを紹介するよ」
「はい」
「授業は無理しないで」
「はい」
「みんな、見ていてくれ」
「かしこまりました〜」
爽やかに手を振って行かれる殿下を見送り。
困惑のままのローズレッド様に視線を戻す。
「隣国の王太子……何が起きるの……」
深刻そうな呟きが私たちの耳に残った――
ローズレッド様の呟き通り、何かは起きた。
スカイハート殿下に負けず劣らず魅力的な隣国の王太子。
ルーセント様はローズレッド様を一目見て好きになってしまわれて――
とりまきの一人かのように、私たちに加わってローズレッド様についてきますわ〜
かと思えば抜け出してどこかに行かれ、箱を抱えて戻ってこられた。
「ローズレッド、これは我が国のお菓子だ。食べてくれ」
高級感漂うラッピングされた箱が差し出され、
「ありがとうございます……」
困惑するローズレッド様が受け取られた。
「ルーセント! ローズレッドは私の婚約者だぞ!」
スカイハート殿下が間に入ってこられた!
「まだ、正式な発表はしてないんだろう?」
「明日にでもしてやる!」
「そんな強引な発表はローズレッドの気持ちをないがしろにしているな」
「お前にローズレッドの何がわかるというんだ!?」
「落ち、落ち着いてください〜スカイハート殿下、ルーセント殿下」
なだめつつローズレッド様は後ずさりしていく。
私たちも――ついに逃げるように駆け出したローズレッド様に急いでついて行く!
速いですわ〜! ローズレッド様〜!
「――困ったわね」
門まで来るとローズレッド様は肩で息をしながら、校舎を振り返った。私たちも。
「とりあえず、今日はこのまま帰っちゃいましょう」
ローズレッド様の決断にうなずく。
「そうだ、お菓子いただきましたし」
お菓子の箱から私たちに顔を向けて、ローズレッド様は笑顔になられた。
「みんな。私の家で女子会、じゃなかった、お茶会しませんこと?」
女子会? お茶会!?
久しぶりの!!
私たちは驚きと喜びの顔を見交わしてから、ローズレッド様に笑顔を返した。
「喜んで〜〜!!」
お屋敷の美しい庭園にお招きいただき、テーブルを囲む。
隣国のお菓子を食べて、おいしいお茶を飲む。
これですわ〜
ローズレッド様のとりまきだからこそ味わえる、特別感の一つですわよね〜
「ふぅ。落ち着きますわね」
ローズレッド様が一息つかれて、遠い目をなされた。
「それにしても、スカイハート殿下だけでなくルーセント殿下まで。困りましたわね」
私たちは誇らしげな気持ちを通じ合わせていた。
「さすが、ローズレッド様ですわ〜〜!」
ローズレッド様は私たちの反応に困惑なされてから、
「まぁ、私なら当然ですかしらね? ほほほっ」
いつもより控えめに高笑いなさった。
私たちが同意したりうなずいたりすると、照れたようで頬を指先でかかれた。可愛い仕草が増えますわね〜
「と言って、喜んでいる場合ではないですわよね」
砕けた笑顔を引き締めつつ、ローズレッド様は腕を組まれた。
「ルーセント殿下のこと、どうしましょう……ミルクーナ様に任せましょうかしら。お優しいし可愛いし何とかなりそう……」
また考えるように呟かれると、
「そうですわ!」
私たちを見回しながら身を乗り出された。
「みんなはルーセント殿下、どうかしら?」
「えっ」
私たちは同時にビクッと反応した。
「みんなも婚約者を決めないといけませんわよね? どんな方が好きなの? 聞かせて? みんなで恋バナ、恋の話に花を咲かせましょうよ」
ローズレッド様が私たちと恋バナ? 恋の話を!?
こんな、こんなことになるなんて……
困惑で心臓がバクバクでどうかなりそうですわ〜!
ですが、今までとは違い喜びの困惑。
みんなも、ローズレッド様も楽しそうな笑顔……
いつ以来でしょう――
キラキラした楽しさが戻ってきましたわぁ〜!!