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11 空洞の大銀杏の小さなポケット

 名探偵羽黒祐介とそのふたりの仲間たちは「空洞の大銀杏」の元へと歩み寄り、さまざまな検証を行った。この大銀杏の裏側にある根っこに乗れば、ぬかるみに足跡を残さなくても殺人が行えるというものである。

 その大銀杏から無数の根っこが飛び出していた。祐介はそれにひょいっと乗ると、銀杏の幹を手で触って気になることを確かめているようだった。

「あっ……ここに小さなポケットが……」

 と祐介は銀杏の木肌を触れていて叫んだ。江戸時代に起きた落雷のために途中から折れてしまった大銀杏であるが、その焼けた断面、地上から二メートルのところを上から触ると、凹みがあるようだった。縦横が四十センチ、深さが十五センチくらいの小さなポケットのようになっているのである。仮にここに物を隠したとしたら、一般的な身長の多くの人間の目線からは気付くことができないだろう。

「しかし、そんなところにゃあ、人は隠れられないだろう……」

 という根来の言葉は、まさにその通りだった。


「そうですね。でも、たとえば、根来さん、被害者は肌着姿でした。しかし被害者が肌着姿で三時間もそのあたりを彷徨いていたはずはありません。すると犯人は本居さきなさんを殺害後、洋服を脱がし、一旦、この空洞の大銀杏の凹みの中に洋服を放り込んだのではないでしょうか」

「そうかもしれない……。しかしそうだとしても大して状況は変わらないさ。犯人の足跡がねえんだもの……」

 と根来は、事件の捜査にすっかり飽きている様子だった。


「しかしなんだって犯人はそんな面倒くさいことをしたんだろうなぁ……。被害者が絞殺以外の乱暴をされた跡はまったくなかった。もしも洋服を脱がしたとしたら……」

「根来さん。被害者は靴を履いていましたか?」

「いや、裸足だった」

「その足の裏は泥で汚れていましたか」

「まったく汚れていなかった……」

「面白い状況ですね。それではひとつ「なぜ犯人は被害者の洋服を脱がしたか」を主軸に推理をしてみましょうか。勿論、「被害者が元々肌着姿で行動していた」説も考慮に入れるとして……」

「それよりも胡麻博士、つまらねえからって観音堂に行っちまったぞ……」

「放っておきましょう。だって胡麻博士は、捜査に元々興味がないのだから……」


 祐介は、空洞の大銀杏の根っこから足を踏み外さないように気をつけながら、推理を開始した。すでに彼の靴は、チョコレートブラウニーのような泥に汚れていたが、少しでも生理的な苦痛から逃れたかったのである。


「根来さんはどのような可能性があると思いますか?」

「やはり真っ先に思いつくのは、被害者に暴行を加えようとした説だろうな」

「しかし被害者は絞殺以外に暴行を受けた形跡はなく、抵抗をした形跡もなかった。つまり被害者は、殺害された後に洋服を脱がされたわけですよね」

「お前、頭良いな……。なんか嬉しくなってきたよ。それで?」

「洋服はつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった可能性があります」

「たとえば……?」

「たとえば、被害者の上着に自分の指紋がついているとしたら、犯人は証拠品を回収するためにその上着を剥ぎ取るのではないでしょうか……」

「ふむふむ」

「まったく別の説もあります。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

「ほう。それはどんな説なんだ?」

「名前で察してください。しかし、この場合、不自然なのは、靴まで脱がせる必要があったのか、ということです。靴の中にものを隠している人は僕の知る限りあまり存在しません」

「そんなことはねえぞ。治安の悪いブラジルやケニアを旅行する時には、強盗対策で、靴の中に現金を隠すぐらいのことをするだろうし……」

 という根来の反論は、まったく的を射ていないわけでもないが、どこか矢が変な飛び方をしているように祐介には聞こえた。


「根来さんのおっしゃることはわかります。いずれにしても、被害者の洋服には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけですよね」

「それが何なのかってことか……」

 根来警部は、しきりに頷いているが、自分で推理しようという意識はまったく無いようだった。


「つまりホワイダニットの謎なのです。ホワイダニットはワイダニットとも言います……」

「いいから早く推理しろよ……」

「犯人の指紋や血液、体毛などが被害者の洋服に付着していたため回収した説がその一。そして、被害者の持ち物を盗むことがそもそもの目的で、洋服ごと回収した説がその二」

 それだけではないな、と根来は急に思い立ったらしく、あっと小さなひらめきの声を上げる。

「まったく違う説があるぞ。たとえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この説はどうだ?」

 祐介も、なるほど、と唸る。


「しかし、それはどんな不都合ですか?」

「洋服がたとえばスパンコールが付いているような派手な服で、死体を銀杏の木の中に隠したのに、服が光って目立っていたから脱がしたというのはどうだ?」

「その可能性もありますね。しかし靴まで脱がせるでしょうか……」

「靴は靴だよ。別の理由があるんだろう……」

「いずれにしても、現場からは被害者の洋服と靴が姿を消しています。これを一度に持ち去るのは大変なので、このような大銀杏の窪みに一旦、隠したのではないかと推測したのですが、別に根拠のある話でもありません。もしも、犯人が犯行後に大銀杏の死角を利用して、死体発見のどさくさに紛れて、逃げ出したのだったら、このような隠し場所はとても便利です。しかしその場合、後で回収に来なくてはなりませんものね……」

 と羽黒祐介は、脳内で推理の大空中戦を繰り広げているようだった。

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