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13 ずっと隠されていたもの

 良順和尚は二人を殺害した……その一方の殺害しか説明できていない現状は、根来の目には、羽黒祐介の敗北のように映る事態であったし、良順和尚も対外的には余裕ぶっていた。けれどもその実、これは和尚にとっても焦燥感を抱く事態なのであった。

 というのも良順和尚は、国貞忠殺害を立証される心配こそしていなかったものの、本居さきな殺害容疑で逮捕され、起訴されてしまうのではないかという不安を抱くに至ったからである。


  良順和尚は、羽黒祐介を追い払って鶯張りの廊下を引き返すと、奥の座敷へと戻って、箪笥を開いた。そこには、他の着物の下に隠されて、折り畳まれた観音祭りの装束と観音の面が仕舞い込まれていた。

(こうなるとこれらは早急に焼却する他ない……)

 良順和尚は、それを風呂敷の中に包み込むと、背負ってよいしょっと立ち上がった。この頃ずっと悩んでいる腰痛に響いて、うっと苦しい吐息を漏らした。そして僧坊から周囲の人目を気にしながら、のそのそと熊のように歩み出て行ったのであった。


           卍


 羽黒祐介は、白檀の間から退却すると、すぐさま根来にこう囁くように言った。

「根来さんは良順和尚を監視、尾行してください。僕は宿坊に宿泊していた学生たちと連絡が取れたので、しばらくの間、彼らと通話しています……」

「お、おう、わかった」

「良順和尚は間もなく行動を開始することでしょう。実のところ、先ほどの推理は()()()()()()()()()()()()()明確な証拠品がない以上、良順和尚にハッタリを仕掛けて、証拠品を炙り出すための行動を開始させる他なかった。上手く行けば今日中に彼は自ら真相を明らかにしてくれるでしょう」

「するとさっきの推理は、お前が本当に考えているトリックとは別物なのか」

「ええ、別物です。ただ、この説を立証するには、宿坊に宿泊した生徒たちの証言が必要でした。もう三時を過ぎていますし、ぐずぐずしていると夜になってしまいます。我々がこの寺に居られる時間も限られているので、取り急ぎ、早急に良順和尚にハッタリを仕掛けたのです」

 という羽黒祐介の言葉に、根来は納得し、すぐに僧坊の入り口あたりに身を隠して、良順和尚の監視を始めた。


 羽黒祐介も一旦、僧坊から出ると、スマートフォンを取り出し、約束をしている宿坊の生徒たちと通話を開始した。

「……ありがとうございます。するとあなた方が死体を発見した時、観音堂から飛び出してきた良順和尚は、観音の装束を着て、観音の面をつけていたのですね……? ええ、ええ。彼とどんな会話をしましたが、彼は聞き取れないほどの小声で……その時なにか声が若いような気がしませんでしたか。妙にか細くて高かった……なるほど、そして彼が空洞の大銀杏の方に向かって歩き始めてから、あなた方を呼び寄せるまで実際どれほどの時間がありましたか。なるほど、しばらくの間、呼ばれなかった……なるほど、わかりました。その後、警察に通報して、良順和尚は……分からない。一旦、僧坊に戻ったようでしたか……」


 羽黒祐介は一通り、生徒たちから聞きたい情報を得て、満足すると根来警部が張り込んでいる僧坊の入り口とは反対の裏口にまわり込んだ。


 すると、裏口の木戸がゆっくりと開いて、人目を気にしている様子の良順和尚が、大きな風呂敷を背負って現れた。羽黒祐介は、根来に連絡を取ると、本堂裏の山林へと入ってゆく良順和尚をひとりで尾行した。

 和尚は、腰を痛めているらしく、苦しそうになって、山道の途中から茂みに入り、風呂敷から観音の面や装束を地面に放り出すとライターを取り出した。そして火をつけようとしたところで、駆け込んできた羽黒祐介に手を押さえられた。

「そこまでだ、良順和尚……」

「な、なに……貴様、つけていたのかッ!」

 良順和尚が猿のような叫び声を上げて、羽黒祐介に掴みかかってきたので、羽黒祐介は慌てて足払いをして、彼を地面に抑えつけた。


「もう観念するのだな……」

 根来警部が猪のように山道を走ってきて、羽黒祐介の代わりに良順を抑えつけ、抵抗が激しいと思うと寝技に持ち込んで彼に手錠をつけた。

「羽黒。しかしこの観音の面は……そしてこの強引に引きちぎられたような観音祭りの装束は一体何なのだ……」

「引きちぎられたのではありません。事件当日、宝刀によって背中側から縦に切り裂かれ剥ぎ取られた観音の装束です。本居さきなが生前、着用していたものは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しゃがんでいる根来警部は驚いて、羽黒祐介の顔をまじまじと見上げていた。


「良順和尚は現在、無限地獄に落ちること必至の破戒僧でありますけれど、そもそもは自性清浄心をもった僧侶だったに違いありません。彼もまた、寺で継承されてきた、この菩薩面と観音の装束を焼却することには抵抗があり、今まで燃やさずに隠していたのです。しかし僕のハッタリに強烈な不安を抱いた彼は、この証拠品の焼却に思い至ったのでしょう。あなたが焦ってボロを出すのを、わたしは誘発しようとしていたのですよ……」

 と羽黒祐介がいうと良順和尚は、うわあっと叫び声を上げる。

「なぜ、本居さきなの髪の毛がざんぎられていたのか……その理由は、観音の面を外すために縛った紐を切り取ること、そして観音祭り用に結い上げた髪の毛を宝刀で切り崩すことのふたつにあったのです。そうしなければ、彼女が直前まで観音に扮していたことが分かってしまいますからね」

「すると……事件当夜、観音堂で、観音の舞の練習をしていたのは……」

 根来がようやく事件の真相に気付いて叫んだ。

 羽黒祐介もその言葉に頷いてみせた後、こう叫んだのであった。

「そうです。観音堂で、観音の舞の練習をしていた人物は、良順和尚ではなく、本居さきなだったのです!」

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